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第1章
第49話 平凡な少女が選んだ未来
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その日も森下翔子は西山製薬の研究室へと向かう。地上にある普通の研究室ではなく、許された者だけが入る事の出来る地下深くの研究室に。
そこでは秘密裏に新技術の研究が行われていた。斉藤和真が主導する新プロジェクト専用に用意された特別な研究室に、翔子は我が物顔で入室する。
今となってはこの研究のキーマンとなった翔子は、この研究室では特別扱いをされている。
「ああ森下さん、どうぞこちらへ」
「ありがとう」
「君、彼女に紅茶の用意を」
翔子よりも遥かに歳上の大人達が、まるでお姫様を相手にするかの様な対応をする。それが翔子の自尊心を大きく刺激していた。
学校では、何ら特別な力を持たないCランク魔術師だ。でもこの研究室に入れば、全く逆のVIP扱いだ。
学校では誰も翔子に媚びへつらわないが、ここでは若くて有能な研究者達がまるでアイドルの様に接する。
それがまた翔子を喜ばせた。美人美少女ばかりを褒め称える同年代の男子達とは違い、優秀で収入も高い大人の男性達が優しく接してくれる。
自分の正しい価値を理解して、評価してくれている。自分は平凡で特に目立った所のない、ただのモブ生徒ではないのだと実感出来る場所になっていた。
「おや、森下さん。来てくれたのですね?」
「はい! 和真さんの研究の為ですから!」
「やはり貴女を選んで正解でしたね」
極めつけはこの男、斉藤和真の存在だ。翔子を見出した最初の1人で、最も彼女を持て囃してくれる男性。
つまらない平凡な日々から救い出してくれた特別な人。最早翔子にとっては、ここが唯一の居場所だった。
両親ですら理解してくれない翔子の価値を、認めてくれたこの世界で唯一の存在。殆ど親子に近い年齢差があれども、そんな事は何の障害にもならなかった。
ある時は優しい父親の様で、ある時は特別な扱いをしてくれる異性で。そして何より、社会的地位の高さまで持ち合わせている。
翔子が和真に入れ込むまでは、そう時間を必要としなかった。その研究内容も目的も、翔子が把握している範囲ではクリーンなものばかり。
世の中の為になる素晴らしい研究者。そんな人に特別扱いをされる自分に、翔子は酔いに酔っていた。
「やっぱり聞いて来たのよ、あの2人」
「不祥事がありましたからね、仕方ありませんよ」
「和真さんを疑うなんて、見る目が無い人達だわ」
学園で唯一のSランクコンビに疑いを掛けられる。それは翔子にとって少々不愉快で、同時に快感でもあった。
これで自分達は何も悪くないと分かれば、この素晴らしい研究を発表すれば自分の方こそ価値があると言う事になる。
そんな風に考えただけで、翔子の自己顕示欲は激しく刺激された。魔術師のランクなんて言うつまらない評価よりも、もっと大切な事があるのだと証明出来る。
そうすればもう、誰も自分を無視する事は出来ない。誰からも注目される、特別な存在になれる。
ちょっと美人で転校生だからって、人気者になったいけ好かない女にも負けない存在になれる。
同じ転入組なのに、あっという間に人気者になったアイナと、すぐに埋没した自分の差を密かに翔子は妬んでいた。
「優秀な技術とは、いつも最初は疑いの目を向けられるものですから」
「この技術の価値が分からないなんて、残念な人達だわ」
「いずれ彼らも理解出来ますよ、貴女の様にね」
自分の価値を見出してくれた人と、互いの価値を讃え合う。そんな日々が齎した翔子の人生への影響は途轍もなく大きかった。
自分は特別な筈なのに、何の成果も出せなかった日々。周りとは上手く行かず、次第に孤独な学園生活になって行った過去。
徐々に肥大化していく自尊心に、全く追いつかない実績。その差に苦しみ続けていた毎日とは真逆の現在が、翔子の判断力を大きく狂わせる。
本当にこれで良いのだろうかと、立ち止まる事がない。言われるがままに突き進み、目の前に居る男の本質に気付く事がないまま今日まで来てしまった。
もしどこかで、本当に自分にそんな価値があるのだろうかと疑っていれば。そんな美味しい話がある訳無いと否定していれば。
今日この日はやって来なかっただろう。若いが故に、疑う事を知らなかった。そしてCランク魔術師でも、十分に特別だと理解出来ていればまた違ったのだろう。
何処かで踏み間違えた一歩が、翔子の人生を大きく狂わせる事になった。彼女は知らなかったのだ、斉藤和真と言う男がまともでは無いと。目的の為であれば、何でもやれてしまう人間なのだと。
「さあ、始めましょうか。最終調整を」
「はい! 見ていて下さいね!」
「ええ、期待していますよ。貴女の力に」
自己顕示欲に溺れた少女は、この日全てを取りこぼした。真実を知らぬままに、計画に加担してしまった。
普通のCランク魔術師として、地道にやってさえ居ればこんな未来は訪れ無かっただろう。1人のマッドサイエンティストに利用され、悲劇のヒロインへの道をただ突き進む。
