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第三章 牛頭 四節
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占い師にバッチリ祈祷してもらった後、私と猫君は樹上の町を出立した。
「白枝君、ここから先のボスの居るエリアは、迷いの森と銘打たれている。背の高い針葉樹が限り無く太陽光を遮り、常時霧が発生しているような場所さ。相当迷い易いエリアの様だけど、システムへハッキング出来る此方なら楽勝でナビゲート出来る・・・そう言いたかったのだけれど、迷いの森に関するデータ領域だけ妙に守りが堅くてね。このゲームの設計者は、倫理に重きを置いた天才か無駄に難易度を上げたい馬鹿野郎なのだろうさ。霧を消したり、ボスの正確な位置を教える事も出来ないんだ・・・ごめんよ?」
「大丈夫、要するにズルは禁止って事でしょう? 正攻法で突破してみせるさ」
「まったく君は、日に日に逞しくなっていくね・・・ボスは、霧に包まれたエリア内を徘徊している。君はそれを見つけ出し、撃破するんだ・・・覚悟は良いね?」
「アイサー、司令官殿」
「今日はその敬称を多用するねぇ・・・ちなみに、女性への敬称は、マムだよ」
「いや、知ってるけど・・・意訳すると、分かったよママ、って感じでしょう? 何か理解出来ない悪寒が走るんだよ・・・お国柄かな?」
「そうかもね・・・何でも良いから、この猫をフードへ乗せてくれるかい? はぐれたら事だからね、ボスを倒すまでほぼ合流は不可能になる」
「はいよ・・・よしよ~し、おいで~猫君♪」
私は猫君を抱き上げると、幼子を肩車する様な動作で彼をフードへと落とし入れた。
「・・・うん、問題ない。何の躊躇いも無く、霧の海へ足を踏み入れてくれたまえ」
「はいはい・・・何だか、藤園さんに操縦されてるみたいだよ」
「ふっ・・・こんな扱いに困る乗り物は願い下げだけどね」
そんな軽口を叩きながら、私は霧の立ち込める大森林へと進入した。
ひんやりと湿った空気を肌に感じ、濡れた草を踏む音だけが耳に届く。この環境に似た熱帯雲霧林では多くの生命が息づいているそうだが、ここでは生命どころか、モンスターの気配すら感じられない。異様に強化された五感を用いても、だ。
ゲームだからと言えばそこまでだが、仮に敵が、例えば使い魔の類いが潜んでいた場合、大変危険である。油断せず、周囲に気を配りながら歩き続けるのが大切だ。
とはいえ、気を張り続けるのは大変だ。何とも出会えず、現実時間で30分の時間を無駄にした頃、私は休憩することにした。
「ふぅ・・・歩きっぱなしってのも疲れるな」
「闇雲に捜しても、ボスと出会える可能性は1%未満だよ」
「うわぁ・・・心が折れる事を言わないでよ」
「ザァ・・・まあ、待ち続けたところで・・・ズゥ・・・可能性は変わらないのだけどね・・・ザザッ」
「ん? 何だか、ノイズが入ってない?」
「ノイズ? さあ・・・此方では確認出来ないな」
「そう? 確かにもう大丈夫みたいだ・・・・・・とりあえず、休憩休憩」
何の気無しに手を伸ばした木の幹、触れた瞬間に私は凍り付いた。掌からたわしの様な感触が伝わってきたのだ。つまり、その木には鞭毛の様なものがびっしりと生えている事になる。
それだけならまだ、苔むしている可能性に賭けられるが、残念な事に掌は温もりと幹とは思えない妙な弾力も同時に感じていたのだ。
私は生唾を呑み込んだ後、ゆっくりと視線を上にスライドさせていった。
木の幹だと思っていたそれは、短く茶色い体毛に覆われた脚であり、さらに上には三國志演技の劇に出てきそうな甲冑が煌めいている。そしてその頂きには、太くネジ曲がった双角を備えた雄牛の顔が鎮座していた。
「ぼ・・・・・・ボス、見~っけ♪」
私は、高く振り上げられた斧を見つめながら、震える声で最大限の茶目っ気を発揮した。
「避けるんだ、馬鹿野郎!」
