効率厨魔導師、第二の人生で魔導を極める

謙虚なサークル

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335 本体⑧

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「今の……アインちゃん……ですよね」
 「うむ……」

  あの口調、そして生意気な顔は間違いようもなくアインである。
  王女アインベルよりも、むしろそれらしい。
  だが先刻のアインは、どうやらワシらの事がわからないようだった。むぅ……いったいどういう事なのだ。

 「詳しい話を聞いてみたい所だが……ダメだな。追跡が出来なくなっている」

  チェイスワークを念じようとしたが、生み出した魔力の塊はピクリとも動かない。
  この魔導は一日に追跡出来る距離に限界があるのだ。覚えたてのワシでは、これ以上の追跡は不可能、か。

 「城へ戻るぞ。クロード」
 「違和感の正体はこれ……だったのでしょうか」
 「あぁ、アインベルに会いに行く。詳しい話を聞くとしよう。戦闘になるかもしれん。警戒はしておけよ」
 「はい」

  散らばった金を拾い集め、ワシとクロードはアインベルの城へと戻るのだった。
  やはり罠……? いや、しかしアインベルからはそう嫌な感じは受けなかった。
  ともかく、問いただしてみるしかあるまい。

  門へ辿り着くと、衛兵二人が無言でワシらを中へと招き入れる。
  無礼な態度ではあるが、ワシらを阻む様子はない。
  門の中に入ると、ヴィルクが深々と頭を下げていた。

 「おかえりなさいませ。ゼフさま、クロードさま」
 「ヴィルクか。少しアインベルと話したいのだが」
 「申し訳ありませんがアインベルさまは今執務中でして……っ!? ゼフさま、どちらに行かれるのですか!」
 「重要な話なのだ。今すぐ会わせて貰う」
 「ゼフさま、お待ちくださいゼフさまっ!」

  ワシを止めようとするヴィルクを振り払い、階段を昇っていく。
  確かアインベルの部屋は螺旋階段の12階辺りだったか。
  クロードにヴィルクの相手をさせながら、ずんずんと進む。

 「確かここだったな」
 「ゼフさまっ!」

  声を上げるヴィルクを無視して、扉を開ける。
  部屋の中にいたのはまごう事なくアインベルである。
  やはり先刻の黒フードアインと、瓜二つだ。

 「ゼフにヴィルク、クロード……どうかなされましたか?」
 「聞きたい事があってな」
 「申し訳ありません、アインベルさま……止めたのですが……」
 「いえ、構いませんよ。ゼフはそういう方ですから」

  アインベルに動揺の気配はない。
  ふん、いい度胸をしているではないか。
  ずいとアインベルの前に進み出る。

 「先刻、街でアインベルそっくりな少女と会った。何か知らないか?」
 「他人の空似ではないでしょうか。世の中には同じ顔をした者が三人はいるといいますし……」
 「ワシはアインベルに言っているのだ」

  話に割って入ってきたヴィルクを睨みつけ、言葉を遮る。

 「……正確にはアインベルではなく、ワシの使い魔アインとそっくりだったのだよ。ずっと一緒だったワシにはわかる。あちらがアインの本体なのだろう? ……お前、なにものだ?」

  ぴりぴりとした雰囲気。
  クロードがいつでも動けるように、腰を落とす。
  自分が疑われる事に気付いたのか、アインベルは観念したようにため息を吐いた。

 「わかりました。全てをお話ししましょう。……あの少女はベル。私から別れ、出でた者です」

  別れ、出でた……?
  どういう意味だろうか。理解できぬと言った顔のワシを見て、アインベルは話を続ける。

 「十年ほど前でしたか。私は精霊の女王として選ばれつつありました。ですが私の心の奥底には邪な心が眠っていました。それを捨て去らねば女王にはなれなかったのです。なので私は自身のうちにある邪な心を集めて捨てた……それがゼフらの見た少女、ベルです」

