毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十二章 日本旅行編

第234話 寡男

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「青洲さん。今日からよろしくお願いします」
「…………」

 日本へ出立する当日。
 飛行機が用意された港へ向かったモーズは、既に港で待機をしていた青洲へ頭を下げて挨拶をした。
 青洲は言葉は返さなかったものの軽く会釈はしてくれて、そのままネグラの方へ視線を向けている。同行者であるアトロピン達が来るのを待っているのだろう。
 そんな青洲は、布に包まれた荷物を両手で抱えて持っていた。菊の花の刺繍が施され、白い飾り紐が付けられた布に覆われた荷物。モーズは最初それが日本人が荷物の持ち運びに使うという『風呂敷』かと思ったが、荷物の底を持ってとても大事そうに抱えており、日用品を収納する普段使いの鞄には見えなかった。

「あの、つかぬ事をお訊きしますが、お持ちになっているものは何でしょうか?」
「…………」

 モーズが訊ねてみるが青洲は顔を向けてくれない。答えたくない代物だったかと、モーズは答えを知る事を諦めたその時、

「…………。妻だ」
「えっ」

 想定外の言葉が返ってきて、思考が停止した。
 そして思考が停止している間にネグラの方から同行者を連れたアトロピンがやって来て、港でモーズらと合流を果たした。

「大変お待たせ致しました、青洲先生。同行者を連れて参りました」
「ご苦労、アトロピン……」

 事前に話に聞いていた通り、ウミヘビの同行者はニコチンにアセトアルデヒド、そしてパラチオン。そこに飛行機のパイロットであるヒドラジンも加わる。
 面子が揃ったのを飛行機の操縦席の窓から確認したらしいヒドラジンは、機体に設置された出入り口を開けて階段を下ろしてくれた。そして誘導の為に地上へ降りてくる。

「ヒドラジン、世話になる」

 モーズは前回の搭乗ではできなかった挨拶をヒドラジンへ交わした。

「おっけおっけ。快適な空の旅を約束するよ~」
「お、おぉ……。これがヒコウキというやつか。意外と硬そうだ」
「あ、ちょっとちょっとパラチオン。機体に触るのは遠慮して欲しいワケ。操縦前に壊されたら堪らない」

 パラチオンは初めて飛行機を見るようで、機体へ繋がる階段よりも機体そのものや翼に視線が向いている。何なら触れようと手を伸ばして、ヒドラジンに止められていた。
 そもそもパラチオンは港に来るまでの道のりも上の空気味だったというか、視界に入るもの全てに目移りし、きょろきょろ忙しなく首を動かしていて落ち着かない様子だった。
 戦闘狂バトルジャンキーの面がある彼が同行すると知った時は、以前激しい戦闘を繰り広げていたニコチンと喧嘩をしてしまわないか、とモーズは懸念していたのだが、杞憂だったというか、パラチオンはそれどころでないらしい。

「ちぇー。俺も飛行機の運転覚えようかなー」

 そこで飛行機の搭乗の準備をする面々をずっと見ていたテトラミックスが、不満げな声をあげた。
 彼は飛行機を凝視しているパラチオンへ軽快な足取りで歩み寄ると、その背中に遠慮なくのしかかる。
 突然のスキンシップながら同じ第三課故に親しいのか、パラチオンはさして気にしていないようだった。

「パラチオンーお土産買ってきてー。俺ミニカーが欲しいミニカー」
「テトラミックスは、来ないのか?」
「んー? 俺は留守番だよ、残念ながら」
「あ、あぁ……」

 それどころかテトラミックスは搭乗しないと知って、パラチオンは少し動揺しているようだ。

(外に出るのが久し振り、というレベルではなく、初めてのように見えるな。そして知った顔なのだろうテトラミックスが来ない事に怯えている……?)