藤園さんの叱責で我に返った私は、牛頭の股下へ飛び込み、振り下ろされた斧を寸でのところで回避した。
「あっぶな・・・・・・ありがとう、藤園さん。マジ感謝・・・誰が馬鹿だい!」
「ふざけるのは後にして、次が来るよ!」
藤園さんの言う通り、次は偶蹄類のヒヅメが直上から放り注いできた。牛頭が地団駄を踏んでいるのである。
「マッシュポテトはイヤだぁ!?」
何のトラウマを刺激されたのか、私は謎の悲鳴を上げつつ降り注ぐ蹄を掻い潜り、どうにかこうにか股下から這い出る事に成功した。
「くそっ・・・御返しだ!」
私は直近の木の幹を駆け上がり、牛頭の体高を越えた辺りで跳躍、刀を袈裟に抜き付け、牛頭の左目に食い込ませた。
「Goooozoooo!!??」
片目を抉られ、牛頭が絶叫する。
「まだまだ!」
鞘を押さえていた左手を柄に添え、私は刀を眼窩からさらに食い込ませた。しかし、切り抜くつもりだったのだが、何か適当な骨に噛み合ってしまったらしく、刀がびくともしなくなってしまう。
「GooooZoooo!!」
それを好機と見たのか、牛頭は頭を大きく振り乱し始めた。しばらくは刀の柄にしがみついていたが、遂に堪えきれず振り払われてしまう。
空中に投げ出された私が見たのは、フードから飛び出してしまった猫君が空中で回転し、着地の体勢へ移行する瞬間だった。私もそれを見よう見まねで咄嗟に摸倣し、何事も無く着地することが出来た。
「おお、本当に人間離れしてる・・・・・・って今はそこじゃない、牛頭は!?」
「逃げてしまったよ・・・さっきの一撃に面食らったようだね」
手の甲を舐めながら、猫君は牛頭が走り去ったとおぼしき方向を見据えていた。
「今なら未だ追い掛けられるけれど、得物を失ってしまったね・・・どうする、白枝君?」
「どうするって・・・千載一遇のチャンスってやつでしょう? 引き返している暇は無い、追い掛けて素手だろうとぶっ倒す!」
拐われた相棒を想い、私は柄にもなく張り切っていた。
「ふっ・・・だったらすぐに猫を回収して、奴が残した血痕か足跡を辿るんだ!」
「はいよ!」
私は再度、猫君をフードへ格納し、全速力で駆け出した。
「見える・・・見えるよ!」
霧の中とはいえ、新鮮な血痕や深く草花を踏みつけた足跡はよく目立つ。道程は誘導灯の如くハイライトされ、私は迷い無く、牛頭の後を追っていった。
「・・・居た!」
そして遂に、霧の向こうに牛頭のシルエットを見出だした。真っ直ぐそのシルエットへと突貫した私は、とある違和感を抱き始めていた。接近しても、シルエットがあまり大きくならないのだ。
「・・・・・・南無三!?」
自らのミスに気付き、その場を離れようとしたが、もう遅い。シルエットの正体は牛頭の使い魔、つまり小牛頭のものだったのだ。
しかも最悪な事に、十数体の小牛頭に包囲されてしまっている。逃走しつつ、伏兵を潜ませておくなんて。なんと知恵の回る牛なのだろうか。
「釣り野伏せってやつだね・・・藤園さん、ステゴロで切り抜けられる可能性は?」
「・・・23%ってところかな、体よく切り抜けられてもボスに逃げられてしまうけど」
「あはは・・・どうにかならない?」
「どうにかならないって・・・なるさ!」
「えっ、本当に!?」
「君には未だ、武器があるのさ・・・馬頭槍(めずやり)と叫ぶんだ!」
「め、めずやりっ!」
訳も判らず、耳で聞き取った音をそのまま叫んだ次の瞬間、右手がいつの間にか見覚えのある槍を握っていた。
「これ・・・あの馬野郎の!?」
「そう馬頭の槍、ボスウェポンだよ。言っただろう、今後助けになるって?」
「こういう意味だったのか・・・でも俺、槍なんて使った事無いんだけど?」
「槍は素人向けの武器、君が扱ってみせた刀より簡単に使いこなせる。常に穂先は下げて、突く時に跳ね上げるんだ!」
「なるほど・・・了解!」
私は槍を下段に構えたまま、正面の小牛頭へと特攻した。それから、間合い入ったと判断した時点で急ブレーキを掛けると、穂先を一息に跳ね上げ、心臓目掛けて突き込んだ。
