上 下
2 / 6

第2話 突然の余命宣告

しおりを挟む
 校門を出て、足早に学校を離れる。

 学校からだいぶ離れて遠ざかったところで、ボクの顔の筋肉はようやく緩み始める。それでも刺客がいないとも限らないから、まだ気は張っている。電車に乗りこみ最寄り駅に着いて、もう知り合いと出くわすことはないと確信できた時に初めてようやくボクはホッとする。

 その時、ボクは学校にいる時とはまるで別人のように無表情になる。

 何気なく空を見上げた。どんよりと厚い雲が垂れ込めていて、今にも雨が降り出してきそうだ。肌を撫でてゆく風は一週間前までとは打って変わったように涼しくなり、秋の訪れを感じさせる。

 あまり人気の少ない道を、せかせかと一人で歩いていく。この、一人きりでいられる時間だけが、ボクが本当のボクでいられる短い一時だ。家族や友達に気を遣うこともなく、自分の心の欠陥に劣等感を抱くこともなく、能面のような顔を惜しみなく曝け出していられる。

 前方から吹きつけてきた少し強めの風に目を細めた、その時だった。

 瞬きをした隙に、ボクの目の前に一人の女の子が立っていた。

 一陣の風が、ボクの行く道を塞ぐようにして立っている彼女の長い髪を舞い上げる。

 見間違いではないかと思い、何度も瞬きをしてしまった。

 だって、その髪は、月の光を編んで紡いだような銀色をしていたのだ。鋭い刃のように、冴え冴えと光を散らしている。黒い木綿のワンピースの裾からのぞいている細い足首は雪のように真っ白で、簡単に折れてしまいそうだった。

 彼女の瞳には、こんな状況に陥ってすら相変わらずの無表情をさらしているボクの顔がまざまざと映っていた。
 その目は、地球最後の日の落日のような紅色をしていた。

 あまりの現実離れした光景に、呼吸が少しずつ乱れていく。

 その珊瑚の唇から発されたのは、銀の鈴の音のような声だった。

「私は、死神です。貴方様は……今から一週間の後、死にます」

 その内容は、突然の余命宣告だった。

 やや不健康気味であることを抜きにすれば誰もが認める美少女の言葉には、思わず非現実的な状況を鵜呑みにしてしまうような凄みがあった。

 本能的に、彼女は本気だと悟った。

 だって、彼女は人間であると言われるよりも、死神であると言われた方が遥に納得できてしまうほどに精巧な顔立ちをしているのだ。

 そして。
 すごく、ホッとしている自分がいた。
 ああ。ボクはやっと、この苦痛すぎる世界から連れ出してもらえるのか、と。

「死神さん。ボクの前に現れてくれて、ありがとう」

 だから、つい漏れ出てしまったこの言葉は、僕の本心そのものだった。

 それなのに、彼女はその蝋細工のような顔に衝撃を走らせた。切れ長の瞳をおろおろと見開きながら、まるでボクを珍妙な生き物でも見つめるかのような瞳で見ている。

「しょ、正気ですか? 貴方様は今、余命宣告を受けたのですよ?」

 死神さんの顔には、明らかに戸惑いが浮かんでいた。
 ボクは首を傾げる。

「そんなに、おかしいことだった?」
「だ、だって……我々は人間から恐れられることはあっても、感謝されることはありえませんから……」

 風にまぎれたらとけて消えてしまいそうな頼りない声がもじもじとすぼまっていく。こうして困ったような表情を浮かべていると、急にあどけない小さな子供のように思えてくるのが少し可笑しい。

 同時に、そんな彼女の表情を見ていて『ああ、またなのか』と思った。
 ボクは、死神にすら、気味の悪いやつだと思われてしまうような奴らしい。

「ボクは、他の人たちとは違う。必死に頑張ってはいるけど、この社会で普通に生きていくことは、ボクにはやっぱり難しい。君がボクの命を摘み取ってくれるというののなら、本望だ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