 水銀曰く、パラチオンは造られてから僅か5年しか生きていない。しかも【檻】の中で過ごす事を強制されている身。外の世界に全く慣れていないらしい。
 しかしこれで日本行きのメンバーが集合した。よって寡黙な青洲に代わり、アトロピンが統率を取る。

「では搭乗者の確認を致します。操縦者のヒドラジン、青洲先生、モーズ殿、ニコチン、アセトアルデヒド、パラチオン、そしてわたくしアトロピン。以上の7名で日本へ向かいます。搭乗中は勿論、旅先での粗相もなさらないようご注意ください」


 ◇

「鉄の塊が、飛んでいる……」
「パラチオン、原理が気になりますか? わたくしが説明してもいいですが、ヒドラジンの方が詳しい。無事に日本に着きましたら、彼から学ぶとよいでしょう」
「あ、あぁ。その、アトロピン、ここに生物はいないのか? 空には『鳥』という生き物がいると聞いているのだが」
「確かに鳥は空を飛べますが、雲の上までは飛べません。アバトンには渡り鳥も通過しませんから、知らないのも無理はない。種類によって異なりますが、鳥の飛べる最高高度はおおよそ……」

 ヒドラジンの操縦により、無事に飛行機が港を離陸してから10分後。
 窓側の座席に座ったパラチオンは、ずっと外の空の景色を凝視し、不思議に思った事を隣に座るアトロピンに細かく訊ねていた。
 今回アトロピンは彼の指導役を担っているようで、搭乗してからは青洲ではなくパラチオンに付きっきりになっている。

(パラチオンは空陸両用車にも乗った事がないのか? ウミヘビはラボに来る『以前』が存在すると聞いているが、ラボで造られた者もいるのだろうか)

 2人の様子を見ていたモーズは疑問が浮かび、ちらりと、今回のメンバーの中で最も交流のあるニコチンの方へ視線を向ける。
 彼はパラチオンの座る機体の右側とは反対の左側の座席列、窓側の席に座るアセトアルデヒドの隣に座り、ずっとアセトアルデヒドを見守っている。

「わぁ~。僕も飛行機乗るの初めてだから、何だか新鮮だねぇ」
「おう。滅多にねぇ機会だ、じっくり見とけ」

 飛行機機内という事で普段ならば手離さないタバコを吸えていないにも関わらず、いつになく、穏やかな表情を浮かべて。
 平素ならば島外に連れ出せないアセトアルデヒドと共にいられる事が、本当に嬉しいのだろう。
 貴重な2人の時間を邪魔してしまうのは忍びない。そう思ったモーズは、今度はテーブルのあるボックス席に座っている青洲の様子を伺った。彼はずっとテーブルに置いた荷物へ顔を向け、微動だにしていない。
 モーズは暫し迷ったが、日本に到着すれば2人でウミヘビの目付け役をこなさねばならぬのだし、と、今の内に交流を深める事を決め、席を立ち通路を移動した。
 そして青洲の元まで向かうと、声をかける。

「あの、青洲さん。搭乗前の話の続きなのですが、よろしいでしょうか?」
「…………」

 返事はない。が、青洲は無言で向かいの席へ手を差し向けて、対面で座るように促してくれた。
 モーズはそれに従い、青洲の正面の席に座る。

「こちらの荷物、妻と仰ってましたが……。もしや中にあるのは、『骨壷』ですか?」
「…………。そうだ」

 青洲は坦々と肯定をする。

「これは、小生の妻『加恵かえ』が納められた……骨壷、だ」

 予想は、していた。
 青洲が荷物を『妻』だと答えてくれた時、その大きさと形状からして、中身は骨壷だろうと。
 土葬文化が根強かった欧州。しかし感染爆発パンデミック以降、感染者の焼却処分の必要性に迫られ火葬が急速に普及した。
 ましてモーズは教会の孤児院の出。骨壷は、見慣れていた。

「……クスシは成人男性しかなれず、アバトンには女性がいないと聞いています。しかしコールドスリープ患者としてなら、女性でも子供でも訪れる事ができる。つまり……」
「あぁ……。妻は、加恵は……仮死状態でずっと、眠っていた。だが、三ヶ月前……」

 亡くなった。
 ぐっと、モーズは膝の上に置いた拳を握り締める。

「すみません、辛い話をさせてしまいましたね」
「……別に。いずれ、話さねばならない事だった……」
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