ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき

文字の大きさ
上 下
6 / 40

過去:ある冬の日

しおりを挟む

 そんな突飛な台詞に、母も正輝まさきも目を丸くしていた。
 正直、この顔がなければ、優斗ゆうと直柾なおまさを危険人物だと思っただろう。白馬の王子様も顔ありき……なんてロマンのない事を思ってしまった。

 訝しげにする優斗に、直柾は寂しげな笑みを浮かべる。

「覚えてない……、かな。俺は、君に助けられたんだ」
「俺に、ですか?」
「四年前になるかな。君の家のそばで、行き倒れていた俺を助けてくれたよね」
「行き倒れて……」

 四年前。アパートのそば。行き倒れ。を、助けた?
 そんな、先日助けていただいた鶴です、みたいな事あっただろうか。懸命に記憶を辿る。
 絶対に間違う筈がない、君だ、と直柾の瞳は訴えていた。


 四年前……。


 行き倒れ……。


「…………あっ」

 視線を床に落とした途端、記憶が蘇ってきた。







 あれは、とても寒い冬の日だった。見上げれば今にも降り出しそうな鈍色の空。夜には雪になるかもしれない。
 学校からの帰り道、そんな事を思いながら歩を速めると、立ち並ぶアパートの傍で何かが動いた。猫かな? と何となく気になり、建物同士の隙間を覗く、と。

「……人?」

 そこにいたのは、一人の男性だった。

「あの、大丈夫ですか?」

 声を掛けても返答はない。酒の匂いはしない。酔っ払いでないなら、具合が悪くなったのだろうか。
 うずくまっている彼の着ている服はパッと見にもブランド物のようで、お金がなくて空腹で行き倒れ、というわけでもなさそう。

 ――っ……もしかして……、死んで……?

「あ、あの……」
「放っておいて」

 屈んで声を掛けると、突き放すような声が返った。良かった、生きてる。ホッと胸を撫で下ろす。

 ――でも、放っておくも何も……。

 スキニージーンズにブーツに、キャメルのチェスターコート。いつからいるのだろう。この格好では、この寒空の下で長時間は耐えられないのでは、と膝を抱えて蹲っている彼を見つめる。

「でも、こんなところにいたら凍えちゃいますよ?」
「いいんだよ」
「良くないです。ご自宅、どちらですか? 送って行きますから」
「いいって言ってるだろ。……俺なんて、生きる価値もないんだ」

 彼の震える声に、このままでは本当に凍えて死んでしまう、と怖くなった。
 おそるおそる手を伸ばし、ひとまず立ち上がらせようと肩に触れる。振り払われるかと思ったら、戸惑ったようにそっと押し退けられた。
 乱暴な事も、怒鳴り散らしたりもしない。きっと、優しい人なのだ。

 踞っている時には見えなかったが、中にはシャツとベスト、ストールと、薄手の服しか着ていない。
 ポタリと空から雫が落ちる。降って来た。優斗は空を見上げ、……決めた。
 何より、髪の隙間から覗く捨て犬のような目を見てしまったから……放っておくなんて、出来なくなってしまった。

「どうせ捨てる命なら、俺に下さい」
「え……?」
「一時間だけでもいいです。俺に下さい」

 唖然とする男性を引きずるように部屋へと連れて行き、こたつに入れて、ご飯と味噌汁を作った。ご飯はちょうど炊き立て。味噌汁は急拵えで豆腐だけの簡素なものだったが、温かいご飯を食べれば少しは元気が出るのでは、と思ったのだ。


「……美味しい」
「お口に合って良かったです」

 綺麗な箸使いで勢い良く食べる彼に、思わず頬が緩んだ。
 美味しいと言って食べて貰えるのが嬉しくて、おかわりは少し多めにして目玉焼きとベーコンとウインナーも焼いた。それをペロリと平らげ、ごちそうさまでしたと手を合わせた。

「落ち着きました?」
「うん。……ありがとう」

 それはきっと、彼を見捨てなかった事へのお礼だろう。死ななくて良かったと、そう思い直してくれたのなら良かった。

「でも、こんなに怪しい男を部屋に入れて、危ないよ?」
「あはは、そうですね。でも、うちには金目の物なんてありませんから」

 母子家庭で、お金なんてなかった。成長期だから食べる物だけは充分に、と母はそう言って食費以外はギリギリまで切り詰めているから、部屋は殺風景なものだった。
 ハッとした様子の男性に、優斗は明るく笑う。

「食べ物はたくさんありますから、大丈夫ですよ」
「でも……」
「あ、じゃあ、食べた分で元気に生きようって思って貰えたら嬉しいです」

 それがお代です。そう言うと、彼は何度か目を瞬かせてから、そっと目を細めて笑った。

「ありがとう。……君に助けられた命で、もう一度頑張ってみるよ」

 長い前髪の隙間から覗く光を取り戻したその瞳は、煌めくエメラルドのように綺麗だった。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

王様は知らない

イケのタコ
BL
他のサイトに載せていた、2018年の作品となります 性格悪な男子高生が俺様先輩に振り回される。 裏庭で昼ご飯を食べようとしていた弟切(主人公)は、ベンチで誰かが寝ているのを発見し、気まぐれで近づいてみると学校の有名人、王様に出会ってしまう。 その偶然の出会いが波乱を巻き起こす。

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

俺の推し♂が路頭に迷っていたので

木野 章
BL
️アフターストーリーは中途半端ですが、本編は完結しております(何処かでまた書き直すつもりです) どこにでも居る冴えない男 左江内 巨輝(さえない おおき)は 地下アイドルグループ『wedge stone』のメンバーである琥珀の熱烈なファンであった。 しかしある日、グループのメンバー数人が大炎上してしまい、その流れで解散となってしまった… 推しを失ってしまった左江内は抜け殻のように日々を過ごしていたのだが…???

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

処理中です...