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2巻
2-3
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「はいっ、代金分いただきました~。ごちそうさまっ、ミリィちゃん♪」
「……ど……いたしまして……」
もみくちゃにされたミリィは解放された後もフラフラで、服も髪もひどい乱れようだった。
レディアはというと、幸せそうな顔をして、ミリィの身体をまさぐった自分の手の匂いを嗅いでいる。
変態か、こいつは。
「今日はみんなでご飯食べに行きましょ~っ♪ もちろん、私の奢りだよ~」
「いいのですか?」
「いいのいいの♪ ギルドの仲間同士、こういうのも大事だよねぇ~。お父さんは商店街の会合でいないから、丁度いいし」
ギルドメンバーの親睦を深めるため、ということらしい。
こちらも断る理由はない。遠慮なくごちそうになるとしよう。
どこか食べに行こうとは言ったものの、レディアは徹夜で、ワシらは狩りで疲れていたため、結局はワシらが泊まっている宿で食事をすることになった。
「おばさま、こんばんは~。ご飯食べにきました~っ」
「おや、レディアちゃん。久しぶりだねぇ。お腹いっぱい食べていきな」
丁度他の客の食事も作っていたようで、ワシらがテーブルにつくとすぐに料理が並んだ。
夕食のメニューは、野菜がたっぷり入ったシチューとパン。素朴な味だがボリュームたっぷりで、十分満腹になる量だ。シチューの中に入れてトロトロに柔らかくなったパンが美味い。
「んぐんぐ、ふぃ~おいしいねぇ!」
レディアが、水とともに口一杯に頬張ったパンを呑み込んだ。
ちょっと行儀が悪いが、幸せそうに食べるな。
口を動かしながら、レディアが皆に念話を送ってきた。
《ところでさ、この念話ってやつ? 初めて使ったけどなかなか便利だねぇ》
《でも慣れないと、上手く伝え……れないですね》
先刻、レディアの作ったバッジにミリィが魔力を込め、クロードとレディアに渡した。
これにより念話が使えるようになった二人は、早速試しているのだ。
ちなみに、ワシとミリィはギルド結成メンバーなので、ギルドエンブレムがなくてもは念話を使うことができる。
クロードは、どうも念話を上手く使えないらしい。ところどころノイズが交じって聞こえる。
念話をするのに、大してコツなどないはずだが。
スクリーンポイントが変に作用しているのかもしれない。
《でも、これで……ミリィさ……と……ゼフ君の会話に入って……けますよ》
《あらぁ~、今まで二人だけで使ってたのね~。二人の世界を壊しちゃってごめんね、ミリィちゃん♪》
「はぁっ!? べ、別にそういうんじゃないしっ!」
無言でニヤニヤ笑うレディアとクロードに、大きな声で反論するミリィ。それを宿の女将さんや、他の冒険者が怪訝そうに見ている。
「おいおい、騒がしくするのは他の客に迷惑だぞ」
「うぅ、私が悪いみたいじゃないの……」
「あっはは……ごめんね、ミリィちゃん」
◆ ◆ ◆
食事が終わったワシらは部屋へ移動し、レディアに色々と話を聞いていた。
「ワシらは駆け出しもいいところだ。手っ取り早く金が必要なのだが、いい方法はないか?」
「そうね~。稼ぐ目的だと、冒険者ギルドで依頼を受けるのは微妙かなぁ」
「同意見だな」
ここベルタはナナミの街より栄えているとはいえ、田舎である。こんなところの冒険者ギルドなど、安い依頼しかあるまい。登録する時間すら惜しいレベルである。
手っ取り早く金を稼ぐなら、レアアイテムをバンバン拾いまくって売るのが一番効率的だ。
「となると、ボスか……私としては、武器作製の材料とかのプチレア狩りをお勧めしたいかな……ていうか、取りにいかない? 私が買うからさ」
プチレアとは、魔物が時折ドロップするレアアイテムである。
所謂レアアイテムに比べれば出やすく、それなりの値段で取引できる。故にプチレアである。
「ふむ。ちまちました狩りはあまり好きではないのだがな」
「ボクはそういうの好きですよ。そこそこ出るからモチベーション上がりますしね」
庶民派のクロードらしい。ワシは一発狙い派だがな。
「東にあるサンレイ山脈って知ってる? そこの魔物から武器材料のプチレアが何種類か出るんだよね~」
「えーと……確かずっと東にある大きな山々ですよね」
クロードが地図を取り出し、テーブルの上に広げる。
サンレイ山脈はこの大陸で一番高い山脈であり、大昔からダンジョン化もしている。
あそこの魔物が、よく武器作製に使われる鉱石系のプチレアをドロップするのだ。
「そうだな、レベル的にもちょうどいいだろう」
「じゃさ、今度うちの店が休みの日に皆で行ってみない?」
「おっけーっ! じゃあ次の目的地はサンレイ山脈に、けってーい♪」
ミリィが元気よく、窓の外を指さす。
どうでもいいが、そっちはサンレイ山脈とは反対方向だぞ。
3
数日後、ワシらはサンレイ山脈のとある山の麓へ来ていた。
