わたしの婚約者は学園の王子さま!

久里

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その1 わたしと王子さまの出会い

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 わたし、野崎のざき莉子りこがこの春に入学した桜峰さくらみね中学には、みんなの憧れの王子さまがいる。

「きゃ~! やばいっ。さざなみくん、今日もかっこよすぎなんだけど!」
「今日も国宝級のイケメン! はぁ。ちょっとでいいから、お近づきになれないかなぁ」
「クールで隙がないよねぇ。笑った顔、見てみたいなぁ」
「いや~。無表情であの破壊力だよ? 笑顔を向けられた日には確実にキュン死ぬ!」

 クラスの女の子たちが目をハートマークにして語っているのは彼、さざなみ奏多かなたのことだ。
 話題の張本人である漣くんは、イヤフォンをつけて窓の外の葉桜に視線をやっている。そのきれいな顔から感情は読みとれない。
 サラサラの黒い髪に、雪のように白い肌。大きな瞳は、透きとおっていて宝石みたい。
 たしかに彼は、少女マンガの中から抜け出してきた王子さまのようだ。
 女の子たちが騒ぐのもうなずける、完ぺきなイケメンぶり。
 ぼんやりとしていたら、背後からツヤっぽいため息が聞こえてきた。

「は~~~、今日も今日とて漣くんが尊すぎる!」

 永野ながの由美ゆみちゃんだ。二週間前の入学式で仲良くなった、明るい女の子。

「あんなにかっこよくて、こんなにもてはやされてるのに、それでいて全く浮ついてないんだよ~? 存在が、女子の夢そのもの! 今日も生きていてくれてありがとう漣くん!」

 由美ちゃんは、かなり熱狂的な漣くんファンでもある。
 なにせ、漣奏多親衛隊に入っているくらいだ。

「えっと……由美ちゃん、落ちつこう? 鼻血たれてるよ」
「落ちついてられるかってーの! 莉子、あれ以上のイケメンは身近には早々いないよ! あたしのイケメンレーダーに狂いはないっ」
「あはは。そ、そうなんだぁ」
「うーん。おかしいなぁ」
「えっ。なにが、おかしいの?」
「莉子ってさぁ、漣くんのことになると、妙に冷めてない?」

 ギクリ。

「漣くんほどのイケメンを前にして、どーしてそんなにヘーゼンとしてられるの? みんなメロメロじゃん。おかしくなるのがフツウだって!」

 うっっ!
 由美ちゃんのジト目に、じわじわと追いつめられていく。
 わたしだって、漣くんは、完ぺきなイケメンだと思う。
 あの顔の良さで、おまけに成績優秀、運動神経まで良いときた。
 だけど、わたしにとっての漣くんは……ただそれだけの存在じゃない。
 こめかみから冷や汗を流すわたしに向かって、由美ちゃんは思案顔。

「うーん。もしかして、同じ小学校だったから、見慣れてるとか?」
「あっ……そうそう! そういうことだよ!」
「えー、そういうものかなぁ。あのレベルのイケメンになると、見慣れるのも難しいと思うけど」

 さっきから、冷や汗がだらだらと止まらない。
 由美ちゃんに、なんて返答をすればいいのかわからなくて。
 野崎莉子。どこにでもいる、ごくごく普通の中学一年生。
 運動が得意なぐらいで、他にこれといった特徴のないわたしには、とんでもないひみつがある。わたしは、学校の誰にも、このひみつを知られるわけにはいかないんだ。


「お邪魔します」
「奏多くん、いらっしゃーい!」

 ママは、家にやってきた彼を見るなり、満面の笑みを浮かべた。

「ふふふー。奏多くんったら、また一段と男前になったわねぇ。中学でもモテモテなんじゃない?」
「あー……。声をかけられることは、増えたかもしれないですね。わずらわしいことの方が多いですけど」
「そうなのぉ?」
「はい。オレ、莉子以外の女子に興味ないので」
「ごほっごほっ」

