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第1章 王国最強の暗殺者
第5話 夜明けの使者
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円盤が静止し、シレズ先輩から離れると、そこには巨大な秘密基地と形容するのが相応しい空間が目の前にあった。学校の体育館半分程度の広々とした銀一色の床。壁際にはトレーニング器具だったり、おもちゃが積まれていたりと意外に自由になっている。共同スペースと言う割には生活感はなく、どことない寂しさを感じる。
また、扉が左、前、右に個別に三つずつついている。
「なんですか、ここ……」
「凄いでしょ?私たちの組織の本部だよ」
「本部……」
よくわからないが、そんな重要機密事項であろう場所に僕なんかを易々と連行しても良かったのだろうか。
「ほら、行くよ。正面の真ん中にあるのが私たちのボスの部屋。ボスの方針では、上下関係のない少数精鋭の組織を目指しているらしいからね。人数がいっぱいいてもそれを御せなければ全くの無価値。それがボスの考え方なの」
「そうなんですか」
「そうよ」
シレズ先輩は、ボスの部屋だという扉を開けた。
「こんばんは、ボス」
「……ん。来たか」
そう言って顔を上げた人物の顔を見て僕は驚愕に見舞われた。
——女性だ。しかも、相当な美人。
シレズ先輩の口振りから、この組織がかなりやばいものであることは安易に予想できる。だから、もし組織を率いているような人物がいるとすれば、屈強で強面な男なんじゃないかという先入観があった。
だが、僕の目の前で膝をつき、こちらを見据えている女性は、短めに切られた黒髪に紫の瞳が特徴的な明らかな女性だった。
「ええ、連れて来ました。でも、本当にこんな冴えない男が名高い殺し屋とは正直思えないんですけど」
殺し屋、という表現に僕は口を挟もうか迷った。だが、僕がやっていることはそう変わらないことに気づいて、口を噤んだ。
「まぁ、そうだな。ボクから見てもそう見えるしな」
一人称がボク。女性では珍しいな。
「クリアくん」
「えっ?」
「——でいいかな?」
首を傾けて笑みを浮かべる女性は、妖艶で、惹きつけられるような魅力があった。人を惑わす、危険な香りだ。
「あれ、緊張してる?それとも、組織の長が女だってことに驚いてるのかな?」
いきなり、僕が心中で思っていたことを当てられてしまった。
「ふーん。図星かな。そういえば、中央に近い富裕層では未だに男尊女卑の傾向があったか。クリアくん、これからの世の中を生きて行くのなら、そんな古臭い考え方は捨てた方がいい。女だからって油断してると寝首を掻かれるぞ」
先程のより深みの増した不敵な微笑を向けてくる。
別に僕はそういう気持ちを抱いていたわけではない。
ただ単純にびっくりした。それだけだ。いや、自分でも自覚していないうちにそういう風な思考に陥っていたのかもしれない。
「ボクらはね、そういう決して当然ではないのに、今では一般化されてしまったことを全て怖そうと思っているんだ」
「……」
「ピンとこないかい?」
「いえ……」
世界の不平等という言葉で簡単に片付いてしまう事象に対し、彼女らは立ち向かっているというのか。僕が簡単に跪いてしまったことに。
「クリアくんが住んでいたイスフィールはかなり王都よりの比較的裕福な都市だから、わからないかもしれないが、もっと辺境のボクが住んでいたところは、飢餓や貧困に苦しんでいる者たちが沢山いる。勿論今も解決していない。だから、廃れ、生きるために盗賊になったり組織を編成したりする。そして、ボクが設立した組織——夜明けの使者だよ」
「ダエグ……マン」
「そう。そしてクリアくん。君にはボクたちの目的遂行のため、尽力して欲しいと思っている」
「なっ……!」
なんて勝手な人たちだ。僕は苛立ちを隠しもせずに、睨みつけた。
こっちの事情なんて御構い無しだ。いや、元々どうでもいいのだろう。だからそんな傲慢な物言いができるのだ。
「別に断っても構わない」
「でも、断ったら僕を殺すんでしょう……?」