午前中に馬車で出発し、着いたのは昼前か。四人だとテレポートは大変だし、距離も遠いから馬車を使ったのだが、結構時間がかかったな。
馬車にはワシらの他に、何組かの冒険者パーティがいた。
サンレイ山脈には低レベルから高レベルまで幅広い魔物がいるため、結構人気の狩場なのである。
道中、ワシはサンレイ山脈の地形や魔物についてミリィに説明しておいた。
「おお~っ! すごいねっ、ゼフ! サンレイ山脈ってこんなに高いんだぁ~」
「ミリィはここに来るのは初めてか?」
「うんっ! きれいな景色~」
手を額に当て、背伸びして山を仰ぎ見るミリィ。
「ゼフ君はボクより年下なのに、色々知ってるんですね」
「こ、ここは有名な山だしな……」
訝しげなクロードの視線から目を逸らす。
危ないところだった。前世の知識を下手に披露して勘繰られてはかなわんからな。
「とりあえずさ、山に入るのはお弁当食べてからにしようよ。も~お腹ペコペコでさ~」
レディアの提案に乗り、まずはお昼にすることにした。
馬車を降りた場所は休憩所にもなっているようで、馬や御者も水場で食事をしている。彼らは毎日こうして冒険者を運び、日銭を稼いでいるのであろう。
レディアの作った弁当は、ベルタ名物太鼓焼きのランディア家バージョンで、ミリィもクロードも美味しそうにパクパク食べている。
サンレイ山脈の美しい風景とレディアの料理の腕が相まって、普段より数段美味く感じられた。
ちなみに昼食を作った本人はというと、太鼓焼きを口いっぱいに頬張るミリィをデレデレ幸せそうな顔で眺めていたのであった。
レディアはミリィがかわいくて仕方ないといった感じだ。
ワシのことを弟のように思っていると言っていたが、ミリィは妹といったところか。
「ふぅ、お腹一杯になったね」
「ゆっくり山登りしながら、狩りましょうか」
食事が終わり、木々の生えた山道を歩いて登っていく。
山道はある程度舗装もされており、周囲には青々とした草が生い茂っている。いい景色だ。
少し上ると、先ほど馬車で一緒だった冒険者たちが魔物と戦っているのが見えた。
大きな岩のような魔物――ストーンゼルである。岩とゼリーが混ざったような魔物で、物理攻撃に対してはかなりタフだ。
しかし自ら攻撃してくるタイプではなく魔導で瞬殺できる上、鉱石系のドロップアイテムが期待できるので、駆け出しの冒険者にはぴったりの獲物である。
のんびり見ていると、レディアの足元からも何か湧き出してきた。
「レディアさん、足元に魔物ですっ!」
クロードが叫ぶ……が、レディアはストーンゼルを無視して歩みを進める。
「ん~、パス。これはいいや」
「ストーンゼルを狩るのではないのですか?」
「んにゃ、下層の魔物のドロップアイテムは一杯手に入るからさ、私の目当てはロックバードなんだよね~。だから上の方に行かないと」
「……ロックバードは山頂付近に湧く魔物だろう? 今から行くつもりなのか?」
「中腹の山小屋で一晩明かして、翌日に狩りを始めようかなと思って……あ、先に言っておいたほうがよかったよね、ごめんっ! 私、あまりパーティ組んだことなかったから、つい……ダメなら引き返すから。ねっ?」
ワシら三人にジト目で睨まれ、思わず謝るレディア。
もしやワシらが断ると思って、ワザと黙っていたのではあるまいな。念のため釘を刺しておこう。
「……別に構わないが、次からはちゃんと言うようにな。それとドロップした材料だが、後で高く買ってもらうぞ」
「へっへっへ、そりゃもう~サービスしときますよ、ダンナ♪」
そう言ってレディアは両手を揉みながら、二の腕で胸を挟みあげている。
こいつ絶対ワザとだろ……流石商人汚い
ミリィもそんなレディアを睨んでいる。
ワシが呆れ顔をしていると、クロードがこっそり話しかけてきた。
「大丈夫なんですか? ゼフ君。ロックバードと戦うなんて」
「ロックバードは強めの魔物ではあるが、レベル的にはエレメンタルと同格だ。それほど大量に湧くわけでもないし、何とかなるだろう」
「エレメンタルは魔導無効化で倒したようなものですから、イマイチどのくらいの強さだったかわからないんですよね……」
「中腹に行くまでに、少しはロックバードと遭遇するだろう。戦ってみて無理そうなら帰ればいい」
ワシはそう言ってクロードをなだめた。
「とりあえず行ってみましょ!」
ミリィもワシと同意見のようだ。
「さっすがミリィちゃん! 話がわかるぅ~」
そう言って抱きついてこようとしたレディアの腕を、ミリィはスルリと躱す。
逃げられて茫然とするレディアと、それを勝ち誇った顔で見上げるミリィ。
そろそろセクハラにも慣れてきたのだろうか。今のはレディアの行動パターンを読み切ったいい動きだった。やるな、ミリィ。
登山中はテレポートを挟みながら、ゆっくりと進んでいった。
道中、魔物の相手をしなければならない場面もあるので、魔力は温存しながら行かないとな。
それに眺めもいいし、テレポートで飛ばして行くのも少々もったいない。
