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第十一章 キノコの国のアリス編

第224話 再会を信じて

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 洞窟から出てカールとの合流も無事にすませ、菌床跡地の対処を国連軍へ引き継ぎいだ後。
 モーズ達が感染病棟へ戻ると、帰還の連絡を受け正門で待っていたフローレンスが出迎えてくれた。

「ただいま戻りました、フローレンス看護師長」
「お帰りをお待ちしておりました、エドワード副院長」

 エドワードを始めモーズ達に深々と頭をさげた彼女は、まずは真っ先に負傷者の有無を確認をする。

「怪我をされた方はいますか? いましたら直ぐに治療を」
「いいえ。幸いな事に、僕を含めて皆さん怪我もなく戻る事ができました。精々、ちょっと打撲したぐらいで。……それで、その、ジョン院長……いえ、ジョン先生の、事なのですが」
「オフィウクス・ラボに、向かうのですね」

 砒素に抱えられた意識のないジョンの姿を見て、フローレンスは全てを察していた。
 マスクの付けていない彼の顔には、赤い菌糸が生えているのだから。

「その様子ですと既に辞任と任命を終えたのでしょう。先の失礼をお許しください、エドワード
「フ、フ、フローレンス看護師長っ! いきなり院長と呼ばれるとその、心臓に悪いといいますかっ!」
「エドワード院長。呼ばれただけで動揺しないように」
「うぅ、はい……」

 怪我人は出なかった。ステージ6の確認、処分という当初の依頼も達成済み。
 そして新たな依頼。ジョンを被験体サンプルとしてラボに送り届ける為にも、モーズ達は感染病棟に滞在する事なくラボの空陸両用車が置かれた駐車場へと向かった。車の運転席にはいつでも出発できるよう、既にテトラミックスが待機している。
 なおコールドスリープ患者をオフィウクス・ラボに送る際は、連絡を受けたラボから送られるコフィン自動人形オートマタに患者を収納。輸送機能も備えられたコフィンはそのまま空路で自動的に運ぶ、という手段が取られるのだが、今回ジョンはコールドスリープ患者として送る訳ではないのでその手順は省かれている。
 つまりここで、お別れとなる。
 エドワードはフローレンスと共に、モーズ達へ深く深く、頭を下げた。

「皆さま。此度は当院の為に尽力して頂き、誠にありがとうございました」
「いいって事よ! これもクスシの役目だからね~っ!」
「そうです。お役目を果たしただけで、お礼を言われる程の事ではありません。特に私は大した事ができませんでしたし……」
「そんな事はありません。モーズさんを含め、貴方達がいなかったら僕達はどうなっていたか。考えるだけで恐ろしい」

 ――もしかすればこれが、最後の別れ。
 エドワードはこんこんと眠った状態で抱えられたジョンの姿を目に焼き付けると、

「……ジョン先生の事をどうか、よろしくお願いします」

 オフィウクス・ラボに、託した。

「任せて」
「任されました」

 ***

 駐車場から浮かび上がり、空を飛んでいく車。
 その車の姿が遠ざかって見えなくなるまで、エドワードとフローレンスはずっと空を見上げていた。

「行って、しまいましたね」
「えぇ」

 フローレンスはそこで踵を返し、病棟の方へ身体を向ける。

「見送りはここまで。仕事に戻りますよ、エドワード院長」
「もうちょっと余韻に浸りませんか!?」
「患者を待たせてはいけません」

 姿勢良く背筋を伸ばし、一切の迷いなくすたすたと歩くフローレンスに続き、エドワードも慌てて病棟へ向かう。

「フローレンス看護師長! 仕事に戻る前に、僕はまずキッドのご両親への謝罪をしなければなりません。いの一番に連絡を取らなくては!」
「キッド少年のご両親ならば来院いたしました」
「本当ですか! それは好都合、今すぐ会いに」
「そしてお帰りになりました」
「えぇええっ!?」

 予想外の返答に、エドワードは頓狂な声をあげてしまう。

「引き留めなかったんですか!? キッドの事について、ちゃんと説明をしなかったんですか!?」
「キッド少年が亡くなった事も、エドワード院長がその責任を負う事も説明は致しました。そのうえで、帰られました」
「えっ、どうして……!?」
「感情的になりたくなかった、と」

 そこでぴたりと、フローレンスの足が止まった。

「今エドワード院長の顔を見てしまえば、悲しみや怒りが押さえられなくなる。八つ当たりをしてしまう。それは嫌なのだと」
「そんな! それは正当な怒りです! 問題なんて何もない!」
「彼らにとっては、そうではなかったのでしょう」

 そして身体を反転させエドワードと向き合って、フローレンスは話を続ける。

「エドワード院長が、どれだけ心血を注いで患者を診てきたのか知っているからこそ、あの方々は感情で動きたくなかったのです。その意思は、尊重すべきでしょう」

 患者が一日でも長く健やかでいられるよう、エドワードは尽力してきた。特に後がないとわかる子供達に対しては、少しでも病の不安が拭えるように、未来に希望を抱けるように、ありとあらゆる手段で笑顔を与えてきた。
 その今までの頑張りが、努力が肯定されたような気がして、根本的な問題はこれっぽっちも解決していないというのに、なんだか涙が溢れてきて、エドワードはマスクをずらして腕で目元を拭った。

「泣くなとは言いません。他者の為に泣ける貴方だからこそ、ジョン先生の目に止まったのです。しかし患者の前では胸を張って、背筋を伸ばすように。決して悲しみや不安を気取らせてはなりません。……落ち着いたら行きましょうか、エドワード院長」
「わかり、ました……!」

 フローレンスは許してくれたが、泣いている場合ではない。
 これからは院長として患者と向き合い、職員を引っ張っていかなくてはならない。
 何よりジョンに頼らず甘えず、自分の力で治療法を模索していかなくてはならない。それこそが再会するに、最善の道。
 涙を拭い終えたエドワードはフェイスマスクを付け直し、決意を新たに顔を上げた。

「ん? あれ? すみませんフローレンス看護師長、さっきさらりと僕の知らないジョン先生の話しませんでした?」
「……。口が滑りました。私はこれで」
「いや気になりますよ!? フローレンス看護師長? ジョン先生に何を聞いたのですかっ!? フローレンス看護師長ぉおっ!?」

 再び姿勢良く、しかしいつもより早足ですたすたと歩き始めたフローレンスの後を、エドワードは声をかけながら追いかける。

 ――それはいつだかジョンがフローレンスに聞かせてくれた、昔話。

 20年前の大災害発生時。極限状態の中、感染者の焼死体を見て涙を流し、祈りを捧げている子供を見たという昔話。
 雨風に晒され飢えと極寒に苦しみ、ボロ布を纏って震えているような子供が、今日生き抜くのも過酷な余裕のない子供が、感染者の死を前に胸を痛めている。
 その精神に目を奪われた。足が止まった。関心を抱いた。
 だから家に招いたのだ、と。

(この話は本人の口から聞いてください、エドワード院長)

 フローレンスは黙秘を貫く。
 いつか必ずジョンと再会できる日が来ると、信じて。
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