槍の穂先は見事、小牛頭の胸部に突き刺さった。だが、その一撃が致命傷になっていない事を、私は手応えで感じている。浅い、心臓へ達せていないのだ。
仕留め切れなかった小牛頭は私の腕を捕まえると斧を振り上げた。このまま、私の頭をかち割るつもりのようだ。凡ミスで死ぬ、そう諦めかけた時、手の中で槍が脈打つのを感じた。
そして次の瞬間、槍が一人でに回転し始め、小牛頭の身体へさらに食い込んでいった。それに伴い、穂先に心臓を掻き乱された小牛頭は絶命する。ちなみに回転は、穂先が背中から顔を出した時点で停止していた。
灰塵に帰していく小牛頭を見つめつつ、私は首を傾げた。
「・・・ナニコレ?」
「馬頭槍の穂先は、束縛を嫌う。その設定に基づき、槍には敵へ突き刺すと勝手に貫通する特性が付与されているんだよ。ちなみに、投げても効果は発揮される」
「な、なるほど・・・確かに素人にも優しい槍だね、エグいけど」
「そんな事より、包囲に穴が空いたよ。雑魚は無視して、牛頭を追い掛けるんだ!」
「お、おうさ!」
私は強く頷き、牛頭の追跡を再開した。背後に追いすがる小牛頭の群れを感じるが、徐々に距離を離せている。速力では、私が勝っているらしい。滑り易い木の根を蹴りながら、薄霧の中を駆けていくと、今度こそ牛頭のシルエットを捉える事が出来た。
「止まりなさい、そこの猛牛!」
私が槍を構えて、そのシルエットへ近付いた直後、またもや自らのミスに気付いてしまう。牛頭はそもそも止まっており、私が追ってくるのを待ち構えていたようだった。斧を振りかぶり、縦回転を掛けながら、こちらへ投擲してきたのである。
だが狙いは逸れて大暴投、斧は私の遥か上空を通過するコースにあった。あったはずなのに、次の瞬間、想定外の出来事が発生する。斧がピタリと私の直上で動きを止め、そのまま自然落下してきたのだ。
「ほあっ!?」
私は珍妙な叫び声と共に海老反りジャンプ(海老が水中で天敵から逃れようとする時のアレの摸倣)をし、鼻先をかすめながらも回避に成功した。斧は木の根をスッパリと断ち切ると、盛大に衝撃波を発生させ、地面に深々と突き刺さっている。不思議な事に、先ほど脳天をかち割られそうになった時よりも高威力に見受けられるのは何故だろう。
「・・・藤園さん、あいつが何をしたか判ってたりする?」
「牛頭斧(ごずふ)は軽重自在、あらゆる瞬間にその比重を変えられる・・・今の攻撃は、それを利用したのだろうね」
「なるほど、ボスウェポンの性質かぁ・・・って、先に教えといてよ、その情報!」
「ボスウェポンの性質は知っていたけれど、まさかボス自身が使えるとは思っていなかったんだよ・・・ごめん」
「・・・まあ、確認して置かなかった俺も悪かったよ。あいつを追う事に集中し過ぎてた」
「狩りの興奮、だね・・・それよりも白枝君、どうやらボスは諦めたみたいだよ。両手を上げて、両膝を地面に突けている。おそらく、さっきの攻撃が必殺の策だったのだろう。それが回避され、得物が手から離れたのだから、諦めたのかもしれないよ」
「えぇ・・・そんな行動をボスが実行するなんて、ありえるの?」
「ふむ・・・なら、君にはどの様に見える?」
「俺には・・・」
私が率直な意見を述べようのしたその時、牛頭は上げていた両手を思いきり地面へ叩き付けるや、四足歩行のステップでこちらへと肉薄し始めた。これが牛頭による最後の抵抗、角を生かした蹂躙走行といったところか。
「くっ、此方の予測が外れるなんて・・・木の幹を登るんだ白枝君、最善とは言い難いが直撃は避けられる!」
貫かれても、巻き込まれても死が約束された突撃に対し、私は一歩も退くつもりはなかった。
「お見通しだ、牛野郎!」
私は馬頭槍を振りかぶり、槍投げの構えをとった。狙うは、牛頭の額のド真ん中、空いた左手で目測を付け、最上のタイミングで投擲する。