「あ、ゼフ。あそこに魔物がいっぱいいるよっ!」
「倒してくればいいではないか」
「おっけー……ブルーゲイルっ!」
通りすがりに見つけたストーンゼルの集団に、ブルーゲイルを撃ち込むミリィ。
相変わらずのブルーゲイル一択である。
ミリィのようなゴリ押し戦法を、前世のワシの師匠はスマートでないと毛嫌いしていた。
しかし今思えば、それは師匠の戦法に合わなかっただけであって、ワシにそうするなと言っていたわけではなかったんだよな。
要は自分に合った戦い方を見つけろ、ということだ。
この力押し戦法はミリィに合っていると思う。
それにしても師匠か……懐かしいな。今の時代でも元気にしているといいのだが。
思い出に耽っていると、岩陰からクルルという鳴き声が聞こえてきた。
岩陰から、にゅうっと長い首を伸ばしてきたのは、赤い鶏冠に黒毛のラインが入った白い頭。
首を伸ばし、太く発達した脚で立ち上がってあらわれたその体躯は、レディアよりもデカい。
鋭く曲がった爪とクチバシで攻撃されたら、生身の人間など軽く引き裂かれそうだ。
ワシは目の前の鳥にスカウトスコープを念じる。
ロックバード
レベル42
魔力値
9531/9531
魔力値9531か。そこそこの体力だな。
魔物はその身体を大地の魔力、マナで構成されている。その魔力値をゼロにすれば霧散し、大地へと還っていくのだ。
「あれは、ロックバード……ですね」
「おっし! やるぞ~っ!」
「ブルーゲイルっ!」
即座にミリィがブルーゲイルを放つ。
水竜巻がロックバードを直撃するが、ロックバードはそれに耐えて突進してきた。
スピードの乗った爪での一撃をクロードが盾で受け止める。
レディアは胸の谷間に腕をつっ込み、そこに挟んでいた袋から長斧を取り出して、ロックバードに振り下ろした――が、器用に首を曲げ、レディアの大振りの一撃を躱すロックバード。
そのまま鋭いクチバシで、体勢の崩れたレディアを狙う。
しかし、レディアは器用に身体を捻って躱し、ついでにロックバードの頭に数度、蹴りを入れた。
その人外な動きに、ミリィとクロードの目が丸くなる。
……相変わらずの化物ぶりだな。
ワシはともかく、レディアの動きを初めて見る二人は相当驚いているだろう。
「クァア!?」
「よい……しょおっ!」
長斧での一撃が入り、たたらを踏むロックバードを狙うべく、ワシはタイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのは、レッドショットとブラックショット。
――二重合成魔導、パイロショット。
撃ち出された火炎と旋風の入り混じった魔導弾は、ロックバードの身体をえぐる。
そこへ、ミリィの追撃。
「ブルーゲイルっ!」
水竜巻に呑み込まれたロックバードは、虚空へと消え去った。
戦闘が終わると、レディアが何かを感じたのか、両の手を閉じたり開いたりしている。
「この感じ……レベルが上がったってやつなのかな?」
「おめでとっ! レディア」
「おめでとうございます」
こっそりスカウトスコープを使うと、レディアのレベルはまだ12であった。
前に一緒に狩りをした時から、やっと1上がったのか。下手したら戦闘自体、あの時以来だったのかもしれん。レディアは店番や露店巡り、武器の作成が生活のメインなので、あまり狩りをする機会がないのだろう。
ロックバードは経験値の多い魔物だから、今回の狩りでかなりレベルが上がるだろうな。
「いや~、みんな強いねぇ。お姉さんびっくりしちった」
「いや、レディアさんのほうが強いですよ……それも尋常じゃないくらいに」
「うんっ! ぴゅーっ! て来たのを、ふわって躱して……とにかく凄かった!」
前衛としての自信を打ち砕かれたのか、若干凹み気味のクロード。
そして、レディアの動きを手でぱたぱたと再現しているミリィ。
そのミリィの様子を、デレデレとだらしない顔で愛でるレディアであった。
それにしても、ロックバードはなかなか強敵だったな。高レベルの魔物だけあって、タフだし動きも速い。四人がかりでやっと、と言った感じだ。複数で囲まれるとマズいだろうな。
「ロックバードが二匹来たらクロードとレディアがそれぞれ相手をして、クロードのほうを先に処理することにしよう。三匹以上ならワシがクロードを、ミリィがレディアを連れて、テレポートで逃げる。とりあえず今日はこれで行こう」
三人が頷く。
そこからは歩いて中腹の山小屋を目指した。
テレポートで移動すると、いきなり魔物の群れに遭遇するかもしれないからな。
のんびりとハイキング気分で山道を進んでいく。
「あそこに二匹いるよ」
レディアが指差す先には、草むらで気持ちよさそうに寝そべっているロックバードが二匹。
草が邪魔でよく見えない上に、進行方向でもないのによく見つけられたな。レディアは目がいいようだ。
「ブルーゲイルっ!」
ミリィの魔導を合図に、クロードとレディアが駆ける。打ち合わせ通り、一匹ずつ相手にするためだ。クロードが相手をするほうを先に……だったな。
