効率厨魔導師、第二の人生で魔導を極める

謙虚なサークル

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299 境界③

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「いつつ……おい怪我はないか」
「は、はい何とか……」

 丁度抱きかかえるような形になっていた、クロードが答える。
 咄嗟にワイヤーで周りの皆をぐるぐる巻きにしていたので全員無事だ。
 しがみつきそこねたのか、ミリィの足がワイヤーに引っかかっている。
 危うくまた海の藻屑になるところだったな。

「うぅ……足首が千切れそう……」
「もうこの際ずっとワイヤーで繋いでおくか? 迷子になる事もないだろう」
「人をペットみたいに言わないでよっ!」

 ヨロヨロと立ち上がり、足首からワイヤーを外すミリィ。
 本当に気を付けてくれよ。危なっかしいのだからな。

「ここが境界の中ですか……思ったよりは静かですね」

 境界の中は濃い霧に覆われていて波はなく、不気味なほどに静まり返っている。
 だがその静けさが逆に不気味だ。クロードも同じことを思ったのだろう、ぶるりと肩を震わせた。

「気を抜くなよ」
「わかってるって!」

 元気よく返事するが先刻死にかけたのを忘れたのだろうか。
 やはり首輪で繋いでおいた方がいいかもしれない。

「敵だぁーっ!」

 船の前方で聞こえる声。
 微かに剣戟の音も聞こえてきた。
 早速お出ましか。顔を見合わせ頷くと声の方へと駆ける。
 船首へ行くほど霧は濃くなり、その中で戦闘音が響いている。
 やっと辿り着いたその場所で彼らが戦っていたモノは――――同じ船の仲間であった。

「あ、あなたたち何しているのよっ!」

 霧の中、彼らが戦っていたのは同じギルドの仲間である。
 何人かはまるで正気を失ってしまったような顔で、仲間に襲いかかっている。
 これは……魔物の仕業か?

「あれです! ゼフさんっ!」

 シルシュが霧の中をふわふわと漂う影を見つけた。
 霧の影に向けスカウトスコープを念じる。

 パラスミスト
 レベル65
 魔力値14599/14599

 パラスミスト……霧の魔物だ。
 こいつは普段は漂っているだけで戦闘力も皆無に近いが、体内に吸い込まれた時にその能力を発揮し、その身体を乗っ取る。
 レベルに差があればあるほど成功しやすい……だが本来パラスミストのレベルは20程度だ。
 ここまで高レベルのパラスミストを見たのは初めてである。
 これなら船の者たちが身体を乗っ取られるのもわからんでもない。

「くっ! お前らどうしたんや! しっかりせぇ!」

 にぎり鉢巻の男、ダインの声が聞こえる。
 どうやらパラスミストに操られた仲間との交戦中のようである。
 事態を把握できず、苦戦しているようだ。
 すぐ加勢に行き、操られた男にホワイトクラッシュをぶち込んでやる。

「アアアァァァーーーッッ!?」

 顔面に閃光を浴び、叫び声を上げて男は倒れた。
 操られた場合、魄の魔導を直に当ててやればいい。
 ある程度人体にもダメージはあるが、体内の魔物はそれで倒す事が可能である。

「じ、自分らは……!」
「話は後だ。それよりお前の仲間は魔物に操られている。このままだと同士討ちになるぞ」
「もうなっとるわい! どないしたらええんや!」
「……ふむ、そうだな」

 確かに、恐らく魔物に乗っ取られたのは三、四人程度だが、明らかに正気な者まで同士討ちをしている。

「霧と仲間に襲われた事から皆が疑心暗鬼になっているのだ。一旦、全員気絶させた方が良いかもしれないな」
「……おいおい、ワイらのギルド連中はヤワやないで? 鍛え抜かれた海の男らや。それを気絶させるて、それがどないに大変なんか分かって言うとるんか?」
「もちろん。……それに、彼らを束ねるダインになら出来ないとは思えないが?」
「……ハッ、言うてくれるやんけ」

 ダインは拳を掲げ、吠える。

「ええかぁ! 魔物に操られるおんどれらに今からパチキかましたる! 歯ぁ食いしばらんかい! うぉぉぉおおおらぁぁぁ!!」
「ゴハーッ!?」

 叫び声を上げながら、ダインは横にいた仲間をぶん殴る。
 男はぶっ飛ばされ、柱に叩きつけられ気絶してしまった。
 うーむ、全く手加減せずに殴ってたな……ある意味凄い男である。

「わお、すごいねあの人……」
「中々出来る事ではない。さぁワシらもパラスミストを排除するぞ。こちらのレベルの方が高くても乗っ取られる可能性はゼロではない。皆も絶対に吸い込むな」
「りょーかいっ!」

 服を破いて口元を覆う。
 吸い込む量が少なければ乗っ取られる可能性は殆どない。
 元気よく返事するミリィと共に、霧や人の中に潜むパラスミストを排除していく。

「アアアァァァ!!」

 奇声を上げ、斬りかかってくる男に足払いをかける。
 転んだ相手へ馬乗りになり、頭に手を当てホワイトクラッシュを念じた。

「ぁ……」

 じゅうう、と焼けるような音がしてパラスミストが消滅していく。
 ふう、しかし現在立っている者は減ってきたな。
 順調に全員気絶させていっているな。……まぁ正気の者はたまったもんではないだろうが。