猛然と突進してくる牛頭と素人が投げた槍、両者は必然の如くぶつかり合い、槍は彼の者の額に突き刺さった。突き刺さったのだから、馬頭槍は回転を始める。
頭蓋を掘り抜き、脳をミキサー、さらに槍は留まる事を忌み嫌う様に直進を続け、牛頭に多段ヒットを食らわせる事だろう。そんな瀕死の重傷を負ったというのに、牛頭も止まる事は無かった。これは、決死の一撃なのだ。刺し違え上等、例え命を落とそうが相手を刺し貫ければ問題ない。
もはや白目を剥いた牛頭が眼前に迫っている中、私は正面から受け止める気概でその場に踏ん地張った。遂に、牛頭の角が私の鳩尾辺りに到達しようとした直前、牛頭の身体は灰塵へと変貌し、私の背後へ吹き抜けていく。寸でのところで、絶命したのだ。
「・・・・・・ふぅ」
私は糸の切れた操り人形よろしく、その場に片膝を突き、ずっと止めていた呼吸を再開した。
「・・・白枝君、何故、指示に従わなかったんだい?」
「・・・それには、理由が2つある。まず樹上へ逃げた場合、牛頭は突進を止めて斧を取り、木を登っていた俺を確実に殺していただろうね」
「それは・・・確かに、その通りかもしれない。それで、もう1つの理由とは?」
「男の子だからさ」
「・・・はぁ?」
「真っ向勝負は、真っ向から受けて立たないと」
「・・・・・・よし、リアルの君の頭をぶん殴っておいたから、チャラにしよう」
「えぇ・・・物理は止めてよ、物理は・・・」
「それはそうと、時間だよ。ボスウェポンを回収して、戻っておいで」
「は~い・・・」
いつの間にか、等身大くらいに縮み、発光し始めていた牛頭斧を拾い、それが煌めく液体となって掌に浸透したところで、私の体感は切り替わった。
「白枝君、ここから先のボスの居るエリアは、迷いの森と銘打たれている。背の高い針葉樹が限り無く太陽光を遮り、常時霧が発生しているような場所さ。相当迷い易いエリアの様だけど、システムへハッキング出来る此方なら楽勝でナビゲート出来る・・・そう言いたかったのだけれど、迷いの森に関するデータ領域だけ妙に守りが堅くてね。このゲームの設計者は、倫理に重きを置いた天才か無駄に難易度を上げたい馬鹿野郎なのだろうさ。霧を消したり、ボスの正確な位置を教える事も出来ないんだ・・・ごめんよ?」
「大丈夫、要するにズルは禁止って事でしょう? 正攻法で突破してみせるさ」
「まったく君は、日に日に逞しくなっていくね・・・ボスは、霧に包まれたエリア内を徘徊している。君はそれを見つけ出し、撃破するんだ・・・覚悟は良いね?」
「アイサー、司令官殿」
「今日はその敬称を多用するねぇ・・・ちなみに、女性への敬称は、マムだよ」
「いや、知ってるけど・・・意訳すると、分かったよママ、って感じでしょう? 何か理解出来ない悪寒が走るんだよ・・・お国柄かな?」
「そうかもね・・・何でも良いから、この猫をフードへ乗せてくれるかい? はぐれたら事だからね、ボスを倒すまでほぼ合流は不可能になる」
「はいよ・・・よしよ~し、おいで~猫君♪」
私は猫君を抱き上げると、幼子を肩車する様な動作で彼をフードへと落とし入れた。
「・・・うん、問題ない。何の躊躇いも無く、霧の海へ足を踏み入れてくれたまえ」
「はいはい・・・何だか、藤園さんに操縦されてるみたいだよ」
「ふっ・・・こんな扱いに困る乗り物は願い下げだけどね」
そんな軽口を叩きながら、私は霧の立ち込める大森林へと進入した。
ひんやりと湿った空気を肌に感じ、濡れた草を踏む音だけが耳に届く。この環境に似た熱帯雲霧林では多くの生命が息づいているそうだが、ここでは生命どころか、モンスターの気配すら感じられない。異様に強化された五感を用いても、だ。
ゲームだからと言えばそこまでだが、仮に敵が、例えば使い魔の類いが潜んでいた場合、大変危険である。油断せず、周囲に気を配りながら歩き続けるのが大切だ。
とはいえ、気を張り続けるのは大変だ。何とも出会えず、現実時間で30分の時間を無駄にした頃、私は休憩することにした。
「ふぅ・・・歩きっぱなしってのも疲れるな」
