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第十三章 朝顔の種編
第251話 座敷牢
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「無事に連れて来れたな」
「ここだ。入ってくれ」
「こちらとしても暴力沙汰は避けたい。くれぐれも大人しくしているように」
ペガサス教団の信徒の手によって連行されたアセトアルデヒドは、車に乗せられ山の麓にある町へ辿り着いていた。信徒達の目的地は町の中に建てられた、豪邸と称して差し支えない日本家屋。大富豪の別荘だか屋敷だかに思われる場所であった。
そこはただの民家ではないようで、屋敷の中の一室、大広間に敷き詰められた畳の一枚を、信徒の一人が剥がせば、地下へと続く隠し通路が姿を現す。
その通路を進んだ先ににあったのは、座敷牢だ。『座敷牢』という単語をアセトアルデヒドは知らなかったものの、木製の格子柵で囲われた牢獄というのは見てわかる。
連れて来られてから今の今まで一切の抵抗をしていないアセトアルデヒドは、座敷牢の中にも自らすんなりと入った。あまりにも従順すぎる様に信徒達は逆に戸惑った様子をしていたが、これ幸いと言った様子で彼等は地上階に戻る為に続々と廊下へ移動していく。
一人地下の座敷牢に残されたアセトアルデヒドは、畳の上に座り込み土壁に背中を預け、膝を抱え身体を小さくする。
(ニコ、心配しているだろうなぁ……)
一人の時に思い浮かぶのはニコチンの姿だ。自分が居なくなった事に気付いたら、血相を変えるに違いない。
それをわかっていても、アセトアルデヒドは悪意を持った人間相手に抵抗しなかった。戦闘員でなかろうと彼もウミヘビ、人間よりも遥かに優れた身体能力を持つ。拘束もされていない状態(仮に縄や手錠で拘束されていたとしても壊せるが)ならば人間の一人や二人、簡単に蹴散らせる。抵抗ができなかったと言うよりも、したくなかったのだ。
悪手だと頭の中では理解していても、身体を動かせなかった。
(端末は没収されちゃって連絡は取れないけど、クスシなら僕の居場所わかるだろうし……。大人しくしていれば、迎えに来てくれるよねぇ?)
クスシはアバトンから連れ出したウミヘビを管理する義務がある。このまま放置する事は決してない。必ず迎えは来る。
ただしこの迎えに、ウミヘビの生死は問われない。アセトアルデヒドのいる屋敷ごと廃棄する選択肢も、含まれている事だろう。
(クスシの側を離れちゃった僕が悪いんだし、廃棄になっちゃっても仕方ないよねぇ。せめてこれ以上は、迷惑かけないようにしなくっちゃ)
規約違反を犯してしまったアセトアルデヒドは、自身にどんな処分が下されようと、受け入れる覚悟だった。
そんな決意を一人で密かに固めていると、座敷牢の前に誰かがやって来る。先程の信徒達とは違う男だ。
ペガサス教団の信徒は一様に黒服を着ているので見分けがつき難いが、彼は陰陽を表す太極図がデザインされた仮面で顔を覆っているので、区別が非常に付けやすかった。
「えーっとぉ……。初めましてぇ……?」
「ひょぉおおおっ!?」
その仮面の男にアセトアルデヒドがおずおずと挨拶をしてみると、彼は頓狂な悲鳴をあげてその場で飛び上がる。
そして慌てた様子で廊下に飛び出すと、まだ地下にいた信徒達に詰め寄っていた。
『お前達、何で誘拐なんてしたヨ……! そもそも今日は行動を起こすなと伝えた筈ネ……!?』
『お言葉ですが鶏血さま、『アレキサンドライト』を発見したので好機と判断したまでです。クスシを殺めるよりも達成しやすく、それでいて着実な成果を教祖様に捧げられる。合理的ではないですか。実際、難なく連れて来られました』
『あいつ『アレキサンドライト』じゃないヨ!? ウミヘビよウミヘビッ! 何をやっているネ!』
『えっ!? ウミヘビ……!?』
『ちゃんと顔を見なかったのカ!?』
『い、いえ……! しかし蛇のマスクを付けていたので……!』
『それだけで判断するんじゃなイ! あいつが好戦的な性格だったらお前達まとめて死んでいた所だヨ! と言うか、これから好戦的なウミヘビが徒党を組んで来るだろうヨ! 下手しなくともお陀仏ネ……! 怖い、怖いヨ……!』
騒がしい声が聞こえる。
日本語がわからないアセトアルデヒドは彼等が何を話しているのかさっぱりわからないが、何やら揉めている事は伝わった。
『《未成熟子》であるアタシ達にウミヘビを相手する手段なんてない! こいつを置いておいても仕方ないネ! 今からでも元いた場所に返して来なさイっ!』
