7 / 40
過去:記憶
しおりを挟む凛が指差していた写真。
それは、保育園の運動会の写真だった。
母さんは高校を卒業して、すぐに父さんと結婚した。俺は、母さんが10代のうちに生んだ子だ。
若かったから、きっと子育てには苦労も多かったと思う。だけど、子供の俺から見た母さんは、優しくて、なんでも受け止めてくれる女神のような存在だった。
保育園で母さんのお迎えをまって、一緒に買い物して。お菓子をひとつ買ってもらって家に帰る。お風呂にも一緒に入って、夜は一緒に寝てくれる。
そんな毎日が永遠に続いて。
当然、ずっと俺を見守ってくれると思ってた。
母さんは俺が風邪をひいたら、ずっとそばにいてくれたし、俺が辛い時には、さっき凛がしてくれたように抱きしめてくれた。
「凛。それは保育園の運動会の写真だよ。俺、競争で転んでビリになっちゃってさ。母さんに絆創膏貼ってもらったんだ」
「へぇ。お母さん優しそうな人だねぇ。お母さんのこと好きだった?」
「あぁ。好きだったよ」
大好きだった母さん。子供の頃の俺はちゃんと気持ちを伝えられてたのかな?
あの時はビリだったけれど。たしか、母さんは俺の頭を撫でてくれて、折り紙で作ったメダルをくれたんだっけ。
不思議だな。
母さんのこと、ずっと全然思い出せなかったのに。凛といると、思い出せる。
凛は続ける。
「じゃあ、柱の傷は?」
「それは、俺の背が伸びると、母さんが印をつけてくれたんだ」
そう。毎年、母さんが印をつけてくれた柱。その印は、俺が小1のときの傷で止まっている。
母さんは俺が小1の時に亡くなった。
病気だった。
子供の俺は、母さんはすぐに退院して帰ってくると思ってた。だけれど、母さんが家に帰ってくることはなかった。
ある暑い日。
セミがみんみんと鳴いていたっけ。
母さんは俺の手を握って、俺を見つめて言った。
「蓮、あなたは優しい子。一緒に居れて、わたしは幸せだよ。だから、君には君……」
その言葉の続きは思い出せない。こんな大切なことを忘れてしまうなんて……。
母さんは俺の頭を撫でてくれた。
「これ誕生日のプレゼント。少し早いけれど、早く蓮くんが喜ぶ顔を見たいから、渡しておくね」
そして、キーホルダーを渡してくれた。
あれが最後の会話だった。
子供ながらに思ったんだ。
俺……、僕がもっと良い子にしていたら、お母さんは病気にならなかったのかなって。お母さんが死んじゃったのは僕のせいなのかなって。
そして、つらい気持ちが、わーっと押し寄せてきて、あんなに優しかったお母さんのこと思い出せなくなった。思い出せない僕は、きっと薄情で悪い子なのかなって。
俺は、気づいたら涙がポロポロと出て、子供の時に戻ったみたいな気持ちになって。凛のスカートを汚してた。
「りん、ごめ……」
すると、凛は両手で俺を包み込むように、ぎゅーって力いっぱいに抱きしめてくれる。
そして、頭を撫でながら、その粒の整った綺麗な声で囁いた。それは凛が知るはずのない言葉だった。
「れん。君は優しい人。わたしは君といると、いつも幸せな気持ちになるんだ。今日、もしわたしが死んでしまっても、その幸せな気持ちは変わらない。君は何も悪くない。だから、君には君自身を好きでいてほしいな」
……凛。
見上げると凛と目が合った。
下から見上げた凛は、さらにまつ毛が長く見える。少し目を細めて、あの日の母さんのような顔で俺を見つめている。
きっと、あの日の母さんも同じことを言ったのだろう。
今日もあの日と同じだ。
すごく暑くて、セミがみんみん鳴いている。
涙が堰を切ったように溢れ出て止まらない。悔しかった気持ちも、悲しかった気持ちも、自分を嫌いだった気持ちも。
全部、その涙に溶け出して、身体の外に流れ出ていくようだった。
凛は、母さんがしてくれたように、俺が落ち着くまでずっと一緒にいてくれた。なんだか自分の中につっかえていたものが、少しだけ取れた気がした。
その日を境に、母さんとの記憶が、少しずつ思い出せるようになった。
凛とまた目が合った。
真っ直ぐに俺の顔を見つめるその瞳は、涙で潤んでいる。
俺は凛の濡れた頬を拭う。
「なんでお前が泣いてるんだよ」
「だって……」
凛は続ける。
「ねぇ。れんくん。わたしにできることとか、なにか欲しいものとかない?」
……もう十分もらってるんだけどな。
でも、やはり健全な男子高校生なら、アレしかないだろう。いまなら無茶なお願いもいけるかも知れない。
俺は情に流されて、このチャンスを逃したりはしない。
「……パンツ」
凛はすっとんきょうな声をあげた。
「は?」
「だから、凛が脱いだパンツ欲しい」
「……」
凛は、「はぁ……」とため息をつく。
俺は殴られるのかと思い、身構えた。
しかし、凛は予想に反して穏やかな声でいった。
「仕方ないなぁ。れんくんが、わたしのもっと大切な人になったら。いつかあげてもいいよ」
「ボク。いま、ほしいの」
どうやら調子に乗りすぎてしまったらしい。
凛は、がるるーと俺を睨む。
「ばかっ。変態!! しね……とまでは言わないけれど、もう知らない!!」
178
※続編はこちら。→ある日、人気俳優の弟になりました。2
お気に入りに追加
1,799
あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。

王様は知らない
イケのタコ
BL
他のサイトに載せていた、2018年の作品となります
性格悪な男子高生が俺様先輩に振り回される。
裏庭で昼ご飯を食べようとしていた弟切(主人公)は、ベンチで誰かが寝ているのを発見し、気まぐれで近づいてみると学校の有名人、王様に出会ってしまう。
その偶然の出会いが波乱を巻き起こす。

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

イケメンに惚れられた俺の話
モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。
こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。
そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。
どんなやつかと思い、会ってみると……

俺の推し♂が路頭に迷っていたので
木野 章
BL
️アフターストーリーは中途半端ですが、本編は完結しております(何処かでまた書き直すつもりです)
どこにでも居る冴えない男
左江内 巨輝(さえない おおき)は
地下アイドルグループ『wedge stone』のメンバーである琥珀の熱烈なファンであった。
しかしある日、グループのメンバー数人が大炎上してしまい、その流れで解散となってしまった…
推しを失ってしまった左江内は抜け殻のように日々を過ごしていたのだが…???

推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる