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第四章 鹿頭猪頭 一節
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牛頭を討伐してから1日置いた水曜日、今日からまた新たなボスとの闘いが始まる。
「今回のステージは、沙漠と砂漠エリア。ここは広大なステージで、なんとボスも2体居る・・・厳しい戦いが予想されるよ、白枝君?」
「え? ああ・・・らしいね」
ケーキセットを楽しんでいた私は、チーズケーキを食べる手を止め、紅茶を一口含んだ。
「君は・・・・・・ずいぶんと優雅に、何をしているんだい?」
「アフタヌーンティー、だけど?」
「さも当然かの如く・・・何故急に?」
「だって・・・俺がゲームに潜っている間、藤園さん達は食べてたんでしょ? ずっと・・・食べたかった!」
「はぁ・・・まったく、君には緊張感というものが欠如しているのではないかい?」
「緊張感? あるよ、人並みには・・・あるはずだ」
「もう・・・何でも良いから、早く食べ終えてくれないか?」
「は~い」
私は、チーズケーキの残りを一口で平らげ、紅茶を一息に飲み干した。
「ふぅ・・・旨い」
「急に荒々しいな・・・まあ、食べ終えたから良いか。ほら、行ってらっしゃい」
そう言って藤園さんは、ヘッドホンと吸盤付きコードを私へと投げて寄越した。
「えっ、でも・・・ケーキセットのお皿、返して来ないと」
「それは結花にやらせるから、君は使命を果たしなさい」
モンブランを食べ、悦に浸っていた桜見橋さんが、ギクッと我に返るのが見えた。パシリは相変わらずの様である。
「了解、司令官殿・・・白枝、死地へ参ります」
私は渋々ながら機具を装着し、これまで通りの寝る姿勢へ移行した。
「それでは・・・レッツ、コンバート」
これまたいつも通り、藤園さんの棒読みな掛け声と共に、私の体感は切り替わる。目を開けて周囲を見回したところ、背後には前回の大森林が、前方には背の低い植物が稀に散見される乾いた大地が広がっていた。
「聴こえるかい、白枝君? 君が立っているのは沙漠の入り口さ。この沙漠の先には、皆が想像する砂丘ばかりの砂漠が待っているよ」
気がつけば、フードの中から顔を出した猫君が、私の左肩に前肢を伸ばしていた。
「なるほど・・・で、町は?」
「沙漠と砂漠の間に、オアシスの町があるみたいだよ。ただ、問題があるんだ・・・」
「・・・問題って?」
「このエリアのボス、鹿頭(ディアヘッド)と猪頭(ボアヘッド)は2つの地域を共に回遊していてね。コースを調べたところ、もうすぐ沙漠地域へやって来るみたいなんだよ・・・つまり、町へ着く前にボスと接触する危険性があるというわけさ」
「何だって!? それは大問題じゃないか・・・・・・開運の祈祷が受けずにボス戦なんて、不安だ!」
「君って男は、独り身のOLではあるまいし・・・・・・確かに君は、多くの困難を奇跡的な確率で乗り越えて来た。だが、占い師に開運を頼るなんてナンセンスというものさ。乗り越えて来れたのは、運のお陰じゃない。君の実力と頑張りによるものだよ・・・だから自信を持って、開運なんて必要無い事を証明するんだ」
「藤園さん・・・・・・らしくないけど、良い言葉だね」
「・・・当然さ、検索結果を丸読みしただけだからね」
「・・・・・・はい?」
「検索ワード、占いに嵌まり過ぎた女の対処法。検索結果、占い沼に浸かった女の落とし方、108頁第6章より抜粋・・・というわけだが?」
「相変わらず、検索ワードが狂ってやがる!? というか、何で俺が占いに嵌まり過ぎた女なんだ!」
「良い言葉と感じたなら、則ち身に覚えがあるというわけだよ・・・どうでも良いから、足を動かしたまえ。こうしているうちにも、ボス達が迫ってきているのだよ?」
「は~い・・・」
歩き出そうした瞬間、私はふと左腰を確かめた。前回、牛頭に突き立てた太刀を回収していなかった事に気付いたのである。内心かなり焦ったが、提げていた鞘にはちゃんとが太刀が納められていた。おそらくは、藤園さんが回収しておいてくれたのだろう。
「ん? どうかしたのかい?」
右肩から、猫君が私の顔を覗き込んできた。
「ありがとう、藤園さん」
「はぁ? ・・・脈絡が無さ過ぎて、意味が解らないよ。問題が無いなら、先を急いで欲しいのだけど?」
「はーい」
私は気を取り直して、眼前に広がる荒野へと足を踏み出した。
最初は足取りも軽く、走る事で好調に距離を稼げていたのだが、それも長くは続かなかった。大森林の様に景色が変わらず、しかし大森林とは違って終わりが果てしなく遠い事を視認出来るせいで、モチベーションがみるみる低下していってしまったのである。どこの誰なら、あの霧が恋しくなるなんて未来を、予想する事が出来たのだろうか。
「どうしたんだい、白枝君? 走るペースが見るからに遅くなっているのだけど?」
「ちょっと・・・エリアが余りに広大なもんだから、心が折れそうになってるだけだよ」
「心が折れるって、まだ45キロメートルしか走っていないじゃあないか・・・ボス達との遭遇予定地点、つまり彼らの回遊ルート線上まで残り10キロメートル、遅刻するつもりかい?」
「未だ10キロも・・・いや待てよ、10キロで良いと考えれば?」
「哀しい発想の転換だね・・・あれ? ごめんよ、計器にラグが発生していたみたいだ。目標地点はまさにこの辺りだったみたいだ」
「えっ、ほんとに? 構わないよ、嬉しい誤算だ・・・ボスの方は?」
「急速接近中だよ・・・君から見て左方向、砂埃が立ち昇っているのが判るかい?」
藤園さんの言った方向に目を向けると、ずいぶん先だが確かに砂埃が発生していた。
「・・・そういえば、ボスって使い魔を引き連れてたりする? そうすると、逆にピンチなんだけど・・・」
「大丈夫だよ、反応的にはボス2体だけで回遊している。使い魔は各地に群れで分散しているのだけど、その端境が君の居るポイントなんだ」
「つまり、此処で片方でも仕留めなければ面倒な事になるってわけか・・・藤園さん、何か秘策とか有ったりしない?」
「秘策? もちろん、用意しているよ」
「おお、さすが・・・ちなみに、どんなやつ?」
「それはすぐに判るさ・・・ほら、ボスが目視出来る距離まで近付いてきたよ?」
藤園さんの言う通り、ボスの姿が砂埃の隙間から窺える様になっていた。
巨躯というのは、今までのボスと変わり無いのだが、今回の2体は明らかな差異が存在していた。脚部が、モチーフとなった動物の時と同じ仕様になっていたのである。つまり、鹿や猪の胴から人間の上半身が生え、その上に胴と対応した頭部が乗っているのだ。
「あれが、鹿頭と猪頭・・・そうだ、それぞれのボスウェポンの性質を聞き忘れてた! 教えて、藤園さん?」
「待って・・・鹿の弓は矢を打ち上げ、雨を降らせる。猪の弩は猪突猛進、放たれた矢はそれを体現する・・・だね」
「ボスウェポン、何でそんなに抽象的な説明文ばかりなのか・・・」
「さあ・・・没入感というやつじゃあないかな? さて、君にもボスウェポンを出してもらおうか、両方ともね」
「了解、両方ね・・・えっと・・・馬頭槍! 牛頭斧!」
右手に槍、左手に斧が出現し、私はそれをしっかりと握り締めた。
「出したけど、どうするの?」
「それらを、激しく打ち鳴らすんだ」
「打ち鳴らすって・・・こうかな?」
私は槍の柄で斧の柄を打ち据えた。すると必然的に、甲高い金属音が辺りに響く事になる。これに何の意味があるのか、私が意味を見出だせずにいたその時、背後からズシンと重いものが着弾した様な音と振動が伝わってきた。
「えっ・・・・・・何?」
恐る恐る振り返ると、私の背後には2体の巨人が佇んでいた。馬頭と牛頭、倒したはずのボスがである。
