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その4 危ない!

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「今日は、五月に行われる体育祭実行委員を決めまーす!」

 桜峰中学校の体育祭は、五月中旬に行われる。
 わたしたち一年生にとっては中学校で一番最初のイベントだ。
 体育の授業でも、すでに演目の練習が始まっている。楽しみだなぁ。わたし、身体を動かすのは得意な方なんだよね!

「男女一人ずつです。立候補者はいませんかぁ」

 担任のゆき先生が教室中に声をかけるも、誰からも反応はなし。
 みんな、誰かが手を挙げるのを待っている空気だ。
 それなら、やってみようかな!

「わたし、やります」
「野崎さん、ありがとう! 女子は野崎さんで決まりね」

 幸先生が笑顔を浮かべて、黒板にわたしの名前を書く。
 他の女の子たちは、ホッとしたように息をついていた。
 部活に入る子からしたら、委員会の仕事はジャマになるもんね。
 わたしは中学で部活に入る気がないから、代わりに引き受けても良いかなと思ったんだ。

「男子の立候補者はいませんかぁ~。今日は決まるまで帰れませんよ~」
「じゃあ、オレやります」

 奏多が、まっすぐに手を挙げた瞬間。
 教室中に、雷が落ちたようなピリついた空気が走った。

「はいっ! やっぱり、あたしも実行委員やりたいです!」
「あっ、抜けがけずるーい。私もやりたいのに!」
「先生っ。これだけ立候補者が多いなら、女子の実行委員は正当にじゃんけんやあみだくじで決めるべきではないでしょうか!」

 ひええ。さっきまで誰も見向きしていなかったのに、突然、争奪戦へと早変わりだよ。

「女子って、現金だよなぁ……」
「イケメンは、良いよなぁ……」

 心なしか鼻息が荒くなっている女子を横目に、男子たちは、遠い目でぼやいている。

「漣と同じクラスでいる限り、僕らは絶対に日の目を見ないね……」
「もはや、別クラスになってもだろうな」
「おおおい! 彼女の一人もできない中学校生活なんて俺は認めねえぞ! 漣、一刻も早く彼女を作れ!」
「そうだそうだー! この際、学園一の美少女と付き合うのでもかまわねえぞ!」

 意図せず大波乱を巻き起こてしまった張本人が、困ったように口を開く。

「彼女はいないけど、オレには、こん……」

 ちょっ! 奏多、もしかして!

「うわあああああああああっ!」
「野崎さんどうかしましたか!?」
「い、いやっ。ちょっと筆箱に虫が止まってたような気がしたんだけど、見間違いでした~っ! 騒いじゃってごめんなさい!」

 今、わたしとの関係をあっさりバラそうとしてたよね⁉ 心臓止まりそうだったよ!

「はあ、そうですか。それにしても、すごい悲鳴でしたね……」

 人の良い幸先生は、わたしの苦しい嘘を信じてくれたけど、奏多の一挙一動に注目している他の子たちまでは誤魔かしきれていなかった。

「王子、さっきなにか言いかけなかった……?」
「絶対、言いかけてたよ!」

 この流れはやばい!

「漣くん! なんて言おうとしたの⁉」

 奏多が口を開くよりも先に、光速で先手を打つ。

「あっ。話、さえぎっちゃってごめんね! 漣くんっ」

 あえての苗字呼び作戦! 決して深い仲ではありませんよ演出だ。
 冷や汗を流しながら、意図が伝わるように、必死で奏多を見つめると。
 彼は、驚いたように瞳をパチクリとさせていた。
 だけどそれも一瞬のことで、すぐにわたしから視線をそらした。

「……ううん。なにも言ってないよ、野崎さん」

 ホッと胸を撫でおろすのと同時に、なんだか、ちくりと胸が痛んだけど。
 先に他人のフリを始めたわたしに、こんなことを思う資格はないよね。
 結局、幸先生が「揉めていたようですが、女子は最初に立候補してくれた野崎さん、男子は漣くんで決まりにしますね! はい、解散解散ー!」としめくくり、やっとホームルームが終わったのだ。
 解散になるなり、由美ちゃんがわたしの机をめがけて突撃してきた。

