おっさん怪獣とお嬢様

止まり木

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おっさん怪獣とお嬢様

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「はぁ」
 くたびれたスーツを着た中年サラリーマンが、人気の無い堤防の上に座りながら、若干荒れている海を見つめていた。顔に生気も覇気もなく、ただ疲れ果て、最近皺が目立ち始めた顔をしている。
(思い返せば、何て空虚な人生だったんだろう)
 ここに他に人間が居たとしたら、どう見ても彼は自殺者予備軍として通報されただろう。しかし、彼の周囲には誰も折らず、堤防の先に作られた小さな灯台の影に座っているので、砂浜から見る事も出来ない。
 地球始まって以来の不景気により、多くの人間が職を失っている日本で再就職先を探すのは至難の業だった。
 多くの大災害に見舞われつつ何故そんな状態になってしまったのか、それは…怪獣のせいだった。

 2116年、現在日本は、いや、世界は、突然現われた怪獣としか言い様の無い巨大生物により、大混乱に陥っていた。
 巨大生物は、突如地球上に無秩序に現われ、暴れまわった。その姿は一定ではなく、時には巨大なトカゲのような姿をしている時もあれば、鳥に酷似した姿の時もあった。ただ唯一の共通点として"巨大"であるという事。
 世界は、それらを、古い日本のフィクションドラマに出てきたモンスターの総称から"Kaijyu"と呼んだ。
 怪獣の登場により世界経済は混乱した。
 各国が怪獣を倒すのに躍起になったが、ついぞ怪獣を撃退したという報道はあっても倒したという報道は一つも無い。
 幸いなのか、いまだに日本は怪獣に襲われてはいなかったが、そのせいで日本円が各所で買われ、かつて無い円高になっていた。それにより日本の輸出産業の株価の低迷した。それで輸入産業の株が上がったかと言ってもそれもそうではない。高い価値の円で物を買おうにも、買う商品がなかったのだ。
 怪獣により世界各地の工場や農場、石油プラントが破壊され、各国は自国の資源を他国に廻す余裕がなくなり、輸出制限を課した。それにより、お金があっても物が買えないという状態に陥ってしまっていた。
 資源国では無い日本では、たとえ円高であろうが輸入資源が猛烈な値上がりをしている状態では何の意味も無い。
 ある経済学者の予想では、この経済的混乱から立ち直るのには、数世代掛かるという絶望的予想を出した。それも今後一切怪獣が襲ってこないという前提でだ。
 国内では物価が上がり、何処の業界も不景気で既に40代である彼を雇おうとする会社は今日も現われなかった。不景気になれば不景気になるほど、会社の経営者達は、社員の給与と時間の搾取を強めた。
 ハローワークでは、労働基準法ギリギリ守った(実際に守るかは定かでは無い)の求人が並び、マシな就職先を見つけてもそれは大抵、先をこされているか、雇う気も無いのに出している詐欺求人位だ。連日日本各所のハローワークでは、少しでもマシな求人を探すべく、無数の人がごった返していた。
 彼、杉山譲二もそのごった返した状況を作っていた一人だった。
 一般的な人生を歩み、大学生時代に結婚を考えた人も居たが、うまくいかず結局分かれて、40にもなるというのに独身。
(養うべき妻や子供がいないって事が、ある意味救いか…)
 そして今日も、自らが選んだ求人先から面接が終わって、帰りの電車に乗った時に不合格のメールを受け取った。
 今度こそはと意気込んで受けた面接だった為、彼のショックは大きかった。気がつけば自分の乗っていた電車が終点の駅にまで来ている程に…。
 譲二は、ICカードを改札にかざして言われるがままに料金を支払うと、駅を出た。
 そこは、寂れた漁師町だった。
 何か全てがどうでも良くなって来た譲二は、ふと海が見たくなり、この町の堤防へとふらりと立ち寄ったのだ。
 どうせ予定など無い。誰にも迷惑は掛からない。
(これもみんな怪獣のせい…か。…怪獣かぁ。そういえば昔は好きだったなぁ)
 幼い頃、見た怪獣映画を譲二は思い出す。将来に何の不安もなかったあの頃を思い出し、本人も気付かずに目の端から涙がこぼれる。今では怪獣は完全な悪逆非道、絶対悪の存在として世間では認知されている。かつてはネットでも見れた映画ではあったが、現在では、ユーザーから"不謹慎"とクレームがつけられ、配信が停止され、もう旧世代の記録メディアを使ってでしか見る事は叶わない。
(そういえば、俺の好きだった怪獣は、いつも海からザバァ!って現われてかっこよかったよなぁ)
 子供の頃に見た有名怪獣映画の一場面を思い出す。
 そして、日本に上陸して破壊の限りを尽くすのだ。日頃の社会に対しての不満もあり、その様子がありありと思い出され、譲二の空虚だった心がほんの少しだけ愉快になる。
(怪獣だったらなぁ)
ドス。
 次の瞬間。譲二の意識は途切れた。当然だ。彼の頭には、槍の様な何かが刺さっていたからだ。それは槍ではなかった。海から長く伸びた正体不明の職主の様な物だった。
 それは、穂先に譲二が刺さっている事をものともしない様子で持ち上がる。手足を伸ばしてブランとする譲二。そして譲二を吊るしたまま、荒れた海海へと引き込み、消えていった。
 譲二の失踪は、世間では良くある無職者の失踪事件として新聞にすら載らなかった。
 40代の無職男性の失踪など、このご時勢では良くある事だったからだ。





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 ある日、目を覚ましたら、私は怪獣になっていました。
 
 それを、何かによって唐突に理解させられました。

 私は、人間でした。杉山譲二という、冴えない就職も出来ないおっさんでした。
 最後の記憶は、また就職の為の面接に落とされて茫然自失のまま電車の終着駅に着き、その駅から程近い堤防の上でボーっと海を見ていた事。
 
