毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
上 下
218 / 338
第十一章 キノコの国のアリス編

第215話 めいんうえぽん

しおりを挟む
 箱型の傘と、傘の四箇所から複数伸びる触手を持つハブクラゲ型アイギスが、優雅に空を泳いでいる。

「わ、わ、わっ! これちょーっと危ない感じ?」

 そこでようやく危険を察知したのか、オニキスは後ろに下がってモーズから距離を取った。しかしそれだけだ。身を隠すでも攻撃を仕掛けてくるでもなく、ただふわふわと浮かぶアイギスを凝視している。
 何せアイギスはモーズから分離したとは言え、他のクスシのアイギスのように肥大化はせず、海中に漂うハブクラゲとさして変わらないサイズをしている。触手はともかく傘だけならば直径10センチ程と、所謂手の平サイズ。
 これならば足に負荷がかかっているオニキスでも、動きに注意し、必要なら菌糸の防壁を展開すれば触手から逃げられる。
 そう思っているのだろうと、モーズは予想した。

 ところで。
 クラゲの多くは遊泳能力が低く、海流の動きに身を任せて漂う種類が多い。勿論、空中で生きるアイギスは海流とは無縁だが、宿主の指示がなければ風に身を任せがちなタイプが多いのもまた事実。海中でも空中でも積極的に遊泳をしたがらない。したとしても、そこまでのスピードは出ない。触手を伸ばし“手”を広げる事はできるが、本体の移動は意外と遅い。
 しかし数多の種類が存在するクラゲ。当然、例外もある。
 それは狩りをする種類のクラゲだ。
 海中に漂うプランクトンやミジンコ、小海老の幼生など動きが鈍い対象だけを栄養とするのではなく、自ら、小魚など泳ぎに優れた対象を栄養とする種類。

 例えば、ハブクラゲ。
 小魚を触手の毒で動きを止め喰らう種。身を守るよりも、狩りをする為に強化された猛毒を持つ種。小魚に追い付ける程、遊泳能力が非常に高い種。
 その特徴は同じタイプのアイギスにも反映されていて、
 少し離れた程度で逃れる事など、到底できない。

「あれ……っ!?」

 注視していた筈なのに、瞬きの間に空中を泳ぐアイギスに一気に距離を詰められ、オニキスは困惑した声をあげた。
 慌てて足元から菌糸で作った防壁を展開するが、もう遅い。
 アイギスの触手はオニキスの黒服を貫き、腹部へ突き刺さっていた。

「大丈夫だ。彼の毒素はとても強いから、きっと直ぐに……眠りに付ける」

 そこでモーズはアイギスの触手の刺胞から、パラチオンを、注いだ。
 途端、痛むのかオニキスの表情が苦痛に歪む。そして八つ当たり気味にアイギスを蹴飛ばそうとするが、アイギスは蹴りが当たる前に触手を離し、手も足も届かない距離に立つモーズの側へふわりと戻ってしまった。

「何で何で何で! 何で酷い事するの! 痛い事するの! 僕はただ遊びたいって言っただけじゃんか! それの何がいけないの! 何が駄目なの!」

 オニキスは叫ぶ。両手でガリガリと腹部を掻きむしり、黒服をあらん限りの力で掴みビリビリと引き裂く。
 そうして剥き出しになった外皮は、赤黒く変色していた。

「嫌だ嫌だ嫌だ! 嫌い嫌い嫌い! モーズなんて大っ嫌いだ! もう容赦なんてしな……っ!」

 ピタリ
 突然、怨嗟の言葉を紡いでいたオニキスの動きが、不自然に止まる。
 口を半端に開け、素肌を晒した腹部に黒い爪を突き立てたまま、時でも止めたかのように動かなくなっている。

「……オニキス?」
【子供の使い一つ出来ないとは。なんと愚かな、《御使い》だ】

 そして戸惑ったモーズの脳裏に響いたのは、しわがれた声。
 直後、オニキスの身体が崩れた。
 腹部を中心にヒビが入り、ハンマーで砕かれた石像のようにバラバラに崩れていく。ただ頭だけは、頬に少しヒビが入っただけで形を保っていた。

【だがまだ、再利用リサイクルはできそうだ】

 そのバラバラとなった身体が、地面から生えた菌糸に包まれ赤い繭を形成していく。ステージ6が姿を消す際に使うという、繭だ。
 モーズはハッとしてオニキスの元へ駆け寄る。

「待……っ!」

 だが間に合わず、繭は完成し、その少し後には真っ二つに割れ、露わとなった中は既に空洞となっていた。

(消えた。しかしあれで処分できた感じはしない。クソ、甘かった。パラチオンの毒素は強力だが、そこを考慮に入れなかった私の判断ミスだ)

 仕留め損ねた。眠らせてあげれると、思ったのに。
 その後悔が、悔しさが、モーズの胸の内に募る。だが反省している暇はない。
 ドスドスドスッ!
 地面を踏み荒らし地響きを轟かせながら、【大型】の一人がモーズに向け突進してきたのだから。

(オニキスのコントロールが切れて、此方にも矛先を向けてきたか!)

