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第1章

第51話 強制捜査開始

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 西山製薬の強制捜査当日。京都市内の工業地帯の一角に広大な敷地を持つ京都支社を訪れた。しかしどうにも様子がおかしい。
 入場ゲートには警備員もおらず、中に入っても誰も居ない。受付にはカップに入ったままの冷めたコーヒーが置かれている。
 まるで忽然と人間だけが消えたかの様に、異様に静かな空間と化していた。この状況には、嫌気が差すほど覚えがある。何か良くない事があったのは間違いない。

「ゲンさん、これは……」

「あぁ。コイツぁマズイかもな」

「事務所に誰も居なかったわ」

 前回来た時には結構な人数の社員が居たし、データ上でも100人以上の関係者が居る筈だった。それがまるでホラー映画の様に静まり切っている。
 逃げ出したのならまだ良いが、最悪の場合だとその全員に何かがあった事になる。もしそうであるならば、ここ最近で最悪の被害者数となる。
 もう少し早く捜査に踏み切れていれば。そんな考えが一瞬頭に浮かぶが、今それを悔やんでも仕方がない。

 出来る限り多くの人達が無事である事を祈りつつ、行動に移らねばならない。ここで何があったのか解明する事、そして最も怪しい斉藤和真さいとうかずまの確保と証拠の押収を急がねばならない。
 更にまだ匿われているであろうテロリスト達の確保も大切だ。ここで逃がせばもっと酷い事になってしまう。

「先に進もう」

「経験則上、地下の研究施設が怪しいわね」

「奇遇だな嬢ちゃん、俺もそう思う」

 今回の強制捜査には俺とアイナ、そしてゲンさんを含めた8人の魔術師が参加している。全員がAランク以上の精鋭揃いだ。
 最悪戦闘になった場合も考えての人選だったが、悪い意味で正解だった。こうなって欲しくは無かったのだが、世の中悪い予想は良く当たるものだ。
 先に進む度に、どんどん怪しさが増して行く。魔導犯罪の現場は、いつもこんな感じで淀んだ空気をしている。
 それについてはまだ明確に解明されていないが、恐らくは人間の恐怖や絶望などの感情が原因ではないかと言われている。そして俺は死神の神子であり、他の人より死の気配に敏感だ。

「あら、随分と人の子が死んだ様ね」

「また勝手に出て来て! 邪魔はするなよ」

「大丈夫よ、邪魔はしないわ」

 地下から漂って来る濃密な死の気配に反応して、黄泉津大神が現れた。人が死ぬ所を見たがるその陰湿さは流石と言うべきか。
 生憎と他の死神達とは交流が無いので、皆こうなのかは分からない。ただハーデスとは関わらない方が良いとだけは聞いている。
 理由は明かされて居ないが、きっと黄泉津大神みたいな性格をしているのだろう。聞く限りだとあちらの方も、中々に性格が破綻していそうだ。
 以前に一度だけ黄泉津大神に聞いて見た事があるが、もの凄く嫌そうな顔で断られた。どうせ同族嫌悪でもしているのだろう。

「変な事考えてないかしら?」

「考えてない、集中しろ」

 その一言は自分へのブーメランでもあるが気にしない。俺達8人と死神で警戒をしながら社内の奥へと進んで行く。
 ちょうど敷地の中央辺りになる位置までゆっくりと進んで来た。これまでに誰1人も見掛けて居ないが、死体も見つかっていない。

 これを幸いと見るべきかどうかは、地下に行ってみないと分からない。漂う死の気配は、どんどん濃くなって来ている。
 それは目的の1つでもある、目の前のメインエレベーターから漏れ出ているらしい。地下へと行くにはここからしか行けないと、事前に西山製薬の社長秘書から連絡を貰っている。
 本来なら、その秘書に案内をされる筈だったがどこにも姿はない。特殊なキーカードが必要らしいが、それが無いと地下には行けない。

「キーカードが無いし、無理矢理降りるか?」

「おいおい、年寄りにはキツイぞ」

「待って! この刺さっているのがキーカードじゃない?」

 アイナが指差した先には、紫色をしたカードがある。カバーを外すと露出するタイプの差込口に、綺麗に差し込まれたままになっていた。
 都合が良いと言えば良いが、この状況は非常に胡散臭い。わざと差してあるのか、それとも抜き忘れる程の事態に見舞われたのか。
 いずれにしても、あまり喜べる事ではない。これが脱出ゲームであったのなら、ラッキーだと喜べる話だがこれはゲームではない。
 ただただ不穏な何かを感じさせる形での入手ではあるが、使わないと言うのも躊躇われる。

「罠、か? どう思う?」

「怪しいっちゃあ怪しいわな」

「罠でも正面からぶち破れば良くない?」

 アイナの非常に心強い返答は有り難い話ではある。その場で少し話し合いにはなったものの、結局はアイナの意見が採用される事になった。
 多数のテロリストを相手にせねばならない可能性はあるが、こちらはSランクが2人だ。それに例の死なないテロリスト対策は、俺達全員が用意している。
 一度種の割れた手品でどうにかなるほど、俺達魔導協会の魔術師はヤワではない。仕組みは不明でも、対応方法は分かっている。
 もちろん再び未知の何かに遭遇する可能性はある。しかしだからと言って、恐れていては執行者なんてやっていられない。

「皆、行こう」

「ええ、やってやりましょう」

「ジジイには優しくして欲しいがね」

 俺達はエレベーターに乗り込み、西山製薬の地下研究施設へと向かう。何が待っているかは分からないが、出来る限りの事はやろう。そして必ず捕まえてやろう、あの斉藤和真と言う男を。
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