月曜日の方違さんは、たどりつけない

猫村まぬる
ライト文芸
「わたし、月曜日にはぜったいにまっすぐにたどりつけないの」 寝坊、迷子、自然災害、ありえない街、多元世界、時空移動、シロクマ……。 クラスメイトの方違くるりさんはちょっと内気で小柄な、ごく普通の女子高校生。だけどなぜか、月曜日には目的地にたどりつけない。そしてそんな方違さんと出会ってしまった、クラスメイトの「僕」、苗村まもる。二人は月曜日のトラブルをいっしょに乗り越えるうちに、だんだん互いに特別な存在になってゆく。日本のどこかの山間の田舎町を舞台にした、一年十二か月の物語。 第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます、

たとえ世界に誰もいなくなっても、きみの音は忘れない

夕月
ライト文芸
初夏のある日、蓮は詩音という少女と出会う。 人の記憶を思い出ごと失っていくという難病を抱えた彼女は、それでも明るく生きていた。 いつか詩音が蓮のことを忘れる日が来ることを知りながら、蓮は彼女とささやかな日常を過ごす。 だけど、日々失われていく彼女の記憶は、もう数えるほどしか残っていない。 病を抱えながらもいつも明るく振る舞う詩音と、ピアノ男子 蓮との、忘れられない――忘れたくない夏の話。 作中に出てくる病気/病名は、創作です。現実の病気等とは全く異なります。 第6回ライト文芸大賞にて、奨励賞をいただきました。ありがとうございます!

サラリーマン博士 ~ 美少女アンドロイドは老人です

八ツ花千代
ライト文芸
 万能工具を手に入れた主人公は、神の制裁に怯えながらも善行を積むために活動を開始しました。  目立つ行動を極端に嫌う主人公は美少女アンドロイドの影に隠れながら暗躍するのですが、特ダネを狙うマスコミや警察に目を付けられ尾行されてしまいます。  けれど易々とは尻尾を掴ませません。  警察は主人公の背後に巨大な組織がいるのではないかと疑い、身辺捜査をするのですが、どこを探しても秘密基地などありません。  そこへ、TV局が謎のヒーローに襲われる事件が発生。これも主人公が関係しているのではないかと警察は疑いをかけます。  主人公の行動に疑念を抱くのは警察だけではありません。同じ会社に勤める女性社員も目を光らせます。  しかし、疑念はいつしか好意になり、主人公を愛してしまうのでした。  女性社員を騒動に巻き込みたくない主人公は冷たく突き放しますが諦めてくれません。  そんな女性社員ですが会社の上司と秘密裏に交際しているのです。  主人公は恋愛に無関心なので、ドロドロの三角関係オフィスラブには発展しません。  恋よりも世界の命運のほうが大事なのです!!  ※この物語はフィクションです。登場する国・人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

同人サークル「ドリームスピカ」にようこそ!

今野ひなた
ライト文芸
元シナリオライターのニートが、夢を奪われた少年にもう一度元気を出してもらうために同人ゲームを作る話。

れもん

hajime_aoki
ライト文芸
名家の後継として生まれた幼子の世話係となり、生きる価値を手に入れた主人公はある日幼子と家出をする。しかし若い自分と幼子の逃避行は長くは続かず、冬の寒い日、主人公は愛する子を残し姿を消した。死んだも同然の主人公は初老の男性とたまたま出会い依頼を受ける。やるせなく受けた仕事は「殺し屋」だった。

ひきこもり×シェアハウス=?

某千尋
ライト文芸
 快適だった引きニート生活がある日突然終わりを迎える。渡されたのはボストンバッグとお金と鍵と住所を書いたメモ。俺の行き先はシェアハウス!?陰キャ人見知りコミュ障の俺が!?  十五年間引きニート生活を送ってきた野口雅史が周りの助けを受けつつ自分の内面に向き合いながら成長していく話です。 ※主人公は当初偏見の塊なので特定の職業を馬鹿にする描写があります。 ※「小説家になろう」さんにも掲載しています。 ※完結まで書き終わっています。

うみのない街

東風花
ライト文芸
喫茶木漏れ日は、女店主のように温かいお店だった。家族の愛を知らずに生きた少女は、そこで顔も名前も存在さえも知らなかった異母姉に優しく包まれる。異母姉もまた、家族に恵まれない人生を歩んでいるようだったが、その強さや優しさはいったいどこからくるのだろうか?そして、何にも寄りかからない彼女の幸せとはなんなのだろうか?

処理中です...