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285 ヘリオンの迷宮⑤
しおりを挟む「ブルーアイン……すぱーいくっ!」
放たれた水弾がいくつかに分かれ、魔物の群れへと突き刺さっていく。
ブルーアインスパイクとやらは結構威力もあるし、コントロールも悪くない。
ワシ自身が魔導師だから遠距離攻撃などあまり役に立たないかと思ったが、意外と使えそうだな。
もう少し練習させておくとしよう。
水球に貫かれた魔物が消滅していくと、アインはワシの方へと両手を差し出してきた。
「終わったよおじい! ごっはん♪ ごっはん♪」
「……ごくろうだったな」
アインにジェムストーンを渡すと、ざらざらと飲み込んでいく。
まぁ消費に関しては諦めるしかないか。
――――ヘリオンの迷宮10階層。
ワシらはそこに辿り着いていた。この階層の探索もほぼ終わりつつある。
ダリオたちは一度七階層まで来ていたが、帰還中なのか今は四階層にいるようだ。
ちなみにここは最下層。ここまで全ての魔物とはほぼ全種類と戦っており、ドロップアイテムの取り逃しも(レアアイテム以外は)ない。
件の収集品勝負だが、七階層までしか来ていないダリオたちにはまず負けないだろう。
「だ、大丈夫よね? ゼフ……?」
ミリィが不安そうな顔で尋ねてくる。
「さぁてな。ダリオが全てのレアアイテムを拾っている可能性もゼロではないしな。色々と難癖をつけてくるかもしれんが……ミリィの仕掛けた勝負だし、ミリィが責任を取るのだぞ」
「あうあう……」
ワシの言葉に白目で首を振るミリィ。
少しは懲りているようである。
クロードが苦笑いしながら話を変える。
「そ、そういえばゼフ君、このダンジョンにはボスはいないのですか?」
「ふーむ……そういえば今のところは出会っていないな」
タイミングが悪いのか、確かヘリオンの迷宮にはボスがいた記憶がある。
大抵のボスはダンジョンの深部にあらわれる事が多いが、ここのボスは珍しく全階層に出現するのだ。
地図を作りながらも一応注意はしていたが、未だ出て来る気配はない。
「いないのかもねぇ~出来たばかりのダンジョンはボスがいない事もあるんでしょ?」
「一応、気をつけて進みましょう」
ま、ボスといっても今まで出てきた黒い魔物に比べればぶっちゃけ大したものではない。
今のワシらであれば、大した苦戦もせずに倒せるだろう。
シルシュの鼻にもひっかからないし、本当にまだいないのかもしれないな。
警戒しつつ進み、この階の地図を記入し終える。
「……よし、これでこの階層は攻略完了だな」
「いえーい!」
レディアが挙げた手と合わせると、ぺちんと軽快な音が鳴る。
「あとは地図を埋めながら帰るか」
「そうですね」
皆と共に今度は階段を登り地上を目指す。
帰りは地図があるので楽だ。
ワシらはまる一日かけ、二階層まで戻っていた。
大まかな地図は完成しているが、細かい部分はまだだったのだ。
枝道を潰しながら帰還していたが、そこまで時間はかからなかった。
階段を上がろうとすると、前を歩いていたシルシュが立ち止まる。
耳と尻尾をピンと立てた警戒状態。皆もそれに気づき、構えた。
「嗅いだことのない魔物のニオイ……多分ボスです」
警戒はしていたが、ゴール直前で出てくるか。
上層はワシらも進む事を優先し、あまり回っていなかったからな。
見逃していても不思議はない。
「ギィィィアアア!!」
通路の奥から聞こえてくる咆哮。
それにかき消されそうな程の剣戟の音が、微かに聞こえる。
「誰か戦っていますっ!」
直後、響く衝撃音。
クロードが通路の向こうへと走り、ワシらもそれに続く。
通路を曲がった先、目に飛び込んできたのは二本のカマを持つずんぐりとした黒い芋虫のような魔物。
ここのボスは確か、サイスドゥーマーだったか。
即座にスカウトスコープを念じる。
サイスドゥーマー
レベル98
605285/818369
サイスドゥーマーの足元で倒れ伏しているのは、ダリオの連れていた女奴隷である。
装備はボロボロで、出血も酷い。
一人……という事は恐らくダリオに捨てゴマにされたのか。
動けぬ女奴隷に振りかぶられた大鎌が振り下ろされるその刹那、レディアが長斧をサイスドゥーマーにぶん投げる。
頭に直撃し、ぐらりと巨体をよろめかせた。
「ギィイ!?」
「ナイスだレディア」
更に追撃を仕掛けるべく、サイスドゥーマーに向けタイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのはレッドクラッシュ、グリーンクラッシュ、ブラッククラッシュ。
――――三重合成魔導、ヴォルカノンクラッシュ。
ごうん、と溶岩流がサイスドゥーマーを飲み込み、硬い甲殻が焼けてじゅうじゅうと白煙が上がっている。
苦しみのたうつサイスドゥーマーにクロードが剣を抜き、振り抜いた。
剣閃が炎に焼けるサイスドゥーマーを切り裂き、その軌跡が華のように乱れ散る。
その後ろには、既にレディアが走っていた。
「なーいす、クロちゃん♪」
弾け飛んだ長斧を空中でキャッチし、そのまま三角とびの要領で壁を蹴り、長斧を振り抜く。
