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俳優、橘直柾
しおりを挟む今回は二時間ドラマの収録だった。
観覧者用に用意されたパンフレットを見ると、ざっくりとあらすじが書かれていた。真面目で仕事人間なヒロインが、隣に越して来た男性と恋に落ちるストーリーだ。
騒音やゴミ出し、その他諸々で衝突しながらも親交を深めていくらしい。
「騒音やゴミトラブルって、親交深まらなくないですか?」
「身も蓋もねぇな」
周りに聞こえないようにそっと声を掛けると、隆晴はクッと笑った。
「前住んでたところでは、下の階のお爺さん同士が毎日のように喧嘩してたので」
「まあ、それも生き甲斐かもしれねぇしな。男女なら何かドラマが起こることもあるんだろ」
「そういうものでしょうか」
「そういうもんだよ」
釈然としない顔をする優斗の頭をポンと撫でる。
優斗は恋愛方面に関しての知識や経験がまるでない。だからこそ守らなくてはと思ってきたのだが……まさか、自分が迫る側になるとは。
いや、だからこそ、堂々と他を牽制して優斗を守れるというもの。結果オーライだろう。隆晴は頷き、パンフレットに視線を落とす優斗を横目で見つめた。
直柾の役はヒロインの働く企業の副社長で、海外支社から戻ってきたばかり。社長である父親の命令で、社会勉強として身分を隠してヒロインの住むマンションに滞在する事になった。
表向きは穏やかで人当たりが良いが、ヒロインと二人きりになると自信家で俺様な態度を取るという。
だが、自信を失くした時にはいつもそばにいて、欲しい言葉をくれる。
――欲しい言葉って、直柾さんみたいだな……。
そんな事を思っているうちに撮影開始時間になった。
姿を見せた直柾は前髪を上げ、ネイビーのタキシードに身を包んでいた。
「かっこいい……」
優斗がポツリと呟く。普段のゆるふわの直柾と、今の正装とのギャップは凄い。
まだ撮影は始まっていない為、周囲の女性が黄色い声を上げる。直柾はもう役に入っているのか、彼女たちに男らしい色気のある笑みで応えた。
優斗の方は見なかった。役に入っているから当然だ。それが少し寂しくもあり、直柾の演技を実際に見られた事が嬉しくもあり、複雑な気分だった。
だが、今は直柾の仕事姿をただ目に焼き付けようと、優斗は真っ直ぐにその姿を見つめた。
大広間へと続く廊下で、女子社員に地味だと馬鹿にされたヒロインが懇親会に参加するシーンだ。
直柾の役の男性がヒロインに深紅のドレスを贈り、一流のヘアメイクを付けて完璧に仕上げたという場面から始まる。
ヒロイン役の女優は華やかさと可愛らしさがあり、綺麗な人だな、と優斗は感嘆の溜め息を零した。
「変じゃない?」
「それ訊くの何度目だ?」
「だってこんな格好、慣れないから……」
体のラインが出るドレスに、高めのヒール。アップスタイルの髪も華やかなメイクも慣れないのだと彼女は視線を伏せる。
「一流のやつらが完璧に仕上げたんだ。自分が一番綺麗、って顔してろよ」
「私なんかに、出来るかな……、……っ」
直柾の手が彼女の腰を強引に抱き寄せる。
「お前は、この俺が認めた女だ。もっと堂々としていろ」
「っ……ばか。なんでエラそうなのよ」
「ふ、調子出てきたな?」
ニヤリと意地悪に笑うと、優斗の隣に座る女性が口元を押さえ直柾の演技に悶えた。
だが、優斗はパチパチと目を瞬かせる。直柾さん? と首を傾げた。
こんな役は映像で何度か見た事はあるが、実際に見るとまあ違うもので。目の前の人物が直柾と同一人物だとは思えなかった。
どちらかと言うと隆晴に近い。
格好良い、けれど、直柾ではない。
ふと、以前優斗が“俺なんか”と言った時を思い出した。あの時に、直柾がくれた言葉。
『俺の大好きな優くんを、俺なんかって言うと悲しいな』
『優くんは素敵な人だよって、優くん自身にも知って貰いたいんだ』
――……やっぱり、いつもの直柾さんの方がいいな……。
穏やかで、優しくて、ちょっと可愛い。そんな彼が一番好きだと思っている事に、気付いてしまった。
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