 か、奏多っ⁉ ママの前でなに恥ずかしいこと言ってくれてんの!
 焦るわたしに、今度はママが追撃してきた。

「あらあらあら~。奏多くんは、うちの莉子にはもったいないぐらい良い子ねぇ~。莉子。奏多くんに愛想をつかされちゃダメよ」
「えっ。莉子に愛想を尽かすなんて、絶対にありえないですけど……」
「はいはい、わかったからもういいよ! ママっ。わたしたち、部屋にいってるから!」

 ニヤニヤ笑顔から逃れるように、奏多の背中を押して階段を駆けあがる。
 さっきからずっと顔が熱い。ゆだりそうだ。
 二人でわたしの部屋まで避難して、大きく息をついた。

「奏多っ! ママの前で、あーいうこと言うのやめてよっ」
「なんで? 事実を言って、なにが悪いの」
「じ、事実って……」

 わたし以外の女子に興味はないとか、結構すごいこと言ってた気がするけど……。
 口ごもったわたしを、奏多が至近距離でじいいっと見つめてくる。
 か、顔が近い! まつ毛まで見えてるよ。肌、きめこまかすぎなんだけど……!

「オレは、莉子しか見てない」
「ま、また、そうやって恥ずかしいこと言う!」
「だって、ほんとのことだから」

 するりと伸びてきた彼の手が、わたしの頭をふわりと撫でる。
 その心地のよさに思わず目を細めたら、奏多は幸せそうに笑った。

「かわいい。ねえ、抱きしめてもいい?」
「へっ! そ、それはダメっ!」

 こ、こここ、心の準備ができておりませんので!

「なんで? 莉子はオレの婚約者なのに」

 奏多は、小さな子供のようにいじけて、眉尻をさげた。
 わたしが抱えている、とんでもないひみつ。
 それは、桜峰中学の王子さまである漣奏多の婚約者ということだ。

 なぜ、わたしみたいな平凡女子と、奏多のような王子さまが婚約者同士になったのか。
 その発端は、わたしと奏多のママにある。
 二人はもうすぐ二十年来の大親友なんだ。
 わたしが初めて奏多に出会ったのは、小学二年生のときだった。

『りこちゃん。かなたくんと、かなたママが遊びに来たわよ~』

 ママに呼ばれて玄関に出ていくと、小柄な男の子が、自分のママのスカートのスソをつまんで、心細そうにわたしのことを見ていた。

『かなたくん。はじめまして!』
『…………』

 奏多の第一印象は天使!
 今はかっこよさとかわいさが同居しているけど、昔はかわいい系だったんだよね。

『ほら。かなたも、りこちゃんにアイサツしなさい』

 奏多ママにうながされて、奏多はおずおずと頭を下げた。

『は、はじめまして』

 大きな瞳はうるんでいて。ママのスカートをつかむもみじみたいな手は震えてた。
 ガチガチに緊張している奏多を見つめながら、わたしは決意したんだ。
 この子を守ってあげなきゃ、って。
 出会って間もないころの奏多は、そのくらい大人しい子だったの。
 奏多ママは結婚をしてからもバリバリのキャリアウーマンで、奏多はよく家に預けられていたんだけど、ほとんど無口だった。
 代わりに、よく絵を描いていたな。
 色鉛筆セットとスケッチブックを持ってきて、一生懸命に手を動かしていた。
 わたしは、そんな奏多を見つめながら、マンガを読んだり宿題をしたりしていた。
 全く話さない日もあったけど、目が合っただけで満足していたな。
 少しずつそれだけじゃ物足りなくなって、もっと仲良くなりたいと思うようになった。絵ばかり描いている奏多に、かまってほしくなったんだ。

『かなたくんは、いつも絵を描いてるね!』
『……ダメだった?』

 怯えたように絵を描く手を止めた奏多に、慌てて弁解した。

『ううん! わたし、かなた君が絵を描く時のさらさら~って音、大好き! なんだか落ちつくから。ねえ、いまはなんの絵を描いているの?』

 ぱちぱちと瞬きをしながら戸惑う彼もかわいらしくて、顔がほころんだ。
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