「・・・・・・あれこれ、絶体絶命?」
「その逆だよ、白枝君。彼らは味方、つまり増援さ。ボスウェポンにはそれぞれ、対となるものがあって、それを打ち鳴らすとボスの化身が召喚出来る。牛頭から得たアクセス権限で判明した隠し要素だよ」
「おお、なら心強い・・・これって、藤園さんが動かすの?」
「そうだよ、操縦というより命令するだけだけどね。増援にはボスの足留めを命じるから、君がその隙を突いて仕留めるように」
「なるほど、まさに秘策って感じだ・・・このまま、正面から突っ込むの?」
「しないよ、今回のボス達は飛び道具を使うからね。化身達は左右に展開、地に伏せさせて襲撃のタイミングを待たせるつもりだ・・・まあ、その為には君が正面で注意を惹き付けないといけないのだけど」
「えぇ!? 結局、貧乏クジなのね・・・」
「悲嘆に暮れている暇は無いよ、白枝君。化身達に移動を命じた、君は彼らが見つからないよう、回遊ルート上に立っているんだ」
「はいはい、司令官殿の御心のままに・・・」
私は肩を落としながら、指定されたポイントへ移動し、太刀を鞘から抜き出した。それから、刃を小刻みに動かし、反射光をボス達の顔へチラつかせる。これで発見される上、ヘイトも集められるだろう。案の定、ボス達は駆ける速度を上げつつ、各々の得物を構え始めた。
まず動いたのは、鹿頭だった。身の丈程の長弓に矢をつがえ、斜め上に鏃を向けて発射してきたのである。弓形に飛来させる曲射を狙ったのだろうが、その弾道計算は容易だ。
しかし弾道計算の結果、矢は私を飛び越してしまう事が判った。このパターン、嫌な予感がする。目を皿の様にかっ開きながら矢の行く末を見据えていたところ、やはり単純なミステイクではなかった。
矢は私の直上に差し掛かった途端、無数の棘へと姿を変えて雨の如く降り注いできたのである。棘自体は直立する成人男性ほどの大きさで、三角錐の形をしていた。
「雨を降らせるって、そういう事かぁっ!?」
突然の出来事で面食らったものの、落下地点を予測するのは、そう難しい事ではない。すぐさま安全な位置を特定し、紙一重ながら回避にも成功した。今は矢が1本だけだったが、本数を増やすと降り注ぐ棘の量も増えたりするのだろうか。
地面に突き刺さった棘を背に、そんな事を考えていた矢先、けっこうな硬度を持つ物を砕く音が、連続して耳に届いてきた。私は反射的に、前受け身の要領で地面に伏せた。これが結果的に功を奏する事になる。何故なら伏せた直後、とある物体が背にしていた棘を砕き、さらに直進を続けていったからだ。
ボスの様子を窺うと、猪頭がボウガンを構えているのが見て取れた。猪突猛進を体現するとは、どうやらこういう事を指すらしい。
それにしても、中々に危険な組み合わせである。鹿頭の拡散する曲射に気をとられ過ぎれば、猪頭の正確無比な貫通弾にどてっ腹を撃ち抜かれてしまうだろう。だからといって猪頭の方に注意を向ければ、落下地点の計算に狂いが生じ、串刺しになる危険性が増大する。先ほどは、鹿頭の曲射で仕留められなかったから猪頭が撃ってみたという感じだったので、次は避ける暇を与えない様なコンビネーションを発揮してくるはずだ。
遠距離に特化した敵とは何とも度し難い、私が不利を感じて冷や汗を流していたその時、ボス達の背後から四つん這いになって忍び寄る存在が目に留まった。
藤園さんが操る、ボスの化身達である。どう贔屓目の見ても気持ち悪い動きなのだが、今は彼らに頼る他無い。そして、ボス達が各々の得物に矢をつがえ始めたその時、化身達が飛び上がり、ボスを背後から組伏せに掛かった。
「今だ!」
自分自身を焚き付ける為の合図に呼応し、私は全速力でボスの元へ駆け出した。2体の中で選り厄介なのは鹿頭(猪頭の性質は把握したが、鹿頭のは未だ未知数な点が多い)、そう判断した私は大きく左回りから接近し、牛頭の化身が組み付く鹿頭へ飛び掛かった。狙うはもちろん、首筋だ。
