コンバート・ユア・マインド

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第五章 虎頭 二節

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 食堂にて、私と柔木さんは偶然見つけた空席に腰を落ち着けていた。
 そして、彼女の無駄話が始まる前に教科書を開かせ、懇願されていた勉強会を開始する。
「あぅ・・・・・・国語、ワカラナ~イ」
「解らないって・・・何が?」
「・・・漢字、ワカラナイ! 日本語って、ムズカシイ!」
「何で、カタコト? それで、読めないのはどんな漢字?」
「えっと・・・教科書58頁、左から3行目、明らかにムズカシイや~つ」
「明らかに難しい・・・ああ、郭公(カッコウ)だよ。鳥のね、鳥のカッコウ」
「カッコウ!? どっかに鳥の字が入ってないと判るわけないよ・・・入ってても無理か」
「あらまあ・・・日本人なら音読みで察せないと、ね?」
「えぇ、無理ゲー・・・ワタシ、ついさっきからカナダ人デシタ! だから英語ヤリマス♪」
「そう・・・頑張って」
「英語、英語・・・En・・・エンゴリス? う~ん・・・・・・エンゴリス、ムズカシイ!」
「また? ・・・待って、エンゴリスって何?」
「英語、英語ですぅ・・・教科書42頁、下から10行目ぇ、アイしか読めない~!」
「はいはい・・・I research to everyday that society garbage rascal.(アイ リサーチ トゥ エブリデイ ザット ソサエティ ガベージ ラスカル)」
「リサーチ、エブリデイ、ラスカル? ・・・判った! ワタシは毎日アラ○グマについてググってます、だね♪」
「あぁ・・・それは・・・ちょっと違うかな?」
 直訳すると、私は毎日社会のゴミ野郎について調べています。まるで社会的なゴミ問題について調べている様に見せてからの伏兵ラスカル。誤植だろうか、前後の文脈からしても正解はゴミ問題のはずだ。私の知らないスラングという可能性もあるが、当たり障りの無いものを教えておこう(問い合わせたら、誤植でした)。
「ゴミ問題? ・・・Oh、カナダ人だから、エンゴリス、ワカラナイyo、Men?」
「へぇ・・・じゃあ、カナダ人って何語喋るのかな?」
「えっ、何語かって? う~んと・・・カナダ語?」
「へぇ、そうなの? 確か・・・公用語は英語とフランス語だったと思うけど?」
「ほ、ほら・・・昔からある言葉なんだよ、きっと」
「まあ、原住民の言語とかはあるだろうけど・・・それじゃあ、カナディアンな柔木さんに質問です、カナダの首都は?」
「ふっ、実は知ってるんだなぁ、それ(クイズ番組で観た)。カナダの首都は・・・・・・オワタ♪」
「・・・オタワだよ?」
「・・・・・・マ?」
 柔木さんはそれだけ呟くと、芳しいテーブルに顔を伏せてしまった。
「・・・はい、ワタシは日本人ですとも・・・実におバカな日本人ですとも・・・オタワ」
「そこは、オワタだね」
「うぅ・・・・・・次は、数学やる。でも、数学意味分からない・・・どこで使うの、フィボナッチ?」
「フィボナッチ数ねぇ・・・俺も使いどころは分からないけど、自然界では割りとポピュラーな法則だって話は面白いと思ったかな・・・ヒマワリとか」
「何で、数学の中山・・・先生、計算だけじゃなくて数学の歴史もするの? 計算だけでも頭バクハツしそうなのに」
「数字は人類最高の発見、数字がなければ人類は世界を観測することは出来なかった。数学は計算だけに非ず、先人が如何に世界を読み解く数字を見出だしたのかを知り、先人が導き出せなかった新たな世界を観測する為の数字を追い求める。それが数学に求められる意義だと先生は思う・・・初回の授業で熱く語ってたよね、なんか共感したから覚えてる。もう担当変わってしまう時期かぁ・・・残念」
「サッパリ分からないんですけど・・・・・・というかね、ワタシが欲しいのは、ここが出るから、ここだけ覚えれば大丈夫だからって情報なの! これじゃあ、ガチの勉強だよ!」