 なのに今自分は、日本近海の太平洋の海の底でその巨大な体を横たえている。おかしいです。
 目を見開けば、そこには海底しか見えない。光の届かない海底で周りが見えるとは、異常でしかありません。

 同時に恐怖と混乱が私を襲ました。
 思わず開けた口からたまっていた空気がゴポリと水面へと上昇します。
 あまりの恐怖に叫びだしそうになりますが、恐怖と言う感情が、突然穴の開いた風船の様にすぐにしぼんでいきました。変わりに今度は、混乱がさらに増します。それも恐怖と同じようにしぼんで、私の感情は冷静なものになりました。
 自分は、こんなにすぐに冷静になれる人間だっでしょうか?
 脳裏にそんな疑問が浮かぶ。浮かぶと同時に私は、また理解させられた。
 私の恒常性維持機能(ホメオタシス)により、活動に支障が出る程の感情が振れたと判断された為に、強制的に冷静な状態に戻ったという事を。
 
 次々と浮かぶ疑問。そして同時に理解させられる解答。
 それによって、今地球に現われ、破壊の限りを尽くしている"怪獣"とは一体何なのかが分かりました。

 怪獣とは、宇宙を漂っていた一種のナノマシン郡とこの地球上の生物が融合した姿なのです。
 このナノマシン郡は、何時、何処で、誰によって作られたかは、分からりません。それは、長い年月の間に繰り返されてきた自己進化と自己再生の果てに失われてしまっていたのです。
 唯一分かっている…いや覚えているのは、"すべてを観測せよ"とナノマシン郡の基幹にプログラムされた命令だけでした。
 もしかしたらこのナノマシン郡は、現在の人類では到底及ばない技術力を持った種族の作り上げた観測機だったのかもしれません。
 ナノマシン達は、人間では想像もつかないほど長い年月宇宙を漂いながら観測し、記録を残し続けていました。
 ある時、ナノマシン郡は地球を見つけた。プログラムに従い、地球の観測を始めると、地球上には得体の知れない"モノ"が大量に存在しているのに気がつきました。それらは多種多様で、動きもまるで論理的ではありません。時に論理的に動いたと思えば、その次の瞬間には非論理に動く。
 ナノマシン郡は、全て論理的に考え行動を決定しました。それにあまりにもかけ離れた行動に"興味"を持ちました。
 そして観測した結果、ナノマシンは、一つの仮説を作った。それらの行動は"高度にプログラムされた不完全なプログラム"によって行われていると。それにより、彼らはこれほどまでに多種多様な進化を遂げてきたのだと。
 長年の進化の末、進化が行き詰っていたナノマシン郡に、一つの"欲求"が生まれました。
 この"高度にプログラムされた不完全なプログラム"が欲しいと。
 "高度にプログラムされた不完全なプログラム"とは、私達人間が精神と呼んでいる物でした。
 
 ナノマシン郡は、ナノマシン郡内にあったクラスタと言う群れごとに分かれて…地球に降下した。そして、意思のある動物を取り込んで、その動物が持つ意思を得ようとしたのだ。
 そして取り込んだ結果生まれたのが、"怪獣"でした。
 怪獣が巨大なのは、クラスタのナノマシンの量が多く、さすがにナノマシンも自身の体積を操れるわけでは無いので体が巨大化してしまったようです。
 そのくせ、高度な重力制御技術を持ってるが故に、そんな巨体でも自由に動く事が出来るというのです。反則です。
 そんな怪獣を撃退すべく各国が攻撃しましたが、長い間自己進化を続けながら宇宙空間を旅してきたナノマシン達にせいぜい生まれて数千年位の人類が考えた兵器が通用するはずが無いと改めて納得しました。

 私は、今の自分の姿を思い浮かべます。
 それは、正に怪獣でした。身長100m、太い短めの足に、鋭い鍵爪の生えた手、背中にはステゴサウルスの様な背板、太く長い尻尾に、胴体の割りに小さい爬虫類のような顔、ぎょろりとした恐ろしい目、そして鋭い牙がたくさん生えた口。
 どう考えても、日本で一番有名でハリウッドで何度もリメイクまでされた、あの怪獣王に酷似しています。
 人間だった頃の記憶を掘り出しても、現実世界で暴れていた怪獣は、実在する動物に酷似した怪獣は多かったですが、これ程まで怪獣らしい怪獣は、今まで確認されていなかったはずです。
 私こそ真の怪獣ですか…。
 そこへまたナノマシン達から理解させられる。
 ああそうですか、正確に言うなら、超高性能な宇宙船に脳みそだけ取り込まれて、マスター権限を与えられたようなものですか。やろうと思えば地球を簡単に破壊できる宇宙船の。
 はっきり言いましょう。
 
 どうしろと言うのでしょう?