「御免!」
だが、大上段から左袈裟に切り下ろそうとした次の瞬間、私は激しい目眩に襲われた。鹿頭の首筋はどうにか斬れたものの、そこに手応えは無く、平衡感覚を失った私は鹿頭の肩から地面へと落下してしまう。
身体も動かせず、霞む視界の中で見たのは、私の様に行動不能に陥った化身達を振りほどき、走り去っていくボス達の姿だった。あと少しで討ち取れたものを、見す見す逃してしまったのだ。
それから、どれくらいの時が経過したのだろうか。化身達が灰塵へ帰した頃、私はどうにか起き上がる事が出来るようになっていた。
「藤園さん・・・・・・何が起きたんだ、藤園さん!」
明らかな異常事態、私は縋る様に目の前で丸くなっていた猫君に問い掛けた。しかし、返答は無い。デフォルトの鳴き声を発するばかりだ。
「・・・向こうで何かあったのかな?」
どうであれ、こちら側から事態を把握する事は出来ないので、私は猫君と戯れているしか無かった。
「お~い、藤園さん、お~い・・・」
延々と、そんな事を呟き続けながら。
「・・・・・・白枝君?」
これまた、どれくらい戯れていただろうか。突然、藤園さんの声が響いてきたのである。
「藤園さん!? あぁ、良かった・・・あのさ、何が起こったの? いきなり動けなくなるし、交信も途切れるしで・・・もう大混乱だよ」
「・・・・・・何故だ」
「えっ、何だって?」
「何故、君は・・・未だそこに居るんだい?」
私には、彼女が何を言っているのか理解する事は出来なかったが、その声から血の気が引いてしまっている事だけは感じられた。
「・・・・・・え?」
とても、嫌な予感がする。
「今回のステージは、沙漠と砂漠エリア。ここは広大なステージで、なんとボスも2体居る・・・厳しい戦いが予想されるよ、白枝君?」
「え? ああ・・・らしいね」
ケーキセットを楽しんでいた私は、チーズケーキを食べる手を止め、紅茶を一口含んだ。
「君は・・・・・・ずいぶんと優雅に、何をしているんだい?」
「アフタヌーンティー、だけど?」
「さも当然かの如く・・・何故急に?」
「だって・・・俺がゲームに潜っている間、藤園さん達は食べてたんでしょ? ずっと・・・食べたかった!」
「はぁ・・・まったく、君には緊張感というものが欠如しているのではないかい?」
「緊張感? あるよ、人並みには・・・あるはずだ」
「もう・・・何でも良いから、早く食べ終えてくれないか?」
「は~い」
私は、チーズケーキの残りを一口で平らげ、紅茶を一息に飲み干した。
「ふぅ・・・旨い」
「急に荒々しいな・・・まあ、食べ終えたから良いか。ほら、行ってらっしゃい」
そう言って藤園さんは、ヘッドホンと吸盤付きコードを私へと投げて寄越した。
「えっ、でも・・・ケーキセットのお皿、返して来ないと」
「それは結花にやらせるから、君は使命を果たしなさい」
モンブランを食べ、悦に浸っていた桜見橋さんが、ギクッと我に返るのが見えた。パシリは相変わらずの様である。
「了解、司令官殿・・・白枝、死地へ参ります」
私は渋々ながら機具を装着し、これまで通りの寝る姿勢へ移行した。
「それでは・・・レッツ、コンバート」
これまたいつも通り、藤園さんの棒読みな掛け声と共に、私の体感は切り替わる。目を開けて周囲を見回したところ、背後には前回の大森林が、前方には背の低い植物が稀に散見される乾いた大地が広がっていた。
「聴こえるかい、白枝君? 君が立っているのは沙漠の入り口さ。この沙漠の先には、皆が想像する砂丘ばかりの砂漠が待っているよ」
気がつけば、フードの中から顔を出した猫君が、私の左肩に前肢を伸ばしていた。
「なるほど・・・で、町は?」
「沙漠と砂漠の間に、オアシスの町があるみたいだよ。ただ、問題があるんだ・・・」
「・・・問題って?」