ワシはロックバードにパイロショットをぶつけ、ダメージを与えて怯ませる。
やはり遠距離で使える合成魔導は使い勝手がいい。とはいえ、パイロショットは威力がいまいちなので、もう少し威力の高い遠距離魔導を開発したいところだ。
最近はタフな敵を相手にすることが多いしな。そのうち時間を作って、新たな合成魔導を試してみよう。
「ブルーゲイルっ!」
ミリィの放った二度目の水竜巻によって、ロックバード二体が消滅した。
大体ブルーゲイル二発+αで倒せる感じだな。
その後、何度かロックバードと遭遇しつつも、順調に山を登っていった。大分標高が高くなってきたからか、生い茂っていた草が減り、山肌が見え始める。
日が傾き空が茜色に染まりつつある中、ミリィはフラフラしながら最後尾を歩いていた。
ミリィには少々きつい山道だったか。しかも戦闘をしながらだったしな。
「ミリィちゃん、おぶったげようか?」
「い……いらない……一人で……だいじょぶ……!」
それでもプライドがあるからか、レディアの提案を何度も拒否していた。
レディアはすごく残念そうであったが。
クロードは旅慣れしているだけあって、鎧や剣を持っている割にそこまで疲れていないようである。
「おっ山小屋が見えたよ、ミリィちゃん」
「ほんとっ!?」
途端に元気になり、駆け出すミリィ。
こらこら、いきなり走ると危ないぞ。
そう思った次の瞬間、ミリィはずでんと顔から地面に突っ込んだ。すぐに起き上がるが、そのまま肩を震わせている。
ったく、世話の焼ける奴だ。
ミリィのもとへ駆け寄るレディアに、ワシらも早足で続いたのだった。
ようやく山小屋に到着。小屋の中央には囲炉裏が設置され、その脇には簡素なテーブルと椅子があった。隅のほうには布団が畳んで置かれている。
「ここで一晩明かしましょう」
「疲れた~っ」
「ボクも。少し汗をかいたので、身体を拭きたいのですが……」
そう言って、ワシのほうをチラリと見やるクロード。
出ていけ、ということだろう。こちらとしても、そのつもりだ。
「はいはい、終わったら呼んでくれよ」
ワシはため息をつきつつ、山小屋から出て行く。
外はもう暗くなり始めている。ロックバードは夜には活動しないし、安全であろう。
ワシが出て行った途端、小屋の中からきゃいきゃいと騒ぐ声が聞こえてきた。どうせ着替えを手伝おうとして拒まれたレディアが、ミリィを追い回しているのだろう。他愛もないじゃれ合いである。
あ、止めに入ったクロードがレディアの毒牙に……やれやれ、疲れていたんじゃなかったのか。
ため息をつきながら小屋を離れ、ワシは切り立った崖の上に座り込んだ。
夕闇が濃くなり、山から吹き下ろしてくる風によって今日の疲れが流れていく。
いや、まぁそこまでは疲れていないのだがな。
山登りの最中、身体強化系の魔導を使っていたのだ。
足を風で覆い、運動能力を向上させる空系統補助魔導、ブラックブーツ。戦闘中にこれで回避力や移動速度を上げるのが常套手段だが、こういった場面でも使うことができる。
能力の上昇幅は被術者の身体能力によって変わるため、ワシに使っても大した効果はない。
だが、レディアとクロードの加入を考えると、運動能力を向上させる魔導は使う機会が多くなるだろう。今のうちから使い込んで、レベルを上げておいたほうがいい。
「ゼフーっ!」
……っと、ミリィの声に思考を止められる。
どうやら身体を拭き終わったらしい。ミリィもどこかすっきりしたような顔で、先刻まで乱れていた髪も今は整えられていた。
「終わったか」
「うん。隣、座ってもいい?」
「好きにしろ」
ニコニコしながら隣に座るミリィ。
……それにしても、最近一人の時間が少なくなっている気がする。
ミリィと行動を共にするようになってからだろうか。一人で修業や考え事をしていると、誰かがやってくることが多いのだ。
それにワシも、ミリィや他の皆のことを考えることが多くなっているな。
先刻も、考えていたのはクロードやレディアを補助する魔導のことだったし。
うーむ……これでは、ワシの目的である効率的に魔導を極める、という目的から遠ざかっているような……いや、このギルドを強くし、早めにレベルアップを図るのは目的と合致するのだが、ただ皆のことに構いすぎている気もするぞ。
「どしたの?」
ミリィが、考え込むワシの顔を覗き込んできた。ワシを見つめる大きな瞳。
……調子が狂ってきたのは、ミリィと出会ってからだろうか。
当惑の原因であるミリィは、その大きな瞳で不思議そうにワシの顔を見つめる。
「いいや、ただワシも変わったな、と思っていただけだよ」
「何言ってんの。ゼフは最初から変わってたじゃない。色々と詳しすぎるし、いきなり固有魔導は使えるし、自分のことワシとか言ってるし」
にひひ、と白い歯を見せて笑うミリィ。
そうか……そうかもな。まったく、言いたい放題言ってくれるわ。
