効率厨魔導師、第二の人生で魔導を極める

謙虚なサークル

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本体④

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 アインベルに連れられ、大樹の城の内部を登っていく。
  辿り着いた先は、絨毯の敷き詰められた広い部屋であった。
  豪華なベッドと机、見事な装飾は全て木や草を加工して作られたモノのようである。

  それにしてもメアの街に比べると、ここの内装はワシらの大陸のものとかなり近いようだ。
  ワシらがテーブルに着くと、メイドが近づいてくる。
  メイドの目は切れ長で、美人ではあるが冷たい印象を与える。

 「飲み物をお持ちします。ハーブティとコーヒー、ミルクがありますが」
 「ハーブティーをお願いします」
 「ワシはミルクを」
 「かしこまりました。少々お待ちください」

  メイドが奥へ行くと、カチャカチャと食器を用意する音が聞こえる。
  しばらくまっていると、湯気の上がるカップを三つ、手押し台に乗せて持ってきてくれた。

 「どうぞ」

  そう言って、メイドはワシらの前に湯気の上がるカップを置いて下がる。
  うむ、美味い。山羊のミルクに似ているな。さっぱりしていて後味も悪くない。

 (……それにしても)

  外に兵士は立っているし、このメイドも仏丁面で何とも重苦しい雰囲気である。
  クロードも居心地悪が悪そうだ。
  両手で持ったコップを口につけ、遠慮がちにすすっている。

 「な、何だか歓迎されてる雰囲気ではないですね。ピリピリしています……」
 「最初から警戒されていたしな。まぁこんな森に住んでいるのだ。警戒心が強いのも無理はないが」

  迷いの森の魔物は、強さもさることながら厄介な行動を取るものが多かった。
  例えば先日会った姿を変える魔物、メガレオンはワシらの姿そっくりに化けて襲い掛かってきた。
  ……まぁワシらは二人だったので、簡単に対処できたが。
  顔見知り以外や仲間とはぐれた直後だと、騙されていたかもしれない。

 「それもありますが、今この国は危機を迎えているのです」

  カップを手に取り、アインベルがぽつりとつぶやく。

 「それが聞いてほしい話、というやつか?」
 「はい。私が王子……ゼフを呼んだのも、それが理由です」

  アインベルは手にしたコーヒーを口元に近づける。
  眉をひそめたのはそれだけ言い辛い事なのか、それともコーヒーの苦み故か。

 「……実は、しばらく前からこの森に奇妙な魔物があらわれはじめたのです」
 「奇妙な魔物……ですか?」
 「えぇ、ゼフたちには黒い魔物といった方が通じるでしょうか」

  黒い魔物! アインベルの口から出た言葉に、ワシとクロードは顔を見合わせる。

 「黒い魔物は元々ここにいたのではないのか?」
 「えぇと……そうですね。それには昔から続く、私たちとゼフたちの関係を話さなければなりません。長くなりますが聞いてくださいますか」

  無論だ。そう言って頷く。
  アインベルは手にしたカップをテーブルに置き、ぽつりぽつりと語り始めた。

 「――――私たち、この森に住む精霊たちは他の生物と精神を交わらせ、その生物と情報を共有する能力を持っています」
 「精神を交わらせる?」
 「そうですね……クロード、窓の外を覗いて貰えますか?」
 「はぁ……」

  クロードはなんだかよくわからないといった顔で窓を覗きこむ。
  すると、アインベルは目を閉じた。

 「クロード、あなたの視界に映っているのは男性が3人、女性が4人、合計7人ですね」
 「えと……さんしー……あ、あたっています!」
 「……とまぁこんな具合です」
 「なるほど、視覚の共有か」
 「正確には精神の、ですね。感覚や感情なども共有可能です」

  中々便利な能力である。
  というか便利すぎるんじゃないのか? 悪用されればヤバすぎる。制限の一つもありそうなものだが。
  アインベルはワシの考えに気付いたように、クスクスと笑う。

 「ゼフの考える通り、この力は制限があります。精霊同士では使えないし、遠すぎると精度はかなり落ちます。実際は鳥や獣に使うのがせいぜいでした。……ですがある日、ゼフたちの世界にいる一人の魔導師が、こちらに干渉してきました」

