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第1章
第22話 玲央奈のもう一つの顔
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京都御所、それは首都が東京に移ってからは事実上の別荘地と化していた皇居。それが第二次世界大戦後に、龍脈の真上にある魔力が豊富で神聖な土地であると判明した。
それ以来、天皇家の一族は御所に居を移していた。天皇陛下が居ないのにまだ東京を首都にするのか、そんな議論が何度も浮かんでは消えるのを繰り返している。
御所に住む様に勧めたのは、天皇家と代々共にいる大神。天照大御神であるから、その議論は紛糾した。しかし天照大御神は、首都などどこでも良いと一蹴。
結局どこが主導権を握るかと言う、人間の醜い争いにしかならなかった。そんな争いなど関係ないと、今日も清涼殿で政務を執る天皇皇后両陛下の元へと来客が訪れた。
皇宮警察の者に連れられて来たのは、嵯峨学園の学園長である高嶋玲央奈だった。いつものパンツスーツとは違い、護衛達と同じ服装に着替えていた。通された玲央奈は、一礼の後静かに畳に座る。
「お久しぶりです」
「そんなに畏まらくても構わないんだよ?」
「いえ、仕事で来ておりますので」
現在の天皇である明治と、皇后である涼華は優しい微笑みで玲央奈を迎え入れた。天皇皇后共に52歳だが、まだ若々しく50代には見えない。
優しい顔立ちながらも、現天皇としての風格を備えた美丈夫と、穏やかな表情の美しい女性が並んでいる。
玲央奈はまだ27歳で、2人とは親と娘ほどの年齢差がある。にも関わらずこうして2人が柔らかい態度なのは、神坂家と天皇家が浅からぬ関係にあるからだ。
天皇家を支えているのは日本の象徴、国旗にも示されている日の丸。その証たる太陽神の天照大御神だ。そして神坂家は本来、伊邪那美命に仕える生命と国を象徴する名家だ。
伊邪那美命は天照大御神の母でもある。故に両家の関係は遥か昔からずっと続いている。生命の恵みを与え、時に国をも護る神坂家。
日本の象徴として存在し続ける天皇家。両家で手を取り合い、永年やって来た。10年ほど前の、あの事件が起きるまでは。
「彼は元気にやっていますか?」
「はい、元気にやっております。ただ、未だに黄泉津大神のままですが」
「そう、ですか」
玲央奈の報告に、悲しそうに皇后が顔を背ける。本来なら清志は、伊邪那美命の神子だった。母親からそのまま、ストレートに引き継ぐ筈だった。
しかしとある事件が切っ掛けで、伊邪那美命ではなく黄泉津大神の神子となってしまった。生命を象徴する筈の神子から、死を象徴する神子になってしまったのだ。
伊邪那美命の様に、複数の名と顔を持つ神々は居る。そう言った神々の場合、神子の精神状態や性質によって顕現する姿が変化する場合がある。
清志が母親から伊邪那美命を授けられた時、抱いていたのは強い怒りと憎しみだけ。結果伊邪那美命ではなく、黄泉津大神として定着してしまった。
昔と比べればかなり明るい少年に成長したが、神の姿に変化は現れないまま。それはつまり、未だ清志には黄泉津大神が相応しい状態だと言う事になる。
「無理もないね。7歳の少年には余りにも過酷過ぎた」
「その件については、私が至らず」
「君のせいじゃない、当時は君とて未成年だ」
過去にトラウマを持つのは清志だけでは無い。神坂の当主を護る役割を持つ高嶋の娘が、唯一人生き残ってしまった。その事を玲央奈は未だに悔いていた。
たまたま1人だけ合流に遅れ、難を逃れた。そしてそれは、護衛対象を誰も守れぬまま生き残った護衛役と言う最悪の汚点となった。
清志は生き残ったが、それは黄泉津大神の力によるもの。襲撃犯は全て清志と黄泉津大神に殺害されており、怒りをぶつける相手も居なかった。