 どうにか対処を、と、いつの間にか左肩に乗っているアイギスと共に生き延びる算段を導き出そうとして、

「弟子よっ! 伏せぇえええっ!!」

 広間全体に響き渡る指示がくだり、軍医時代に叩き込まれた反射神経で伏せをした。
 ドパパパパパッ!
 その直後にモーズへ突進をしようとしてきた【大型】が蜂の巣になり、足に至っては大きく欠け立っていられなくなり、その場で転倒。その衝撃で地響きが起こり、岩の天井からパラパラと小石が落ちてくる。

「いひひひひっ! ようやく、ようやくじゃ! ようやくわしのが届きおったぞ!」

 【大型】を蜂の巣にした張本人だろう、砒素の興奮した声が聞こえる。
 モーズは恐る恐る顔をあげ、倒れた【大型】の向こう側にいる砒素の様子を伺った。
 彼はいつの間にか黒光りする鉄の塊を持っていた。小柄な彼の背と同じぐらいの大きさを持つ、鉄の塊。
 6本の銃身を束ね、回転させながら連射をする、回転式多銃身型機関銃。つまり、

「ガ、ガトリング……ッ!!」

 それをめいんうえぽんとして持つ砒素を見たモーズは、絶句した。
 しかも本来ならば支持足を付け地面に固定して使用するタイプだろう大きさのそれを、砒素はステッキでも扱うかのように軽々と振り回し、発砲し、それによって受ける反動など存在しないかのように振る舞っている。
 100キロ近くありそうな重量を持ち、踏ん張っている彼の足は物理法則通り、地面へめり込んでいるが。

「さぁさぁ! 鼠共よ覚悟せいっ! ――まとめて塵芥へと、化してしんぜよう」

 ドパパパパパッ! ガガッ! ダダダダダッ!!
 砒素が引き金を引くと、球体が詰め込まれ塞がれた銃口から緑色の発光体が生成され、撃ち出される。それを連射し続けている。【大型】も菌糸も何なら岩壁も関係なく穴だらけにしていき、弾薬を使用していない関係上、弾切れもないものだから一切止まる事なく、全てを更地にする勢いで暴れている。
 駆け引きも射撃術もリーチもへったくれもない、暴力の化身。

「……アイギス。もう戻っていい。後は砒素さんに、任せよう」

 と言うか下手に動けば銃弾の嵐に巻き込まれる。
 モーズは首筋からアイギスを体内へしまうと、そのまま銃声が聞こえなくなるまでジッとする事とした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

バグった俺と、依存的な引きこもり少女。 ~幼馴染は俺以外のセカイを知りたがらない~

山須ぶじん
SF
 異性に関心はありながらも初恋がまだという高校二年生の少年、赤土正人(あかつちまさと)。  彼は毎日放課後に、一つ年下の引きこもりな幼馴染、伊武翠華(いぶすいか)という名の少女の家に通っていた。毎日訪れた正人のニオイを、密着し顔を埋めてくんくん嗅ぐという変わったクセのある女の子である。  そんな彼女は中学時代イジメを受けて引きこもりになり、さらには両親にも見捨てられて、今や正人だけが世界のすべて。彼に見捨てられないためなら、「なんでもする」と言ってしまうほどだった。  ある日、正人は来栖(くるす)という名のクラスメイトの女子に、愛の告白をされる。しかし告白するだけして彼女は逃げるように去ってしまい、正人は仕方なく返事を明日にしようと思うのだった。  だが翌日――。来栖は姿を消してしまう。しかも誰も彼女のことを覚えていないのだ。  それはまるで、最初から存在しなかったかのように――。 ※第18回講談社ラノベ文庫新人賞の第2次選考通過、最終選考落選作品。 ※『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しています。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【なろう440万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ

海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。  衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。  絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。  ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。  大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。 はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?  小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。 カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。  

恋するジャガーノート

まふゆとら
SF
【全話挿絵つき!巨大怪獣バトル×怪獣擬人化ラブコメ!】 遊園地のヒーローショーでスーツアクターをしている主人公・ハヤトが拾ったのは、小さな怪獣・クロだった。 クロは自分を助けてくれたハヤトと心を通わせるが、ふとしたきっかけで力を暴走させ、巨大怪獣・ヴァニラスへと変貌してしまう。 対怪獣防衛組織JAGD(ヤクト)から攻撃を受けるヴァニラス=クロを救うため、奔走するハヤト。 道中で事故に遭って死にかけた彼を、母の形見のペンダントから現れた自称・妖精のシルフィが救う。 『ハヤト、力が欲しい? クロを救える、力が』 シルフィの言葉に頷いたハヤトは、彼女の協力を得てクロを救う事に成功するが、 光となって解けた怪獣の体は、なぜか美少女の姿に変わってしまい……? ヒーローに憧れる記憶のない怪獣・クロ、超古代から蘇った不良怪獣・カノン、地球へ逃れてきた伝説の不死蝶・ティータ── 三人(体)の怪獣娘とハヤトによる、ドタバタな日常と手に汗握る戦いの日々が幕を開ける! 「pixivFANBOX」(https://mafuyutora.fanbox.cc/)と「Fantia」(fantia.jp/mafuyu_tora)では、会員登録不要で電子書籍のように読めるスタイル(縦書き)で公開しています!有料コースでは怪獣紹介ミニコーナーも!ぜひご覧ください! ※登場する怪獣・キャラクターは全てオリジナルです。 ※全編挿絵付き。画像・文章の無断転載は禁止です。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

処理中です...