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第1章
第21話 不殺の理由
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魔導協会京都支部、京都市の中心地である中京区にその巨大な施設がある。欧州の図書館を思わせる様な外観だが、実際図書館と言うのは間違いではない。
世界中の魔術や神々に関する書物が、数千万冊も保管されている。生活知恵程度の魔術書から、禁忌とされる魔術に関する本まで様々だ。
天使や悪魔、天国と地獄に関する資料もあれば、本物の神話書や妖怪などの怪異についての資料もある。およそ神秘とされる物に関してなら、何でも揃えられている。
しかしそれらは職務上必要とされているだけで、あくまでもここは魔術師達が集まる場所。正式に魔術師になった者、これからなる見習い。様々な魔術に関係する人間が集まって来る。
清志やアイナの様な戦闘タイプも居れば、生産系や事務仕事を担当する様な魔術師まで、幅広い人材があちこちを往来していた。
「行くよ」
「ええ」
清志とアイナが正面ゲートから入ると、吹き抜けになっているホールが2人を出迎えた。まるで博物館の受付を大きくしたかの様な受付が正面にあった。
魔力伝導率の高い特殊な木々で作られた建造物で、ほぼ木製にも関わらず非常に頑丈だ。耐火性や耐震性も高く、地震等の災害にも強い。
魔術により室温は常に一定に保たれており、快適に過ごす事が出来る。まるで物語から出てきたファンタジー世界の建物の様だった。
「それで、何を見せたいんだ?」
「裁判よ」
「裁判? 何でまた?」
「良いから、行きましょう」
魔導協会には必ず裁判所が併設されている。魔導犯罪に関する裁判は、魔導に明るい者達で行う必要がある。普通の裁判所に魔術師が出向くよりも、ここでやる方が何かと早いからだ。
そしてどの支部にも必ず、審判の神に仕える審判者が在籍している。審判者が見守る中で、裁判は進められる。審判者の前では、虚偽の報告は通用しない。
嘘は見抜かれ偽装は暴かれる。それが審判者が神々から授かった権能だ。どうしても凄惨な事件になりがちな魔導犯罪では、こうでもしないと審議が進まない。
魔術を利用した捏造や改竄は、方法が多様で非常に複雑だ。いちいち検証していたのでは時間が掛かり過ぎる。素早く判断が下せる審判者の存在は大きい。
「良いタイミングみたいね」
「何の裁判だ?」
「数日前に捕まった、A級犯罪者の裁判だよ」
清志達の様に、高ランクの魔術師は専用の観覧席を利用出来る。マジックミラーに似た機能を持たされた強化ガラスを隔てて、別室から裁判を見守る事が可能だ。
警察署の取調室が近いだろうか。裁判所側から見えず、こちら側から一方的に観る事が可能だ。現在の裁判は、刑が確定して罪状が読み上げられている所だった。
「見て、清志。あそこ」
「あれは、被害者遺族か?」
「そうだよ」
A級魔導犯罪となると、犠牲者は数人で済まない。最低でも数十人規模だ。だから今この場に座っているのが、全遺族では無いだろう。
一部の遺族達ではあるが、皆が涙を流しながら罪状を聞いていた。自分の大切な人を殺された人々が、裁きを告げられる罪人を見ていた。
犯人の罪が確定し、死刑が宣告される。しかしそれで、亡くなった人は蘇らない。失った時間は戻って来ない。
憎き犯人が死刑になった所で、遺族の苦しみは決して無くなってはくれない。それでも、一つの決着がついた事に変わりはないのだ。
「こうしてさ、区切りって必要なんだよ」
「区切り、か」
「清志もさ、殺したんでしょ? 犯人」
「清志もって、じゃあアイナも?」
お互いが魔導犯罪で両親を失っている。同じ傷を持つ者同士だ。だからこそ、アイナの問い掛ける意味が清志には理解出来た。
それはつまり、きっちり自分の手で復讐を果たしたと言う事。両親を奪った者達への、報復行為。
裁判だなんだと大人の話を全部すっ飛ばして、ただ怒りと憎しみだけを爆発させた幼い殺意。その放たれた結末を、両者共が経験済みだった。
「私達は出来たから良い。力があるから良い。でも、あそこに座る人達はどうかな?」
「それは……」
「確かに殺してしまう方が効率は良い。だけど彼らの区切りは、どこで付けて貰う?」
それがアイナの、犯人を生かしたまま捕らえる理由。現場で殺処分は、最も効率が良く逃走の隙も与えない。
護送の手間も掛からないし、有無を言わせず地獄行きだ。弁解の時間など一切ない。あとは地獄で、背負った罪の分だけ苦しむだけだ。
魂に肉体はないし、精神も崩壊しない。ただひたすらに地獄の日々が続くだけだ。輪廻転生の輪に戻れるだけの、綺麗な魂に浄化されるまで。
「地獄の様子は、極一部の人間しか知る事が出来ないよね」
「……ああ」
「だからひと手間でもさ、この時間を与えてあげたいんだ。私はね」
殴られたら殴り返せば良い。それは殴り返せる人間にしか出来ない事だ。悪口を言われても、言い返せない人はいる。
家族を殺された人が、皆犯人を殺せる訳じゃない。ただどうしてと、問うことしか出来ない人は一杯居る。
そんな人々が、せめて少しでも気が晴れる様に。それがアイナと言う歪な錬金術師が、導き出した答えだった。
「それが全部じゃないけどさ、殺さない理由の一つだよ」
「アイナ……」
「殺すなとは言わない。私だって軍人だからね。ただ、理由だけは知っておいて欲しくてさ」