  ――――サモンサーバント。
  恐らく初めてそれを使った魔導師のだろう。
  あれは異界から自分と相性のよい生物を探りだし、それを自身の魔力で具現化する魔導。
  精神感応を持つ精霊とは、まさに最高の相性だったわけだ。

 「とある好奇心の強い者がその魔導師に力を貸し与えました。後で聞いたのですが、彼の見たゼフらの世界はとても魅力的で、その後精霊たちは争うようにあなた方と契約を結ぶようになったのです」

  なるほど、この集落にあるモノが、ワシらの大陸のものと似ているのはそう言った理由があったのだな。
  彼らがワシらの世界で見たもの、感じたものがこの国に反映されているのだ。

 「……話が少し逸れました。それからというもの、精霊たちとゼフたちの世界で、交流が始まったのです。精霊たちは魔導師たちから手を差し伸べられるのを、今か今かと待ち望んでいたのですよ……ですが、魔導師を介さず、自力でゼフたちの世界へと行こうとするものがあらわれたのです」
 「そんなことが出来るのですか?」

  クロードが疑問の声を上げる。
  だがワシにはある考えが思い浮かんだ。

 「……本来は魔導師の魔力で使い魔として具現化している使い魔だ。他に魔力の供給源があれば可能かもしれん。……例えば魔物を使う、とか」
 「えぇ……何十年か前から、そう言って実験を始めた者がいましたの。名前はティア、私の妹です」

  そう言って、表情を曇らせるアインベル。
  ティア……どこかで聞いた名前だが……まさか。

 「ティア、マット……か?」
 「……えぇ、以前ゼフたちの世界で暴れた黒い竜が、私の妹ティアのなれの果てです」
 「そんな……で、でもアインベルさんと姿も大きさも、全然違うじゃないですかっ!」
 「自らの力だけで異界へ行った代償ですよ。……ティアは本来の姿を捨ててしまいました」

  アインベル曰く、ティアは最初、ワシらの世界の動物や人を憑代として精神を交わせようとしたらしい。
  しかし距離が遠く、どうしても上手くいかなかったとか。
  そこで思いついたのが、魔物と精神を交わせる事だったのである。
  マナで構成された魔物は、使い魔として呼び出されるのと状況が近いため最初は上手くいったそうだ。

 「ですがティアの考えに乗り、魔物と精神を通わせた者たちは次第におかしくなり始めたのです。一人、また一人と異形の姿になり……ついにはティアも……私たちはそれを、見ていることしかできませんでした」
 「なるほどな。それが黒い魔物の正体という訳か」
 「えぇ、黒い魔物となったティアたちは、最後の理性でこの国を離れました。ですがついに……」
 「襲ってくるようになった、と」

  ワシの言葉に、アインベルは悲しげな顔で頷く。
  実の妹が、仲間があんな異形になって襲って来たのだ。アインベルの悲しみは相当深いに違いない。

 「狩りや食物採取のために集落を出た仲間が、何度も黒い魔物に襲われています。死人ももう何人も……ゼフ! クロード! 私たちに力を貸してはいただけませんかっ! ……無茶で都合の良いお願いだというのは分かっています。それでもあなたたちにしか頼める人が……」

  両手を握りしめ、訴えかけてくるアインベル。
  目には涙を浮かべ、小さな肩を震わせている。

 「……お前、本当にアインなのか?」
 「ぜ、ゼフ君……?」
 「自分勝手でワガママで、あのアインの本体とは到底思えぬな」
 「……疑われる気持ちはわかります。ですが本当に……っ!」

  食いついてくるアインベルの額を、ワシはぺちんと人差し指で弾く。
  きょとんとした顔のアインベルに言ってやる。

 「他人行儀が過ぎるぞ。いつものようにわがまま言ってみろ、「アイン」?」

  ワシの言葉にアインベルは、困ったような顔で笑う。
  そして俯きながら、ぽつりと言葉をこぼした。

 「……はい。おねがいします、おじい……」

  恥ずかしそうに言うアインベルの頭をぽんと撫でてやる。
  アインにはこれまで何度も助けられた。たまにはワシらが助けても罰は当たらんだろう。
  ワシはクロードと顔を見合わせ、頷くのであった。
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