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先輩
しおりを挟む兄馬鹿な一面が嘘のように、テレビの中には演技派俳優の橘 直柾がいた。
今なら母と正輝が顔合わせまで黙っていた理由が分かる。会う前から緊張させない為と、兄になるのが橘直柾だとうっかり友人に話さない為だろう。
だが優斗は、今でも誰かに話す気は更々ない。出来れば目立たず平凡で平和に生きていきたいのだから。
……それなのに、優斗はなかなかに偏差値の高い大学にいた。
高校時代からの先輩である竹之内 隆晴がスパルタ……いや、親身になって勉強を見てくれたおかげだ。その原因となったのもまた隆晴なのだが。
相談に来た優斗の進路希望用紙に勝手に自分と同じ大学名を書き、それ以外にはとても無理な大学名を書いたからだ。大した無茶振りだった。
断れば良かったのだが……優斗としても、気心の知れた隆晴のいる大学なら不安はないと思った。
受験勉強は辛かったものの、隆晴と同じ大学へと進めた優斗は今、有意義な大学生活を送っている。
そして、無茶振りをした隆晴はきちんと優斗を気にかけてくれているのだ。
「兄になった人が、あまりに顔が良くてですね……」
今日もこんな相談をしたりしている。兄があの橘直柾だという事は内緒だが。
「平凡な俺がその弟なんて、恐れ多いというかなんというか」
まだ人も疎らなカフェのテラス席でサンドイッチを頬張る。すると隆晴はコーヒーを飲みながら、目を丸くした。
「お前さ、平凡ってか、顔いい方だろ?」
「え?」
「顔。いい方だから」
「……初耳ですね」
「こっちが初耳だわ。高校の頃から女にキャーキャー言われてただろーが」
「それは先輩に……」
「それ、半分はお前にな? 可愛い、好き、って言われてたぞ」
「………………え?」
「鈍感すぎてこっちが驚いたっつの」
「え……ええっ……」
驚きの発言に、優斗は頭を抱え呻く。
半分は俺に? まさかそんなことが……いや、でも、先輩は嘘はつかない人だしお世辞も言わない。つまり、俺は結構顔がいい、と。…………いうわけではなくて、先輩的に好きな顔という。そうか、好みの問題。なるほど。先輩は自分がイケメンだからちょっと審美眼がおかしくなっているのかな。
優斗は心の中でウンウンと頷く。
「お前、今失礼なこと考えただろ」
「え? いえ、そんなことはないですけど?」
「ふーん? ま、いいけど。その兄と俺、どっちが格好いい?」
「えー? タイプが違いますからねー。どっちもかっこいいとしか」
今回はこう答えるしかない。
隆晴もかなり顔が良い。顔立ちは男らしくも綺麗寄り。目は吊っていそうで実は垂れ目だが、切れ長で格好良い印象しかない。黒髪と薄い琥珀色の瞳のコントラストが目を惹く、日本人らしい男前だ。
それだけでも充分なのだが、186cmの長身で体格も良く、それに加えて高校の頃は生徒会に推薦されて入り、サッカー部主将で全国大会優勝、自信家で有言実行でそれなのに偉ぶらずに誰にでも優しい。完璧すぎてもはや漫画の登場人物……本当に非の打ち所のない人だ。
「というか、未だに先輩みたいな凄い人が俺と仲良くしてくれる理由が分からないんですけど」
「は?」
「俺、勉強もスポーツも顔も平均的で、貧乏でしたし」
隆晴と出会った頃は友人と遊ぶ金もない程に貧乏だった。それが可哀想で、という感じでもなく、気付けば自然にあれこれと世話を焼いてくれていたのだ。
今更なことを言う優斗に、隆晴はどこか複雑な顔をした後で、呆れた顔をした。
「お前、俺と普通に話せるだろ?」
「それは、まあ」
「俺を利用しようとか思ってないし、裏がないし、素直で良く食べて良く笑うし、なんかこう……懐く小型犬みたいな?」
「小型犬というには小さくはなく」
「ツッコミ入れるのそこか」
コツ、と頭を小突いてくる。この仕草、高校の頃は女の子たちに羨ましがられてたなぁ、なんて懐かしく思う。
「なるほど。先輩が苦労してるのは分かりました。顔がいいのも大変ですね」
「お前も顔いいからな?」
「それに関しては信じられないですし」
「俺が言ってんだから信じろよ。お前、可愛い顔してるぞ」
「可愛い……」
「どうした?」
「兄が、会う度にそう言うので……ちょっとだけそうなのかな、なんて気分になりつつ……」
「俺の言葉は信じないのに?」
「それは……回数の違いというか、今まで言われてなかったですし……」
隆晴の口からは今日初めて聞いた。やっぱりまだ、からかわれてるのかな? という気持ちは捨てきれない。
「優斗。可愛い」
「!?」
「可愛い。優」
可愛い、と優斗の頬に手を添えて見つめてくる。あまり気にしたことなかったが、本当に、顔がいい。
手もこんなに大きくて、少しひんやりした体温も気持ちよくて、直柾とはまた違う温度……。
「っ……! それは彼女さんにしてあげてください!」
するりと頬を撫でられ、指先が唇に触れて、思わず腕を掴んだ。
「いや、彼女いないし」
「それに関しては一番信じてないですからね!」
「いないって。俺が嘘つくとでも?」
「うっ、……思ってないです」
「だよな。あ、ポテト食う?」
「食べます」
反射的に答えると、隆晴は笑いながら財布を優斗に渡す。
「じゃ、頼むな?」
「そうなりますよねー……」
「上手におつかい出来たら他に好きなもん買っていいぜ」
「子供のおつかい~。いってきます」
子供のように頭を撫でられ、苦笑しながらレジへと向かった。
ここのカフェはポテトが大皿に山盛りになったLLサイズが人気で、ホクホクでとても美味しい。それに合うのはやはり炭酸系。そして、おつかいのお駄賃はホットドッグになった。
何でも出来る先輩は、飴と鞭の使い分けも上手いのであった。
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※続編はこちら。→ある日、人気俳優の弟になりました。2
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