 私を取り込んだクラスタは、既に私との融合を開始しており、もう元の体に戻れない事も理解しています。理解させられてしまっています。
 これではもう人前には出れません。出た途端に敵認定されて全世界指名手配されるのがオチです。
 もし、友好的に接触できたとしても、結局は国に保護と言う名の監禁をされ、実験用モルモットか、客寄せパンダにでもされる事でしょう。そんなのは死んでも嫌です。

 いっその事、このまま日本に上陸して石油コンビナートにでも上陸してみましょうか?どうせ、敵扱いなんだ敵らしく振舞ったっていいんではないでしょうか?
 そんな考えが頭をよぎります。
 その意思を読み取ってか、怪獣となった私の体が熱を持ち始めました。同時に体の前身から小さな気泡が湧き出し次々と水面へと向かっていく。
 
 不毛です。やめましょう…。

 どうやら殆ど何も食べなくても済む様な体になった事だし、暴れるなんて面倒な事しないで寝るとしましょう。
 何故でしょうか、明日には殺されても不思議ではない体になったのに、人間の体だった頃より不安がありません。
 こんなに不安の無い眠りは久しぶりですね。
 おやすみなさい。





 暇ですね…。
 怪獣になった杉山譲二です。私が怪獣になってからかれこれ一ヶ月程だったでしょうか?
 私は、今も海底でのんびりと暇を持て余しています。
 最初は、起きたら今の私の出来る事を確認などをしていたのですが、それも大体終わってしまいました。深海生物の観察もしてみましたが、見つければ楽しかったのですが、深海生物に遭遇する事がレアなので暇なのは変わりませんでした。
 そういえば、面白い事が分かりました。今の私の目、カメラにもなるんですよ。どうやら人間だった私を取り込んだ時に、一緒に私の持っていたスマートフォンを取り込んだらしくて、その時にスマートフォンの機能もこの体に取り込んだようなんです。今いるのは海の底なので電波は届きませんが、カメラは怪獣のスーパー視力使って海底でも昼間のように撮影できます。しかも、この体には膨大な記憶領域があるので撮影限界がありません。撮り放題というわけです。


 おっと、話がずれました。私が暇で暇でしょうがないと言うお話でしたね。
 仕方が無いので、私は、旅に出ることにしました。

 旅…いいですよね。人間だった頃は、仕事に就活にと忙しくて行くなんて考えても見ませんでした。とは言え、この巨体では地上に上がる事は出来ません。では、何処に行きましょうか?
 少し悩んだ私は、目的地を決めました。
 海しか行けないんですし、日本海溝に行きましょう。日本で一番深い海溝。たしか、ほぼ前人未到だったはずです。人間ならすぐに押し潰されてしまう程の深海だろうと、この体なら問題なく行けます。
 
 この高性能な体は、自分が地球上の何処にいるか正確に分かり、尚且つ地球上の地図が既にあるので、目的地がどこか分からなくなる事もありません。何故かと言えば、地球の衛星軌道上には、マザークラスタとも言うべき、地球上に降りてきたクラスタの親玉が悠々と浮いているからです。マザークラスタの情報によって自分の居場所と、目的地の場所が分かるのです。GPS付き怪獣です。軍事基地だろうとリアルタイムで丸見えです。しかも人類は、マザークラスタが衛星軌道上にいる事にまったく気付いていません。
 おかげで目的地が分からなくなるという事もありません。

 地球の衛星軌道上に怪獣の親玉たるマザークラスタが居ると言うのにまったく気がつかない人類に嘆けばいいのか、それともマザークラスタが凄すぎるのか、どちらなんでしょうね?

 四肢を海底に着け、まずは手(前足?)で海底を突き放し、上半身を浮かせます。良い角度になったら今度は足で思い切り海底を蹴り上げます。海底の砂が巻き上がります。蹴った分の推進力がなくなる前に体を左右に揺らしながら泳ぎます。頭から尻尾まで綺麗に波打たせるのが、この体で泳ぐコツのようです。

 一応目的地に向かう前に旋回やロール、上昇下降などの基本的動きが出来る事を確認してから出発しました。

 私が寝ていたのは、日本海溝よりは浅い海底とは言っても深度1000mを超えた深さでした。ここまでの深さですと、海上自衛隊の所有する潜水艦でも早々に見つける事は出来ません。

 海底を深海生物観光しながらゆっくりと北上していくと海底に一本の線が這っているのが見えました。これは、アレですね。海底ケーブルという奴ですね。

 思わず海底に着地して、観察してみます。

 久々に私もネットサーフィンがしたいです。人間だった頃は、パソコンの前に座って色々なサイトを回ったものです。また見たいですねぇ。
 そこで私は、嬉しい事を理解しました。
 朗報です。私。再びインターネットが出来るようです。簡単に言えば、私の分体をこのケーブルにくっ付ければあとは、ナノマシンさんが勝手にケーブルに入り込んでネットが見れるようにしてくれるらしいです。
 サイト閲覧に必要なプログラムやらプロトコルやらは、私が持っていたスマートフォンの物を解析改良したものが使えるので問題なし。しかも分体と私との間は、量子通信でつながれているので回線速度が落ちる心配もなし。完璧です。
 
 鋭い爪の生えた手をケーブルの上に差し出すと、私の分体が爪の先から触手の様なモノが伸びる。それがケーブルへと到達すると、分体が爪から分離し、まるで蛇のようにケーブルに巻き付きました。
 しばらくケーブルに巻きついた分体がグネグネ動くと、私の視界の端に見慣れたウィンドウが現われました。ご丁寧に画面を大きくしてくれと思うと、ウィンドウが視界の中央に移動して、枠が大きくなりました。
 あっと言う間の出来事でした。
 ネットが出来るという嬉しさに、早速日本海溝行きを中止し、久々のネットサーフィンへと勤しみます。私は、アウトドア派ではなくインドア派なのです。
 お気に入りのサイトへのブックマークがそのまま残っていたで久々にいつも私が見ていたサイト見ていきます。
 世間は相変わらずですね、格差社会、ブラック企業、少子化、収賄に脱税、政治家の失言、マスコミの偏向報道と何も変わっていません。いつもはこのような記事を見て暗澹たる気持ちになったものですが、人という枠組みから完全に外れてしまった私には、もう関係の無い事です。そういう意味では、怪獣になってよかったかもしれません。