「闇雲に捜しても、ボスと出会える可能性は1%未満だよ」
「うわぁ・・・心が折れる事を言わないでよ」
「ザァ・・・まあ、待ち続けたところで・・・ズゥ・・・可能性は変わらないのだけどね・・・ザザッ」
「ん? 何だか、ノイズが入ってない?」
「ノイズ? さあ・・・此方では確認出来ないな」
「そう? 確かにもう大丈夫みたいだ・・・・・・とりあえず、休憩休憩」
何の気無しに手を伸ばした木の幹、触れた瞬間に私は凍り付いた。掌からたわしの様な感触が伝わってきたのだ。つまり、その木には鞭毛の様なものがびっしりと生えている事になる。
それだけならまだ、苔むしている可能性に賭けられるが、残念な事に掌は温もりと幹とは思えない妙な弾力も同時に感じていたのだ。
私は生唾を呑み込んだ後、ゆっくりと視線を上にスライドさせていった。
木の幹だと思っていたそれは、短く茶色い体毛に覆われた脚であり、さらに上には三國志演技の劇に出てきそうな甲冑が煌めいている。そしてその頂きには、太くネジ曲がった双角を備えた雄牛の顔が鎮座していた。
「ぼ・・・・・・ボス、見~っけ♪」
私は、高く振り上げられた斧を見つめながら、震える声で最大限の茶目っ気を発揮した。
「避けるんだ、馬鹿野郎!」
藤園さんの叱責で我に返った私は、牛頭の股下へ飛び込み、振り下ろされた斧を寸でのところで回避した。
「あっぶな・・・・・・ありがとう、藤園さん。マジ感謝・・・誰が馬鹿だい!」
「ふざけるのは後にして、次が来るよ!」
藤園さんの言う通り、次は偶蹄類のヒヅメが直上から放り注いできた。牛頭が地団駄を踏んでいるのである。
「マッシュポテトはイヤだぁ!?」
何のトラウマを刺激されたのか、私は謎の悲鳴を上げつつ降り注ぐ蹄を掻い潜り、どうにかこうにか股下から這い出る事に成功した。
「くそっ・・・御返しだ!」
私は直近の木の幹を駆け上がり、牛頭の体高を越えた辺りで跳躍、刀を袈裟に抜き付け、牛頭の左目に食い込ませた。
「Goooozoooo!!??」
片目を抉られ、牛頭が絶叫する。
「まだまだ!」
鞘を押さえていた左手を柄に添え、私は刀を眼窩からさらに食い込ませた。しかし、切り抜くつもりだったのだが、何か適当な骨に噛み合ってしまったらしく、刀がびくともしなくなってしまう。
「GooooZoooo!!」
それを好機と見たのか、牛頭は頭を大きく振り乱し始めた。しばらくは刀の柄にしがみついていたが、遂に堪えきれず振り払われてしまう。
空中に投げ出された私が見たのは、フードから飛び出してしまった猫君が空中で回転し、着地の体勢へ移行する瞬間だった。私もそれを見よう見まねで咄嗟に摸倣し、何事も無く着地することが出来た。
「おお、本当に人間離れしてる・・・・・・って今はそこじゃない、牛頭は!?」
「逃げてしまったよ・・・さっきの一撃に面食らったようだね」
手の甲を舐めながら、猫君は牛頭が走り去ったとおぼしき方向を見据えていた。
「今なら未だ追い掛けられるけれど、得物を失ってしまったね・・・どうする、白枝君?」
「どうするって・・・千載一遇のチャンスってやつでしょう? 引き返している暇は無い、追い掛けて素手だろうとぶっ倒す!」
拐われた相棒を想い、私は柄にもなく張り切っていた。
「ふっ・・・だったらすぐに猫を回収して、奴が残した血痕か足跡を辿るんだ!」
「はいよ!」
私は再度、猫君をフードへ格納し、全速力で駆け出した。
「見える・・・見えるよ!」
霧の中とはいえ、新鮮な血痕や深く草花を踏みつけた足跡はよく目立つ。道程は誘導灯の如くハイライトされ、私は迷い無く、牛頭の後を追っていった。
「・・・居た!」
そして遂に、霧の向こうに牛頭のシルエットを見出だした。真っ直ぐそのシルエットへと突貫した私は、とある違和感を抱き始めていた。接近しても、シルエットがあまり大きくならないのだ。
「・・・・・・南無三!?」
自らのミスに気付き、その場を離れようとしたが、もう遅い。シルエットの正体は牛頭の使い魔、つまり小牛頭のものだったのだ。