ワシが苦笑いをしながら頭を掻くと、ミリィは屈託ない笑みを浮かべたのだった。
「……ど……いたしまして……」
もみくちゃにされたミリィは解放された後もフラフラで、服も髪もひどい乱れようだった。
レディアはというと、幸せそうな顔をして、ミリィの身体をまさぐった自分の手の匂いを嗅いでいる。
変態か、こいつは。
「今日はみんなでご飯食べに行きましょ~っ♪ もちろん、私の奢りだよ~」
「いいのですか?」
「いいのいいの♪ ギルドの仲間同士、こういうのも大事だよねぇ~。お父さんは商店街の会合でいないから、丁度いいし」
ギルドメンバーの親睦を深めるため、ということらしい。
こちらも断る理由はない。遠慮なくごちそうになるとしよう。
どこか食べに行こうとは言ったものの、レディアは徹夜で、ワシらは狩りで疲れていたため、結局はワシらが泊まっている宿で食事をすることになった。
「おばさま、こんばんは~。ご飯食べにきました~っ」
「おや、レディアちゃん。久しぶりだねぇ。お腹いっぱい食べていきな」
丁度他の客の食事も作っていたようで、ワシらがテーブルにつくとすぐに料理が並んだ。
夕食のメニューは、野菜がたっぷり入ったシチューとパン。素朴な味だがボリュームたっぷりで、十分満腹になる量だ。シチューの中に入れてトロトロに柔らかくなったパンが美味い。
「んぐんぐ、ふぃ~おいしいねぇ!」
レディアが、水とともに口一杯に頬張ったパンを呑み込んだ。
ちょっと行儀が悪いが、幸せそうに食べるな。
口を動かしながら、レディアが皆に念話を送ってきた。
《ところでさ、この念話ってやつ? 初めて使ったけどなかなか便利だねぇ》
《でも慣れないと、上手く伝え……れないですね》
先刻、レディアの作ったバッジにミリィが魔力を込め、クロードとレディアに渡した。
これにより念話が使えるようになった二人は、早速試しているのだ。
ちなみに、ワシとミリィはギルド結成メンバーなので、ギルドエンブレムがなくてもは念話を使うことができる。
クロードは、どうも念話を上手く使えないらしい。ところどころノイズが交じって聞こえる。
念話をするのに、大してコツなどないはずだが。
スクリーンポイントが変に作用しているのかもしれない。
《でも、これで……ミリィさ……と……ゼフ君の会話に入って……けますよ》
《あらぁ~、今まで二人だけで使ってたのね~。二人の世界を壊しちゃってごめんね、ミリィちゃん♪》
「はぁっ!? べ、別にそういうんじゃないしっ!」
無言でニヤニヤ笑うレディアとクロードに、大きな声で反論するミリィ。それを宿の女将さんや、他の冒険者が怪訝そうに見ている。
「おいおい、騒がしくするのは他の客に迷惑だぞ」
「うぅ、私が悪いみたいじゃないの……」
「あっはは……ごめんね、ミリィちゃん」
◆ ◆ ◆
食事が終わったワシらは部屋へ移動し、レディアに色々と話を聞いていた。
「ワシらは駆け出しもいいところだ。手っ取り早く金が必要なのだが、いい方法はないか?」
「そうね~。稼ぐ目的だと、冒険者ギルドで依頼を受けるのは微妙かなぁ」
「同意見だな」
ここベルタはナナミの街より栄えているとはいえ、田舎である。こんなところの冒険者ギルドなど、安い依頼しかあるまい。登録する時間すら惜しいレベルである。
手っ取り早く金を稼ぐなら、レアアイテムをバンバン拾いまくって売るのが一番効率的だ。
「となると、ボスか……私としては、武器作製の材料とかのプチレア狩りをお勧めしたいかな……ていうか、取りにいかない? 私が買うからさ」
プチレアとは、魔物が時折ドロップするレアアイテムである。
所謂レアアイテムに比べれば出やすく、それなりの値段で取引できる。故にプチレアである。
「ふむ。ちまちました狩りはあまり好きではないのだがな」
「ボクはそういうの好きですよ。そこそこ出るからモチベーション上がりますしね」
庶民派のクロードらしい。ワシは一発狙い派だがな。
「東にあるサンレイ山脈って知ってる? そこの魔物から武器材料のプチレアが何種類か出るんだよね~」
「えーと……確かずっと東にある大きな山々ですよね」
クロードが地図を取り出し、テーブルの上に広げる。
サンレイ山脈はこの大陸で一番高い山脈であり、大昔からダンジョン化もしている。
あそこの魔物が、よく武器作製に使われる鉱石系のプチレアをドロップするのだ。
「そうだな、レベル的にもちょうどいいだろう」
「じゃさ、今度うちの店が休みの日に皆で行ってみない?」
「おっけーっ! じゃあ次の目的地はサンレイ山脈に、けってーい♪」
ミリィが元気よく、窓の外を指さす。
どうでもいいが、そっちはサンレイ山脈とは反対方向だぞ。
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数日後、ワシらはサンレイ山脈のとある山の麓へ来ていた。
午前中に馬車で出発し、着いたのは昼前か。四人だとテレポートは大変だし、距離も遠いから馬車を使ったのだが、結構時間がかかったな。