 おや?ニュースサイト中心に見ていたのですが、どうやら大事件が起きているようです。どのサイトでもその事件についてのニュースが一面に載り、掲示板でも盛んに意見交換がされていました。
 その事件と言うのは、豪華客船あぶくまがシージャックされたと言う事件でした。
 事件は現在進行形で、今だに犯人グループは豪華客船あぶくまを占拠しているらしいのです。あぶくまには、経済界の重鎮や、政治家、有名企業の重役、その人達の親族が多数乗っているそうで、もし乗客達が皆殺しになったとしたら、日本経済は大混乱に陥るのは必死という状況なのだそうです。警察や自衛隊も下手に手が出せないと、知ったかぶりのコメンテーターが言っていた。
 あぶくまをシージャックしたのは、"格差を是正する国民戦線"というテロリスト集団で、この格差社会を作り出した政治家や企業に対し制裁を加え、その恐怖によって政府と企業が自主的に国民の待遇の改善を行うようにさせる事を目的としているそうです。
 最近では、ブラック企業に酷使され、ゴミのように捨てられたサラリーマンや、そもそも就職できない新卒者達が多く参加しているといいます。きっとテロリスト達の親玉は、そんな人達をだまくらかしてテロリスト実行犯に仕立て上げたのでしょう。
 
 私も人間のままだったら、そのテロリスト集団に入っていたかもしれないと思うと少しぞっとしますね。
 
 そして、なんとその豪華客船あぶくまが、私の近くで停泊しているらしいです。

 …ちょっと見に行ってみますか。
 私の野次馬根性がうずきます。
 人間社会から離れていた反動か、私は、少々行動的になっているようです。もしくは、この体を作っている好奇心旺盛なナノマシン達に私が影響されているかもしれません。
 
 何という事でしょう。考えればすぐに分かったのに…。
 私は、あぶくまに向かいつつ海面へと上昇していったのですが、その途中で、目的のあぶくまの周囲に複数の潜水艦の陰を見つけてしまいました。
 当然です。テロリスト達は、あぶくまから見える位置に何人たりとも近づくなと告げています。一回見つけるごとに、一人人質の命を奪うと言っています。
 ですがそれは、テロリストから見つかった場合という事です。見つからなければ人質は殺されません。
 ふと耳を澄ますと、驚いた事に潜水艦の中の音が聞こえてきました。どうやら中には、あぶくまに隠密に潜入する為の特殊部隊の人達が、魚雷発射管の前に集まっているようです。しかし、なかなか許可が降りないのかイライラしているようでした。水中かつ分厚い金属で囲まれた潜水艦の中の音まで普通に聞こえる自分の耳に脱帽です。

 慌てて私は、何とか潜水艦から見つからない手段は無いかと考えます。
 すると万能ナノマシンさんが、私の意思に反応して、即座にソナーの超音波や私の泳ぐ音を吸収する特殊なバリアを張ってくれました。さすがナノマシンさんです。これで心置きなく、野次馬が出来ますね。
 自衛隊の潜水艦の横を悠々と通り抜け、あぶくまの右前方、大体200mくらい離れた位置に着くと早速分体を作ります。分体には何故か細かいディティールは施せないようなので、暗めの青をした海蛇のような分体を作って海面へと向かわせました。
 見つけました。真っ暗な海上にまるで光るお城のように巨大な船体がぼうっと浮いています。
 おや、今は夜でしたか…。
 ずっと暗い深海のそこに居ましたから、時間の感覚が結構ずれてますね。それにしても、この分体ってホント凄いですねぇ。

 今私の脳裏には、ナノマシンの分体が見ている映像が見えています。分体からの届けられる映像は鮮明でズームすれば、その画面内で喋っている人間の声すらまるでその場にいるように聞こえます。さすがすべてを観測せよとプログラミングされたナノマシン達です。驚異的性能です。
 
 それで、肝心の船上の様子ですが…非常に危ない状況です。
 テロリストが、乗客の一人と思われるドレスを少女を腕を掴んで無理矢理歩かせ、舳先へと向かっています。テロリストは、黒ずくめの服に黒覆面。手には、拳銃を持っています。少女の顔は真っ青で、かなり追い詰められている様でした。まだ、中学生くらいでしょう。長い髪を首の後ろで紫色のリボンで纏めたかわいらしい女の子です。きっと良いとこのお嬢さんなのでしょう。テロリストはもう一人いて、そちらは銃と一緒にカメラを持っています。
 
 テロリストは、舳先付近に来ると少女を前に突き飛ばして、銃を向けました。そして、舳先に立つように命令しました。少女はガクガクと震える足を懸命に動かして舳先へと向かいます。
 
 
 テロリストの男はカメラに向かって声高々に、この社会の不平等と政治家や大企業の腐敗と自浄作用のない政府を批判し、自分達の正当性を語っていました。
 少女は、舳先の上へ立つと、手を自身の胸の前で握り締め。恐怖を堪えるように下を向いて目を閉じています。
 そして、テロリストは終わると同時に男は、舳先に立っている少女の背中へと銃を向けました。カメラもそれをおい、テロリストの男と舳先に立っている少女が同じフレームに入る様に移動しました。
 いけませんっ!
 パンッ!パンッ!パンッ!
 放たれた三発の弾丸は、少女の背中から入り胴体を貫通して、胸から飛び出していきました。少女は胸から血がパッと散らし、銃弾を受けた勢いそのまま前に態勢を崩して海へボチャンと落下しました。

 助けないと!
 ですが、私は怪獣です。人々から恐れ、忌み嫌われている怪獣です。
 ここは、近くに潜んでいる自衛隊潜水艦にいる特殊部隊の人達に期待したいところです。ですが、特殊部隊の人達には出撃命令が出ません。先程までの様子は潜水艦内に生中継していたらしく、それを見ていた特殊部隊の隊長が少女の救出を進言していますが、自衛隊上層部は聞き入れてはくれないようで、押し問答しています。

