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第十二章 日本旅行編

第237話 談話室会議

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「この度は、飛行場及び寝床の提供……誠に感謝する」
「いやいや! こちらこそ! ラボに頼られるんは名誉な事やし、前から話してみよごたった青洲しゃんとも知り合えたんや。こんぐらいお安か事ばい!」

 飛行場で出迎えてくれた柴三郎が連れて来てくれたのは、日本の感染病棟の社員寮、その中に設けられた談話室だ。ちなみに今回、利用した飛行場は、普段はドクターヘリが使う感染病棟所有のものなのだという。
 談話室のソファ席には青洲とモーズが座った所で、柴三郎は談話室に置かれた自販機から紙カップ麦茶(ストロー付き)を購入、2人に渡してくれた。先程まで炎天下の中にいたので、この麦茶は非常に有り難かった。
 なおウミヘビ達は壁掛けテレビの前に置かれたボックスソファに座り、テレビの画面に英語字幕を表示させ日本の番組を鑑賞している。
 そのウミヘビ達にも柴三郎は麦茶を渡した後、モーズ達が座るソファ席の前、テーブルを挟んだ向かいの席に腰をおろし、改めて挨拶を交わす。

「ウミヘビ達にまで有り難う。お代は幾らだろうか?」
「気にせんで! お近付きの印に、ちゅう奴や! そもそも大したもんあげとらんし。……ただなんか、報告より一人増えとらん? いや一人増えたくらい何も問題ないけんども」
「あぁ、一人増えた……。事前情報と異なってしまい、申し訳ない……」

 青洲は深々と頭をさげ、柴三郎に謝罪をする。それを受けた柴三郎は慌てて「顔ばあげて!」と謝罪の必要はない事を伝えてきた。

「こん寮ん部屋は和室で、布団ば使うて寝るばい。予備ん布団は沢山あるし、部屋に運び込むんも苦じゃなか。やけんなんも問題はなかと」
「えっ。ここの寮に宿泊するのですか」
「あぁ……。人数が多いから、な。それに柴三郎はウミヘビの事情を知っている事に加え、万が一、毒素を散布してしまった場合の対処もできる……」
「聞いとらんかったん?」
「飛行機内で教えるつもりで、あったのだが……。喋る暇が、なくてな……」
「それはユストゥスの対応を全面的に私に押し付けてきた所為では……?」

 モーズがマスク越しに抗議を孕んだ視線を青洲に向けるが、青洲は悪びれる事もなければ気不味そうに顔をそらす事もなく、我関せずを貫き通していた。

「それでえっと、今日ん予定は寮ん案内やったか。そんで夕方に出かけると。長距離移動ばしとったんや、時間までゆたーっと休んで欲しか……」
「はい! 院長! おれが案内したいです!!」
「あっずるいぞ潔っ! いえ自分、自分こそ案内をっ!!」

 突然、談話室の扉が開いたかと思えば2人の男性医師が話に割って入ってくる。
 片方は猿をデザインしたフェイスマスクを付け、もう片方は狸のデザインのフェイスマスクを付けた日本人。どうやら扉の前でずっと聴き耳を立てていたようだ。

「……。ちょーっと失礼」

 2人の姿を見た柴三郎はゆっくりと席を立つと、談話室に入ろうとしてきた彼らを廊下に追い出し、扉をパタンと閉める。

『さぼっとらんでさっさと仕事に戻らんかこん大馬鹿者共っ!!』

 そして談話室の防音性を貫通するレベルの怒鳴り声を響かせた後、部屋に戻ってきてソファに座り直した。

「失礼しました」
「今のお二方はもしや……」
「猿面の方がきよし。狸面の方が佐八郎さはちろうやね。わいの部下で、パウルの後輩」
「やはり。後で挨拶をしなくてはいけないか」
「質問責めで拘束されるるけん、やめとけ」

 マスク越しに額に手を当て、大きな溜め息を吐く柴三郎。どうも部下の奔放さに苦労しているようだ。

「ばってん、今回んウミヘビ達もたいぎゃイケメン揃いやなあ。どけ行くにしたっちゃ目立ってしょんなかろう。彼らは機密なんやろう? まちっと目立たんごつした方がええと思うばい」
「……? それほど、目立つだろうか……?」
「え……っ!?」
「いけん……! アバトン生活が長うて感覚がずれとる……!」

 不思議そうに首を傾げる青洲に、モーズと柴三郎がぎょっとする。ウミヘビは人間は持ち得ない色素を持っているうえに、皆が皆、顔立ちが整っている。目立たない方が難しい存在。
 なのに青洲の中はそれが普通になってしまっているようだ。

「そういえば青洲さんのクスシ歴は何年になるのでしょうか?」
「13年に、なるな……。帰省も、13年ぶりになるか……」
「あぁ、成る程……」

 13年以上もの時を人工島アバトンという閉鎖空間で過ごせば、感覚も狂うかもしれない。遠征で大陸に渡るとしても多くはヨーロッパ。髪色一つ取っても金髪銀髪茶髪黒髪赤髪と多様な人々がいる。
 しかし此処は日本。ほぼ単一民族国家であるこの国は黒髪の黄色人種が大半をしめ、そこから外れた容姿であるウミヘビ達は非常に目立つ。また日本人の平均身長に近いニコチンを除き、皆ヨーロッパ圏の平均身長並みまたはそれ以上に背が高いので、物理的にも目立つ。

「ともかく、こんまま街中に出たら確実にメディアん的やろう。あと芸能事務所からスカウトも来る。絶対来る」
「ううむ。悪戯に注目を集めたくないし、何とか誤魔化せないものか……」
「はい! はい! 自分、妙案があります!」
「おれも! おれも!」
「懲りん奴らばい」

 怒鳴ったうえで追っ払ったというのに、佐八郎と潔はまだ談話室に聴き耳を立てていたらしい。再び話に割って入ってきた。

「まぁ話だけ聞こか。くだらん事ば言うたら……鉄拳や」
「あらかじめ業務用の大型カメラとマイクを持って付き添えばいいんです!」
「そしたら何かの撮影だと思って外野は遠巻きに見る事になると思います!」
「……思うたよりは悪くなか。ばってん、そんカメラとマイクば持つんは誰がするつもりなん?」
「それは自分が!」
「いいえおれが!」

 クスシと交流をしたい、ウミヘビを間近で観察したい、という下心が見え見えな部下達を前に、柴三郎は再度2人を廊下へ追い出すと、怒鳴り声を寮中に響き渡らせたのだった。
 ついでに拳骨も喰らわせたのか、「痛いっ!」という小さな悲鳴が2人分聞こえてきた気がする。しかし柴三郎は何事もなかったように談話室に戻ってきて、再び席についた。

「……カメラ、か。撮影機能のある浮遊型の、自動人形オートマタが、ある。それを複数、常時、起動させればいい……。ウミヘビ達の記録も、録れる」
「おっ、よかった解決しそうやな」
「外出一つで躓く辺り、今後がとても不安なんだが……?」
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