「このエリアのボス、鹿頭(ディアヘッド)と猪頭(ボアヘッド)は2つの地域を共に回遊していてね。コースを調べたところ、もうすぐ沙漠地域へやって来るみたいなんだよ・・・つまり、町へ着く前にボスと接触する危険性があるというわけさ」
「何だって!? それは大問題じゃないか・・・・・・開運の祈祷が受けずにボス戦なんて、不安だ!」
「君って男は、独り身のOLではあるまいし・・・・・・確かに君は、多くの困難を奇跡的な確率で乗り越えて来た。だが、占い師に開運を頼るなんてナンセンスというものさ。乗り越えて来れたのは、運のお陰じゃない。君の実力と頑張りによるものだよ・・・だから自信を持って、開運なんて必要無い事を証明するんだ」
「藤園さん・・・・・・らしくないけど、良い言葉だね」
「・・・当然さ、検索結果を丸読みしただけだからね」
「・・・・・・はい?」
「検索ワード、占いに嵌まり過ぎた女の対処法。検索結果、占い沼に浸かった女の落とし方、108頁第6章より抜粋・・・というわけだが?」
「相変わらず、検索ワードが狂ってやがる!? というか、何で俺が占いに嵌まり過ぎた女なんだ!」
「良い言葉と感じたなら、則ち身に覚えがあるというわけだよ・・・どうでも良いから、足を動かしたまえ。こうしているうちにも、ボス達が迫ってきているのだよ?」
「は~い・・・」
歩き出そうした瞬間、私はふと左腰を確かめた。前回、牛頭に突き立てた太刀を回収していなかった事に気付いたのである。内心かなり焦ったが、提げていた鞘にはちゃんとが太刀が納められていた。おそらくは、藤園さんが回収しておいてくれたのだろう。
「ん? どうかしたのかい?」
右肩から、猫君が私の顔を覗き込んできた。
「ありがとう、藤園さん」
「はぁ? ・・・脈絡が無さ過ぎて、意味が解らないよ。問題が無いなら、先を急いで欲しいのだけど?」
「はーい」
私は気を取り直して、眼前に広がる荒野へと足を踏み出した。
最初は足取りも軽く、走る事で好調に距離を稼げていたのだが、それも長くは続かなかった。大森林の様に景色が変わらず、しかし大森林とは違って終わりが果てしなく遠い事を視認出来るせいで、モチベーションがみるみる低下していってしまったのである。どこの誰なら、あの霧が恋しくなるなんて未来を、予想する事が出来たのだろうか。
「どうしたんだい、白枝君? 走るペースが見るからに遅くなっているのだけど?」
「ちょっと・・・エリアが余りに広大なもんだから、心が折れそうになってるだけだよ」
「心が折れるって、まだ45キロメートルしか走っていないじゃあないか・・・ボス達との遭遇予定地点、つまり彼らの回遊ルート線上まで残り10キロメートル、遅刻するつもりかい?」
「未だ10キロも・・・いや待てよ、10キロで良いと考えれば?」
「哀しい発想の転換だね・・・あれ? ごめんよ、計器にラグが発生していたみたいだ。目標地点はまさにこの辺りだったみたいだ」
「えっ、ほんとに? 構わないよ、嬉しい誤算だ・・・ボスの方は?」
「急速接近中だよ・・・君から見て左方向、砂埃が立ち昇っているのが判るかい?」
藤園さんの言った方向に目を向けると、ずいぶん先だが確かに砂埃が発生していた。
「・・・そういえば、ボスって使い魔を引き連れてたりする? そうすると、逆にピンチなんだけど・・・」
「大丈夫だよ、反応的にはボス2体だけで回遊している。使い魔は各地に群れで分散しているのだけど、その端境が君の居るポイントなんだ」
「つまり、此処で片方でも仕留めなければ面倒な事になるってわけか・・・藤園さん、何か秘策とか有ったりしない?」
「秘策? もちろん、用意しているよ」
「おお、さすが・・・ちなみに、どんなやつ?」
「それはすぐに判るさ・・・ほら、ボスが目視出来る距離まで近付いてきたよ?」
藤園さんの言う通り、ボスの姿が砂埃の隙間から窺える様になっていた。