 その間にも少女は、ドレスが水を吸って、ぐんぐん海の深くへと引きづり込んで行きます。早くしないと手遅れです。

 体をくねらせて私は、少女の下へと向かいます。沈んでいく少女に追いつくと、私は、両手で掬うように彼女を受け止めました。小さい少女が仰向けの状態で、巨大すぎる私の掌の上で仰向けに倒れています。胸には、三つ穴が開いており、そこから血が海へと流れ出ています。
 このままでは、すぐに窒息死か、失血死してしまいます。どうにかしないといけません。 すると少女は泡の様なバリアに囲まれました。この泡の仲にはちゃんと空気が存在し、呼吸が出来ます。これで窒息死する心配はなくなりましたが、心臓の辺りを撃ち抜かれてしまった彼女を救うには不十分です。

 何とか助けないと…何とかできませんか!?
 すかさずナノマシン達は、私に解決策を理解させます。ですがその方法は、倫理的にまずいという事が判明しました。
 これは、せめて本人に了解を得ないと、最悪彼女を二度、死に追いやる事になってしまいます。そんな残酷な事は出来ません。
 あっそれも何とかなる?ならやってみましょう。ナノマシンさんはホント万能です。

『お嬢さんお嬢さん。起きて下さい。お話があります』
 この年になってテレパシーなんてものが使えるとは思いませんでした。私は、強制的に少女の意識を目覚めさせます。一応彼女の脳の処理能力を一時的に上げさせてお話します。ヒーローが死が迫っている時に、突然時間の流れがゆっくりになるアレです。
 ゆっくり流れると言っても、今この瞬間にも彼女の胸からは赤い血が流れ出しているので時間が無い事には変わりませんが、意思確認の時間は取れます
『えっあっ!誰!誰なの?ここはどこ!?』
『落ち着いて下さい。あなたは、テロリストに胸を撃ち抜かれ海に転落しました』
『…ああ、私死んでしまったのですね?あなたは神様ですか?』
『勘違いしないでくださいね。あなたは、まだ死んではいないし、私は神様ではありません。私は、貴方が怪獣と呼んでいる物の一体です』
『怪獣!』
 彼女の声に怯えが入ります。当然ですね。私も怪獣は好きですが怖いです。
『時間が無いので聞いて下さい。あなたは今死に掛けています。ですが私なら救えます。しかし助ける方法に問題があり、その問題について貴方に了解を得たいのです』
『助かるんですか!…でも私の了解を得る事ってなんですか?』
『私の一部を貴方の体に入れれば体を修復する事ができます。ですが、それをするとあなたは死ぬまで私に全てを知られる事になります』
『知られる?』
『簡単に言えば貴方の体の中に私がずっと住むという事です。私の治療を受けると24時間365日、死ぬまであなたは、私に生活のすべてを見られ、聞かれ、感じられてしまうという事です。ちなみに私は、男です』
 女性でこれは、きついでしょう。男でさえトイレやお風呂など、他人に見られたくない場面は多々あります。それが女性で、しかも知るのが見ず知らずのおっさんともなれば、死んでも嫌という人も居る事でしょう。
 なら私のほうで見ないようにすれば良いと思うのですが、それが出来ないのです。何故ならナノマシンの基幹プログラムが"すべてを観測せよ"。つまり、"得られる"情報を"得ない"という選択が出来ないのです。さすがに私にも、ナノマシン達の根幹にあるものをどうにかする事は出来ませんでした。
『それって、体の中の貴方とお話も出来るのですか?』
『え?ええ、可能です。一応今回のようなテレパシーでの会話になりますが…』
 これはちょっと、私の考えていた反応とは違いますね?どういうことでしょうか?
『お願いします!私を治して下さい!』
 彼女は嫌がるというよりは、むしろ喜んでいる?
 少女から返されたのは、歓喜の感情と了承の言葉でした。
 せいぜい私は、命には代えられないと渋々承諾するか、もしくは、拒否されて楽に死なせることすら考えていましたが、これは私にも予想外の出来事です。ですが、これで彼女の命が救えます。
『分かりました。治療に入ります。しばらく眠っていて下さいね』
『はいっ!』
 最後に少女の元気の良い返事を聞くと、テレパシーを切って、彼女を再び気を失った状態に戻します。今までの会話は、彼女が泡に包まれてから、一瞬の出来事です。それでも、彼女の命は、刻一刻と流れ出ている。早くしないと本当に命取りになってしまいます。
 泡の中に鋭い爪を突き刺します。泡が割れそうな所業ですが、そんな事もなく、爪の先端は泡の中に入ります。そして、海底ケーブルの時と同じように爪の先から分体を垂らします。

人間の体については、私の人間だった時の体をナノマシン達が脳以外を徹底的に解剖して、バラバラにして調査したので問題ありません。
 一応、私の脳と脊髄の一部は、まだ人間のままの様です。今は人間の細胞分裂のペースにあわせて、脳の機能を順次普通の脳細胞から同じ機能を持つナノマシンへと移行させている最中なのだそうな。
 つまり何が言いたいかと申しますと、今考えている私は、人間の杉山譲二の人格をコピーしたコピー人格ではなく、人間だった杉山譲二の人格から連続した思考を持つ怪獣の杉山譲二だという事です。そして、いずれ私の脳は、すべてナノマシンに置き換わり、その時が本当に私がナノマシンと一体化し怪獣になるのです。私が私のまま。怖いような面白いような不思議な感じです。
 おっと私の事など、今は、どうでもいいですね。彼女を治しましょう。
 
