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エセ占い師と水の踊り子2

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 がつ、がつ、がつ。
 町の大衆食堂のテーブル席で、テーブルの上いっぱい乗せられた大皿料理を片端から食べる銀髪褐色肌の少年。
 ひょろガリな体躯に反してというべきか、年相応というべきか、ともかくアタシのお金で遠慮なくご飯にありつく姿を見ていると複雑な心境になる。

「ご、ご飯奢ったんだから、約束は守ってよね!?」
「ん? あぁ、わかっている」

 生返事をしながらも食べるのは止めない少年。その雑な態度に、本当なのか勘繰っちゃう。
 ことの発端は30分前。アウトロー不良なスキンヘッドおじさんを追っ払ってくれた彼はアタシに『魔法不正しただろ』って言ってきて、興行師ラニスタに黙っているからご飯奢れって脅してきた。
 ううう、呑気にお礼を言おうと思ったアタシの馬鹿! 他人が他人をなんの打算もなく人助けする訳ないのにっ!

「というかアンタ、なんでアタシが魔法を使ったってわかったの? 魔法の発動に気付いたのは百歩譲ってわかる気もするけど、あんなに人がいる中で使用者を見分けるなんて無理でしょ!?」
「お前、俺が何なのか知らないのか?」
「え? 剣闘士で、ええと【水の踊り子】って呼ばれているぐらいしか知らないよ。この町に来たの今日が初めてだし、コロシアムなんて興味ないし」
「ふぅん」

 少年は骨付きチキンを食いちぎった後、コップの水を飲んで一息つくとようやくアタシの方を見た。

「【水の踊り子】は俺の一族の通称だ。生まれつき水を操れる少数民族。お前も魔法使いなら《四大精霊の落とし子》とか聞いたことあるんじゃないか?」
「そんなの聞いたこと……」

 ある。思い出した、プルハール大陸の僻地で暮らしているって噂される《四大精霊の落とし子》。魔法使いが必死になって詠唱を唱えて自然の力を借りるのに対して、落とし子たちは歩くのと同じ感覚で魔法の基礎、火、水、土、風を操るんだって。ただし自分から生み出す技術は別だから、水がない場所だと彼は何も出来ないらしいけど。
 それでも寝る間も惜しんで勉強して魔法を身に付けたアタシからするとそんな話、御伽話にしか思えなくて、すっかり忘れてた。まさか実在しただなんて……。

「俺たち【水の踊り子】は水の扱いに長けている。だからか、見えるんだ。魔力の色が。人によって色や濃淡が違うから見分けるのはできる」
「魔力の色?」
「うっすらとだが、しっかりと。人の体の大半は水でできていて、全身を巡っていて、それは魔力も同じ。恐らく魔力と水は密接な関係なんだろうな。だから魔力に色がついて見えるんじゃないか? 俺も理屈はよくわからん」

 つまり探知サーチをデフォルトで使えるってこと!?
 魔法使いにもモンスターの気配や規模を探る為の魔法、探知サーチがあるけれど、それを人間相手に使ったんだ! しかも無意識に使っているっぽくて、必死こいて覚えたアタシからするとムカつくぅっ!

「しかし【水の踊り子】を知らないとは……。さてはお前、田舎者か?」
「そそ、そんなことないもん! そもそもアタシは占い師で魔法使いじゃないし!」
「その身なりでか?」
「そんな事より! アタシは『マーシャ』っていう名前があるんだから、名前で呼んで!」
「……俺のことも名前で呼んでくれるならいいぞ」
「え? なんでそんな当たり前のこと訊くの?」

 名前で呼び合うなんて当たり前のことじゃない。そろそろ少年呼びじゃ不便だなって思っていたところだし、早く教えて欲しいな。
 だけど少年は金色の目を見開いてちょっと面食らったような顔をした。それからくっくっと喉を鳴らして笑う。