馬車にはワシらの他に、何組かの冒険者パーティがいた。
サンレイ山脈には低レベルから高レベルまで幅広い魔物がいるため、結構人気の狩場なのである。
道中、ワシはサンレイ山脈の地形や魔物についてミリィに説明しておいた。
「おお~っ! すごいねっ、ゼフ! サンレイ山脈ってこんなに高いんだぁ~」
「ミリィはここに来るのは初めてか?」
「うんっ! きれいな景色~」
手を額に当て、背伸びして山を仰ぎ見るミリィ。
「ゼフ君はボクより年下なのに、色々知ってるんですね」
「こ、ここは有名な山だしな……」
訝しげなクロードの視線から目を逸らす。
危ないところだった。前世の知識を下手に披露して勘繰られてはかなわんからな。
「とりあえずさ、山に入るのはお弁当食べてからにしようよ。も~お腹ペコペコでさ~」
レディアの提案に乗り、まずはお昼にすることにした。
馬車を降りた場所は休憩所にもなっているようで、馬や御者も水場で食事をしている。彼らは毎日こうして冒険者を運び、日銭を稼いでいるのであろう。
レディアの作った弁当は、ベルタ名物太鼓焼きのランディア家バージョンで、ミリィもクロードも美味しそうにパクパク食べている。
サンレイ山脈の美しい風景とレディアの料理の腕が相まって、普段より数段美味く感じられた。
ちなみに昼食を作った本人はというと、太鼓焼きを口いっぱいに頬張るミリィをデレデレ幸せそうな顔で眺めていたのであった。
レディアはミリィがかわいくて仕方ないといった感じだ。
ワシのことを弟のように思っていると言っていたが、ミリィは妹といったところか。
「ふぅ、お腹一杯になったね」
「ゆっくり山登りしながら、狩りましょうか」
食事が終わり、木々の生えた山道を歩いて登っていく。
山道はある程度舗装もされており、周囲には青々とした草が生い茂っている。いい景色だ。
少し上ると、先ほど馬車で一緒だった冒険者たちが魔物と戦っているのが見えた。
大きな岩のような魔物――ストーンゼルである。岩とゼリーが混ざったような魔物で、物理攻撃に対してはかなりタフだ。
しかし自ら攻撃してくるタイプではなく魔導で瞬殺できる上、鉱石系のドロップアイテムが期待できるので、駆け出しの冒険者にはぴったりの獲物である。
のんびり見ていると、レディアの足元からも何か湧き出してきた。
「レディアさん、足元に魔物ですっ!」
クロードが叫ぶ……が、レディアはストーンゼルを無視して歩みを進める。
「ん~、パス。これはいいや」
「ストーンゼルを狩るのではないのですか?」
「んにゃ、下層の魔物のドロップアイテムは一杯手に入るからさ、私の目当てはロックバードなんだよね~。だから上の方に行かないと」
「……ロックバードは山頂付近に湧く魔物だろう? 今から行くつもりなのか?」
「中腹の山小屋で一晩明かして、翌日に狩りを始めようかなと思って……あ、先に言っておいたほうがよかったよね、ごめんっ! 私、あまりパーティ組んだことなかったから、つい……ダメなら引き返すから。ねっ?」
ワシら三人にジト目で睨まれ、思わず謝るレディア。
もしやワシらが断ると思って、ワザと黙っていたのではあるまいな。念のため釘を刺しておこう。
「……別に構わないが、次からはちゃんと言うようにな。それとドロップした材料だが、後で高く買ってもらうぞ」
「へっへっへ、そりゃもう~サービスしときますよ、ダンナ♪」
そう言ってレディアは両手を揉みながら、二の腕で胸を挟みあげている。
こいつ絶対ワザとだろ……流石商人汚い
ミリィもそんなレディアを睨んでいる。
ワシが呆れ顔をしていると、クロードがこっそり話しかけてきた。
「大丈夫なんですか? ゼフ君。ロックバードと戦うなんて」
「ロックバードは強めの魔物ではあるが、レベル的にはエレメンタルと同格だ。それほど大量に湧くわけでもないし、何とかなるだろう」
「エレメンタルは魔導無効化で倒したようなものですから、イマイチどのくらいの強さだったかわからないんですよね……」
「中腹に行くまでに、少しはロックバードと遭遇するだろう。戦ってみて無理そうなら帰ればいい」
ワシはそう言ってクロードをなだめた。
「とりあえず行ってみましょ!」
ミリィもワシと同意見のようだ。
「さっすがミリィちゃん! 話がわかるぅ~」
そう言って抱きついてこようとしたレディアの腕を、ミリィはスルリと躱す。
逃げられて茫然とするレディアと、それを勝ち誇った顔で見上げるミリィ。
そろそろセクハラにも慣れてきたのだろうか。今のはレディアの行動パターンを読み切ったいい動きだった。やるな、ミリィ。
登山中はテレポートを挟みながら、ゆっくりと進んでいった。
道中、魔物の相手をしなければならない場面もあるので、魔力は温存しながら行かないとな。
それに眺めもいいし、テレポートで飛ばして行くのも少々もったいない。
「あ、ゼフ。あそこに魔物がいっぱいいるよっ!」
「倒してくればいいではないか」
「おっけー……ブルーゲイルっ!」
