ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき

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それぞれの苦悩?

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 勿論助けなど来る筈もなく、「一旦保留で……!!!!」と叫んでその場は何とか解放された。

 ズルズルと座り込んでしまった優斗ゆうと隆晴りゅうせいが横抱きに抱えてソファに運び、拗ねた直柾なおまさが隆晴から奪ってぬいぐるみ抱きにした。
 待って、これでも決して小さくはない成人間近の男なんですけど。と思うが、もうツッコミを入れる気力もない。

 顔が見えなければ何とか。いつもの癖でそのまま抱き抱えられて髪や頬を撫でられて、逃れるためにクッキー缶を取りに行こうとしたら隆晴が持って来て食べさせてくれた。
 雛の餌付け、と現実逃避をしてから慌てて二人から逃れたのだが。

 ……その晩、大変な事に気付いてしまった。




 翌日。まだ早い時間の、学食。
 友人である笹山 耀ささやま ひかりと昼食を終え、水の入ったグラスを指で撫でながらチラリと耀を見る。

「あの、さ」
「ん~?」
「笹山は、告白する時って、そういうことしたいって気持ちも込めて、する?」

 言葉を選びながら問う優斗に、耀は目を瞬かせた。

「そういうこと、って」
「そ、ういう……肉体的、な……?」
「ちょっ……! 橘からエロい話振ってくるとか!」
「ちがっ……そうじゃなくて!」

 違うんだ、と主張したが、まあまあ、と何故か達観した顔で宥められた。

「いやー、橘ってそういうのNGって顔してるからさー。で? エロいことしたい子がいるって?」
「いないよ!」
「可愛い? 美人? 何カップ?」
「だからっ、違うんだって! そのっ、友達がそんな話してたからっ……」
「へー、友達なー? その友達は何も間違ってないと思うけどな。男はだいたい下半身に狼を飼ってるだろ?」
「なんの話だよ」

 比喩が優斗には少し高度だった。怪訝な顔をするものだから、耀は思わず吹き出してしまい優斗に怒られた。

柊木ひいらぎ先輩が男の本来の姿だよな」
「あの人は特殊だと思う」

 見かける度に一緒にいる女性が違う。さすがの優斗も、腰に手を回すのが男女の一般的なスキンシップだとは思わない。
 隆晴を貰うと言っていたが、後日女性とキスをしている場面に出くわし、今思えば隆晴の為に一芝居打ったのだろうと思えた。普通に良い人では。

「でも、そうだよね。それが普通、なんだ」

 今のままではなく恋人になりたい、という事は、“普通”は肉体関係を含んでいる。つまりそういう対象として見られていた、という事。
 男の自分相手にまさかと今でも思うが、それなら今まで通りでも良かった筈で。

 ……そう思うと今までの関係が全部嘘だったようで、悲しみや虚しさや、良く分からない感情が押し寄せてきた。

「でもさ、中には心の繋がりがあれば他はいらないって人もいるけどな」
「そうなの……?」
「そうそう。俺のバイト先の先輩がさ、結婚するまではキスまでって決めてて、彼女が望まないなら一生しなくてもいいって人で」

 そんな人もいるのか。優斗は光明を見た気がした。

「それで、彼女の方が先輩の愛を信じられなくなってもう五回は破局してる」
「えっ、ええっ……」
「で、六人目の彼女がなんと先輩と同じ考えの人で、交際一年で婚約しました!」
「わっ、おめでとう!」
「ありがとう! 橘ってやっぱいい奴だな!」

 耀は明るく笑った。

「普通がどうとかじゃなくてさ、大事なのは相手を好きかどうか、信じられるかどうかじゃないかなって俺は思うな」

 まあFカップの彼女は欲しいけど、と真顔で言う耀に、いい話が台無し、と優斗は笑った。




 一方、隆晴はというと。
 何故か優斗に想いを告げた事が叶多かなたにバレて、悠長に待ちすぎだと説教された。

「言ったろ? 隆が危機感持つくらいなら、相手も焦ってるって」
「……聞いてない」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてない」
「あーっ、そっかー。ってか、俺が言っても余計なお世話って言われてただろうしな~」

 隆晴はグッと言葉に詰まる。叶多の言う通りだ。

「でも俺、いい仕事したよな~」

 俺最高、と自画自賛する叶多に、隆晴はピクリと反応する。皆まで言わずとも、叶多が優斗に何かを仕掛けた事は察した。

「優斗に何をしたか、吐け」
「えっ!? なんで容疑者扱い!?」
「日頃の行いだな」
「隆に対してはいい行いしかしてないけど!?」
「優斗に近付いたことがまず駄目だ」
「出た、番犬!」

 ギャーギャーと騒ぐ叶多を見下ろし、ふと、男相手に本気だと知っても態度も変えない叶多は実は貴重で良い友人かもしれないと思う。
 まあ、それと優斗に近付いた事は別問題だが。

 ……何故かバレた、と隆晴は思っているが、昨日帰ってからぼんやりしたり溜め息が増えたり頻繁にスマホ画面をつけたり、かと思えば清々しい顔をしていたり、端から見ればバレバレだった。
 寮の部屋の外では普段通りに振る舞えている事が救いだけど、と叶多は思う。こんなアンニュイ顔の隆晴を世に放てば女の子たちを根こそぎ持って行かれてしまう。

 この顔を見せたら優斗も簡単に落とせるのでは? とも思うが、優斗の前では格好を付けたい隆晴には難しいだろう。
 また無意識に溜め息をつく隆晴を、恋愛に関しては不器用だな、と見つめ叶多も溜め息をついてしまった。




 一方の直柾は。

「橘君、今の演技最高だったよ! こんな役も出来るとは、さすがだね。正式に君の事務所にオファーさせて貰うよ」
「! ありがとうございます!」

 直柾は深々と頭を下げた。
 以前出演した映画の監督が、直柾を指名して個人的にオーディションをしたいと申し出たのだ。
 一時記録用に録画した映像を見ながら、監督は満足そうに頷く。

 今までは来なかった、叶わない片想いに苦悩する役だ。容姿に恵まれながらも自分に自信がなく、想いを告げる事も出来ずに下を向き、想い人の結婚式後に独り静かに涙を流す。そんなシーン。

 この役は、まさに今の自分の心境だ。もし優斗があの男を選んだなら、と想像すれば簡単に役に入り込めた。

 優斗との出逢いで、演技の幅は広がった。それは嬉しい誤算であり、優斗を利用しているようで後ろめたさもある。
 経験とはどんな書物や知識よりも人を成長させるものだと、直柾はそっと苦笑した。

 ……だが、この役のようにおとなしく優斗をあの男に渡すつもりは、更々なかった。

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