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南の森
しおりを挟む「ハルトよ。薬を作りし者に、呪いを解く薬は作れぬか訊ねてはくれぬだろうか」
「呪い、ですか?」
「呪いは特殊でな。それに効く薬があれば、安心出来ると思ったのだ」
テオドールはそう言って肩を竦めた。
この世界には、禁術だけでなく呪いも存在する。だが扱える者は限られているうえ、代償も必要となる為、滅多に発生しない事象だ。
基本的にその本人にしか解呪は出来ず、特別な加護を受けた神官の祈りで解呪出来たケースもあるが、大半は何の効果もないか、神官共々呪いに呑まれてしまうという。
「分かりました」
暖人はコクリと頷いた。王という立場上、またいつ危険が及ぶか分からない。
暖人としても、もう二度とテオドールが苦しむ姿を見たくはなかった。
・
・
・
「呪いか……」
数日後。
訪ねて来た暖人とウィリアムを前に、秋則は難しい顔をした。
「試した事はないけど、呪いには効かないだろうね」
秋則は万能薬を手に、眉を下げる。
「私が作る薬の効果は、医学的な損傷に対する状態回復なんだ。簡単に言えば、怪我や感染症だね。毒物に効果があったのも、身体の損傷を回復したからだと思うよ」
分かりやすい説明に、暖人はなるほどと頷いた。
どのような材料でも効果の高い薬を作れるが、呪いという、身体に作用しないものに効く薬は作れない。
「でも呪いなら、新名君の力が効きそうだけど」
「それが……」
「呪いは外部から介入すると、ハルトまで呪われる可能性があるので」
絶対に使わせられない、とばかりにウィリアムが答えた。
「そうか、それは危険だな。……ん? 死者は浄化出来たんだよね?」
「蘇りの禁術は、呪いではなく魔術の一種です。対象となる個々の身体に作用するもので、介入した他者に効果が移る事はありません」
「なるほど、魔術は完結型なんだね。呪いは継続型と」
「はい。それに、呪いは魂に作用するものです」
「私たちのいた世界とそう認識は変わらないようだね。それならますます私の薬は効かないな」
「……そちらの世界にも、呪いがあったのですか?」
オスカーがいれば、本当に平和だったのか? と言うところだ。代わりにウィリアムが言葉を変えて問い掛けた。
「あったというより、科学的に証明されていない、抽象的なものとして囁かれていたね。人の恨みや強い想いが呪いになると言われていたよ」
その説明に、少し安堵したようだ。
とにかく、呪いに効く薬は作れない。暖人の力を使うのも危険。残念ながら、今のところ打つ手なしという結論だ。
「どうにか作れないか研究はしてみるよ。救える人が増えるなら、喜ばしいことだからね」
「日野さん……」
暖人は医者の鑑だとばかりに、ウィリアムはまさに救世主だ、と感動して秋則を見つめる。
キラキラした瞳で見つめられ、秋則は気恥ずかしそうに笑った。
出された茶を飲みながら、暖人はふと思い出す。
「あの、日野さんは、力を使い過ぎて数日眠ってしまうことってありますか?」
「つい夢中になって徹夜して寝落ち……というのはあるけど、新名君は、力を使うと目が覚めなくなるのかい?」
「はい。少し使いすぎても体力を持って行かれる感覚で、お腹が空いて眠くなってしまって」
暖人の言葉に、秋則は深刻な顔をした。
「それは心配だな。体力も使い続けると過労死する危険があるから」
「か、過労死……」
「長期的な疲労は自覚もあるだろうけど、君の場合は一気に消耗して自覚する間もないまま……という事も有り得るよ」
「ひぇっ……」
思わず小さく悲鳴を上げた。医師である秋則に言われると説得力が違う。
「髪や肌も艶があるし、以前会った時より急激な成長もしてない……寿命が縮んだようにも見えないな……使うのは体力だけか……」
ぶつぶつと呟きながら暖人をまじまじと見つめる。
「生命力を使ってるようには見えないね。それなら、体力を付ければ少しは負担が軽くなるかもしれない」
「頑張りますっ」
ずっと体力と筋肉を付けようと思っていたが、これを機に本格的に走り込みと筋トレを始めよう、と暖人は決めた。
ウィリアムだけが、体力を付けるならもっと手加減なく抱いた方が良いだろうか、と違う方向で暖人の体力向上方法を考えていた。
それに気付き止める人物はここにはいない。
「そうだ。短期間に使い過ぎた時のために、これをあげよう」
渡されたのは、澄んだ橙色の液体が入った小瓶だった。
「滋養強壮に効く薬だよ。糖分とビタミンを中心に、各栄養素をバランス良く補給出来るように作ってみたんだ。これは異世界的な力を使わずに作れるから、持って帰れるだけあげよう」
日常的な疲労には小瓶一本、即眠ってしまう程の疲れには二本が適量だと言った。
元々一緒に暮らす皆が仕事終わりに飲めるように作ったものだ。
「栄養ドリンクみたいですね」
「まさにそれだね。その効果を強化する薬草を足して、胃に優しい成分も入れてみたよ。味は少し生薬っぽいけど、水で流し込めばいけるくらいだと思う」