それを掩護するように、クロードも剣を振るうと二人の斬閃が折り重なるように、煌めいた。
「とりゃーーーっ!」
「はぁああああっ!」
クロードの、レディアの連撃を受け反撃すら出来ず後退していくサイスドゥーマー。
いい連携だ。
クロードの成長によりレディアとの実力差も縮まって、より磨きがかかっている。
(今のうちにあの娘を……)
二人がサイスドゥーマーを抑えている隙に、倒れていた女奴隷を救い出す。
抱き上げると、少女の口元から微かに吐息が漏れる。
耳を近づけると、規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
どうやら命に別状はないようだ。
「ねぇゼフ、私がヒーリングビックで回復しようか?」
「いや、以前も言ったがあれはあまり使わない方がいい。回復系の魔導、特に固有のものは術者への負担が大きいからな。この娘もヒーリングで十分回復するだろうし、必要ない」
「でも……」
口ごもるミリィ。
全く昔から人の傷には過敏だな。自分は結構無茶をするくせに。
食い下がるミリィの肩を、セルベリエがポンと叩く。
「……私が……彼女の回復をしておこう。この戦いにはついて行けそうにないからな……」
そう言うセルベリエの脚はぷるぷると震え、青ざめていた。
あぁ虫嫌い……確かに戦闘不能のセルベリエに彼女の面倒を見てもらった方が効率的だ。
ミリィもセルベリエを見て、頷く。
「うんっ! 任せたわよ、セルベリエっ!」
「ま、任せておけ……!」
返事がぎこちないが……まぁ動けないことはなさそうだし、ワシらがヤツを抑えておけばいいだけの話だ。
奴隷をセルベリエに預け、ワシとミリィも戦線に加わる。
「行くわよーっ!」
レディアとクロードが離れた瞬間を狙い、ミリィが念じるのはブラックスフィア。
サイスドゥーマーの中心に風の魔力球が発生し、切り刻んでいく。
奴が動きを止めたその隙に念じるのはサモンサーバント。
「来い、アイン!」
「おっけーいっ!」
光と共に具現化した大神剣アインベルを両手で握りしめる。
ずっしりした重さ、懐かしい感触である。
大神剣アインベルを使うのは結構久しぶりだからな。
(とっととケリをつけたいが、五重合成はダンジョンを破壊しかねない……となればアレでいくか)
サイスドゥーマーに向け、走りながらタイムスクエアを念じる。
時間停止中に念じるのはレッドクラッシュ、ブルークラッシュ、グリーンクラッシュ、ブラッククラッシュ。
四重合成魔導、テトラクラッシュ……を、大神剣アインベルに発動する。
「あうんっ!?」
アインが嬌声を上げ、大神剣アインベルが眩い金色の光を放ち始める。
そして大神剣アインベルを振るうと共に、もう一度タイムスクエアを念じ、再度テトラクラッシュを発動させる。
――――八重合成魔導、テトラクラッシュダブル。
金色の閃光が炸裂し、サイスドゥーマーの巨体が大きく揺らめく。
光が収まると甲殻に大きなヒビが入っている……が、それだけだ。
致命傷には至っていない。ぎろりとこちらを睨みつけてくるサイスドゥーマー。
「硬い……!」
「おじい! もっかいだよっ!」
「言われるまでもない」
とはいえもう魔力が切れてしまった。
八重合成魔導ともなると、魔力の消費も。半端ではないからな。魔力を補給する必要がある。
一旦皆に任せ、ワシは後ろに下がる。
「シルシュ、回復を」
「は、はい!」
シルシュが魔力回復の効果を持つ薬草、ホワイトセージを咥え、両手を握り念じる。
――――エリクシル。
咥えた薬草の効果を大幅に上げるシルシュの固有魔導だ。
「貰うぞ」
「ん、ふぁい」
シルシュから貰ったホワイトセージを齧りながら、サイスドゥーマーに向かって駆ける。
そしてもう一度、テトラクラッシュダブルをブチ込んだ。
ぴし、ぴしと奴の甲殻に空いたヒビが広がっていく。
硬い殻からあらわれたのは6枚の虹色の羽根と6本の鎌のような長い脚、それを見せつけるように広げてきた。
姿を変えたサイスドゥーマーは先刻より更にグロテスクになっている。
「ギィィィェエエエエエエエ!!」
金切声をあげながら、威圧の魔導を展開してきた。
範囲も広く、強力だ。かなりの威圧感を感じる。
ボスの使う威圧の魔導には何種類かあるが、こいつのは確か、相手を威嚇し動きを封じる類のものだ。
……しかしそんなもので怯むかよ。
「発狂モードだ! 皆、気を付けろ」
「おっけー♪」
「わかってるってば」
能天気なレディアとミリィの声が返ってくる。
まぁレディアは心配してないが……ミリィは特に気を付けろよ。
ともあれ一旦下がる。今のテトラクラッシュダブルで魔力を使い切ってしまったからな。
「あの……」
「どうしたシルシュ、今は戦闘中だぞ」
「いえ、そのぅ……セルベリエさんが……」
困惑した声のシルシュの視線の先、そこで女奴隷を介抱していたハズのセルベリエが、気を失っていた。
サイスドゥーマーの威嚇は効果抜群だったようである。
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