198 / 208
連載
339 誰がために鐘は鳴る④
しおりを挟む
「体内から爆破……ですか」
「あぁ、それならば被害は最小限に抑えられる。戦いながら出来るだけ街から離れ、十分に離れたところで口の中にこいつを突っ込み……ドカンだ」
ワシの言葉にクロードはごくりと息を飲んだ。
無論ではあるが、言うは易しである。
あれだけの巨体だ。
戦いながら引き付けるのも困難だろうし、置けば食べてくれるような事もなかろう。
だがクロードは、じっとワシを見つめて微笑む。
「でも、考えはあるんですよね」
「あぁ、そこらも含めてな」
「だったらボクは、ゼフ君を信じるだけですから」
全幅の信頼を寄せている、といった風に頷くクロード。
ならば信頼に答えねばなるまい。
そう思い、黒い竜の方を向き直ろうとしたワシの後ろから罵声が響く。
「っでぇぇぇえーい! なにをいちゃついてるのよっ!」
振り向くとベルが飛び蹴りを仕掛けてきたので反射的に受け止めた。
そのまま足を上げた姿勢のまま固まるベル。
「は、離しなさいよバカっ!」
「お前が攻撃してきたのだろうが……」
やれやれとため息を吐きながらベルの足を離してやると、スカートの裾を直し始めた。
何やら赤い顔でワシを睨みつけているが……自業自得だ。
「それで、何の用だ?」
「この一大事だってのに、あんたらがいちゃついてるからイライラしたのよっ!」
「べ、べつにいちゃついてなんか……」
クロードが真っ赤な顔で反論しているが、多分逆効果だぞ。
むしろベルは疑うような視線を向けて来ている。
「……ま、それはどうでもいいわ。さっきの話だけど、あの黒い竜を倒す手段があるなら、それでさっさと倒してきなさいよ」
「言われるまでもない……が、この辺りにも被害が及ぶかもしれんぞ」
「もう及んでるわよ!」
まぁそりゃそうか。
あれだけ暴れたんだものな。
「そーいうこと。これ以上ぐちゃぐちゃになっても文句は言わないし、言わせない。逃げ遅れた人たちは、みんなで何とかするわ。だからあんたたちは、あいつを倒しなさい!」
ワシを正面から見据え、ベルは言った。
力強く、よく響く声。クロードは思わず背筋を伸ばす。
女王であるアインベルの分体なんだものな。確かにそれなりのモノは持っているようである。
「……任せておけ」
「任せたわっ!」
腕組みをしたまま、ワシらを見送るベル。
やたら偉そうなのもその影響だろうか、苦笑しながらワシはクロードを連れ黒い竜へと向かっていく。
街と反対方向へと回り込み、奴の背後へ向けタイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのはレッドボール、ブルーボール、グリーンボール、ブラックボール、ホワイトボール。
――――五重合成魔導、プラチナムスラッシュ。
黒い竜の首元を狙い、白銀に輝く一閃が走る。
ぎしり、と鈍い音がして刃が折れ曲がり、弾き飛ばされた。
白銀の刃が森に突き刺さり、土煙を上げながら消滅していく。
「グルルルルルル……」
ゆっくりとこちらを向き直る黒い竜がゆっくりと口を開ける。
そこから漏れ出る黒いモヤが、全身を濃い黒に彩っていく。
やはりあれのせいで、魔導の威力が弱まっているようだな。
こちらを向かせるついでにあわよくば、と思ったが大したダメージは与えられていないようである。
……ま、想定済みだがな。
「クロード、こっちだ」
「は、はい!」
ともあれ奴を街から引き離す。
ワシはクロードと共に、『例の場所』へと走るのだった。
一方その頃、アインベル率いる正規軍は黒い魔物のあらわれた貧民街へと向かおうとしていた。
しかし、逃げ惑う民衆に阻まれ、集結した軍は身動きが取れず固まっていたのである。
白馬に乗ったアインベルへ、先頭の部隊から伝令が届いた。
「だ、駄目です姫様! 民衆の流れが邪魔をして、とても進めませんっ!」
「何とかならないのですか? このままでは被害は広がる一方です」
「そう言われましても、我々の言う事など全く聞いてくれないのです……!」
