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第1章

第37話 思わぬ遭遇

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 西山製薬の機密エリアに潜入した清志せいじとアイナの2人は、決定的な証拠を求めて施設内を調べて回っていた。
 しかし思ったよりも調査は難航していた。やはり何かしらの手掛かりになりそうな物は全て隠蔽された後なのか。
 そう思い始めていた2人だったが、徐々に不穏な研究の残滓が見つかり出した。中東系の魔術体系に関する研究の中に、怪しげな内容が散見された。

「スフィーズムによる神の降臨?」

「……こっちも似た様な資料があるわ」

「人工的にSランクを作ろうとしている、のか?」

 魔力量を増やす研究そのものは禁止されていない。むしろそれは現代における課題の一つだ。強大な魔術を使える人間が増えれば、悪魔や悪神に対抗する戦力が増える。
 気まぐれに人間を唆す存在への抑止力は、いつの時代も必要だった。しかし魔力量を増やすと言うのは簡単ではない。
 人間が身につけられる筋力に限界がある様に、魔力量にも限界が存在している。アイナの様な裏技を使用した場合を除き、Sランクと言う壁を常人が超える事は出来ていない。
 成功例は基本的に禁忌に触れた場合に限る。そして今回の例も、禁忌に触れかねないギリギリの研究だった。

「人工的に神を生み出すつもりなのかしら?」

「しかしそんな事、出来る筈がない」

「でもこの研究だと、それをやろうとしてない?」

 技術的に可能かどうかはともかく、神々に無断で新たな神を生み出すのは明確に禁止されている。
 それは人間の法としてではなく、神々が決めた掟としての禁止事項だ。出来るかどうかではなく、やるなと直球の忠告がなされている。
 八百万の神が居ると言われる日本であっても、勝手に断りもなく生み出す事は許されていない。

 物に神が宿ると言った自然発生的に誕生する場合は構わないが、意図的に神又はそれに類する存在を創り出すのは自然の摂理に反しているとされている。
 この自然の摂理と言うのは馬鹿にならない。下手に乱すと地球環境に何らかの悪影響が発生し兼ねない。
 その為に人造の神に関しての研究は禁忌とされている。この西山製薬の研究内容は、かなり黒に近いグレーであると言えた。

「だが、これだとまた監査止まりだ」

「……そうね。厳重注意が良い所かしら」

「まだ何か無いのか、強制介入出来る様な何かが」

 この研究室での活動内容では、今のところ大きな罪には問えない。禁忌に近い内容であると、注意喚起がせいぜいだろう。
 魔術や魔力の研究では、どうしても禁忌に近い内容になる事が多い。魔術と言う神秘に対する研究は、常にギリギリのラインで行なわれている。
 だからこそ魔導協会が存在しており、意図的に踏み越えた者を罰している。逆にアイナの様に、幼さが故の過ちや不慮の事故には寛大な措置が取られる事もある。
 全てをガチガチに禁止にすると発展せず、縛りがないと無法地帯と化してしまう。その絶妙なバランスが常に課題となっている。

「これは、健康管理アプリ? 何の関係があるのかしら?」

「ん? それはちょっと前から人気のアプリだけど、何でここに資料がある?」

「あんまり関係は無さそうに見えるけど」

 それは西山製薬が主導で開発したスマートフォン用のアプリの資料だった。先日の特別講義でも話に出ていたもので、主に女性を中心に人気のあるアプリだ。
 西山製薬の施設に資料があるのは、ある意味ではおかしくはない。ただこの研究室とはあまり関連性が見られない。
 誰かの置き忘れなのか、元々置いてあるのか。健康管理アプリにスフィーズムから何かしらを採用した可能性があるぐらいか。だが現状ではそれ以上の関連性は特に見られない。

「それより他に何かないか?」

「そうは言ってもね」

「そこで何しているの?」

 研究室の入口に、2人と同じ嵯峨学園の制服を来た少女が居た。短めの黒髪に黒い瞳。特別劣っている事もなく、かと言って整ってもいない平均的な容姿。
 鼻の辺りにソバカスがある事ぐらいしか特徴の無い、これと言って目立つ点のない女子生徒だ。何故こんな所に同じ学校の生徒が居るのか、清志とアイナは困惑するばかりだ。

「君は……確か森下もりしたさん、だったかな?」

「そうよ神坂こうさか君。そして、そっちは転校生の人だよね?」

「え、ええ。そうだけど」

 突然の乱入者に、警戒すべきか判断が出来ずにいる清志とアイナ。こんなタイミングで現れたのが、まさかの同級生。
 学校内で遭遇したなら、ただの生徒と判断する所だ。しかしここは西山製薬の研究施設で、機密エリアだ。
 何故こんな所に居るのか、何故ここに居るのが当たり前の様に振る舞っているのか。そんな疑問が2人の警戒心を刺激する。同じ学園の生徒だからと、気を抜いて良い状況には見えなかった。

「おや困りましたねぇ、勝手にこんな所まで来られると」

「アンタは、確かこの前講義に来ていた」

斎藤和真さいとうかずまですよ。有名な魔術師に覚えて頂けて光栄ですね」

 少女の後に続くようにして現れたのは、西山製薬の役員である斎藤和真。ややオーバーなリアクションで困っていますよと示してみせている。
 前回の邂逅でも、胡散臭いと判断した清志とアイナであったがこの登場に尚更不信感を強く感じていた。
 まるで侵入者を探しに来たと言わんばかりのタイミングだ。表情は困惑していますと示しているが、その顔の奥に隠された本心は見えて来ない。
 2人の直感は絶対に何かあると訴えているが、ここで彼をどうにか出来るだけの証拠が何もない。

「監査だからと言っても、勝手にウロウロされても困りますよ」

「あーその、私まだ日本の建物に慣れてなくて。迷っちゃって」

「すいません、すぐに連れて戻るので」

 分かり易い嘘だ。2人共これで通るとは思っていない。しかしそれを分かった上で話している。これで手打ちにしようか、そう言う意味での駆け引きだ。
 ここで引いておくからそちらも引け、そんな副音声が付属していた。ここに居るのが見つかってしまった以上は、これ以上強硬な手段には出られない。
 逮捕状も無しに逮捕が出来ないのと同じで、これ以上踏み込む権利が清志とアイナには無かった。
 そんなピリピリとした空気をぶち壊す様に、その場に漆黒の和服を纏った女性が虚空から現れる。清志が契約している死神、黄泉津大神だ。

「そこの男、それ以上踏み込むなら覚悟はしておきなさい?」

「何の事でしょうか?」

「分かっているでしょう? 次は無いわ」

 斎藤和真と黄泉津大神の視線が交錯する。白を切る斎藤と、次は無いと釘を刺す漆黒の美女。2人だけが何の事か理解しており、清志とアイナにはその本意が伝わっていない。
 突然現れた黄泉津大神は、現れた時と同じ様に突然消えてしまった。後に残されたのは、どうにも気不味い空気だけ。

「さあ、僕が案内するので戻りましょうか」

 斎藤の案内で連れ戻される事になった2人であったが、帰り際にしっかりと記憶していた。森下と言う少女と共に、中東系の大男が居た事を。
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