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第4話 日課

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<エンジョイせねば...エンジョイせねば...>

街の中心部。
大画面に民族衣装の男が踊る。
浅黒い肌が光り、羽飾りを震わせ巨体を揺らしながら徐々に迫ってくるというものだ。
これは巷で話題の胃腸薬の広告である。
そこへ人々が群がる、燈火に集う羽虫のように。

そんな人集ひとだかりの中を素早く動く影がひとつ。
人口1000万、首府武陽の路地裏を松野が進んでいた。
背広の上から、地面に付きそうなほど丈の長い外套トレンチコートを寒風に靡なびかせ、行きつけの呑み屋に向かっているのだ。

<今日は何を喰おうか>

今、彼の頭の中は、夜の献立しか存在し得ない。
日中は接客や案件処理をこなし、夜は市街の喧騒から離れ、杯を傾ける。
それが彼の生きがいであったのだ。

そうして道を急ぐあまり、勢い余って段差に足を取られてしまう。

「南無三ッ」

グッ、と身体が引っ張られたものの、どうにか前に出た右足を地につけることが出来たようだ。

「擦っちゃったかな...」

左の爪先に目を移すものの、幸い特に異常ないと見て安堵する。
と同時に、彼が己の愉悦を優先するあまり、粗忽な振る舞いをしてしまったことを恥じたように見えた。
いつのまにか、呑み屋のあるビルディングの前に来ていた。

建物は角地に建っている。
4階建、混凝土コンクリート造。
1本、道を横切れば、本日の目的を果たす事ができる。
先程の粗相はどこへやら。松野は再び、期待を帯びた足取りで歩み出す。

その刹那-

ドッと衝撃を受けた。
硬いモノに当たったようだ。
右上に目をやると、黒い革製の旅行鞄スーツケースを持った男が立っていた。

「失礼、大丈夫ですか」

声を掛けたものの、反応がない。

「急がねば...使命を...はた..」

何やらボソボソと何か呟いている。

<こちらもぶつかった側ではあるが返答もなしとは...失礼な男だ>

内心感じたものの、一歩引いて道を譲る。
そして相手の頭頂から足元まで視線を移した。

皮革に靴紐を編み上げた半長靴はんちょうかは中程まで血錆色に染まっていた。

流血の気配を感じ取った松野は、思わずもう半歩間合いを取るのだった。
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