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その2 たった一人の特別な男の子
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出会って間もないころの奏多はとても大人しかったけど、一緒に過ごす時間が長くなるうちに心を開いてくれるようになった。
たくさんの思い出があるけど、忘れもしないのは奏多と出会ってから初めての冬だ。
きたる二月十四日は、バレンタインデー。
その日は、好きな人にお菓子をあげる日だとママから聞いて、奏多に手作りのものをあげようと張りきっていたんだ。
『りこ~。クッキー作り、ママは本当に手伝わなくて平気なの?』
『だーいじょうぶだって! 何度か練習したし、今日は一人で作る!』
『そうー? じゃあ、ママはちょっと買い物に出るね』
『はーい!』
せっかくだから、一人で頑張りたい。
奏多に一人で作ったんだよって自慢したいから!
調子に乗って、ママの申し出を断ったんだけど……、
『できたーーっ! さーて、いっただきまー……うわっ!?』
できあがったココアクッキーに似た物体をかじったとき、激しい後悔におそわれた。
『なにこれっ!? かっっっった!』
おせんべいかと思うほどの固さ! 歯が割れちゃいそうだ。
なんで! ママと作ったときはサクサクしていて、あんなにおいしかったのに!
これはひどい。人の食べ物ですらないよ。
不器用なのに、調子に乗って一人で作ったりしたからだ……。
悲惨な大失敗クッキーを前に、地面にのめりこんじゃいそうなほど落ちこんでいたら。
『りこ』
『……えっ。か、かなた!?』
真後ろに奏多が立っていて、飛びあがりそうなほど驚いた。
『な、ななな、なんでいるのっ』
『ママから、野崎さんにお使いを頼まれたんだ。家の前で野崎さんに会って、家にいれてくれた』
『そ、そんなに前から……』
『話しかけようか迷ったんだけど、待ってたんだよ。りこ、すごく一生懸命だったから』
うわあ~~~! なんてバッドタイミング!
奏多と会えるのはいつでも大歓迎! と言いたいところだけど、今だけはそんな気分じゃない。
ママ、空気読んでよぉ~~~!
わたしが内心ムンクの叫び状態になっていることにも気がつかず、奏多は、魔のカチコチクッキーに興味を持ってしまった。
『それ、りこが作ったんだよね?』
『……そ、そうだけど』
『食べたいな』
『ダメ!!!!』
『どうして? こんなに、たくさんあるのに』
『~~~っ。ダメったらダメなの!!』
だってそれ、人の食べ物じゃないから!
そう素直に打ちあけてしまえば、奏多も引き下がったのかもしれないけど。
そこまで正直になるのは気恥ずかしくて、意地をはったんだ。
『そんなに必死に止められたら、逆に気になるよ』
だけど奏多は、わたしを無視して、ひょいっとクッキーを食べてしまって……。
『あーっ!!!!』
『ん……』
奏多に、魔のクッキーを、食べられてしまった!!!
絶望的だ。
やさしい彼でも『こんなにマズいクッキー、逆に、どうやったら作れるの?』って呆れるに違いない。わたしは、奏多に笑顔になってほしくて作ったのに……。
『んん……』
中々のみこめずにいる奏多を前に、どんどん消えたいような気持ちになっていく。
『うううっ……。だから、食べないでって言ったのに。かなたのバカ~ッ!』
悲しさと悔しさとで、みっともなく涙まで出てくる。
そんなわたしを見つめながら、奏多は激マズクッキーをごくりとのみこんだ。
『えと……勝手に食べてごめんね? でも、おいしかったよ。りこ、大げさすぎ』
『はあ? ウソつかないでよ! それ、人の食べ物になってないもん!』
『たしかに少し固かったけど……味は、ちゃんとおいしかった。なにより、りこが作ったクッキーだもん。おいしくないわけがないよ』
誰が食べても、思わず口から吐き出してしまいそうなほど、ひどいできだったのに。
奏多は、涙目になったわたしを安心させるように、二枚三枚と手をのばして食べ続けてくれたんだ。うれしさと申し訳なさと気恥ずかしさが渦巻いて、胸がいっぱいで。
『……ほ、ほんとは、もっとサクサクとしてる、おいしいのができる予定だったの』
『うん。次に作ったら、また食べさせてね』
『……いいの?』
『当然でしょ。それより、どうして急に一人で作ろうと思ったの?』
『もうすぐバレンタインだから。奏多に受けとってほしくて』
ぎゅっとエプロンのはしをつかみながら、うつむくと。
奏多は、なぜか顔を赤らめて声を震わせた。
『えと……。オレのため、だったの……?』
『そうだよ。バレンタインは、好きな人にお菓子をあげる日だって聞いたから』
『そっか……! ふふっ。そっかあ』
奏多はおさえきれないというように、笑みをこぼして。
ニコニコと、急に上機嫌になりながら首をかしげた。
『残りも全部もらっていい?』
『ウソでしょ⁉ そんなに食べたらお腹こわすよ!』
うれしい気持ち以上に、奏多の胃の方が心配になってしまって。
本気で止めたんだけど、聞く耳をもってもらえなかった。
『こわさないよ。それに、りこがオレのために作ってくれたクッキーを、他の誰かに食べられるほうが嫌だ』
まじめな顔で主張する奏多に、胸がぎゅうっと締めつけられて、痛いぐらいで。
なんでだろう。ドキドキしすぎて、奏多の顔を直視していられない。
奏多は、守ってあげたい、かわいい男の子だったはずなのに。
宣言通り、わたしの失敗作をぺろりと平らげて『また、作ってね』と笑った彼に、胸の鼓動が鳴りやまなかった。
あの日からずっと、奏多はわたしにとって、たった一人の特別な男の子なんだ。
たくさんの思い出があるけど、忘れもしないのは奏多と出会ってから初めての冬だ。
きたる二月十四日は、バレンタインデー。
その日は、好きな人にお菓子をあげる日だとママから聞いて、奏多に手作りのものをあげようと張りきっていたんだ。
『りこ~。クッキー作り、ママは本当に手伝わなくて平気なの?』
『だーいじょうぶだって! 何度か練習したし、今日は一人で作る!』
『そうー? じゃあ、ママはちょっと買い物に出るね』
『はーい!』
せっかくだから、一人で頑張りたい。
奏多に一人で作ったんだよって自慢したいから!