「何笑ってるのよっ」
「いや、何でも」
「何でもで笑わないでしょーっ!? 人を理由なく笑うなんてそれこそ非常し」
「『カイル』」

 アタシの文句は少年の名乗りで遮られる。

「『カイル』だ」
「あ、うん。カイルっていうのね! 覚えたわよ!」
「そうか。それじゃマーシャ」
「何よ」
「おかわり」

 少年ことカイルは空になった大皿の一つを手に持って、何食わぬ顔でアタシに強請ってきた。
 その時ぴきっと、アタシの額に血管が浮く。
 
「アタシの所持金食い潰すつもりーっ!?」
「あっはっはっはっ」

 ◇

「何でまだ着いてくるのよーっ!?」

 アタシのお金でご飯をたっぷり食べたカイルは、軽くなったお財布を持って宿屋に向かうアタシの後ろにひょこひょこ、ひよこみたいに着いてきた。
 これがひよこなら可愛いけど、のっぽなこいつに付き纏われても可愛くないし嬉しくないっ!

「金がないから相部屋にさせて貰おうかなと」
「はぁっ!? レディの部屋に野郎を入れる訳ないでしょ!?」
「宿には馬小屋もあると聞いた。そこでいい」
「え……」

 宿にはテイマーが連れているモンスターや、馬で移動している人の為に大抵は専用小屋が併設されているけど、人間が過ごすには不衛生の極みだ。なのに一切の躊躇なくそこでいいって言うなんて。

「そ、そもそもなんでお金ないのっ。今日の試合勝ってたし、剣闘士なら懸賞金貰っているんじゃないの!?」
「俺は剣闘士は剣闘士でも、剣闘士奴隷グラディエイターだ。金を稼ぎすぎて奴隷解放権を手にしないよう、興行師ラニスタに負け試合を仕組まれるような、な。が、今日はどこかの誰かさんのお陰でたっぷり懸賞金を手に入れられた。その結果、晴れて自由の身って訳だ。同時にすかんぴんになったけどな」

 ど、奴隷解放権ってお城が買えるぐらい高額じゃなかったけ!? 一回の試合の懸賞金で賄えるはずないから、ずっと長いことお金を貯めてたってことになる。それだけ長い間、剣闘士奴隷グラディエイターをやっていたのなら、カイルは今まで苦労してきたのかな?

「それに糞尿に塗れた寝床だったとして、剣闘士養成所ルドゥスの寝床よかマシだろうよ」
「ど、どんな劣悪な所だったのよ……」
「聞くか?」
「……いや、聞きたくないからいい」
「賢明だな」

 結局アタシはカイルに同情しちゃって、宿屋で取れた部屋の床で寝るのを許可してしまった。毛布一枚あげたとはいえ固い板張りの床に寝るのは体が痛くなるのに、カイルは「天国、天国」って喜ぶから何だかアタシの方が辛くなっちゃう。

「いい!? アタシに指一本でも触れたら消し炭にするからね!?」
「はいはい。何度も聞いたぞ、それ。そんなに心配なら今この場で煮るなり焼くなりすればいい」
「な、何でそんなに投げやりなのよっ」
「自由民になったと言っても、俺にはツテも後ろ盾も何もないからな。お人好しなマーシャ以外は。これらもおんぶに抱っこして貰おうと考えているから、俺の殺生与奪の権ぐらい好きにしな」
「何勝手なこと言って……!」

 好き勝手なことを言うカイルに怒るけど、返事はない。恐る恐る顔を覗いてみると、床で熟睡しちゃってる。すっごく疲れていたみたいで、いくら声をかけても揺すっても起きる気配はなかった。
 この無防備な状態なら煮るなり焼くなりするまでじゃなくても、外に放り出したり、ここにこっそり置いていっちゃうのも出来るんだろうけど……。

(うううっ! 起きたらたっぷりこき使ってやるんだから、覚悟しておいてよねっ!?)

 頼れる人がいない中で生きる大変さを、アタシは痛いほど知っている。
 結局何も出来きずにベッドにダイブして、ふて寝するように惰眠を貪ることにしたのだった。
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