あとは未だに見つかっていない、神坂本家襲撃を依頼した黒幕。それを見つけて叩き斬る事、それが玲央奈を突き動かす唯一の目的だった。
「お呼びと伺いましたが……あら玲央奈さん」
「綾華様、お久しぶりです」
天皇家第二子、長女の綾華が清涼殿に姿を現した。年齢はちょうど20歳になったばかりで、清志より少し年上だ。
日本人形の様な綺麗な黒髪黒目、シンプルに伸ばした髪は腰の辺りまである。成人女性となり美しく育った顔立ちは、母親である皇后に似て柔らかい表情が良く似合う。庭園に浮かぶ、蓮の花の様な美しさがある女性だ。
「清志さんは、どうしていますか?」
「丁度その話をしておりました。相変わらずですよ」
「そうなんですね……」
先程の皇后と同じ様に、形の良い瞼が憂いと共に閉じられた。綾華もまた、清志の様子を気にしていた。元々付き合いが長いのもあるが、綾華と清志は幼馴染でもあった。
しかし清志が執行者を始めて以来、2人の会う頻度は落ちていた。どちらもお互い忙しい身、中々会えないのは仕方ない。
そもそも2人共立場が立場だ。普通の友人の様に顔を合わせるのは難しい。特に綾華は天皇家の一員である。そうおいそれと歳の近い男性と会う事は出来ない。
「お互い辛いですね。もしかしたら私達のどちらかが、彼と婚姻を結ぶ筈だったのですから……」
「……いえ、当主も守れぬ私にはその様な資格は元々ありませんよ」
「玲央奈さん……」
もし清志が伊邪那美命をちゃんと継承出来ていれば、清志の婚約者はこの2人のどちらかだった。清志は当時、幼かったから知らないままだが。
神坂の血の濃さと実力を考えれば、玲央奈が適任だった。そして天皇家と神坂家の繋がりを強めるなら綾華になる。
しかし、例の事件で玲央奈はその立場を辞退し義姉として生きる道を選んだ。年齢差が開いていたのも理由ではあるが。
そして綾華の場合は、流石にイメージが悪過ぎた。数多の魔導犯罪者を斬り捨て、地獄へ叩き落とす死神の神子。そんな存在が天皇家の婿になるのは少々印象が悪い。
「それよりも、仕事の話をさせて下さい」
警備態勢の強化や、基本的に玲央奈が両陛下の側に居る事など。様々な会話が交わされるのだった。
それ以来、天皇家の一族は御所に居を移していた。天皇陛下が居ないのにまだ東京を首都にするのか、そんな議論が何度も浮かんでは消えるのを繰り返している。
御所に住む様に勧めたのは、天皇家と代々共にいる大神。天照大御神であるから、その議論は紛糾した。しかし天照大御神は、首都などどこでも良いと一蹴。
結局どこが主導権を握るかと言う、人間の醜い争いにしかならなかった。そんな争いなど関係ないと、今日も清涼殿で政務を執る天皇皇后両陛下の元へと来客が訪れた。
皇宮警察の者に連れられて来たのは、嵯峨学園の学園長である高嶋玲央奈だった。いつものパンツスーツとは違い、護衛達と同じ服装に着替えていた。通された玲央奈は、一礼の後静かに畳に座る。
「お久しぶりです」
「そんなに畏まらくても構わないんだよ?」
「いえ、仕事で来ておりますので」
現在の天皇である明治と、皇后である涼華は優しい微笑みで玲央奈を迎え入れた。天皇皇后共に52歳だが、まだ若々しく50代には見えない。
優しい顔立ちながらも、現天皇としての風格を備えた美丈夫と、穏やかな表情の美しい女性が並んでいる。
玲央奈はまだ27歳で、2人とは親と娘ほどの年齢差がある。にも関わらずこうして2人が柔らかい態度なのは、神坂家と天皇家が浅からぬ関係にあるからだ。
天皇家を支えているのは日本の象徴、国旗にも示されている日の丸。その証たる太陽神の天照大御神だ。そして神坂家は本来、伊邪那美命に仕える生命と国を象徴する名家だ。
伊邪那美命は天照大御神の母でもある。故に両家の関係は遥か昔からずっと続いている。生命の恵みを与え、時に国をも護る神坂家。
日本の象徴として存在し続ける天皇家。両家で手を取り合い、永年やって来た。10年ほど前の、あの事件が起きるまでは。