先頭部隊の兵士たちは逃げ惑う民衆に声を荒げるが、民は全く気にすることなく兵たちの前を通り抜けていく。
それはそうだ。先刻まであの恐ろしい巨竜に教われていたのである。
命の危機に瀕した直後、兵士の言う事など聞くはずもない。
兵たちは好き勝手走り回る民衆に隊列を乱され、進行を阻まれていた。
(こんな事になるなんて……)
そう呟いて、アインベルは手綱を握りしめる。
街の人々の守れるよう、兵を街中に展開していた為、招集に時間がかかってしまった。
人々が自由に暮らしを営めるよう生活スペースを大きく取った為、集めた兵を思うように動かせなくなってしまった。
結界を十分に張れなかった場所は、出来るだけ人が住まぬようあえて環境を悪くしていたが、それでも多くの人が住み着いてしまっていた。
(民の為、正しき事をしてきたつもりでしたが……思い通りに行かぬものですね)
その悔しさに、唇を噛むアインベル。
自分は女王として、失格なのかもしれない。
だが落ち込んではいる暇はない。今、この瞬間にも人が死んでいるのだ。
アインベルは大きく深呼吸をして、きりとした顔で前を向き、叫んだ。
「それでも行くのです! 民を、国を守る為!」
「はっ、了解いたしました」
「出来るだけ民を傷つけぬよう、進むのですよ。私たちの第一の使命は民を守る事なのですから」
「……は」
それも進軍の遅くなっている理由の一つなのだが、と兵は思った。
アインベルは平時は良き女王であったが、戦の経験はないに等しい。
実際民の為、と街や軍を改造した事が今回の事態に繋がっているのである。
(せめてアインベルさまが連れてきた、二人の戦士に期待するしかないか)
逃げ惑う人を捕まえ聞いたが、どうやら前線では黒い竜と戦う二人の戦士がいるらしい。
アインベルさまの連れてきた二人だろう。
だが敵は強大。いつまで持つかはわからない。
一刻も早く駆けつけねば……そう決意した兵は、部隊へと戻っていく。
人の濁流に飲まれながらも、アインベル率いる正規軍はゆっくりと進んでいくのであった。
「あぁ、それならば被害は最小限に抑えられる。戦いながら出来るだけ街から離れ、十分に離れたところで口の中にこいつを突っ込み……ドカンだ」
ワシの言葉にクロードはごくりと息を飲んだ。
無論ではあるが、言うは易しである。
あれだけの巨体だ。
戦いながら引き付けるのも困難だろうし、置けば食べてくれるような事もなかろう。
だがクロードは、じっとワシを見つめて微笑む。
「でも、考えはあるんですよね」
「あぁ、そこらも含めてな」
「だったらボクは、ゼフ君を信じるだけですから」
全幅の信頼を寄せている、といった風に頷くクロード。
ならば信頼に答えねばなるまい。
そう思い、黒い竜の方を向き直ろうとしたワシの後ろから罵声が響く。
「っでぇぇぇえーい! なにをいちゃついてるのよっ!」
振り向くとベルが飛び蹴りを仕掛けてきたので反射的に受け止めた。
そのまま足を上げた姿勢のまま固まるベル。
「は、離しなさいよバカっ!」
「お前が攻撃してきたのだろうが……」
やれやれとため息を吐きながらベルの足を離してやると、スカートの裾を直し始めた。
何やら赤い顔でワシを睨みつけているが……自業自得だ。
「それで、何の用だ?」
「この一大事だってのに、あんたらがいちゃついてるからイライラしたのよっ!」
「べ、べつにいちゃついてなんか……」
クロードが真っ赤な顔で反論しているが、多分逆効果だぞ。
むしろベルは疑うような視線を向けて来ている。
「……ま、それはどうでもいいわ。さっきの話だけど、あの黒い竜を倒す手段があるなら、それでさっさと倒してきなさいよ」
「言われるまでもない……が、この辺りにも被害が及ぶかもしれんぞ」
「もう及んでるわよ!」
まぁそりゃそうか。
あれだけ暴れたんだものな。
「そーいうこと。これ以上ぐちゃぐちゃになっても文句は言わないし、言わせない。逃げ遅れた人たちは、みんなで何とかするわ。だからあんたたちは、あいつを倒しなさい!」
ワシを正面から見据え、ベルは言った。
力強く、よく響く声。クロードは思わず背筋を伸ばす。