巨躯というのは、今までのボスと変わり無いのだが、今回の2体は明らかな差異が存在していた。脚部が、モチーフとなった動物の時と同じ仕様になっていたのである。つまり、鹿や猪の胴から人間の上半身が生え、その上に胴と対応した頭部が乗っているのだ。
「あれが、鹿頭と猪頭・・・そうだ、それぞれのボスウェポンの性質を聞き忘れてた! 教えて、藤園さん?」
「待って・・・鹿の弓は矢を打ち上げ、雨を降らせる。猪の弩は猪突猛進、放たれた矢はそれを体現する・・・だね」
「ボスウェポン、何でそんなに抽象的な説明文ばかりなのか・・・」
「さあ・・・没入感というやつじゃあないかな? さて、君にもボスウェポンを出してもらおうか、両方ともね」
「了解、両方ね・・・えっと・・・馬頭槍! 牛頭斧!」
右手に槍、左手に斧が出現し、私はそれをしっかりと握り締めた。
「出したけど、どうするの?」
「それらを、激しく打ち鳴らすんだ」
「打ち鳴らすって・・・こうかな?」
私は槍の柄で斧の柄を打ち据えた。すると必然的に、甲高い金属音が辺りに響く事になる。これに何の意味があるのか、私が意味を見出だせずにいたその時、背後からズシンと重いものが着弾した様な音と振動が伝わってきた。
「えっ・・・・・・何?」
恐る恐る振り返ると、私の背後には2体の巨人が佇んでいた。馬頭と牛頭、倒したはずのボスがである。
「・・・・・・あれこれ、絶体絶命?」
「その逆だよ、白枝君。彼らは味方、つまり増援さ。ボスウェポンにはそれぞれ、対となるものがあって、それを打ち鳴らすとボスの化身が召喚出来る。牛頭から得たアクセス権限で判明した隠し要素だよ」
「おお、なら心強い・・・これって、藤園さんが動かすの?」
「そうだよ、操縦というより命令するだけだけどね。増援にはボスの足留めを命じるから、君がその隙を突いて仕留めるように」
「なるほど、まさに秘策って感じだ・・・このまま、正面から突っ込むの?」
「しないよ、今回のボス達は飛び道具を使うからね。化身達は左右に展開、地に伏せさせて襲撃のタイミングを待たせるつもりだ・・・まあ、その為には君が正面で注意を惹き付けないといけないのだけど」
「えぇ!? 結局、貧乏クジなのね・・・」
「悲嘆に暮れている暇は無いよ、白枝君。化身達に移動を命じた、君は彼らが見つからないよう、回遊ルート上に立っているんだ」
「はいはい、司令官殿の御心のままに・・・」
私は肩を落としながら、指定されたポイントへ移動し、太刀を鞘から抜き出した。それから、刃を小刻みに動かし、反射光をボス達の顔へチラつかせる。これで発見される上、ヘイトも集められるだろう。案の定、ボス達は駆ける速度を上げつつ、各々の得物を構え始めた。
まず動いたのは、鹿頭だった。身の丈程の長弓に矢をつがえ、斜め上に鏃を向けて発射してきたのである。弓形に飛来させる曲射を狙ったのだろうが、その弾道計算は容易だ。
しかし弾道計算の結果、矢は私を飛び越してしまう事が判った。このパターン、嫌な予感がする。目を皿の様にかっ開きながら矢の行く末を見据えていたところ、やはり単純なミステイクではなかった。
矢は私の直上に差し掛かった途端、無数の棘へと姿を変えて雨の如く降り注いできたのである。棘自体は直立する成人男性ほどの大きさで、三角錐の形をしていた。
「雨を降らせるって、そういう事かぁっ!?」
突然の出来事で面食らったものの、落下地点を予測するのは、そう難しい事ではない。すぐさま安全な位置を特定し、紙一重ながら回避にも成功した。今は矢が1本だけだったが、本数を増やすと降り注ぐ棘の量も増えたりするのだろうか。
地面に突き刺さった棘を背に、そんな事を考えていた矢先、けっこうな硬度を持つ物を砕く音が、連続して耳に届いてきた。私は反射的に、前受け身の要領で地面に伏せた。これが結果的に功を奏する事になる。何故なら伏せた直後、とある物体が背にしていた棘を砕き、さらに直進を続けていったからだ。