通りすがりに見つけたストーンゼルの集団に、ブルーゲイルを撃ち込むミリィ。
相変わらずのブルーゲイル一択である。
ミリィのようなゴリ押し戦法を、前世のワシの師匠はスマートでないと毛嫌いしていた。
しかし今思えば、それは師匠の戦法に合わなかっただけであって、ワシにそうするなと言っていたわけではなかったんだよな。
要は自分に合った戦い方を見つけろ、ということだ。
この力押し戦法はミリィに合っていると思う。
それにしても師匠か……懐かしいな。今の時代でも元気にしているといいのだが。
思い出に耽っていると、岩陰からクルルという鳴き声が聞こえてきた。
岩陰から、にゅうっと長い首を伸ばしてきたのは、赤い鶏冠に黒毛のラインが入った白い頭。
首を伸ばし、太く発達した脚で立ち上がってあらわれたその体躯は、レディアよりもデカい。
鋭く曲がった爪とクチバシで攻撃されたら、生身の人間など軽く引き裂かれそうだ。
ワシは目の前の鳥にスカウトスコープを念じる。
ロックバード
レベル42
魔力値
9531/9531
魔力値9531か。そこそこの体力だな。
魔物はその身体を大地の魔力、マナで構成されている。その魔力値をゼロにすれば霧散し、大地へと還っていくのだ。
「あれは、ロックバード……ですね」
「おっし! やるぞ~っ!」
「ブルーゲイルっ!」
即座にミリィがブルーゲイルを放つ。
水竜巻がロックバードを直撃するが、ロックバードはそれに耐えて突進してきた。
スピードの乗った爪での一撃をクロードが盾で受け止める。
レディアは胸の谷間に腕をつっ込み、そこに挟んでいた袋から長斧を取り出して、ロックバードに振り下ろした――が、器用に首を曲げ、レディアの大振りの一撃を躱すロックバード。
そのまま鋭いクチバシで、体勢の崩れたレディアを狙う。
しかし、レディアは器用に身体を捻って躱し、ついでにロックバードの頭に数度、蹴りを入れた。
その人外な動きに、ミリィとクロードの目が丸くなる。
……相変わらずの化物ぶりだな。
ワシはともかく、レディアの動きを初めて見る二人は相当驚いているだろう。
「クァア!?」
「よい……しょおっ!」
長斧での一撃が入り、たたらを踏むロックバードを狙うべく、ワシはタイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのは、レッドショットとブラックショット。
――二重合成魔導、パイロショット。
撃ち出された火炎と旋風の入り混じった魔導弾は、ロックバードの身体をえぐる。
そこへ、ミリィの追撃。
「ブルーゲイルっ!」
水竜巻に呑み込まれたロックバードは、虚空へと消え去った。
戦闘が終わると、レディアが何かを感じたのか、両の手を閉じたり開いたりしている。
「この感じ……レベルが上がったってやつなのかな?」
「おめでとっ! レディア」
「おめでとうございます」
こっそりスカウトスコープを使うと、レディアのレベルはまだ12であった。
前に一緒に狩りをした時から、やっと1上がったのか。下手したら戦闘自体、あの時以来だったのかもしれん。レディアは店番や露店巡り、武器の作成が生活のメインなので、あまり狩りをする機会がないのだろう。
ロックバードは経験値の多い魔物だから、今回の狩りでかなりレベルが上がるだろうな。
「いや~、みんな強いねぇ。お姉さんびっくりしちった」
「いや、レディアさんのほうが強いですよ……それも尋常じゃないくらいに」
「うんっ! ぴゅーっ! て来たのを、ふわって躱して……とにかく凄かった!」
前衛としての自信を打ち砕かれたのか、若干凹み気味のクロード。
そして、レディアの動きを手でぱたぱたと再現しているミリィ。
そのミリィの様子を、デレデレとだらしない顔で愛でるレディアであった。
それにしても、ロックバードはなかなか強敵だったな。高レベルの魔物だけあって、タフだし動きも速い。四人がかりでやっと、と言った感じだ。複数で囲まれるとマズいだろうな。
「ロックバードが二匹来たらクロードとレディアがそれぞれ相手をして、クロードのほうを先に処理することにしよう。三匹以上ならワシがクロードを、ミリィがレディアを連れて、テレポートで逃げる。とりあえず今日はこれで行こう」
三人が頷く。
そこからは歩いて中腹の山小屋を目指した。
テレポートで移動すると、いきなり魔物の群れに遭遇するかもしれないからな。
のんびりとハイキング気分で山道を進んでいく。
「あそこに二匹いるよ」
レディアが指差す先には、草むらで気持ちよさそうに寝そべっているロックバードが二匹。
草が邪魔でよく見えない上に、進行方向でもないのによく見つけられたな。レディアは目がいいようだ。
「ブルーゲイルっ!」
ミリィの魔導を合図に、クロードとレディアが駆ける。打ち合わせ通り、一匹ずつ相手にするためだ。クロードが相手をするほうを先に……だったな。
ワシはロックバードにパイロショットをぶつけ、ダメージを与えて怯ませる。