女王であるアインベルの分体なんだものな。確かにそれなりのモノは持っているようである。
「……任せておけ」
「任せたわっ!」
腕組みをしたまま、ワシらを見送るベル。
やたら偉そうなのもその影響だろうか、苦笑しながらワシはクロードを連れ黒い竜へと向かっていく。
街と反対方向へと回り込み、奴の背後へ向けタイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのはレッドボール、ブルーボール、グリーンボール、ブラックボール、ホワイトボール。
――――五重合成魔導、プラチナムスラッシュ。
黒い竜の首元を狙い、白銀に輝く一閃が走る。
ぎしり、と鈍い音がして刃が折れ曲がり、弾き飛ばされた。
白銀の刃が森に突き刺さり、土煙を上げながら消滅していく。
「グルルルルルル……」
ゆっくりとこちらを向き直る黒い竜がゆっくりと口を開ける。
そこから漏れ出る黒いモヤが、全身を濃い黒に彩っていく。
やはりあれのせいで、魔導の威力が弱まっているようだな。
こちらを向かせるついでにあわよくば、と思ったが大したダメージは与えられていないようである。
……ま、想定済みだがな。
「クロード、こっちだ」
「は、はい!」
ともあれ奴を街から引き離す。
ワシはクロードと共に、『例の場所』へと走るのだった。
一方その頃、アインベル率いる正規軍は黒い魔物のあらわれた貧民街へと向かおうとしていた。
しかし、逃げ惑う民衆に阻まれ、集結した軍は身動きが取れず固まっていたのである。
白馬に乗ったアインベルへ、先頭の部隊から伝令が届いた。
「だ、駄目です姫様! 民衆の流れが邪魔をして、とても進めませんっ!」
「何とかならないのですか? このままでは被害は広がる一方です」
「そう言われましても、我々の言う事など全く聞いてくれないのです……!」
先頭部隊の兵士たちは逃げ惑う民衆に声を荒げるが、民は全く気にすることなく兵たちの前を通り抜けていく。
それはそうだ。先刻まであの恐ろしい巨竜に教われていたのである。
命の危機に瀕した直後、兵士の言う事など聞くはずもない。
兵たちは好き勝手走り回る民衆に隊列を乱され、進行を阻まれていた。
(こんな事になるなんて……)
そう呟いて、アインベルは手綱を握りしめる。
街の人々の守れるよう、兵を街中に展開していた為、招集に時間がかかってしまった。
人々が自由に暮らしを営めるよう生活スペースを大きく取った為、集めた兵を思うように動かせなくなってしまった。
結界を十分に張れなかった場所は、出来るだけ人が住まぬようあえて環境を悪くしていたが、それでも多くの人が住み着いてしまっていた。
(民の為、正しき事をしてきたつもりでしたが……思い通りに行かぬものですね)
その悔しさに、唇を噛むアインベル。
自分は女王として、失格なのかもしれない。
だが落ち込んではいる暇はない。今、この瞬間にも人が死んでいるのだ。
アインベルは大きく深呼吸をして、きりとした顔で前を向き、叫んだ。
「それでも行くのです! 民を、国を守る為!」
「はっ、了解いたしました」
「出来るだけ民を傷つけぬよう、進むのですよ。私たちの第一の使命は民を守る事なのですから」
「……は」
それも進軍の遅くなっている理由の一つなのだが、と兵は思った。
アインベルは平時は良き女王であったが、戦の経験はないに等しい。
実際民の為、と街や軍を改造した事が今回の事態に繋がっているのである。
(せめてアインベルさまが連れてきた、二人の戦士に期待するしかないか)
逃げ惑う人を捕まえ聞いたが、どうやら前線では黒い竜と戦う二人の戦士がいるらしい。
アインベルさまの連れてきた二人だろう。
だが敵は強大。いつまで持つかはわからない。
一刻も早く駆けつけねば……そう決意した兵は、部隊へと戻っていく。
人の濁流に飲まれながらも、アインベル率いる正規軍はゆっくりと進んでいくのであった。
0
お気に入りに追加
4,129
あなたにおすすめの小説


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。