死神の神子と魔弾の機工士

ナカジマ

文字の大きさ
上 下
63 / 96
第2章

第63話 消えた豪華客船

しおりを挟む
 清志とアイナが出会うよりも何年か前の日本近海。とある企業が融資して作られた豪華客船が小笠原諸島の周辺を航行していた。
 ゆっくりと太平洋を進む船内では、緊急事態が起きていた。けたたましく鳴り響くサイレンの音に、あちこちで叫ぶ船員達の声。まるで火災でも起きたかの様な大騒ぎになっていた。

「船長! 我々はどうすれば!」

「ええい、連中は何をやっておるか!」

 小太りの壮年の男性が、苛立ち紛れに操舵室で叫ぶ。指示を仰ぐ若い船員達は、船長に助けを求めるが明確な回答はない。
 操舵室に設置された複数のモニターには、船内で発生した異常事態に対応している船員達の姿が映っている。
 しかしその一部は完全に消えてしまっており、どうなっているのか分からない場所もあった。その映っていないモニターを睨む船長は、内線で目的の場所に向けてコールした。

「何故誰も出ないのだ!」

「分かりません! もう30分経ちますが何の反応も……」

「見に行かせた連中はどうした!」

「……未だに戻りません」

 この客船は普通の豪華客船では無かった。外観が客船をしているだけで、船底やその周辺は全て研究設備となっていた。
 海洋生物と深海、そして深海生物の調査を目的とした特別な船だった。わざわざこんな偽装をしているのは、あまり褒められた研究内容では無いからだ。
 違法な調査を既に何度も行っていた。だが船を動かす目的で集められた船員達には、その詳細を教えられて居なかった。
 せいぜい物好きな研究者が集まる船としか思っていない。そもそも船内の研究施設には、IDカードがないと入れないので船員達は何も知らない。
 入る事は出来なくても、入り口から施設内との連絡は可能だ。それ故に直接船長が部下を見に行かせたのだが、その船員達も帰って来ない。

「船長!? 急に霧が出て来ました!」

「何だこの霧は!? 海霧の季節でもあるまいに!」

「このまま進むのは危険です!」

 大航海時代とは違い技術は大きく進歩している。しかし何も目視出来ない程の濃い霧ともなれば話は変わって来る。
 周辺を航行する船舶と針路を確認しながらで無ければ、衝突事故を起こし兼ねない。そもそもこんな風に突然周囲が霧に包まれる事自体が異常だ。
 下手な判断は船員達全員の命を危険に晒してしまう。幾ら科学と魔術で進歩した技術があろうと、過信はいつだって不幸を招くものだ。

「仕方ない、一旦停止して周囲の船舶に連絡を」

「は、はい!」

「君は私と来い、下を見に行くぞ」

 船長は若い船員達に指示を出してから、部下を1人連れて研究者達の様子を見に船底へと向かって行く。
 先程から鳴り響くサイレンは、間違いなく船底が原因だ。異常を検知したのも船底だけで、他に関係がありそうな場所は無かった。
 一度船体が大きく揺れたので、そのせいで損傷が出た箇所が幾つかある。その対処に船員達が駆け回る中、船長と部下の2人は下へ下へと向かって行く。そして辿り着いた研究所の入り口。そこには誰の姿もない。

「どうなっている? 先に行かせた者達が居ないぞ?」

「中とも連絡はつきませんね」

 壁面に設置された内部との通信設備を部下が操作するも、何の返答も無いままだ。そもそも20分程前にここへ来た筈の船員達が1人も居ない。
 どうにも不気味で怪しい雰囲気を2人は感じていたが、ここは船の中で海上に居る。何かあったのであれば確認しなければ危険過ぎる。
 もし沈没する様な事になれば、ただでは済まないのだから。こんな真冬の太平洋に投げ出されるのはあまりにも危険過ぎる。

「ん? 何だ? 開いておるのか?」

「そうみたいですね?」

「君、ちょっと手伝ってくれ」

 研究施設へと続く自動ドアが微妙に開いていたのを確認した2人は、力を合わせて自動ドアを開けて行く。
 コンビニの様な薄い自動ドアではなく、研究施設用のしっかりしたドアだ。大人の男性2人でも、人がギリギリ通れる程度の隙間を開けるだけでも一苦労だった。
 何とか中に入れた2人は、初めて見る施設内を興味深そうに確認して周る。まだ入り口付近だからか、そう大したものは無い。
 まだ研究施設の居住エリアでしかない為、施設の外とそれほど大きな差はない。どこにでもある様な机や椅子などの調度品が並んでいる。

「思っていたより普通ですね」

「そりゃそうだろう。ただの船だぞ?」

「もうちょっと特別な何かがあるのかと」

 2人は更に奥へと進んで行く。最初は特に目立つ物は無かったが、徐々に船内の雰囲気が変わって行く。
 次第にここは本当に船の中なのかと思う程に、様々な研究設備があちこちに配置されていた。ただの船乗りでしかない2人には、それらが何をする機械なのか見当もつかない。
 下手に触ってより事態を深刻な物にしない様に注意しながら進んで行く。そうして進んだ先には、人が入れる様な巨大なガラス製の水槽らしき物が置かれている場所へと到着した。

「連中、何をしておったのだ?」

「……船長、昔こんなホラー映画がありませんでした?」

「馬鹿を言うな。作り話と一緒にするな……ん?」

 船長が歩いていた足下に何か液体の様な物が落ちていた。船長がその液体らしきものに触れてみると、やけに粘り気のある粘液の様なものだった。
 何故こんなものが此処にあるのかと疑問に思った2人だったが、更に進むとあちこちに同じ物が落ちているのを発見した。
 妙に生臭い匂いが、周囲には充満している。2人の背中には、冷たい汗が流れ始めた。明らかに良い雰囲気ではない。

「船長これ、やっぱり……船長! 後ろ!」

「何を……うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「船長ーーー!? な、何だ!? やめろ! うわぁぁぁぁぁぁ!?」

 何者かに襲われた2人が、操舵室に戻る事は無かった。そして謎の濃霧が晴れた後には、豪華客船の姿はどこにも無かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。 ⚠️不倫等を推奨する作品ではないです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕 タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】 3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

貞操逆転の世界で、俺は理想の青春を歩む。

やまいし
ファンタジー
気が付くと、男性の数が著しく少ない歪な世界へ転生してしまう。 彼は持ち前の容姿と才能を使って、やりたいことをやっていく。 彼は何を志し、どんなことを成していくのか。 これはそんな彼――鳴瀬隼人(なるせはやと)の青春サクセスストーリー……withハーレム。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

処理中です...