異世界物怪録

止まり木

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第三十八話 月日は流れる

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 そして、少しばかり月日が流れる。
 具体的に言えば、サナリエンが田んぼに植えた稲が、立派に育ち、黄金色の稲穂が付くらい。
 幸運にして、サナリエンの言っていた通り、この土地にも、梅雨と夏と秋があった。そのため、病害も無く稲はすくすくと育った。

 その間、このフィフォリアの森では、あやかしの里、獣人達のテルポス村、そしてダークエルフの村は、協力して発展を遂げていた。
 最初にあやかしの里とダークエルフの村との間に道が作られた。同時にダークエルフの村とテルポス村との間にも道が作られ、それぞれの集落に繋がった。これにより、三つの村の間に交易が始まった。あやかしの里からは、鍋や包丁などの鉄製品や、漆器などの食器、装飾品など。ダークエルフ側からは、この森で取れる薬草で作られる薬や、森で取れる食料などを物々交換で取引していた。だが、村づくり真っ最中であるテルポス村は、基本的に援助物資を受けるばかりであった。
 その頃のテルポス村は、森での狩りの仕方や、取ってはいけないものなどを指導してくれるダークエルフが、まだ来ていなかった。なので、森に入って狩りをする事も出来なかった。食料は、あやかしの里や、ダークエルフの里の援助によって賄われていたが、その事について村の住人達は、申し訳なく思っていた。
 そんな時、あやかしの里からある提案がなされた。それは、あやかしの里、ダークエルフの村、そしてテルポス村の三つが共同で、塩田の開発を行おうという話だ。
 あやかしの里では、転移してから備蓄していた塩がそろそろ底を付き始めていた。幸い、里の北側にある双子富士の向こう側に海がある事を確認していた山ン本は、そこへ塩を取りに行くことにした。だが、山ン本はそこで考えた。塩は生き物が生きるうえで欠かせない栄養素だ。それぞれの集落がそれぞれ海水を取って塩を作るのは非効率的では無いかと。ならばと、思いついたのが三つの集落の共同事業として塩田の開発しようという事。
 山ン本はその事を早速、朧車に言付け、テルポス村とダークエルフの村へと伝えてもらった。
 朧車は、毎日決まった時間に作られた道を爆走し、他の集落へと荷物を届ける宅急便の様な仕事を与えられていた。毎日決まった時間なのは、その道を通っているほかの利用者を間違って轢いたりしないようにする為だ。実際、その事を忘れていたある鬼が、朧車に轢かれて盛大に吹っ飛ばされたことがあった。轢かれたのが体が頑丈である、鬼であったのが幸いだったが、もしこれが、ダークエルフや獣人だった場合、死んでいた可能性があった。
 それにより、朧車が、その道を使用する際には、出発地点の集落と、到着する集落で狼煙が上げられ、その道を通行している者に警戒(注意では無い)を喚起させるようにした
 
 塩田開発の話を聞いたテルポス村の獣人達は大いに喜んだ。殆ど暇になっていた男達は、村の警備をする者達を除いてその殆どが塩田開発の労働者へと志願した。
 
 作る塩田は、作りやすさから言って揚浜式塩田を作ることになった。揚浜式塩田とは、古くから日本に伝わる製塩方法だ。まず最初に浜辺に盛り土をして、更にその上に粘土で防水層を形成し、その上に浜の砂を敷き詰める。砂の上に海水を均等に掛かるようにまき、頻繁にかき混ぜながら、天日と風により充分に水分を飛ばした後、砂をかき集めて、底に筵をはった箱に入れ、その箱に海水を入れて、濃度の高い塩水を作る。最後にその塩水を釜で煮詰めることで塩を作ることが出来るのだ。

 あやかしの里が、塩田の作り方と塩田で使う道具の作成を、ダークエルフが塩田に適した土地と森にある粘土のありかを、そしてテルポス村の獣人達が労働力を。
 獣人達の中には、海を見たことが無い者も多かったが、彼らは精力的に働いた。
 獣人達は、着ている服に塩が吹くほど懸命に働き、驚くほど早く塩田が完成した。
 そのお陰で塩田は、予定より早く完成を向かえることになった。

 この塩田によって作られた塩は極上で、今まで市販の塩で調理していたあやかしの里の料理人達は大いに喜んだ。一番喜んだのは、あやかしの里の豆腐小僧だ。何せ、塩田によって豆腐を作るのに欠かせない"にがり"が手に入るようになったのだ。しかも天然物のにがりだ。
 豆腐小僧は毎日、朝早くから豆腐を作ると自転車と小型のリアカーをくっ付けた特性の車を漕いで、ダークエルフの村とテルポス村へ、交互に豆腐の布教に勤しんだ。
 一つ目の外見から豆腐小僧は、各集落で少し警戒されたが、豆腐を試食してもらうと、そんな事は直ぐに吹き飛んだ。特にダークエルフの老人達に豆腐は大好評で、あやかしの里とダークエルフの村の友好に大きく貢献した。テルポス村でも食欲の無くなった病人に振舞われ。食べやすいと好評だった。

 塩田の開発により、よりいっそう三つの集落の結束は固くなった。

 だが、それが面白くないのがエルフの村だった。エルフの村は、サナリエンなどの一部の者を除いて相変わらずだった。交流を持った三つの集落が何かする度に監視役を名乗り、エルフの戦士達が三つの集落の仕事を手伝うことなく、眺めて帰る。
 一方サナリエンは、一人あやかしの里専従の監視役として、表向きは堅苦しく、裏では、のんびりとした、それで居て快適な生活を満喫していた。時々、経過報告の為にエルフの村に帰るときがあり、その時は、こっそりとおいしいお菓子を中心としたお土産を用意して帰り、あやかしの里の者達を良く思っていない上層部には知られないように配っていた。本当にゆっくりとだが、サナリエンはエルフの意識改革を始めた。