しかも最悪な事に、十数体の小牛頭に包囲されてしまっている。逃走しつつ、伏兵を潜ませておくなんて。なんと知恵の回る牛なのだろうか。
「釣り野伏せってやつだね・・・藤園さん、ステゴロで切り抜けられる可能性は?」
「・・・23%ってところかな、体よく切り抜けられてもボスに逃げられてしまうけど」
「あはは・・・どうにかならない?」
「どうにかならないって・・・なるさ!」
「えっ、本当に!?」
「君には未だ、武器があるのさ・・・馬頭槍(めずやり)と叫ぶんだ!」
「め、めずやりっ!」
訳も判らず、耳で聞き取った音をそのまま叫んだ次の瞬間、右手がいつの間にか見覚えのある槍を握っていた。
「これ・・・あの馬野郎の!?」
「そう馬頭の槍、ボスウェポンだよ。言っただろう、今後助けになるって?」
「こういう意味だったのか・・・でも俺、槍なんて使った事無いんだけど?」
「槍は素人向けの武器、君が扱ってみせた刀より簡単に使いこなせる。常に穂先は下げて、突く時に跳ね上げるんだ!」
「なるほど・・・了解!」
私は槍を下段に構えたまま、正面の小牛頭へと特攻した。それから、間合い入ったと判断した時点で急ブレーキを掛けると、穂先を一息に跳ね上げ、心臓目掛けて突き込んだ。
槍の穂先は見事、小牛頭の胸部に突き刺さった。だが、その一撃が致命傷になっていない事を、私は手応えで感じている。浅い、心臓へ達せていないのだ。
仕留め切れなかった小牛頭は私の腕を捕まえると斧を振り上げた。このまま、私の頭をかち割るつもりのようだ。凡ミスで死ぬ、そう諦めかけた時、手の中で槍が脈打つのを感じた。
そして次の瞬間、槍が一人でに回転し始め、小牛頭の身体へさらに食い込んでいった。それに伴い、穂先に心臓を掻き乱された小牛頭は絶命する。ちなみに回転は、穂先が背中から顔を出した時点で停止していた。
灰塵に帰していく小牛頭を見つめつつ、私は首を傾げた。
「・・・ナニコレ?」
「馬頭槍の穂先は、束縛を嫌う。その設定に基づき、槍には敵へ突き刺すと勝手に貫通する特性が付与されているんだよ。ちなみに、投げても効果は発揮される」
「な、なるほど・・・確かに素人にも優しい槍だね、エグいけど」
「そんな事より、包囲に穴が空いたよ。雑魚は無視して、牛頭を追い掛けるんだ!」
「お、おうさ!」
私は強く頷き、牛頭の追跡を再開した。背後に追いすがる小牛頭の群れを感じるが、徐々に距離を離せている。速力では、私が勝っているらしい。滑り易い木の根を蹴りながら、薄霧の中を駆けていくと、今度こそ牛頭のシルエットを捉える事が出来た。
「止まりなさい、そこの猛牛!」
私が槍を構えて、そのシルエットへ近付いた直後、またもや自らのミスに気付いてしまう。牛頭はそもそも止まっており、私が追ってくるのを待ち構えていたようだった。斧を振りかぶり、縦回転を掛けながら、こちらへ投擲してきたのである。
だが狙いは逸れて大暴投、斧は私の遥か上空を通過するコースにあった。あったはずなのに、次の瞬間、想定外の出来事が発生する。斧がピタリと私の直上で動きを止め、そのまま自然落下してきたのだ。
「ほあっ!?」
私は珍妙な叫び声と共に海老反りジャンプ(海老が水中で天敵から逃れようとする時のアレの摸倣)をし、鼻先をかすめながらも回避に成功した。斧は木の根をスッパリと断ち切ると、盛大に衝撃波を発生させ、地面に深々と突き刺さっている。不思議な事に、先ほど脳天をかち割られそうになった時よりも高威力に見受けられるのは何故だろう。
「・・・藤園さん、あいつが何をしたか判ってたりする?」
「牛頭斧(ごずふ)は軽重自在、あらゆる瞬間にその比重を変えられる・・・今の攻撃は、それを利用したのだろうね」
「なるほど、ボスウェポンの性質かぁ・・・って、先に教えといてよ、その情報!」
「ボスウェポンの性質は知っていたけれど、まさかボス自身が使えるとは思っていなかったんだよ・・・ごめん」