やはり遠距離で使える合成魔導は使い勝手がいい。とはいえ、パイロショットは威力がいまいちなので、もう少し威力の高い遠距離魔導を開発したいところだ。
最近はタフな敵を相手にすることが多いしな。そのうち時間を作って、新たな合成魔導を試してみよう。
「ブルーゲイルっ!」
ミリィの放った二度目の水竜巻によって、ロックバード二体が消滅した。
大体ブルーゲイル二発+αで倒せる感じだな。
その後、何度かロックバードと遭遇しつつも、順調に山を登っていった。大分標高が高くなってきたからか、生い茂っていた草が減り、山肌が見え始める。
日が傾き空が茜色に染まりつつある中、ミリィはフラフラしながら最後尾を歩いていた。
ミリィには少々きつい山道だったか。しかも戦闘をしながらだったしな。
「ミリィちゃん、おぶったげようか?」
「い……いらない……一人で……だいじょぶ……!」
それでもプライドがあるからか、レディアの提案を何度も拒否していた。
レディアはすごく残念そうであったが。
クロードは旅慣れしているだけあって、鎧や剣を持っている割にそこまで疲れていないようである。
「おっ山小屋が見えたよ、ミリィちゃん」
「ほんとっ!?」
途端に元気になり、駆け出すミリィ。
こらこら、いきなり走ると危ないぞ。
そう思った次の瞬間、ミリィはずでんと顔から地面に突っ込んだ。すぐに起き上がるが、そのまま肩を震わせている。
ったく、世話の焼ける奴だ。
ミリィのもとへ駆け寄るレディアに、ワシらも早足で続いたのだった。
ようやく山小屋に到着。小屋の中央には囲炉裏が設置され、その脇には簡素なテーブルと椅子があった。隅のほうには布団が畳んで置かれている。
「ここで一晩明かしましょう」
「疲れた~っ」
「ボクも。少し汗をかいたので、身体を拭きたいのですが……」
そう言って、ワシのほうをチラリと見やるクロード。
出ていけ、ということだろう。こちらとしても、そのつもりだ。
「はいはい、終わったら呼んでくれよ」
ワシはため息をつきつつ、山小屋から出て行く。
外はもう暗くなり始めている。ロックバードは夜には活動しないし、安全であろう。
ワシが出て行った途端、小屋の中からきゃいきゃいと騒ぐ声が聞こえてきた。どうせ着替えを手伝おうとして拒まれたレディアが、ミリィを追い回しているのだろう。他愛もないじゃれ合いである。
あ、止めに入ったクロードがレディアの毒牙に……やれやれ、疲れていたんじゃなかったのか。
ため息をつきながら小屋を離れ、ワシは切り立った崖の上に座り込んだ。
夕闇が濃くなり、山から吹き下ろしてくる風によって今日の疲れが流れていく。
いや、まぁそこまでは疲れていないのだがな。
山登りの最中、身体強化系の魔導を使っていたのだ。
足を風で覆い、運動能力を向上させる空系統補助魔導、ブラックブーツ。戦闘中にこれで回避力や移動速度を上げるのが常套手段だが、こういった場面でも使うことができる。
能力の上昇幅は被術者の身体能力によって変わるため、ワシに使っても大した効果はない。
だが、レディアとクロードの加入を考えると、運動能力を向上させる魔導は使う機会が多くなるだろう。今のうちから使い込んで、レベルを上げておいたほうがいい。
「ゼフーっ!」
……っと、ミリィの声に思考を止められる。
どうやら身体を拭き終わったらしい。ミリィもどこかすっきりしたような顔で、先刻まで乱れていた髪も今は整えられていた。
「終わったか」
「うん。隣、座ってもいい?」
「好きにしろ」
ニコニコしながら隣に座るミリィ。
……それにしても、最近一人の時間が少なくなっている気がする。
ミリィと行動を共にするようになってからだろうか。一人で修業や考え事をしていると、誰かがやってくることが多いのだ。
それにワシも、ミリィや他の皆のことを考えることが多くなっているな。
先刻も、考えていたのはクロードやレディアを補助する魔導のことだったし。
うーむ……これでは、ワシの目的である効率的に魔導を極める、という目的から遠ざかっているような……いや、このギルドを強くし、早めにレベルアップを図るのは目的と合致するのだが、ただ皆のことに構いすぎている気もするぞ。
「どしたの?」
ミリィが、考え込むワシの顔を覗き込んできた。ワシを見つめる大きな瞳。
……調子が狂ってきたのは、ミリィと出会ってからだろうか。
当惑の原因であるミリィは、その大きな瞳で不思議そうにワシの顔を見つめる。
「いいや、ただワシも変わったな、と思っていただけだよ」
「何言ってんの。ゼフは最初から変わってたじゃない。色々と詳しすぎるし、いきなり固有魔導は使えるし、自分のことワシとか言ってるし」
にひひ、と白い歯を見せて笑うミリィ。
そうか……そうかもな。まったく、言いたい放題言ってくれるわ。
ワシが苦笑いをしながら頭を掻くと、ミリィは屈託ない笑みを浮かべたのだった。
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