 そんな事は知らないエルフの長老達は、あやかしの里とそれに組する者達の発展を忌々しく思っていた。
 表向きの監視役として送り出したサナリエンは、あやかしの里の者達が問題となる事を行っている様子は無い事を伝えていた。それは、長老達にとって予想の範囲内。しかし、問題だったのは、エルフでも上層部の者達が秘密裏に送り出した監視役達の報告だった。

 森に仇為す行為を一切確認できず。

 普通ならば、ここであやかしの里の者達は"森に仇為す者"では無いのではないか、と疑問位は湧くものだが、固定観念に縛られた長老達は、そうは思わず、より巧妙に悪事を働いているのだと判断。言いがかりとしか、言えない判断だった。もちろん一部の穏健派は、彼らは"森に仇為す者"ではないのではないか?と意見を言ったのだが、その発言は他の長老達によって一蹴されてしまった。

 日々、変化を続けるフィフォリアの森ではあったが、あやかしの里自体は、一見元の世界と変わらない生活をしていた。しかし、変化の波と言うのは、容赦なくあやかしの里を襲った。
 とうとう、備蓄していたある物資が枯渇したのだ。
 その名も砂糖。
 さすがのあやかしの里でも、甜菜もサトウキビの栽培は、していなかった。
 すわ、里の女妖怪ご乱心かと、心配した山ン本を中心とした男妖怪達だったが、長い事生きている女妖怪達である。里の女妖怪達は、せっせとジャガイモと大根で作る水あめや、米と麦芽もやしで作る水あめをせっせと作って甘味を確保していた。

 里の女妖怪のまとめ役であるろくろ首は、無いなら無いなりにやりようはありますよ。と女妖怪達の乱心を心配して会議をしていた男集を見て冷たく言い放った。
 あやかしの里は今日も平和だった。


 
 暗い森の中、一人の男が木に両手をついて立っていた。周りには彼以外人っ子一人居ない。
「なんで…なんでこんな事に…。こんなはずじゃなかった!ありえないはずだった!なのにっ!チクショウ!」
 ドン!と音がしたと同時に木が揺れる。その男が思わず木を殴りつけたのだ。後悔、悔恨、懺悔の念が男のうめき声となって溢れる。
 男は更に、木を殴りつける。しかし、男の非力な腕では、木は揺れど、傷一つつける事は出来ない。しばらく、そうしていたが不意に止ると、諦めの混じった声で最後にこう呟いた。
「もう後戻りは出来ない。やるしか…無いんだ」
 そう言うと、男は、木を殴るのをやめると、足取りは重く、暗い森へと消えていった。


 山ン本達が飛ばされたフィフォリアの森から少し離れた場所に、その街はあった。フィフォリアの森に一番近い位置にある人族の街ダーリア。グランエス王国に属するその街は、城壁に囲まれているいわゆる城塞都市とされてる街だった。城壁の外側には、広大な農地が作られ、農民達が今日も汗を流している。
 その街の中央部、内部に作られた一際高い城壁に囲まれた屋敷があった。その屋敷一番眺めの良い部屋にその男は居た。豪華な調度品が置かれ、重厚なデスクがでんと中央に鎮座している。長い歴史を感じさせる部屋だった。
 部屋の中央に鎮座している机に向かい、その男は羽ペンを忙しなく動かしていいた。年かさは中年ぐらいだろう。彼のブラウンの髪の間に、白髪が目立ち始めている事から、もう少しで初老と言ったところだろうか。
 仕事がひと段落付いたのか、その男は、持っていた羽ペンをペンスタンドに置くと自慢のカイゼル髭をなでながら言った。
「そろそろか…。準備は出来ているか?」
 部屋の隅で影のように控えていた背の低い老執事が答えた。
「はい。こちらは準備万端整っております。中央への根回しも完了しております」
「………ああ、ようやくだ。我がエルバルト家に屈辱を与えた、あの忌々しいエルフ共を…ようやく!」
 男は長い沈黙の後、ゆっくりと吐き出すように言った。
「旦那様。まだ、エルバルト家の悲願を達成したわけではありません。まだ、お喜びになるのは、早すぎます」
 だが、執事は、冷静にそれをたしなめた。執事は、その切れ長の目に凍て付いた意思を宿しながら言う。
「そうだな。この計画が成った時。我がエルバルト家は、再び栄光の日々へと帰るのだ。使者を送れ。奴らに破滅を告げる使者を…」
 彼の名は、アレハンドロ・ダ・エルバルト。古くからグランエス王国に仕えてきた古い貴族の男で、この街含む幾つかの街を統べる領主だ。
「かしこまりました。旦那様」
 そう言うと、老執事は、静かに部屋を出て行った。
 アレハンドロは、ゆっくりと立ち上がると部屋に飾られていた一枚の古い絵の前に立った。
 その絵には、まるで猛禽の様に鋭い眼光を持った老いた男が描かれていた。その老いた男は、幾つもの傷が付いた鎧を身にまとって椅子に座り、剣の柄に両手を乗せてこちらを睨んでいる。顔立ちがアレハンドロに似ており、親類である事は一目で分かる。
「お爺様ようやくです。ようやく、あの忌々しい耳長共に身の程を分からせてやる時が来たのです!」
 薄暗い部屋にアレハンドロの押さえ切れない哄笑が響き渡った。
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