 一息ついていると、頭のすぐ横を矢が掠めた。
 しかも、これだけではない。
 幾つもの矢が、ワシら目がけて飛んでくる。

「ひゃあっ!?」
「な、何事ですかっ!?」

 クロードが盾を掲げ、ミリィを守る。
 ワシも義手で何とかガードするが……ちいっ、どこの馬鹿がこんな事を。

「どんどん矢を放てっ! 彼らは魔物に操られているのだっ!」

 霧の向こうから聞こえてくるのは、『白鷹の旅団』ギルドマスター、セシルである。

「おい! ワシらが何とかするから矢を止めろっ!」

 だがしかし、矢の雨は止まる気配がない。
 聞こえていないのか。
 クロードの後ろに隠れていたミリィが、一歩前に出る。
 その目は怒りに燃えている。

「み、ミリィさん!?」
「やめな……さーいっ!!」

 そして咆哮と共にブルーゲイルを放った。
 水竜巻が矢を巻き上げ、霧をも飲み込んでいく。
 バラバラと落ちていく矢の向こう側に、呆然とするセシルとその部下たちが見えた。

「何をしているっ! 撃てっ! 撃てぇっ!」
「し、しかしあの者たちは……」
「操られていたのが見えなかったの……ごほっ」

 言い終わらぬうちに、セシルの脇腹に拳を突き刺す。
 ――――速度強化、ブラックブーツダブル。
 ブルーゲイルに気を取られている隙に、セシルの懐へと回り込んでいたのである
 ナイスだミリィ。
 崩れ落ちるセシルを抱えながら、ワシへ矢を構える部下たちを睨みつける。

「……ワシらは正気だ。でなければここで会話する事なくお前らに攻撃を加えている。そうだろう?」
「う……た、確かに……」

 そういう事だ馬鹿め。先走りおってからに。

「あと少しで制圧出来る。邪魔をしてくれるなよ。それとこいつは返すぞ。世話をしてやれ」
「あ……は、はい」

 セシルを部下に引き渡し、ワシは戦いへ戻るのであった。

「自分で……終わりや、歯ぁ食いしばれぇぇぁああ!」
「お、お頭っ! 俺は正気ぶへぇぇぇっ!?」

 ダインの拳を受け、最後の部下が倒れる。
 どう見ても正気だったように見えるが……哀れな。

「と、とりあえずは何とかなったね」
「うむ、霧に潜んでいたパラスミストは全て排除した」
「犠牲も多く出てしまいましたが……」

 ちらりと甲板の上を見やると、まさに死屍累々である。
 本当に全員気絶させてしまうとはな。
 まぁ下手に中に潜まれると厄介だ。ここでまとめて追い出したほうがいい。

「さっさとやってしまうぞ」
「おっけー」

 気絶した者の頭に手を当て、ホワイトボールを念じる。
 がくんと首が揺れ、口の中からモヤのようなモノがあらわれた。
 よし、当たりだ。

 モヤが、パラスミストが実体化する前に、ホワイトクラッシュを念じて吹き飛ばす。
 よし次だ。

 アタリ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、ハズレ、アタリ……
 魔導師組で気絶した者に同じ手順を繰り返していき、問題ない者を船内へと運び込んでいく。

「全員終わったよーっ」
「こちらもだ。皆お疲れ様だったな」

 人数が多かったから以外と時間がかかってしまった。
 霧と大人数、そしてパラスミスト……悪条件が重なったとはいえ、結構ヤバかったな。
 ここにボス級の魔物がいたら本気で危なかったかもしれない。
 見張りの人数は少し厳選した方がいいと後でイエラに進言しておこう。

「いやー助かったで! やるやん自分ら。アメちゃん食うかー?」
「いらないわよっ! べー!」
「かっかっか、嫌われたもんやなぁ」

 そう言いつつも全く気にしていない様子である。
 ダインはワシの方へ近づき、グイと腕を肩に回してきた。

「いやまぁ実際ワイも自分らの事見くびってたんやけどな、思った以上にやるやんか! 仲よーしとこうや!」

 そしてばしばしとワシの背を叩く。
 調子のいい男である。ま、そう悪い気はしないが。

「なァ兄ちゃん、今日はお礼ちゅう事でメシでもごちそうさせてーな! 上物の酒も開けるさかい」
「む……」

 宴か。
 ワシらは船の中でも少々浮いていたし、島での任務を考えると他のギルドと交流を持っておくのは悪くないかもしれない。
 皆で力を合わせて、などとむず痒い事を言うつもりはないが、足の引っ張り合いはごめんだからな。
 人間関係は円滑にしておくに越したことはない。
 それにこいつら『水竜の咢』はちょっとアホだが悪い奴らではなさそうだ。

「……わかった。だがウチのギルドにはザルがいるからな。酒を出すなら覚悟しておけよ」
「よっしゃーっ! それでこそや兄弟!」
「えぇ~っ……私お酒とか飲めないし~」
「嬢ちゃんにはジュースも用意したるから安心しときや! かっかっか」

 大笑いするダインに連れられ、ワシらは船内に戻るのであった。
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