「勉強するんじゃなかったんかい・・・これまで教えてた人は苦労したんだろうなって、そこはかとなく同情していたけど、ヤマ張って教えてただけか!」
「ほらほら、白枝君・・・教えて♪」
「・・・学期が始まってから、これまで授業で取り扱ったところかな?」
「あぁ・・・いやいや、それ当然だから!」
「そう通り・・・当然なのですよ、柔木さん?」
「むぅ・・・チョロカワくないぞ、白枝君!」
「そりゃあ、チョロくないからねぇ・・・少しでも覚えた方が、自分の為だよ?」
「その日その時を乗り越えられば・・・夏休みに補講が入らなければ・・・ワタシは良いの♪」
「退廃的なポジティブシンキングだなぁ・・・とりあえず、先生達がテストに出すと言っていたところを教える感じで良い?」
「う~ん・・・もうちょっと絞って欲しいかも?」
 柔木さんと今後の方針について話し合っていると、明後日の方向から声を掛けられた。
「相席、良いかな?」
 顔を上げた私は、話し掛けてきた人物の顔を見た瞬間、自身の胃が縮んだのを知覚した。
 何故なら、相席を求めてきたのは、藤園さんと桜見橋さんだったからである。それに気付いた柔木さんは、眉間にしわを寄せ、見るからに不愉快そうな表情へ変化した。
「藤園美智香・・・さん、何でアンタがここに居るの?」
 柔木さんからは、普段振り撒いている茶目っ気が消え、静かな敵意と冷徹な声色が露出している。まるで敵国の軍人同士がカフェで鉢合わせてしまったかの様な、そんな空気がテーブル席を取り巻き始めていた。
「何って、此方もテスト勉強をしに来たのさ。ここしか空いていない様だったから、声を掛けたんだよ?」
 藤園さんが理路整然と答えるものだから、私は咄嗟に周囲の様子を確認した。部活も休みになるテスト準備期間に突入したせいか、食堂内には勉強する為に集まったと思われるグループばかりが見受けられる。
 とはいえ、決して満席というわけでもない。ここの席しか空いていないというのは明らかな嘘、いやバレるのを承知で放たれた虚偽の弾丸だったのだ。そう、火蓋は既に切られている。
「はい? アンタ、何を言って・・・」
 藤園さんの仕掛けた挑発に柔木さんが乗ろうとしたその時、桜見橋さんが両者の間に割って入った。
「ごきげんよう、柔木葉月(やわらぎ はつき)さん」
「っ!? アンタは・・・」
 桜見橋さんは、今まで見たことが無いほど凛々しい雰囲気を纏い、アルカイックな笑みをたたえつつ、柔木さんの隣に腰を下ろした。
「桜見橋結花・・・花園のリーダーが何の用?」
 桜見橋さんが花園と呼ばれるカテゴリーのリーダー、柔木さんは確かにそう言った。
 信じ難い話だが、桜見橋さんの演技とは思えない凛々しい姿と同性相手なら最高のパフォーマンスを発揮し、藤園さんを守ってきたという藤園さん自身の証言を鑑みれば、腑に落ちなくもない。
「用という程の事はありません。ただ・・・美智香に攻撃を加えるつもりなら、私としては全面抗争もいとわないという旨を、貴女にお伝えしておきたかっただけです」
「へぇ・・・・・・藤園の隣には、必ずアンタが控えているとは思ってたけど、保護者登場って感じ?」
 背後に一大勢力を抱える二人の、険悪で静謐に満ちた睨み合い。敵対している国家の首相同士が第三国の空港で偶然にも出会ってしまった、みたいな光景を彷彿とさせる。見かねた私は、いつの間にか隣に腰掛けている藤園さんにそっと耳打ちした。
「ちょっとちょっと、柔木さんとテスト勉強する事になっちゃったから、食堂に近付かない方が良いよって報せておいたでしょ。想定とは違うけど、予想通り険悪なムードになっちゃってるんだけど?」
「そうだね・・・でも、此方も勉強会というのは嘘ではないよ。図書室を利用しようとしたのだけれど、あいにく満席でね。仕方なく、もう本当に奥歯を噛み締めながら食堂へ来てみたところ、結花が君達に気付いてしまい、相席しようと言い出したんだ」
「えぇ・・・絶対厄介な事になるのに、見過ごしたの?」
「結花が本来の姿を取り戻している時、口をつぐむ様にしてきたんだ。彼女は長年、外交力だけで此方を庇護してきた。今回のこれも、外交的には必要な事なのだと思うよ」
「・・・そうですか」