執行者でもあり、軍人でもあるアイナ。そんな彼女に不殺を貫くのは難しい。どこかで必ず、そのジャッジを下さねばならない時はある。
それでも極力捕まえたい。そんな彼女の意志を、清志は初めて知るのだった。
世界中の魔術や神々に関する書物が、数千万冊も保管されている。生活知恵程度の魔術書から、禁忌とされる魔術に関する本まで様々だ。
天使や悪魔、天国と地獄に関する資料もあれば、本物の神話書や妖怪などの怪異についての資料もある。およそ神秘とされる物に関してなら、何でも揃えられている。
しかしそれらは職務上必要とされているだけで、あくまでもここは魔術師達が集まる場所。正式に魔術師になった者、これからなる見習い。様々な魔術に関係する人間が集まって来る。
清志やアイナの様な戦闘タイプも居れば、生産系や事務仕事を担当する様な魔術師まで、幅広い人材があちこちを往来していた。
「行くよ」
「ええ」
清志とアイナが正面ゲートから入ると、吹き抜けになっているホールが2人を出迎えた。まるで博物館の受付を大きくしたかの様な受付が正面にあった。
魔力伝導率の高い特殊な木々で作られた建造物で、ほぼ木製にも関わらず非常に頑丈だ。耐火性や耐震性も高く、地震等の災害にも強い。
魔術により室温は常に一定に保たれており、快適に過ごす事が出来る。まるで物語から出てきたファンタジー世界の建物の様だった。
「それで、何を見せたいんだ?」
「裁判よ」
「裁判? 何でまた?」
「良いから、行きましょう」
魔導協会には必ず裁判所が併設されている。魔導犯罪に関する裁判は、魔導に明るい者達で行う必要がある。普通の裁判所に魔術師が出向くよりも、ここでやる方が何かと早いからだ。
そしてどの支部にも必ず、審判の神に仕える審判者が在籍している。審判者が見守る中で、裁判は進められる。審判者の前では、虚偽の報告は通用しない。
嘘は見抜かれ偽装は暴かれる。それが審判者が神々から授かった権能だ。どうしても凄惨な事件になりがちな魔導犯罪では、こうでもしないと審議が進まない。
魔術を利用した捏造や改竄は、方法が多様で非常に複雑だ。いちいち検証していたのでは時間が掛かり過ぎる。素早く判断が下せる審判者の存在は大きい。
「良いタイミングみたいね」
「何の裁判だ?」
「数日前に捕まった、A級犯罪者の裁判だよ」
清志達の様に、高ランクの魔術師は専用の観覧席を利用出来る。マジックミラーに似た機能を持たされた強化ガラスを隔てて、別室から裁判を見守る事が可能だ。
警察署の取調室が近いだろうか。裁判所側から見えず、こちら側から一方的に観る事が可能だ。現在の裁判は、刑が確定して罪状が読み上げられている所だった。
「見て、清志。あそこ」
「あれは、被害者遺族か?」
「そうだよ」
A級魔導犯罪となると、犠牲者は数人で済まない。最低でも数十人規模だ。だから今この場に座っているのが、全遺族では無いだろう。
一部の遺族達ではあるが、皆が涙を流しながら罪状を聞いていた。自分の大切な人を殺された人々が、裁きを告げられる罪人を見ていた。
犯人の罪が確定し、死刑が宣告される。しかしそれで、亡くなった人は蘇らない。失った時間は戻って来ない。
憎き犯人が死刑になった所で、遺族の苦しみは決して無くなってはくれない。それでも、一つの決着がついた事に変わりはないのだ。
「こうしてさ、区切りって必要なんだよ」
「区切り、か」
「清志もさ、殺したんでしょ? 犯人」
「清志もって、じゃあアイナも?」
お互いが魔導犯罪で両親を失っている。同じ傷を持つ者同士だ。だからこそ、アイナの問い掛ける意味が清志には理解出来た。
それはつまり、きっちり自分の手で復讐を果たしたと言う事。両親を奪った者達への、報復行為。
裁判だなんだと大人の話を全部すっ飛ばして、ただ怒りと憎しみだけを爆発させた幼い殺意。その放たれた結末を、両者共が経験済みだった。
「私達は出来たから良い。力があるから良い。でも、あそこに座る人達はどうかな?」
「それは……」
「確かに殺してしまう方が効率は良い。だけど彼らの区切りは、どこで付けて貰う?」
それがアイナの、犯人を生かしたまま捕らえる理由。現場で殺処分は、最も効率が良く逃走の隙も与えない。
護送の手間も掛からないし、有無を言わせず地獄行きだ。弁解の時間など一切ない。あとは地獄で、背負った罪の分だけ苦しむだけだ。
魂に肉体はないし、精神も崩壊しない。ただひたすらに地獄の日々が続くだけだ。輪廻転生の輪に戻れるだけの、綺麗な魂に浄化されるまで。
「地獄の様子は、極一部の人間しか知る事が出来ないよね」
「……ああ」
「だからひと手間でもさ、この時間を与えてあげたいんだ。私はね」
殴られたら殴り返せば良い。それは殴り返せる人間にしか出来ない事だ。悪口を言われても、言い返せない人はいる。
家族を殺された人が、皆犯人を殺せる訳じゃない。ただどうしてと、問うことしか出来ない人は一杯居る。
そんな人々が、せめて少しでも気が晴れる様に。それがアイナと言う歪な錬金術師が、導き出した答えだった。
「それが全部じゃないけどさ、殺さない理由の一つだよ」
「アイナ……」
「殺すなとは言わない。私だって軍人だからね。ただ、理由だけは知っておいて欲しくてさ」
執行者でもあり、軍人でもあるアイナ。そんな彼女に不殺を貫くのは難しい。どこかで必ず、そのジャッジを下さねばならない時はある。
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