死神の神子と魔弾の機工士

ナカジマ

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第1章

第23話 蠢く闇

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 深夜の舞鶴港に、1隻の古びた漁船が現れた。どこにでもある様な漁船で、これと言って目立った所はない。
 だが一つだけ、怪しい部分がある。漁としてはこれからだと言うのに、その漁船が船着き場に向かっている事だ。
 沖に向かうのではなく戻って来ている。他の漁師達は既に沖へと向かったと言うのに。誰も居ない筈の船着き場に、怪しい漁船が到着した。

「お待ちしておりましたよ」

「世話になる」

 船着き場には数台のワゴン車が停まっており、ビジネススーツを来た怪しげな男が漁船の乗組員を迎え入れた。
 深夜で辺りは暗く、ワゴン車もライトを切っているので彼らの顔は良く見えない。漁船には見た目よりも人数が乗っていたらしく、十数人の者達がゾロゾロと下船して行く。
 スーツ姿の男に先導され、各々好きな様にワゴン車に乗り込んで行く。乗組員の背格好は様々で、これと言った特徴は見られなかった。

「しかし良かったのですか? 2人もAランク魔術師を囮に使って」

「構わない。奴らは神の下へ向かったのだ」

「そうですか。では計画通りで?」

「そうだ」

 怪しげな男達は全員ワゴン車に乗り込んだ。スライドドアの閉まる音が響き渡ると、順番にワゴン車が動き始めた。
 リーダー格らしき男とビジネススーツの男は、一番質の良い高価なワゴン車に乗り込んでいた。車内のドリンクストッカーから、ビジネススーツの男が高級品らしきボトルを取り出す。

「待て、酒は飲まんぞ」

「存じておりますよ。ただのぶどうジュースです」

「ふむ。なら良いが」

 スーツの男が2人分のぶどうジュースを注ぎ、リーダー格の男にグラスを渡す。2人は無言で乾杯を交わしてぶどうジュースを口にした。
 その後暫くは無言の時間が続いたが、不意にスーツの男が所持していたスマートフォンが鳴り響いた。
 断りを入れて通話に出た男は、数分の会話を続けた。それなりに長い通話となったが、リーダー格の男は気にする素振りを見せない。

「どうやら、魔導協会は囮だけでは納得しなかった様ですよ?」

「ふん、やはりか」

「こちらで手配しますか?」

「不要だ、既に手は打ってある」

 ニヤリと笑うリーダー格の男は、スマートフォンで何らかの操作をすると手を止めた。それで用意は完了したらしい。
 満足そうに笑顔を浮かべると、懐から取り出した葉巻に火を付けた。一仕事終わった一服だと言わんばかりに、リーダー格の男は一気に葉巻を吸い込んだ。吐き出された紫煙が、ワゴン車の中を漂う。

「どうにも俺のやり方が気に入らない連中が居てな」

「ほう、指示に従わない部下とは困りましたね」

「なぁに、だから望みの仕事をやったのさ」

「と、言いますと?」

「魔導協会京都支部の襲撃さ」

 リーダー格の男は先程よりも深い笑みを浮かべた。魔導協会の支部を襲撃するなど、ただの自殺行為だ。そう簡単に成功するものではない。
 守りに特化したSランク魔術師達により、様々な防衛機構が施されている。核ミサイルの直撃にだって耐えられる。
 その防衛能力は、軍事施設と変わらないか更に上を行く。そんな所を襲撃すればどうなるかなど、馬鹿でも考えれば分かる話だ。では何故そんな仕事をやらせるのか、そんなのは決まっている。

「せいぜい目立ってくれよ、サイード」


 魔導協会京都支部には、切れ者で有名な男が居た。京都支部支部長の波多野圭一はたのけいいちだ。
 30代の若さで支部長の座に付き、就任後は日本国内で最も成績が良い支部として毎年表彰されている。
 部下からの信頼も厚く整った容姿から女性職員の人気も高い。独身なのもあって、競争率は凄まじい。人当たり良し、高給取り、将来性有り。
 今年で37歳になったが、未だにその人気ぶりは衰えていない。身長は180cmで、細身でスラッとしている。しかし体は鍛えられており、男性らしい力強さもある。
 天然パーマの金髪に、常に浮かべられたにこやかな表情。特徴的な細い目は、まるで糸の様に細かった。
 その目は本気で怒らせた時にしか開かないと噂されており、もしその時が来たらクビになるのではないかと恐れられても居た。そんな彼は現在、夜勤の真っ最中だった。

「今夜も平和なもんやなぁ」

 彼は支部長室に用意された、複数のモニターを眺めていた。彼は現在の京都の人間にしては珍しく、関西弁で話す。それもまたギャップがあって良いらしい。
 特に何も大きな事件の報告が無いのを確認しつつ、自分で淹れた緑茶を啜る。深夜の優雅なティータイムだった。
 決裁すべき仕事は全て終了し、後は部下達を労って周ろうかと彼が考えていた時だ。

「……何や嫌な氣が近付いとるね。どこからやろ」

 圭一がモニターを何度か切り替えて、表示する監視カメラを変えて行く。何度か切り替えた先、支部正面の映像に複数の人影が見える。
 拡大機能で、ズームしてみればそこに居たのは中東系の人間達。しかもその中央に居たのは結構な大物だった。

「こら驚いた。中東解放戦線のナンバー3やないか」

 中東解放戦線のナンバー3、サイード・シャルルが画面には映されていた。スフィーズム系魔術の土系統を得意とするA級犯罪者で、魔術師としてもAランクの男だ。
 国際指名手配されている中東解放戦線のメンバーの1人で有名なテロリスト。そんな男が今まさに中心となって、魔導協会京都支部に攻撃を仕掛けて来た。
 魔術師は魔術を、使えぬものはどうやって持ち込んだのがライフルを乱射している。攻撃を受けた事で、防衛機構が働きエマージェンシーコールが鳴り響く。

「こんなんで壊せるおもたんやろか? アホなんやろか彼?」

 そう疑問を感じながらも、圭一は懐から数枚の御札を取り出す。圭一が魔力を込めた御札は空中に舞い上がる。
 宙に浮かぶ数枚の御札に青い炎が灯ると一気に燃え上がる。全て燃え尽きる頃には、物言わぬ氷像となったテロリスト達がモニターに映されて居た。

「支部長大変です! 襲撃犯が!!」

「それもう片付けたから、何人か表行かせて。あとこれ早く止めよか。近所迷惑やし」

「えっ? あ、はい!」

 支部長室に飛び込んで来た女性職員は、慌てて飛び出して行った。そんな部下の後ろ姿を眺めながら、圭一は思考を巡らせる。
 こんなチンケな襲撃の為にわざわざ日本国内に来たのか? そんな疑問が圭一の頭から消えない。しかし実行犯は組織のナンバー3で大幹部だ。

「これが本命? そんな事あるんやろか?」
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