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遊園地
しおりを挟む隼音は、お化け屋敷がそんなに得意という訳ではない。まあ平気、くらいで。あまりに怖ければちゃんと怖い。
「映画以外はちょっと怖いけど、隼音君となら行けそうな気がして」
と、そんな可愛い事を言われたら格好良くエスコートしなければと気合いが入る。
当日、デートらしく花楓と遊園地前で待ち合わせをした。
あまり人通りのない待ち合わせ場所で、花楓は隼音を探しキョロキョロとしていた。つい、その姿を黙って眺めてしまう。だって、可愛かったから。
「花楓さん、おはようございますー」
「え? しゅっ、……ん君? おはよう……?」
驚きに声を上げ掛けて、いけない、と声を潜めた。今日はあまり大きな声で名前を呼ばない約束だ。
隼音は髪をハニーブラウンに染め、普段あまり着ないオーバーサイズのパーカーに、ダメージジーンズを履いていた。
今日は黒縁の伊達眼鏡ではなく、メタルフレームのボストンだ。ちょっと緩めでオシャレな男子大学生がそこに居た。
あまりに堂々としていて、誰もSYUNN本人だとは気付かないのだろう。女の子たちも“今の人かっこいー”と囁き合いながらすれ違うだけだ。
確かに格好良い。格好良い、のだが。
「隼音君、可愛い」
花楓はそう言って隼音を見つめた。
ゆるっとしたシルエットが可愛い。蜂蜜のような髪色が可愛い。丸い形の眼鏡も可愛い。今すぐ抱き締めたくてうずうずする。
「可愛いです?」
「うん、とっても可愛い」
「ありがとうございます」
隼音は嬉しそうに笑う。
先日の雛とのやり取りを見て、今日は“可愛い”で攻めてみようと思ったのだ。それでいいのか? と大からツッコミが来そうだが、可愛いからの格好良いギャップを狙っている。
大事なところでは格好良くエスコートを、……と意気込んだ隼音だが。
「うわ!」
「びっくりしたねぇ……」
ゾンビの館で、突然飛び出して来たゾンビに声を上げてしまった。
通り過ぎた筈のゾンビがクルリとこちらを向いた。そして、脚を引きずりながら歩いて来る。
「え? こっち来ます?」
「来る、みたい?」
と言った瞬間、ゾンビたちがスピードを上げた。小走りに近寄るゾンビたち。
「うわっ! ちょっ、ゾンビって走るんです!?」
腐ってるのに!? と声を上げる隼音の手を、花楓はギュッと握った。
「逃げよう!」
そう言って早足になる花楓に、隼音もついていく。
なるほど。この辺りにディスプレイがなく広場のようになっているのは、この為か。そういえば最初にスタッフが“小走りもオッケーです”と言っていた。
「ふふっ、まだ追って来るよ?」
「まだっ? まだです!?」
「あははっ、元気なゾンビさんだねぇ」
「ゾンビの時点で死んでますけどね……!」
ツボに入ったのか、楽しげに笑いながら手を引く花楓。
――花楓さん、強い……!
隼音は後ろを振り返る事も出来ず、広場を駆け抜けた。
「っ……はー……、びっくりした……」
「ふふっ、楽しかったねぇ」
「花楓さん、本当にホラー得意なんですね……」
「うん。ゾンビとか派手なのは一番好きかな?」
派手。ゾンビは派手なのか。
「あっ、隼音君、苦手だった……? ごめんね?」
「え? いえ、映画は平気ですけど、リアルで血みどろに追い掛けられる経験はなかなかないので」
「ふふ、そうだねぇ」
またツボに入ったのか、花楓はクスクスと笑った。やっぱり花楓さん、強い。ホラーで良くある“彼女の手を引いて逃げるシーン”をこんな形で再現されるとは。
――次こそは、俺もかっこよく……!
そう意気込む隼音を、花楓は微笑ましそうに見つめていた。
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