 私の水銀の様な分体が、少女の体の上にポトリと落ちます。分体は、彼女の体の上を傷口に向かって滑るように移動し、傷口から彼女の体の中へと侵入します。
 そして瞬く間に、折れた骨を接ぎ、傷ついた臓器を分解吸収(!?)し、代わりにナノマシン達がその臓器に擬態します。ナノマシンが擬態した臓器には当然擬態した臓器と同じ機能を完璧に有しており、拒否反応の心配すらありません。ナノマシン脅威の技術力です。

 10分もすると、治療完了の報告が分体から上がってきました。しかし、一つ新たに問題が見つかりました。ナノマシン達は機能の模す事は得意なのですが、どうやら色などを再現するのは苦手らしいのです。掌の上で寝ている少女の胸の銃創の所が、肌色のナノマシンで埋っていますが、明らかに肌ではないと分かります。彼女自身の皮膚が再生していけば、自動的になくなるらしいのだが、それまでは、どうにもならないそうです。

 治療が完了すると少女は、すぐに目を覚ましました。暗いのは不安でしょうから明かりを点けましょう。すると少女を包んでいる泡自体が仄かに光だし、彼女を照らします。
 明るくなった事で少女は周りを見、そして、はっとなって撃たれたはずの自分の胸をまさぐりました。胸の銃創が得体の知れないモノで埋まっている事に驚きます。
『大丈夫ですか?』
「きゃっ!えっあっ!あの助けて下さった方ですか?」
『はい。苦しいとか体に何か違和感があるとかありませんか?』
「ハイ大丈夫です!以前より体調も良くて、まるで生まれ変わったようです!こんなに調子が良いなんて初めて!」
 ずぶ濡れだと言うのに、少女は嬉しそうに泡の中でぴょんぴょんと飛び跳ねます。
「あっ!申し送れました。私は、山王院由愛(ゆめ)と申します」
 山王院…確か日本屈指のコングロマリットの社名が山王院だったはずです。豪華客船のパーティに参加してる事ですから、きっと彼女は、その会社の関係者の娘さんなんでしょうね。
 由愛さんは自己紹介の後に頭を下げようとして、はたと止った。
「あの、怪獣さんは何処にいらっしゃるのでしょうか?」
 たしかに、彼女の周りは明るく照らされていますが、それ以外は真っ暗な海です。私の顔がある方向など分かるはずもありません。
『一応私は、あなたの正面にいますよ』
「正面…」
 彼女は正面をじっと見据えますが、見えていないようですね。貴方が今見ているのは、私の首元です。
『それとご丁寧に、私は怪獣です。名前は…』
 そこで私は、自分の名前を名乗る事に逡巡してしまいました。もしかしたら名乗ったせいで誰かに迷惑が掛かるかもしれません。ですので私は、名乗らない事にしました。
『ありません』
「では、なんとお呼びすればよいでしょうか?」
『怪獣でも、化け物でもお好きなように呼んで下さい』
「それはいけません!恩ある方を化け物呼ばわりなど!…では、そうですね。渋いお声をなさっておいでですので、とりあえずではありますが"おじ"様と呼ばせていただきます」
 そこで、由愛さんは、姿勢を正して座り、私がいる方向へと深々と頭を下げました。
「おじ様このたびは私の身を助けて下さり、真にありがとうございました」
『私がしたくてした事ですから御気になさらず。頭を上げて下さい』
 さすが上流階級の礼儀正しいお嬢さんに、驚きます。私が彼女と同じ年頃だった時こんな事は絶対に出来ませんでした。
 しかし、頭を上げて下さいといったにも関わらず由愛さんは頭を上げません。そうしたと言うのでしょうか?
「助けていただいたのにずうずうしい願いだというのは分かっています。ですが、お願いします。あぶくまの皆さんを助けて下さい!」
『…由愛さん。それは無理です。私は、怪獣です。本来あぶくまの乗客を救出するのは、自衛隊か警察のお仕事です。体の大きな私が言っても現場が混乱するだけです。私に出来るのは、もう貴方を安全に岸か、近くの船に送り届けることだけです』
 諭すように言いますが、由愛さんは首を横に振ります。
「お願いします!お願いします!何でも、私に出来る事ならさせていただきますから!」
 なっ何という事を!ちょっと言われてみたいですが、人様の前で言われたら嫌がらせでしかない台詞を!
『年頃の女の子がそんな事を言ってはいけません!』
 私は、言ってやりました。私の心の錆びを舐めてはいけません。もうガチガチに固定されています。
「あの船には、核爆弾が仕掛けられているんです!」
『なんですと!』
 思わず言葉が荒くなっています。一体何時から日本はこれ程物騒になってしまったのでしょうか?
 意識をあぶくまに向けてみると、確かにプルトニウムの反応があります。こんな事が出来る自分に、もはや驚きはありません。
 核爆弾ですか…。国家としての愛国心は薄いですが、だからと言って日本が核に汚染されるのは嫌ですね。何とかできないものでしょうか?さすがに、この体でも何とか出来な……出来るようです。
「あのテロリスト達が船に持ち込んで船のホールに設置したんです」
『分かりました。では、あなたはここで待っていて下さい。何とかしてきましょう。というかするしかないでしょうね』
「本当ですか!ありがとうございます!ありがとうございます!」
『あなたはここで待っていて下さいね。ああ、心配しなくても、その泡は消えませんので安心して下さい』
 すでに、由愛さんを包んでいる泡の形成は、由愛さんの体に入れた私の分体に引き継いだので、離れても問題ありません。
「…貴方様だけを危険に晒すお願いをして申し訳ありません」
『危険なのは、貴方も一緒ですよ。私死ねば貴方も死ぬ事になるでしょう』
 それは、本当です。私の意志により、分体に臓器を模倣させているのですから、私の意思がなくなれば、ナノマシン達はすぐに模倣を止める事でしょう。そうなれば、由愛さんの心臓と片方の肺は失われ、死は確実です。
「一蓮托生、と言う訳ですね」
 だと言うのに由愛さんは、何故か嬉しそうに言います。何が嬉しいのでしょうか?由愛さんは少々変わった思考をしているお嬢さんようです。
『では、行って来ます。ああ、私がここからいなくなってもその泡は維持されますし、私とも話せますからご安心下さいね』
 由愛さんは、私に着いて来たそうな目をしていましたが、濡れたドレスの裾をぎゅっと掴んで堪えています。自分が着いていっても足手まといでしかない事を理解して下さっているようです。
「お帰りをお待ちしております。御武運を」
『はい』
 由愛さんを乗せていた掌を下ろすと、泳ぎだします