「・・・まあ、確認して置かなかった俺も悪かったよ。あいつを追う事に集中し過ぎてた」
「狩りの興奮、だね・・・それよりも白枝君、どうやらボスは諦めたみたいだよ。両手を上げて、両膝を地面に突けている。おそらく、さっきの攻撃が必殺の策だったのだろう。それが回避され、得物が手から離れたのだから、諦めたのかもしれないよ」
「えぇ・・・そんな行動をボスが実行するなんて、ありえるの?」
「ふむ・・・なら、君にはどの様に見える?」
「俺には・・・」
私が率直な意見を述べようのしたその時、牛頭は上げていた両手を思いきり地面へ叩き付けるや、四足歩行のステップでこちらへと肉薄し始めた。これが牛頭による最後の抵抗、角を生かした蹂躙走行といったところか。
「くっ、此方の予測が外れるなんて・・・木の幹を登るんだ白枝君、最善とは言い難いが直撃は避けられる!」
貫かれても、巻き込まれても死が約束された突撃に対し、私は一歩も退くつもりはなかった。
「お見通しだ、牛野郎!」
私は馬頭槍を振りかぶり、槍投げの構えをとった。狙うは、牛頭の額のド真ん中、空いた左手で目測を付け、最上のタイミングで投擲する。
猛然と突進してくる牛頭と素人が投げた槍、両者は必然の如くぶつかり合い、槍は彼の者の額に突き刺さった。突き刺さったのだから、馬頭槍は回転を始める。
頭蓋を掘り抜き、脳をミキサー、さらに槍は留まる事を忌み嫌う様に直進を続け、牛頭に多段ヒットを食らわせる事だろう。そんな瀕死の重傷を負ったというのに、牛頭も止まる事は無かった。これは、決死の一撃なのだ。刺し違え上等、例え命を落とそうが相手を刺し貫ければ問題ない。
もはや白目を剥いた牛頭が眼前に迫っている中、私は正面から受け止める気概でその場に踏ん地張った。遂に、牛頭の角が私の鳩尾辺りに到達しようとした直前、牛頭の身体は灰塵へと変貌し、私の背後へ吹き抜けていく。寸でのところで、絶命したのだ。
「・・・・・・ふぅ」
私は糸の切れた操り人形よろしく、その場に片膝を突き、ずっと止めていた呼吸を再開した。
「・・・白枝君、何故、指示に従わなかったんだい?」
「・・・それには、理由が2つある。まず樹上へ逃げた場合、牛頭は突進を止めて斧を取り、木を登っていた俺を確実に殺していただろうね」
「それは・・・確かに、その通りかもしれない。それで、もう1つの理由とは?」
「男の子だからさ」
「・・・はぁ?」
「真っ向勝負は、真っ向から受けて立たないと」
「・・・・・・よし、リアルの君の頭をぶん殴っておいたから、チャラにしよう」
「えぇ・・・物理は止めてよ、物理は・・・」
「それはそうと、時間だよ。ボスウェポンを回収して、戻っておいで」
「は~い・・・」
いつの間にか、等身大くらいに縮み、発光し始めていた牛頭斧を拾い、それが煌めく液体となって掌に浸透したところで、私の体感は切り替わった。
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人を喰らう吸血鬼と、それを討つ処刑人。決して交わってはならない二人が、お互いに正体を隠したまま絆を深め、しだいに惹かれあっていく。
しかし、とうとうその関係も限界を迎える時が来た。追い詰められてしまった中で、気持ちが通じ合った二人が迎える結末とは?
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
あの世とこの世の狭間にて!
みーやん
キャラ文芸
「狭間店」というカフェがあるのをご存知でしょうか。
そのカフェではあの世とこの世どちらの悩み相談を受け付けているという…
時には彷徨う霊、ある時にはこの世の人、
またある時には動物…
そのカフェには悩みを持つものにしか辿り着けないという。
このお話はそんなカフェの物語である…
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