「おい、シレズ。お前そんな風に脅したのか」
びくり、とシレズ先輩の肩が震える。恐怖が全身を支配していると表現するのが相応しいほどに顔は強張っている。
無理もない。目の前で禍々しいオーラを放っている人物がいて、その冷ややかな視線が自分に向かって突き刺さっているのだから。
「えっ、いや~、素直にクリアくんが従ってくれそうになかったので」
「はぁ……。シレズ、お前に任せたボクの采配ミスだ。だが、次からはきちんと相手に合わせた態度をしろ。でないと、近いうちに死ぬぞ。実際、クリアくんが異能を使っていれば間違いなくお前は死んでいたろうからな」
「は、はい。すいません……」
「もういい。今日は休め。瞬間転移を使ったせいで疲れただろう」
「はい……。失礼しました……」
シレズ先輩は落胆した様子で部屋から出て行った。
それにしても、シレズ先輩が脅していた内容はでまかせだったのか。あまりにも簡単に喋るものだから、逆に真実だと疑わなかった。
「……あの、えっとボス?……は、」
「ああ、そういえば名乗っていなかったな。ボクの名前はシェイムだ。組織の人間はボスと呼んでいるがな」
「……なら、取り敢えずシェイムさんって呼びます。それで、シェイムさんは僕の異能力を知っているんですか」
「勿論。ボクたちの仲間に相手の能力を看破する異能を持ったやつがいるからな。それで調べてもらったのさ。で?それを聞いてどうするのかな?知られているならここでボクを殺さない、とでも思ったかな?」
「……いえ、そんなことは」
……ないとはいえない。できることなら、何事もなかったように、帰宅したいものだ。
だが、シェイムさんの言う通り、僕の異能が看破されているのだとしたら、何かしらの対策はしている筈だ。それは間違いない。なら、僕にできることはどうにかシェイムさんに帰らせてくれと頼むことか。シェイムさんも断ってもいい、と言っているわけだし。
「何を考え込んでいるのかは、知らないが、ボクはクリアくん、君を組織に勧誘したいと思っている。そして、勿論報酬も出そう」
「報酬ですか……?」
「ああ。クリアくんが依頼をこなすことで貰ってきた報酬よりも、羽振りはいいと思うぞ。それと、」
シェイムさんは、引き出しから一枚の紙を取り出して机に置く。
「——君の妹さんを助けよう」
また、扉が左、前、右に個別に三つずつついている。
「なんですか、ここ……」
「凄いでしょ?私たちの組織の本部だよ」
「本部……」
よくわからないが、そんな重要機密事項であろう場所に僕なんかを易々と連行しても良かったのだろうか。
「ほら、行くよ。正面の真ん中にあるのが私たちのボスの部屋。ボスの方針では、上下関係のない少数精鋭の組織を目指しているらしいからね。人数がいっぱいいてもそれを御せなければ全くの無価値。それがボスの考え方なの」
「そうなんですか」
「そうよ」
シレズ先輩は、ボスの部屋だという扉を開けた。
「こんばんは、ボス」
「……ん。来たか」
そう言って顔を上げた人物の顔を見て僕は驚愕に見舞われた。
——女性だ。しかも、相当な美人。
シレズ先輩の口振りから、この組織がかなりやばいものであることは安易に予想できる。だから、もし組織を率いているような人物がいるとすれば、屈強で強面な男なんじゃないかという先入観があった。
だが、僕の目の前で膝をつき、こちらを見据えている女性は、短めに切られた黒髪に紫の瞳が特徴的な明らかな女性だった。
「ええ、連れて来ました。でも、本当にこんな冴えない男が名高い殺し屋とは正直思えないんですけど」
殺し屋、という表現に僕は口を挟もうか迷った。だが、僕がやっていることはそう変わらないことに気づいて、口を噤んだ。
「まぁ、そうだな。ボクから見てもそう見えるしな」
一人称がボク。女性では珍しいな。
「クリアくん」
「えっ?」
「——でいいかな?」
首を傾けて笑みを浮かべる女性は、妖艶で、惹きつけられるような魅力があった。人を惑わす、危険な香りだ。
「あれ、緊張してる?それとも、組織の長が女だってことに驚いてるのかな?」
いきなり、僕が心中で思っていたことを当てられてしまった。