『しっ、しかし鶏血さま! 関係者には違いありません! 『アレキサンドライト』を誘き寄せるのに使えるのでは!?』
『何をアンポンタンな事ヲ……っ! 真っ向から相手できるなら《御使い》がとっくに手を打っテ……!』
『て、手はあります! 拘束も戦闘も必要ありません! 直接、《覗き穴》の前に呼び出せばいいのです!!』
アセトアルデヒドの解放を求める鶏血と呼ばれた男と信徒達の口論は暫し続いた後、大きな溜め息が聞こえてきた。
『……わかったヨ。そこまで言うなら、今回の件はお前達に全て任せるネ。貢献度も譲る。頑張ってみるといいヨ』
『はい! ありがとうございます鶏血さま!』
そこからは静かになった。話はまとまったらしい。
『鶏血さま。心配ならワタシも信徒達のお側に参りますが』
『絶対駄目ヨ。嵩張るお前は突っ立っているだけで目立つ。ウミヘビのいい的になるだけヨ。今日も祭りの会場で、通行人の現在地の目印にされていたのもう忘れたのカ?』
『に、日本人にとっては、外国人というだけで目を引きますからね……』
鶏血は今度は別の誰かと静かに話している。普通の人間ならば聞こえない声量での会話だが、ウミヘビであるアセトアルデヒドは聞き取れた。相変わらず知らない言語で喋っているので、内容はわからないが。
その誰かは間もなく廊下から顔を出して、格子越しにアセトアルデヒドと対面する。
面頬で口元を覆い隠し、黒服に付いてあるフードを目深く被った、2メートル近い身長を持つ巨漢。その背丈だけでも威圧感が強いが、筋肉質な体型をしていて、屈強を絵に描いたような見目をしていた。
「そこのウミヘビ」
「あっ、うん」
英語で話しかけられた事に驚きつつ、アセトアルデヒドは素直に返事をする。
フードの下から覗く金髪と白い肌から、面頬の男は欧米か欧州の人間なのだろう。よって英語こそ彼の母国語なのかもしれない。
「抵抗できないフリをしている理由は、何だ?」
面頬の男はアセトアルデヒドが逃走できる力を持っている事を、見抜いていた。
「……えーっとぉ。僕ねぇ、暴力、あんまり好きじゃなくてぇ……」
嘘をつく理由もないアセトアルデヒドは、素直に本音を男に伝える。
「誰かが怪我するの、見たくないんだぁ」
例え悪人だろうと誰だろうと、他人が傷付けば自分が傷付く。
故にアセトアルデヒドは逆らわない。
「そうか。まぁ、いいんじゃないか」
そんな消極的な回答を、面頬の男は意外にも肯定してした。
「流されるままの結果を受け入れ真に後悔しないというのならば、それも立派な選択。お前の選んだ道なのだから」
それだけ言うと、彼は来た道を戻って行く。
(立派な選択、って……。好きでここにいる訳じゃ、ないんだけどなぁ)
しかしそう捉えられても仕方がない。アセトアルデヒドには現状を打破できる手段があり、実行するにあたって障害もない。
ただ勇気がないだけで。
ほんの一歩が踏み出せないアセトアルデヒドは自己嫌悪に陥って、膝を抱え背中を丸め、より身体を小さくする。
(でもこのままじゃ、また後悔、しちゃうかなぁ。……ねぇ、ニコ)
「ここだ。入ってくれ」
「こちらとしても暴力沙汰は避けたい。くれぐれも大人しくしているように」
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その通路を進んだ先ににあったのは、座敷牢だ。『座敷牢』という単語をアセトアルデヒドは知らなかったものの、木製の格子柵で囲われた牢獄というのは見てわかる。
連れて来られてから今の今まで一切の抵抗をしていないアセトアルデヒドは、座敷牢の中にも自らすんなりと入った。あまりにも従順すぎる様に信徒達は逆に戸惑った様子をしていたが、これ幸いと言った様子で彼等は地上階に戻る為に続々と廊下へ移動していく。
一人地下の座敷牢に残されたアセトアルデヒドは、畳の上に座り込み土壁に背中を預け、膝を抱え身体を小さくする。
(ニコ、心配しているだろうなぁ……)
一人の時に思い浮かぶのはニコチンの姿だ。自分が居なくなった事に気付いたら、血相を変えるに違いない。
それをわかっていても、アセトアルデヒドは悪意を持った人間相手に抵抗しなかった。戦闘員でなかろうと彼もウミヘビ、人間よりも遥かに優れた身体能力を持つ。拘束もされていない状態(仮に縄や手錠で拘束されていたとしても壊せるが)ならば人間の一人や二人、簡単に蹴散らせる。抵抗ができなかったと言うよりも、したくなかったのだ。
悪手だと頭の中では理解していても、身体を動かせなかった。
(端末は没収されちゃって連絡は取れないけど、クスシなら僕の居場所わかるだろうし……。大人しくしていれば、迎えに来てくれるよねぇ?)