「すごい……日野さん、天才では……? いえ、まさに天才……」
感動、と顔に書かれた暖人に、秋則は嬉しそうに笑った。
「でもこれは補助的な物だから、たくさん飲めば大丈夫というものではないからね。力を使った後の体調の変化には、充分に気を付けて。無理もしないようにね」
「はい」
暖人は素直に頷く。ウィリアムやオスカーの時よりも素直に。
暖人にとって秋則は父のような存在だとはいえ、ウィリアムは何とも言えない顔で二人を見つめた。
「騎士のお二人も、良かったら。言い方が悪いけど、これは精力剤にもなるから」
「駄目です!!」
「わ、びっくりした。新名君?」
「すみません……、でも、これ以上は……あっ、いえ……」
もごもごと言い、顔を俯ける。そんな暖人にウィリアムは満面の笑みを浮かべ、暖人の肩を抱いた。
「ご報告が遅れました。お陰様で俺とオスカーは、晴れてハルトと恋人になれました」
「……なりまし、た……」
「精力剤を使うなら、ハルトの方だね」
こっそり耳打ちされ、グイグイとウィリアムを押し返す。
可愛い照れ隠しに頬を緩めたウィリアムは、愛しくてたまらないとばかりに髪や頬にキスをした。
「そ……そう、か……そうだったんだね……、前に来た時と変わりないから、てっきり新名君がお断りしたとばかり……」
もしそうだとしても、年頃の彼らには必要だろうと思っての事だった。次に出逢う相手が同性なら、体力を使うだろうと。
それがまさか、恋人になったうえに、精力剤は必要ないと大声を上げるような関係にまでなっていたとは。思わずうるりと瞳を潤ませた。
「新名君、おめでとう。彼らを大切にしてあげるんだよ」
「っ、はいっ」
優しく頭を撫でられ、暖人も瞳を潤ませ頷いた。
父親がいたならこんな気持ちだろうか、と暖かなものが込み上げる。
「ウィリアム君、おめでとう。新名君を、どうか幸せにしてあげて欲しい」
「騎士として、一人の男として、ハルトをこの世界で一番幸せにする事を誓います」
恭しく一礼するウィリアムに、暖人はつい、その誓いはまだ早いやつだと思ってしまった。
「おや? それなら、涼佑君ともお付き合いしているのかい?」
「っ、あの、……はい」
「そうかそうか。じゃあ、夜に飲む時は半分を目安にね。一本丸々飲むと眠れなくなるかもしれない。薬じゃないから、毎日飲んでも問題ないよ」
「あ……ありがとうございます……。お気遣いが嬉しいのと恥ずかしいので、俺はもうどうしていいか……」
頬を染め気まずそうに俯く暖人に、秋則はごめんごめんと苦笑する。つい医師としての説明癖が出てしまった。
涼佑の話題を出した時のウィリアムの反応を見る限り、彼らの関係性も良いようだ。暖人も恥ずかしがるだけ。きっと四人とも上手くいっているのだろう。秋則はそっと胸を撫で下ろした。
「……涼佑君の事、すまなかったね」
秋則は以前暖人に、涼佑がこの世界に来ていない可能性も考えてはと進言していた。近くにいる大切な人たちと生きていく事を考えても良いのでは、と。
それは暖人を思っての事だった。まさか涼佑が、大国の諜報員を騙せるだけの技術があるとは思いもしなかったのだ。
「日野さんのお言葉があったから、俺はお二人の気持ちを受け入れる覚悟が出来ました。あの時がなかったら、……こうして笑うことも、出来なかったと思います」
涼佑と再会して屋敷から離れても、きっと二人の事を一生思い出し続けただろう。
きっと、周りの大切な人たちを傷付けた罪悪感に一生囚われていた。
だから、ありがとうございます。
暖人はそう言ってふわりと笑った。
「……新名君は今、幸せかい?」
「はい、とっても。夢を見てるみたいです」
溢れる幸せを抑えきれない、そんな蕩けるような笑みを浮かべる。
あの、今にも消えてしまいそうだった子が、こんな顔まで出来るようになったのかと秋則は瞳を潤ませた。
「良かった……本当に良かった……」
まるで、生まれた時から苦労をかけてきた愛息子が結婚するような気分だ。嬉しさのあまり暖人を抱き締める。暖人も戸惑いながらも、秋則の背に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。
その光景を見つめ、ウィリアムはそっと瞳を伏せる。
秘密裏に、赤と青の騎士団数名を捜索に出していた。秋則の妻を探す為に、だ。
以前オスカーが盗賊討伐で訪れた際、世間話を装って彼女の容姿や特徴を聞き出していた。それを元に捜索している。
時空の歪みで、涼佑は暖人より一年早くこの世界に来た。
もしかしたら、彼女はまだこの世界に来ていない可能性もある。
……だが、秋則にはまだ何も言えない。希望を持たせて見つからなかった時に、また酷い絶望を与えてしまうから。
秋則にも幸せになって欲しいと願う。
こんなにも暖人の為に心を砕いてくれる人を、同じ境遇だというのに、愛する人と再会出来た暖人に心から喜びの言葉を掛けられる人を、心から幸せにしたい、と……。
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