「ふーん。図星かな。そういえば、中央に近い富裕層では未だに男尊女卑の傾向があったか。クリアくん、これからの世の中を生きて行くのなら、そんな古臭い考え方は捨てた方がいい。女だからって油断してると寝首を掻かれるぞ」
先程のより深みの増した不敵な微笑を向けてくる。
別に僕はそういう気持ちを抱いていたわけではない。
ただ単純にびっくりした。それだけだ。いや、自分でも自覚していないうちにそういう風な思考に陥っていたのかもしれない。
「ボクらはね、そういう決して当然ではないのに、今では一般化されてしまったことを全て怖そうと思っているんだ」
「……」
「ピンとこないかい?」
「いえ……」
世界の不平等という言葉で簡単に片付いてしまう事象に対し、彼女らは立ち向かっているというのか。僕が簡単に跪いてしまったことに。
「クリアくんが住んでいたイスフィールはかなり王都よりの比較的裕福な都市だから、わからないかもしれないが、もっと辺境のボクが住んでいたところは、飢餓や貧困に苦しんでいる者たちが沢山いる。勿論今も解決していない。だから、廃れ、生きるために盗賊になったり組織を編成したりする。そして、ボクが設立した組織——夜明けの使者だよ」
「ダエグ……マン」
「そう。そしてクリアくん。君にはボクたちの目的遂行のため、尽力して欲しいと思っている」
「なっ……!」
なんて勝手な人たちだ。僕は苛立ちを隠しもせずに、睨みつけた。
こっちの事情なんて御構い無しだ。いや、元々どうでもいいのだろう。だからそんな傲慢な物言いができるのだ。
「別に断っても構わない」
「でも、断ったら僕を殺すんでしょう……?」
「おい、シレズ。お前そんな風に脅したのか」
びくり、とシレズ先輩の肩が震える。恐怖が全身を支配していると表現するのが相応しいほどに顔は強張っている。
無理もない。目の前で禍々しいオーラを放っている人物がいて、その冷ややかな視線が自分に向かって突き刺さっているのだから。
「えっ、いや~、素直にクリアくんが従ってくれそうになかったので」
「はぁ……。シレズ、お前に任せたボクの采配ミスだ。だが、次からはきちんと相手に合わせた態度をしろ。でないと、近いうちに死ぬぞ。実際、クリアくんが異能を使っていれば間違いなくお前は死んでいたろうからな」
「は、はい。すいません……」
「もういい。今日は休め。瞬間転移を使ったせいで疲れただろう」
「はい……。失礼しました……」
シレズ先輩は落胆した様子で部屋から出て行った。
それにしても、シレズ先輩が脅していた内容はでまかせだったのか。あまりにも簡単に喋るものだから、逆に真実だと疑わなかった。
「……あの、えっとボス?……は、」
「ああ、そういえば名乗っていなかったな。ボクの名前はシェイムだ。組織の人間はボスと呼んでいるがな」
「……なら、取り敢えずシェイムさんって呼びます。それで、シェイムさんは僕の異能力を知っているんですか」
「勿論。ボクたちの仲間に相手の能力を看破する異能を持ったやつがいるからな。それで調べてもらったのさ。で?それを聞いてどうするのかな?知られているならここでボクを殺さない、とでも思ったかな?」
「……いえ、そんなことは」
……ないとはいえない。できることなら、何事もなかったように、帰宅したいものだ。
だが、シェイムさんの言う通り、僕の異能が看破されているのだとしたら、何かしらの対策はしている筈だ。それは間違いない。なら、僕にできることはどうにかシェイムさんに帰らせてくれと頼むことか。シェイムさんも断ってもいい、と言っているわけだし。
「何を考え込んでいるのかは、知らないが、ボクはクリアくん、君を組織に勧誘したいと思っている。そして、勿論報酬も出そう」
「報酬ですか……?」
「ああ。クリアくんが依頼をこなすことで貰ってきた報酬よりも、羽振りはいいと思うぞ。それと、」
シェイムさんは、引き出しから一枚の紙を取り出して机に置く。
「——君の妹さんを助けよう」
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