  アインベルから生まれ出た存在……なるほど、そっくりなわけだ。

 「そんなことが出来るのですか?」
 「えぇ、我々精霊は精神体に近いですから」

  そう言うと、アインベルは人差し指をぐにゃりと曲げて見せた。
  まるで水飴のように溶け、アインベルそっくりの形に姿を変える。

 「言っておくが誰にでも出来る事ではない。アインベルさまだから、出来るのですよ」

  何故かヴィルクが胸を張っている。
  お前には聞いてないぞ。

 「……話を戻しましょう。私から別れたベルは、ずっと城で保護をしていました。しかし数年前、監視の目を潜って逃げ出してしまったのです。民を混乱させないよう、密かに探していましたが見つからず……ですが、やはりゼフに惹かれたのでしょうね。貴方の前に出てきたのでしょう……元気でいてくれてよかった」

  安心したように微笑むアインベル。
  財布をスるという形でだがな。
  とはいえ悪しき心とやらを集めた結果が小悪党レベルなら、まだマシかのかもしれない。

 「もしまた会う機会があったら、連れてきて貰えますか? 無論お礼はさせていただきます」
 「機会があったらな」

  ワシらの顔も憶えられただろうし、そう簡単には姿を見せないだろうが。
  それにしても、アインベルに感じていた違和感にやっと検討がついた。
  こいつは人を疑わぬし、嘘もつかない。人にあるまじきレベルで、だ。
  まさに悪しき心を捨て去った結果なのだろう

 (だが危うい……)

  そもそも最初からおかしいと思ったのだ。
  いきなり得体も知れぬワシとクロードを城にまで招き入れ、あまつさえ黒い魔物討伐などという重大な任務を頼んできたのである。

  確かに黒い魔物は強敵だ。
  だが、この国には多くの兵や頑強な外壁、結界もある。配下の者が面白く思わないだろう。
  ヴィルクや兵士たちがワシらにきつく当たるのも無理はない。

  ワシらの力を知っているアインからすれば、しごく正しい選択だったかもしれんが……一国の女王としてはあまりいい手とは言えないな。


  ――――そして翌日。

 「本当によろしいのですか?」
 「あぁ、場所は覚えたからな」

  ワシとクロードはヴィルクの案内を断り、城を出る。
  今日も魔物狩り兼、ミリィへの目印の打ち上げである。

 「何だよそんな顔をして……もしかして、心配なのか?」
 「……えぇ、帰ることが出来ずに野垂れ死にされては、私がアインベルさまに叱られてしまいますので」

  そう言って、ヴィルクは無愛想に目を瞑るのだった。
  全く無愛想な奴である。別に愛想など期待してはいないが。
  街の方へと進んで行く途中、クロードが話しかけてくる。

 「先日、合図を上げた場所から離れているみたいですけど……もしかしてベルちゃんに会いに行くつもりですか?」
 「うむ。別にアインベルに頼まれたからではないが、少々気になっていてな」

  何せ見た目も性格もそっくりだった。
  だがワシらの事は知らないようだったし、会って少し話してみたい。

 「こいつの練習も兼ねて、な」

  協会の固有魔導、チェイスワークを念じるとワシの手に浮かんだ魔力の塊が、東の方を指し示す。
  一日休んで回復したので、また少し追うことが出来るぞ。

 「では行くか」
 「はい」

  クロードを従え、導かれるままに進んでいくと、ベルに逃げられた路地裏へと辿り着いた。
  塊の指し示すのは、ベルが逃げた方向とは逆である。
  なるほど。わざと別方向へ逃げて、アジトを悟られぬようにしたのか。
  それなりに考えているようである。ワシを相手取るには少々不足ではあるがな。

  進むにつれ、どんどん人気がなくなっていく。
  心なしか家や人の服装もボロくなっているようだ。

 「貧民街……というやつでしょうか?」
 「うむ、ベルの服装も結構小汚かったからな」

  スリをしていたくらいだし、まともな生活はしていないだろうな。
  その辺りも含め、色々と心配だ。

 「ここか」

  貧民街の片隅、今にも崩れ落ちそうなボロ屋を前で魔力の塊は消滅する。
  こっそりと中を覗くとそこにいたのは小さな子供たちの姿であった。 
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