クスシはアバトンから連れ出したウミヘビを管理する義務がある。このまま放置する事は決してない。必ず迎えは来る。
ただしこの迎えに、ウミヘビの生死は問われない。アセトアルデヒドのいる屋敷ごと廃棄する選択肢も、含まれている事だろう。
(クスシの側を離れちゃった僕が悪いんだし、廃棄になっちゃっても仕方ないよねぇ。せめてこれ以上は、迷惑かけないようにしなくっちゃ)
規約違反を犯してしまったアセトアルデヒドは、自身にどんな処分が下されようと、受け入れる覚悟だった。
そんな決意を一人で密かに固めていると、座敷牢の前に誰かがやって来る。先程の信徒達とは違う男だ。
ペガサス教団の信徒は一様に黒服を着ているので見分けがつき難いが、彼は陰陽を表す太極図がデザインされた仮面で顔を覆っているので、区別が非常に付けやすかった。
「えーっとぉ……。初めましてぇ……?」
「ひょぉおおおっ!?」
その仮面の男にアセトアルデヒドがおずおずと挨拶をしてみると、彼は頓狂な悲鳴をあげてその場で飛び上がる。
そして慌てた様子で廊下に飛び出すと、まだ地下にいた信徒達に詰め寄っていた。
『お前達、何で誘拐なんてしたヨ……! そもそも今日は行動を起こすなと伝えた筈ネ……!?』
『お言葉ですが鶏血さま、『アレキサンドライト』を発見したので好機と判断したまでです。クスシを殺めるよりも達成しやすく、それでいて着実な成果を教祖様に捧げられる。合理的ではないですか。実際、難なく連れて来られました』
『あいつ『アレキサンドライト』じゃないヨ!? ウミヘビよウミヘビッ! 何をやっているネ!』
『えっ!? ウミヘビ……!?』
『ちゃんと顔を見なかったのカ!?』
『い、いえ……! しかし蛇のマスクを付けていたので……!』
『それだけで判断するんじゃなイ! あいつが好戦的な性格だったらお前達まとめて死んでいた所だヨ! と言うか、これから好戦的なウミヘビが徒党を組んで来るだろうヨ! 下手しなくともお陀仏ネ……! 怖い、怖いヨ……!』
騒がしい声が聞こえる。
日本語がわからないアセトアルデヒドは彼等が何を話しているのかさっぱりわからないが、何やら揉めている事は伝わった。
『《未成熟子》であるアタシ達にウミヘビを相手する手段なんてない! こいつを置いておいても仕方ないネ! 今からでも元いた場所に返して来なさイっ!』
『しっ、しかし鶏血さま! 関係者には違いありません! 『アレキサンドライト』を誘き寄せるのに使えるのでは!?』
『何をアンポンタンな事ヲ……っ! 真っ向から相手できるなら《御使い》がとっくに手を打っテ……!』
『て、手はあります! 拘束も戦闘も必要ありません! 直接、《覗き穴》の前に呼び出せばいいのです!!』
アセトアルデヒドの解放を求める鶏血と呼ばれた男と信徒達の口論は暫し続いた後、大きな溜め息が聞こえてきた。
『……わかったヨ。そこまで言うなら、今回の件はお前達に全て任せるネ。貢献度も譲る。頑張ってみるといいヨ』
『はい! ありがとうございます鶏血さま!』
そこからは静かになった。話はまとまったらしい。
『鶏血さま。心配ならワタシも信徒達のお側に参りますが』
『絶対駄目ヨ。嵩張るお前は突っ立っているだけで目立つ。ウミヘビのいい的になるだけヨ。今日も祭りの会場で、通行人の現在地の目印にされていたのもう忘れたのカ?』
『に、日本人にとっては、外国人というだけで目を引きますからね……』
鶏血は今度は別の誰かと静かに話している。普通の人間ならば聞こえない声量での会話だが、ウミヘビであるアセトアルデヒドは聞き取れた。相変わらず知らない言語で喋っているので、内容はわからないが。
その誰かは間もなく廊下から顔を出して、格子越しにアセトアルデヒドと対面する。
面頬で口元を覆い隠し、黒服に付いてあるフードを目深く被った、2メートル近い身長を持つ巨漢。その背丈だけでも威圧感が強いが、筋肉質な体型をしていて、屈強を絵に描いたような見目をしていた。
「そこのウミヘビ」
「あっ、うん」
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フードの下から覗く金髪と白い肌から、面頬の男は欧米か欧州の人間なのだろう。よって英語こそ彼の母国語なのかもしれない。
「抵抗できないフリをしている理由は、何だ?」
面頬の男はアセトアルデヒドが逃走できる力を持っている事を、見抜いていた。
「……えーっとぉ。僕ねぇ、暴力、あんまり好きじゃなくてぇ……」
嘘をつく理由もないアセトアルデヒドは、素直に本音を男に伝える。
「誰かが怪我するの、見たくないんだぁ」
例え悪人だろうと誰だろうと、他人が傷付けば自分が傷付く。
故にアセトアルデヒドは逆らわない。
「そうか。まぁ、いいんじゃないか」
そんな消極的な回答を、面頬の男は意外にも肯定してした。
「流されるままの結果を受け入れ真に後悔しないというのならば、それも立派な選択。お前の選んだ道なのだから」
それだけ言うと、彼は来た道を戻って行く。
(立派な選択、って……。好きでここにいる訳じゃ、ないんだけどなぁ)
しかしそう捉えられても仕方がない。アセトアルデヒドには現状を打破できる手段があり、実行するにあたって障害もない。
ただ勇気がないだけで。
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