ある意味では特別な存在になれたと言えるだろう。その一点に於いてのみ、彼女の望みは叶えられたと言える。
歴史に残る最悪の魔導犯罪に加担した人間の1人として。沢山の犠牲者を出した、史上最悪の神輿に成り代わると知らないままに。
そこでは秘密裏に新技術の研究が行われていた。斉藤和真が主導する新プロジェクト専用に用意された特別な研究室に、翔子は我が物顔で入室する。
今となってはこの研究のキーマンとなった翔子は、この研究室では特別扱いをされている。
「ああ森下さん、どうぞこちらへ」
「ありがとう」
「君、彼女に紅茶の用意を」
翔子よりも遥かに歳上の大人達が、まるでお姫様を相手にするかの様な対応をする。それが翔子の自尊心を大きく刺激していた。
学校では、何ら特別な力を持たないCランク魔術師だ。でもこの研究室に入れば、全く逆のVIP扱いだ。
学校では誰も翔子に媚びへつらわないが、ここでは若くて有能な研究者達がまるでアイドルの様に接する。
それがまた翔子を喜ばせた。美人美少女ばかりを褒め称える同年代の男子達とは違い、優秀で収入も高い大人の男性達が優しく接してくれる。
自分の正しい価値を理解して、評価してくれている。自分は平凡で特に目立った所のない、ただのモブ生徒ではないのだと実感出来る場所になっていた。
「おや、森下さん。来てくれたのですね?」
「はい! 和真さんの研究の為ですから!」
「やはり貴女を選んで正解でしたね」
極めつけはこの男、斉藤和真の存在だ。翔子を見出した最初の1人で、最も彼女を持て囃してくれる男性。
つまらない平凡な日々から救い出してくれた特別な人。最早翔子にとっては、ここが唯一の居場所だった。
両親ですら理解してくれない翔子の価値を、認めてくれたこの世界で唯一の存在。殆ど親子に近い年齢差があれども、そんな事は何の障害にもならなかった。
ある時は優しい父親の様で、ある時は特別な扱いをしてくれる異性で。そして何より、社会的地位の高さまで持ち合わせている。
翔子が和真に入れ込むまでは、そう時間を必要としなかった。その研究内容も目的も、翔子が把握している範囲ではクリーンなものばかり。
世の中の為になる素晴らしい研究者。そんな人に特別扱いをされる自分に、翔子は酔いに酔っていた。
「やっぱり聞いて来たのよ、あの2人」
「不祥事がありましたからね、仕方ありませんよ」
「和真さんを疑うなんて、見る目が無い人達だわ」
学園で唯一のSランクコンビに疑いを掛けられる。それは翔子にとって少々不愉快で、同時に快感でもあった。
これで自分達は何も悪くないと分かれば、この素晴らしい研究を発表すれば自分の方こそ価値があると言う事になる。
そんな風に考えただけで、翔子の自己顕示欲は激しく刺激された。魔術師のランクなんて言うつまらない評価よりも、もっと大切な事があるのだと証明出来る。
そうすればもう、誰も自分を無視する事は出来ない。誰からも注目される、特別な存在になれる。
ちょっと美人で転校生だからって、人気者になったいけ好かない女にも負けない存在になれる。
同じ転入組なのに、あっという間に人気者になったアイナと、すぐに埋没した自分の差を密かに翔子は妬んでいた。
「優秀な技術とは、いつも最初は疑いの目を向けられるものですから」
「この技術の価値が分からないなんて、残念な人達だわ」
「いずれ彼らも理解出来ますよ、貴女の様にね」
自分の価値を見出してくれた人と、互いの価値を讃え合う。そんな日々が齎した翔子の人生への影響は途轍もなく大きかった。
自分は特別な筈なのに、何の成果も出せなかった日々。周りとは上手く行かず、次第に孤独な学園生活になって行った過去。
徐々に肥大化していく自尊心に、全く追いつかない実績。その差に苦しみ続けていた毎日とは真逆の現在が、翔子の判断力を大きく狂わせる。
本当にこれで良いのだろうかと、立ち止まる事がない。言われるがままに突き進み、目の前に居る男の本質に気付く事がないまま今日まで来てしまった。
もしどこかで、本当に自分にそんな価値があるのだろうかと疑っていれば。そんな美味しい話がある訳無いと否定していれば。
今日この日はやって来なかっただろう。若いが故に、疑う事を知らなかった。そしてCランク魔術師でも、十分に特別だと理解出来ていればまた違ったのだろう。
何処かで踏み間違えた一歩が、翔子の人生を大きく狂わせる事になった。彼女は知らなかったのだ、斉藤和真と言う男がまともでは無いと。目的の為であれば、何でもやれてしまう人間なのだと。
「さあ、始めましょうか。最終調整を」
「はい! 見ていて下さいね!」
「ええ、期待していますよ。貴女の力に」
自己顕示欲に溺れた少女は、この日全てを取りこぼした。真実を知らぬままに、計画に加担してしまった。
普通のCランク魔術師として、地道にやってさえ居ればこんな未来は訪れ無かっただろう。1人のマッドサイエンティストに利用され、悲劇のヒロインへの道をただ突き進む。
ある意味では特別な存在になれたと言えるだろう。その一点に於いてのみ、彼女の望みは叶えられたと言える。
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