調子に乗って、ママの申し出を断ったんだけど……、
『できたーーっ! さーて、いっただきまー……うわっ!?』
できあがったココアクッキーに似た物体をかじったとき、激しい後悔におそわれた。
『なにこれっ!? かっっっった!』
おせんべいかと思うほどの固さ! 歯が割れちゃいそうだ。
なんで! ママと作ったときはサクサクしていて、あんなにおいしかったのに!
これはひどい。人の食べ物ですらないよ。
不器用なのに、調子に乗って一人で作ったりしたからだ……。
悲惨な大失敗クッキーを前に、地面にのめりこんじゃいそうなほど落ちこんでいたら。
『りこ』
『……えっ。か、かなた!?』
真後ろに奏多が立っていて、飛びあがりそうなほど驚いた。
『な、ななな、なんでいるのっ』
『ママから、野崎さんにお使いを頼まれたんだ。家の前で野崎さんに会って、家にいれてくれた』
『そ、そんなに前から……』
『話しかけようか迷ったんだけど、待ってたんだよ。りこ、すごく一生懸命だったから』
うわあ~~~! なんてバッドタイミング!
奏多と会えるのはいつでも大歓迎! と言いたいところだけど、今だけはそんな気分じゃない。
ママ、空気読んでよぉ~~~!
わたしが内心ムンクの叫び状態になっていることにも気がつかず、奏多は、魔のカチコチクッキーに興味を持ってしまった。
『それ、りこが作ったんだよね?』
『……そ、そうだけど』
『食べたいな』
『ダメ!!!!』
『どうして? こんなに、たくさんあるのに』
『~~~っ。ダメったらダメなの!!』
だってそれ、人の食べ物じゃないから!
そう素直に打ちあけてしまえば、奏多も引き下がったのかもしれないけど。
そこまで正直になるのは気恥ずかしくて、意地をはったんだ。
『そんなに必死に止められたら、逆に気になるよ』
だけど奏多は、わたしを無視して、ひょいっとクッキーを食べてしまって……。
『あーっ!!!!』
『ん……』
奏多に、魔のクッキーを、食べられてしまった!!!
絶望的だ。
やさしい彼でも『こんなにマズいクッキー、逆に、どうやったら作れるの?』って呆れるに違いない。わたしは、奏多に笑顔になってほしくて作ったのに……。
『んん……』
中々のみこめずにいる奏多を前に、どんどん消えたいような気持ちになっていく。
『うううっ……。だから、食べないでって言ったのに。かなたのバカ~ッ!』
悲しさと悔しさとで、みっともなく涙まで出てくる。
そんなわたしを見つめながら、奏多は激マズクッキーをごくりとのみこんだ。
『えと……勝手に食べてごめんね? でも、おいしかったよ。りこ、大げさすぎ』
『はあ? ウソつかないでよ! それ、人の食べ物になってないもん!』
『たしかに少し固かったけど……味は、ちゃんとおいしかった。なにより、りこが作ったクッキーだもん。おいしくないわけがないよ』
誰が食べても、思わず口から吐き出してしまいそうなほど、ひどいできだったのに。
奏多は、涙目になったわたしを安心させるように、二枚三枚と手をのばして食べ続けてくれたんだ。うれしさと申し訳なさと気恥ずかしさが渦巻いて、胸がいっぱいで。
『……ほ、ほんとは、もっとサクサクとしてる、おいしいのができる予定だったの』
『うん。次に作ったら、また食べさせてね』
『……いいの?』
『当然でしょ。それより、どうして急に一人で作ろうと思ったの?』
『もうすぐバレンタインだから。奏多に受けとってほしくて』
ぎゅっとエプロンのはしをつかみながら、うつむくと。
奏多は、なぜか顔を赤らめて声を震わせた。
『えと……。オレのため、だったの……?』
『そうだよ。バレンタインは、好きな人にお菓子をあげる日だって聞いたから』
『そっか……! ふふっ。そっかあ』
奏多はおさえきれないというように、笑みをこぼして。
ニコニコと、急に上機嫌になりながら首をかしげた。
『残りも全部もらっていい?』
『ウソでしょ⁉ そんなに食べたらお腹こわすよ!』
うれしい気持ち以上に、奏多の胃の方が心配になってしまって。
本気で止めたんだけど、聞く耳をもってもらえなかった。
『こわさないよ。それに、りこがオレのために作ってくれたクッキーを、他の誰かに食べられるほうが嫌だ』
まじめな顔で主張する奏多に、胸がぎゅうっと締めつけられて、痛いぐらいで。
なんでだろう。ドキドキしすぎて、奏多の顔を直視していられない。
奏多は、守ってあげたい、かわいい男の子だったはずなのに。
宣言通り、わたしの失敗作をぺろりと平らげて『また、作ってね』と笑った彼に、胸の鼓動が鳴りやまなかった。
あの日からずっと、奏多はわたしにとって、たった一人の特別な男の子なんだ。
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