ボスの様子を窺うと、猪頭がボウガンを構えているのが見て取れた。猪突猛進を体現するとは、どうやらこういう事を指すらしい。
それにしても、中々に危険な組み合わせである。鹿頭の拡散する曲射に気をとられ過ぎれば、猪頭の正確無比な貫通弾にどてっ腹を撃ち抜かれてしまうだろう。だからといって猪頭の方に注意を向ければ、落下地点の計算に狂いが生じ、串刺しになる危険性が増大する。先ほどは、鹿頭の曲射で仕留められなかったから猪頭が撃ってみたという感じだったので、次は避ける暇を与えない様なコンビネーションを発揮してくるはずだ。
遠距離に特化した敵とは何とも度し難い、私が不利を感じて冷や汗を流していたその時、ボス達の背後から四つん這いになって忍び寄る存在が目に留まった。
藤園さんが操る、ボスの化身達である。どう贔屓目の見ても気持ち悪い動きなのだが、今は彼らに頼る他無い。そして、ボス達が各々の得物に矢をつがえ始めたその時、化身達が飛び上がり、ボスを背後から組伏せに掛かった。
「今だ!」
自分自身を焚き付ける為の合図に呼応し、私は全速力でボスの元へ駆け出した。2体の中で選り厄介なのは鹿頭(猪頭の性質は把握したが、鹿頭のは未だ未知数な点が多い)、そう判断した私は大きく左回りから接近し、牛頭の化身が組み付く鹿頭へ飛び掛かった。狙うはもちろん、首筋だ。
「御免!」
だが、大上段から左袈裟に切り下ろそうとした次の瞬間、私は激しい目眩に襲われた。鹿頭の首筋はどうにか斬れたものの、そこに手応えは無く、平衡感覚を失った私は鹿頭の肩から地面へと落下してしまう。
身体も動かせず、霞む視界の中で見たのは、私の様に行動不能に陥った化身達を振りほどき、走り去っていくボス達の姿だった。あと少しで討ち取れたものを、見す見す逃してしまったのだ。
それから、どれくらいの時が経過したのだろうか。化身達が灰塵へ帰した頃、私はどうにか起き上がる事が出来るようになっていた。
「藤園さん・・・・・・何が起きたんだ、藤園さん!」
明らかな異常事態、私は縋る様に目の前で丸くなっていた猫君に問い掛けた。しかし、返答は無い。デフォルトの鳴き声を発するばかりだ。
「・・・向こうで何かあったのかな?」
どうであれ、こちら側から事態を把握する事は出来ないので、私は猫君と戯れているしか無かった。
「お~い、藤園さん、お~い・・・」
延々と、そんな事を呟き続けながら。
「・・・・・・白枝君?」
これまた、どれくらい戯れていただろうか。突然、藤園さんの声が響いてきたのである。
「藤園さん!? あぁ、良かった・・・あのさ、何が起こったの? いきなり動けなくなるし、交信も途切れるしで・・・もう大混乱だよ」
「・・・・・・何故だ」
「えっ、何だって?」
「何故、君は・・・未だそこに居るんだい?」
私には、彼女が何を言っているのか理解する事は出来なかったが、その声から血の気が引いてしまっている事だけは感じられた。
「・・・・・・え?」
とても、嫌な予感がする。
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むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
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あの世とこの世の狭間にて!
みーやん
キャラ文芸
「狭間店」というカフェがあるのをご存知でしょうか。
そのカフェではあの世とこの世どちらの悩み相談を受け付けているという…
時には彷徨う霊、ある時にはこの世の人、
またある時には動物…
そのカフェには悩みを持つものにしか辿り着けないという。
このお話はそんなカフェの物語である…
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