 一旦あぶくまから離れます。そして、バリアを解いてわざとレーダーに映るようにあぶくまに向かいます。
 私の接近に感づいた潜水艦が俄かに騒がしくなります。正体不明の巨大物体が突然レーダーに現われ、あまつさえ、テロ事件が起きている現場へと向かっているのですから当然でしょう。
 
 ある程度近づいたら水面まで上昇して私の背中を水面から上へと出します。そしてわざと白波を立てつつあぶくまの左後方からゆっくりと近づく。これで、テロリスト達も私に気づく事でしょう。
 案の上、私の存在に気がついたテロリスト達が船の外に面した通路や、甲板へと飛び出してきます。
 今まで日本には現れた事のない怪獣の登場にテロリスト達も混乱していますが、すぐに指揮官らしき男が、無闇な発砲を禁じました。私がそのまま通り過ぎるのを望んでいるのでしょう。ですが無駄です。私目的は、その船なんですから。

 往年の怪獣映画を参考に、海水を跳ね飛ばし体を横に振るうようにして、水しぶきを上げながら、登場します。

 GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAO!!

 もちろん盛大に咆哮し、自身の存在をアピールする事も忘れていません。私の怪獣としてのデビューです。不本意ではありますが、仕方がありません。ですが全力です。
 私の憧れた怪獣は、大きく、強く、乱暴で、善悪関係なく邪魔な物は全て破壊する。そんな存在です。ならば、私も怪獣であるならば人前では、そうでありたいと思うのです。
 そしてイグアナが泳ぐように顔だけ水面を出して、あぶくまに真っ直ぐ向かいます。

 あぶくま船内にいた乗客達は、パニックに陥りました。一部の乗客達は、自分達の部屋に監禁されているのですが、その窓から私が向かってくるのが見えているのですから当然でしょう。
 それはテロリスト達も同じです。とうとう先走ったテロリストの一人が私に向かって、手に持ったAKらしき銃を撃ってきました。それが呼び水となり、その周囲にいたテロリスト達も、発砲を始めました。

 私の体に銃弾が飛んできますが、その全てが私の装甲のような皮を貫く事が出来ません。せいぜい小さく切った消しゴムをぶつけられている様な感覚です。さえない学生時代の事を思い出し、腹立たしさが増します。
 撃たれるのも意に介さず、そのまま軽くあぶくまの船体へと体当たりします。その衝撃で何人か銃を持ったテロリストが叫びながら海に落ちましたが、知ったことではありません。

 それから私上半身だけを海面から上に出して、水に浮かべたエアーマットに掴まるようにあぶくまへと掴まります。もちろん人のいないところを選んでいます。 この巨体で立ち泳ぎは、結構大変なのです。
 船内は、阿鼻叫喚となっているようです。テロリスト達も浮き足立ち、何とか黙らせようとしていますが収拾がつかないでしょう。何時人質に向かって発砲を始めても不思議ではありません。急ぎましょう。
 核爆弾のある位置は、もう分かっています。幸い。爆弾が設置されている場所に、手の長さが足りなくて届かないという事はなさそうです。
 手を貫手の形にして、振りかぶると、そのまま船体へと突き刺す。怪獣の手は、やすやすとあぶくまの壁を突き破っていきます。まるで発泡スチロールで出来た板を突き破っているような感覚です。
 
 どこかなぁと言った感じに突っ込んだ手を動かし目的の核爆弾を探します。おっありました。
 それを壊れないようにそっと握ります。とりあえず、バリアを張って外からの変な影響を受けないようにしてから引き抜きます。

 揺れる船に持って来る位ですから揺れに反応するタイプの信管は着けてはいないでしょう。時限信管が搭載されているのは聞きましたが、最悪リモコンスイッチで起爆するタイプの信管も仕掛けてある可能性も高いですね。とは言え、この混乱している状況での遠隔爆破は無いはずです。

 爆弾を掴んだ腕を引き抜いて出てきたのは大きめのディープグリーンで塗装されたごついコンテナでした。
 そういえばこんなコンテナが、戦争映画とかの背景に映っていましたね。
 そう思っていると、客船の屋上にわらわらとテロリスト達が姿を現しました。手にはRPGやスティンガーミサイルなどのロケット兵器を持っています。そして私に狙いを定めて発射しました。
 核爆弾に当たったらどうするのでしょうか?ああ、彼らは私が核爆弾を持っているとは思っていないのですね。
 私にロケット弾やミサイルが着弾し、爆発します。この感じはなんと言えばいいのでしょう?水風船をぶつけられている様な感じでしょうか?
 それでも私の体は傷一つ付きません。さすが怪獣です。でもうっとおしいことには変わりませんから、つい核爆弾を腕でなぎ払ってしまいました。
 幸い爆発はしなかったものの、なぎ払った後に冷や汗が出ました。さすがにこの状態で爆発したら大変です。
 その時、船首のほうから甲高いエンジン音とバタバタという音がしました。見てみるとそこには、モスグリーンに塗装されているヘリが船のヘリポートから今にも飛び立とうとしていました。
 