「彼は元気にやっていますか?」
「はい、元気にやっております。ただ、未だに黄泉津大神のままですが」
「そう、ですか」
玲央奈の報告に、悲しそうに皇后が顔を背ける。本来なら清志は、伊邪那美命の神子だった。母親からそのまま、ストレートに引き継ぐ筈だった。
しかしとある事件が切っ掛けで、伊邪那美命ではなく黄泉津大神の神子となってしまった。生命を象徴する筈の神子から、死を象徴する神子になってしまったのだ。
伊邪那美命の様に、複数の名と顔を持つ神々は居る。そう言った神々の場合、神子の精神状態や性質によって顕現する姿が変化する場合がある。
清志が母親から伊邪那美命を授けられた時、抱いていたのは強い怒りと憎しみだけ。結果伊邪那美命ではなく、黄泉津大神として定着してしまった。
昔と比べればかなり明るい少年に成長したが、神の姿に変化は現れないまま。それはつまり、未だ清志には黄泉津大神が相応しい状態だと言う事になる。
「無理もないね。7歳の少年には余りにも過酷過ぎた」
「その件については、私が至らず」
「君のせいじゃない、当時は君とて未成年だ」
過去にトラウマを持つのは清志だけでは無い。神坂の当主を護る役割を持つ高嶋の娘が、唯一人生き残ってしまった。その事を玲央奈は未だに悔いていた。
たまたま1人だけ合流に遅れ、難を逃れた。そしてそれは、護衛対象を誰も守れぬまま生き残った護衛役と言う最悪の汚点となった。
清志は生き残ったが、それは黄泉津大神の力によるもの。襲撃犯は全て清志と黄泉津大神に殺害されており、怒りをぶつける相手も居なかった。
あとは未だに見つかっていない、神坂本家襲撃を依頼した黒幕。それを見つけて叩き斬る事、それが玲央奈を突き動かす唯一の目的だった。
「お呼びと伺いましたが……あら玲央奈さん」
「綾華様、お久しぶりです」
天皇家第二子、長女の綾華が清涼殿に姿を現した。年齢はちょうど20歳になったばかりで、清志より少し年上だ。
日本人形の様な綺麗な黒髪黒目、シンプルに伸ばした髪は腰の辺りまである。成人女性となり美しく育った顔立ちは、母親である皇后に似て柔らかい表情が良く似合う。庭園に浮かぶ、蓮の花の様な美しさがある女性だ。
「清志さんは、どうしていますか?」
「丁度その話をしておりました。相変わらずですよ」
「そうなんですね……」
先程の皇后と同じ様に、形の良い瞼が憂いと共に閉じられた。綾華もまた、清志の様子を気にしていた。元々付き合いが長いのもあるが、綾華と清志は幼馴染でもあった。
しかし清志が執行者を始めて以来、2人の会う頻度は落ちていた。どちらもお互い忙しい身、中々会えないのは仕方ない。
そもそも2人共立場が立場だ。普通の友人の様に顔を合わせるのは難しい。特に綾華は天皇家の一員である。そうおいそれと歳の近い男性と会う事は出来ない。
「お互い辛いですね。もしかしたら私達のどちらかが、彼と婚姻を結ぶ筈だったのですから……」
「……いえ、当主も守れぬ私にはその様な資格は元々ありませんよ」
「玲央奈さん……」
もし清志が伊邪那美命をちゃんと継承出来ていれば、清志の婚約者はこの2人のどちらかだった。清志は当時、幼かったから知らないままだが。
神坂の血の濃さと実力を考えれば、玲央奈が適任だった。そして天皇家と神坂家の繋がりを強めるなら綾華になる。
しかし、例の事件で玲央奈はその立場を辞退し義姉として生きる道を選んだ。年齢差が開いていたのも理由ではあるが。
そして綾華の場合は、流石にイメージが悪過ぎた。数多の魔導犯罪者を斬り捨て、地獄へ叩き落とす死神の神子。そんな存在が天皇家の婿になるのは少々印象が悪い。
「それよりも、仕事の話をさせて下さい」
警備態勢の強化や、基本的に玲央奈が両陛下の側に居る事など。様々な会話が交わされるのだった。
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