「莉子! 莉子は、一体、前世でどんな徳を積んだの⁉」
「は……?」

 ポカンとするわたしに、由美ちゃんは両手を胸の前で組んで熱弁をふるった。

「とぼけないでっ! さっきのホームルームのことだよう! 自分の立候補したすぐ後に漣くんが立候補してくるなんて、どういうこと? 前世はマザー・テレサ⁉」

 うっっ。一難去ったと思ったら、早速また一難だよ……!

「いや~。たまたまじゃないかなぁ」
「漣くんと同じ委員会なんて! うわあああ、うらやましすぎて泣けてくるっ」
「そんなにやりたいなら、代わってもいいよ?」
「それはダメだよ!」
「なんで?」

 目を丸くするわたしを、由美ちゃんがピシッと指差す。

「抜け駆けは禁止なの! 漣くんはみんなの王子さまだもん。これは漣奏多親衛隊の入隊テストに出るところだから、しっかり覚えてよね!」
「は、はぁ……」

 漣奏多親衛隊、入隊テストまであるんだ。ということは、由美ちゃんはしっかり合格して、無事に入隊したってことだよね……。
 由美ちゃんに、わたしが奏多の婚約者なのだと知られたらどんな目にあうかわからない。
 恐ろしい未来を想像して、身震いがしてきた。

「と、ところでさっ。由美ちゃんの持ってるうさぎのペンケース、すっごくかわいいよね~。どこで買ったの?」

 どうにか話をそらすべく思いついたのは、由美ちゃん愛用のうさぎペンケースだった。
 ゆるっとしたうさぎの顔が、そのままペンケースになっているの。
 とっさの思いつきだったけど、前々からかわいいとは思っていたのは本当だ。

「ふっふーん。莉子、いいところに気がついたねぇ」
「いいところ?」
「そうっ! 実はあれね、姫ちゃんとおそろいなの!」
「姫ちゃん……っていうと、現役JCモデルの月城つきしろ姫乃ひめのちゃん?」
「そうそう! こーゆーのウトそうな莉子でも、姫ちゃんのことはさすがに知ってるかぁ」

 月城姫乃。
 みんなに『姫ちゃん』の名で親しまれている彼女は、人気雑誌『smile』で活躍中の、現役JCモデル。笑顔がキュートで、どんなお洋服でも似合っちゃう彼女は、本物のお姫さまみたいな、きらきらとした女の子なんだ。
 フォロワー数もすさまじいし、今や女子中学生で彼女を知らない子はいないだろう。

「あたし、姫ちゃんの大ファンなんだ~~! このペンケースも姫ちゃんが『姫の愛用ペンケース♡』ってオンスタに投稿したとたんに、飛ぶように売れはじめたんだよ。手に入れるのに、期間限定ショップで一時間も並んじゃったし」
「へえぇ。そうだったんだ」
「姫ちゃんはすごいよねぇ。あたしたちと同い年なのに、バリバリお仕事してて、ファンもたくさんいてさぁ」
「そう、だよね」

 月城さんみたいな人には、世界が違って見えているんだろうな。
 生まれながらにして主役になれる、輝かしい人生。
 もしも、奏多の幼馴染がわたしじゃなくて、彼女みたいなお姫さまだったら。
 みんなに、『運命の二人だね』って認めてもらえたのかな。
 暗い海へ落ちていきそうになった思考をさえぎるように、足音が近づいてきた。

「由美ちゃーん。そろそろ音楽室に向かわないと、パート練習に間にあわないよ~!」
「あれっ、もうそんな時間か! おしゃべりしすぎちゃった。莉子、また明日ね!」
「う、うん! またね」

 迎えにきた吹奏楽部の子と一緒に教室を出ていく由美ちゃんを見送って、一人で帰宅路についた。
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