 仲間を見捨てるとは見下げたテロリストです。所詮自分達の事しか考えていないのでしょう。

 テロリスト達に逃げられそうになっていますが、先に核爆弾の処理をしてしまいましょう。核爆弾を口の前まで運ぶと、そのままぽいっと口の中に核爆弾を放り込みます。そしてそのままゴクンとまるで薬でも飲むように嚥下しました。
 体内に入れれば、電波などは完全に遮蔽できますし、もし仮に時限装置で爆発したとしても、この程度の爆発なら私の体内で完全に封じ込める事が出来ます。痛いらしいですけどね。
 あっでも結構時間的には余裕がありそうですね。なら、予定通り核の容器にナノマシンを入れて、私のエネルギー源になってもらいましょう。

 その様子をヘリ飛び立ち、脱出しようとしているテロリスト達が唖然とした様子で見ています。
 そりゃあ爆弾を飲み込むなんて、緑のゴム仮面をつけた変人しか私は、見た事がありません。
 
 ヘリは、真っ直ぐ飛び去っていくのですが、何を思ったのか突然その場に停止し、へり側面をこちらに向けました。何事かと見ているとヘリのキャビンに乗ったテロリストの内の一人が勝ち誇るように手を上げました。その手にはリモコンの起爆スイッチが見えます。
 ああなるほど。
 テロリストは躊躇なく起爆装置のスイッチを押しました。
 ですが、私がお腹から爆発する事も、そもそも核爆弾が爆発する事もありません。
 目をつぶって爆発に備えていたヘリのテロリスト達は、何時までたっても爆発しないのに気付くと、慌てたようにスイッチを何度も何度も押しています。
 このとき既に核爆弾は体内で既に分解され、私のエネルギーへと変換されています。ナノマシン様様です。
 
 その後諦めたのか、ヘリが再び逃走を開始しました。ですが私を殺そうとしたのに、このまま逃がすのも癪です。ならば、お返ししましょう彼らのエネルギーを…。

 私は、怪獣らしく口を大きく開けて放射熱線を発射しました。放射熱線は真っ直ぐ飛び、テロリストの乗ったヘリコプターを一瞬で蒸発させました。

 事件の背景とか聞き出す相手とかいなくなってしまいましたが、私には知ったこっちゃありません。依頼も終わったので、早く由愛さんを安全な場所まで連れて行きましょう。ここで自衛隊に救助させるというのも手ですが、彼女には私の分体がいますからね。下手に調べられると、彼女が拘束されてしまいます。それはかわいそうですので、一旦岸まで連れて行ってあげて、そこで彼女の家の人に迎えに来てもらった方が良いでしょう。

 私は、船を解放すると再び海に潜って野次馬に出していた分体を回収して、自衛隊に見つからないように海の底深くへと潜っていきます。由愛さんには、テロリストのヘリを消滅させた時点で、核爆弾の処理が終わった事を知らせてあげていたので、大喜びでした。

 あっ自衛隊の潜水艦があぶくまの横に浮上していくのが見えました。テロリストの確保に向かっているのでしょう。近くの基地からは、無数の自衛隊のヘリコプターや対潜哨戒機などが飛び立ち空の上は大騒ぎです。ん?在日米軍の機体も混じっているような気がします。ああ、怪獣である私が出たから、その警戒と情報収集ですか。大変ですね。お疲れ様です。


 由愛さんに、核爆弾を処理した事を伝えると由愛さんは、何度も何度もありがとうとお礼を言ってくれました。
 その後彼女を、泡に包んだまま、一番近い岸まで運んであげました。浮上してきた潜水艦に救助させるという手もありましたが、それだと彼女の体が調べられてしまいます。そうなると彼女の体の中に正体不明(私の分体)な物が入っているのがすぐばれてしまいます。
 どうやらナノマシン達は、そこに居るのに、居ない様に見せるのは得意なのですが、そこにあるべき物が無いのにある様に見せるのは得意では無いようなのです。ナノマシン達そこまで万能では無いようです。それでも十分すごいのですが…。

 彼女の入った泡を人気の無いさびれた海岸の砂浜に上げると、パチンと泡を割って彼女を外に出します。周囲に人影は、ありません。少し離れた場所にある展望台になっている場所には、あぶくまの事件を知った野次馬達が大挙して押し寄せていますが、この海岸からは、あぶくまが見えないので人は居ません。

 由愛さんから連絡先を聞き出すと、ネット経由でその連絡先にここに由愛さんがいる事を連絡しました。
 すると物の数分でバタバタと、由愛さんに向かってくるヘリを確認しました。
『迎えも来た様だし。私は行くよ。じゃあ元気でね』
『はい!本当にありがとうございました!』
 後の事はきっと、家の人が良きに計らってくれるでしょう。ある意味これ以上私にはどうしようもありませんからね。
 ヘリが由愛さんを見つけるのを確認すると私は、また海の深くへと帰ることにします。
 さて、今度こそ日本海溝の底へと行って見ましょうかね。
 私は、ゆっくりと沖合いに向けて泳ぎ始めた。


 その後、事件の顛末がネットニュースに上がった。あぶくまに突入した自衛隊員達は、無事テロリストを制圧する事に成功したそうだ。
 それに伴い当然、豪華客船あぶくまを襲った怪獣が映った画像が公開された。その姿は我ながら見事な物だった。船内から取ったであろうアングルで、暗闇に浮かび上がる怪獣の姿が良く映し出されていた。しかも放射熱線を出している姿もあり、なかなかの迫力だった
 私は、リアルゴ○ラとして有名になり、その副産物としてネットで昔の怪獣物の映画が見れるようになった。
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