 藤園さんでさえ口を出せない、女子グループの首脳会談。私はおそらく、男子生徒が垣間見る事の出来ない世界を目の当たりにしているのだろう。気のせいか、食堂中の女子生徒達が、このテーブルをチラチラと窺っている気がする。
「そもそも、アンタのお気に入りの藤園が、アタシのお気に入りにちょっかい出したのが始まりなんですけど? 最初にルールを無視したのはそっちの藤園なの解ってる?」
「それはどうしょうか・・・確かに美智香は白枝君に協力を求めましたが、その時点で彼が貴女のお気に入りだと知る術がありませんよ? 白枝君自身が宣告でもしない限りは・・・ね?」
「ちょっとでも別カテのリーダーの事を気にしていれば、知ってて当然じゃない? 知っててちょっかい掛けてきたのでない限りは・・・ね?」
「貴女の場合、お気に入りが多過ぎるのではなくて? それを一から十まで把握しておけというのは、もはや甘えではないかしら。お気に入りは、唯一だからこそ輝く。数が増えるばかりの世界的ヘリテージの様に、有り難みが薄れるというものですよ?」
「ヘリが何? ムズカシイ事言って誤魔化そうとしても、無駄だからね!」
 舌戦はヒートアップする一方、キャットファイトに発展しないのは、ひとえにトップに立つものの自負心のお陰なのかもしれない。
 とはいえ、このままバチバチさせていても、誰も幸せにはならない。何か、仲裁する方法は無いだろうか。二人の利害を刺激し、私の立場を表明する隙を生む方法とは。
「・・・・・・そこまでだよ、二人とも。テストで赤点とる方が、よっぽどリーダー的にマズイんじゃない?」
 私がそう問い掛けると、桜見橋さんと柔木さんは、鳩が豆鉄砲でも食らった様な血の気の引いた顔で、こちらに顔を向けてきた。
「マズイ・・・かも」
「マズイ・・・です」
 藤園さんはここへ、勉強する為に来たと言っていた。藤園さんが、学校の期末試験程度の為に時間を割くとは思えない。そんな時間があれば、あのゲームの事を少しでも解析しようとするだろう。
 となると、桜見橋さんの勉強を見るのが藤園さんの主な目的だと推察出来る。どうやら、その推察は合っていたらしい。
「そうそう、今の最優先事項は期末テストだよね? 俺は柔木さんのペットじゃないし、藤園さんに頭を垂らしたつもりもない。得があるから藤園さんに手を貸し、損を被りたくないから柔木さんにも手を貸しているだけ。つまり俺は、自分の意思で判断し、実行に移しただけに過ぎないのです・・・だから喧嘩はそこまで、勉強をなさい」
『・・・はい、すみませんでした』
 肩を落とし、静静と教科書を広げ始まる桜見橋さんと柔木さん。険悪なムードは程無くして霧散し、密かに集まっていた視線も早々と散っていった。
 それにしても、女子グループのリーダーの過半数が、共に勉強を苦手とするのは驚きだ。IQが高い者はEQが低いと言われているが、EQが高い者はIQが低いなんて事もあるのだろうか。  
 そんな事を考えていると、藤園さんに肘で小突かれた。
「やるじゃないか、白枝君。君はさながら、戦争を未然に防いだ英雄というわけだね」
「・・・それ、藤園さんが言って良い台詞じゃないからね? それと、話は変わるんだけど・・・脳が覚醒すると、教科書全部を暗記出来たりするの?」
「さあ、一概には言えないね・・・何故だい?」
「・・・暗記しちゃった、全部」
「そう、おめでとう・・・けれど、あまり鵜呑みにしない方が良いよ」
「えっ、何で?」
「教科書は編纂者が選り好みした情報でしかない。真実は常に、多角的な見方の集束点に隠れている・・・小学生時代の体験談さ」
 藤園さんは不敵な笑みを私に垣間見せた後、勉強に四苦八苦している桜見橋さんを見守り始めた。 
「お、おぅ・・・」
 藤園さん、それはもう小憎らしい小学生だった事だろう。私も柔木さんに目を向け、ポイントを説明し始めた。テストの点数は、自分で程よく調整してみよう。
 こんな光景が約1週間続き、共に勉学に励んだ桜見橋さんと柔木さんが、戦友として互いを認め合うなんて奇跡が発生していたりする。いよいよ、期末テストの始まりだ。
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