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第十一章 キノコの国のアリス編

第211話 じゅらしっく

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 ◇

「落ち! ちゃっ! たっ!」

 恐竜に似た《鼠型》の【大型】もろとも下層へ落下してしまったカールは、無傷の状態で危なげなく着地をしていた。
 ここも上層と同じように発光するベニテングタケ型の菌糸が生えている。光源には困らない。しかし上へ戻ろうと思っても洞窟内の湿った土壁は脆く柔らかく、登攀するのに向かない。

「えーっとぉ、アイギスで登るには穴な~。下手に壊して崩壊させたらモーズちゃん達危ないしっ、他にも道あるっぽいしっ! 探索するか~っ!」

 しかもカールからすると、【大型】が頭から通れる大きさの穴は
 また地盤の脆さも鑑みて、下手に元の場所に戻る事を諦め下層にも作られていた洞窟状の道を進む事に決める。
 その時、落下の衝撃から回復したらしい【大型】が、カールの背後から突進をしてくる。ドスドスと足音を立て地面の土を巻き上げ、その質量をもって押し潰さんとしてくる。

「あっ、メンゴメンゴ⭐︎ 君のこと忘れてたわ」

 たがカールは背後から迫ってくる【大型】を一瞥もする事なく、ひらひらと軽く手の平を振った後、ズルリと、背中側の腰辺りから、人の腕ぐらい太い束となった触手を2本、左右それぞれに生やした。
 その触手の束の1本は接近してきた【大型】の細い足に巻き付き転倒させ、もう1本の束は倒れた【大型】の膿疱に埋まる感染者本体の首へ巻き付くと、ゴキリとへし折り、万力の如く締め上げ引き千切り、首をゴロゴロ地面へ転がした。

「さ~て冒険、冒険~っ!」

 勿論、毒素の注入も忘れていない。
 頭をなくし毒を注がれ稼働停止となった【大型】を放って、カールは意気揚々と下層の奥へと進んで行こうとして、

「うおっと!?」

 ぐんと後ろに引っ張られてしまい、尻餅をつく。
 首だけ後ろを向いて何が起きたのかと確認してみれば、背中から生やしたままだった2本の触手の束が、【大型】に巻き付いてカールの方へ引き寄せようとしている。
 正確にはカールに寄生しているアイギス自身に、引き寄せようとしている。

「何々~? お腹空いちゃったの? そっか! 仕方ないねっ!」

 自分のアイギスが何をしたいのか察したカールは、前を向いて胡座をかく。

「じゃ俺ちゃんちょっと待っているから、手早く食べちゃってね~」

 宿主カールの許しを得るや否や、背中から生えていた細い触手の束は2本から10本へと一気に数を増やし、【大型】へ巻き付いていく。
 バキン。ベキン。ボキン。ゴキン。ブチブチブチ。
 そして響く、硬質な菌糸が折れる音。砕かれる音。骨や肉が引きちぎられる音も聞こえた気がするがするが、手持ち無沙汰なカールはどこ吹く風で祖国の童謡を歌いつつ、アイギスの『食事』が終わるのを待つのであった。

 ◇

「なんじゃなんじゃ。これで終わりか?」

 ヒ首を片手に、砒素は眉を下げて悲しげな表情を浮かべていた。
 彼の足元には洞窟の奥から追加で現れた10人の《鼠型》と、四方八方から迫って来た針状菌糸の断片が積み上がっている。
 《鼠型》も菌糸も片端から切り刻み、切った端から毒素を注ぎ、ステージ6の影響で耐性が上がっていると予想出来るにも関わらず、その小柄な身体で何の苦もなく処分をこなしてしまったのだ。それもトランポリンの上を跳ね回るかのような身軽な身のこなしで、楽しそうに。

「つまらんのぅ。つまらんのぅ。もっと遊び甲斐のある奴はおらんのかのぅ」

 砒素は以前、ホラーゲームの中で「自分ならば《植物型》もステージ6とやらも秒で消し炭にしてやったのに」という旨の発言をしていたが、驕りからの発言では決してなかったのだと、彼の戦闘の一部始終を見ていたモーズは痛感した。
 しかも今の時点でこの強さなのに、はまた別にあるのだと言うのだから恐ろしい。
 カールのアイギスによって足に負荷がかかっているオニキスは、このまま真正面から砒素と戦闘になると分が悪いと判断してか、くるりと背中を向けて走り出した。

「いるよ、遊び甲斐のあるやつっ!」
「なんと! どこじゃどこじゃ! 会いたいのぅ会いたいのぅっ!」
「こっち!」

 そして砒素をわかりやすく誘導してくる。しかも砒素は嬉々として誘導に乗っている。モーズは慌てて止めに入った。

「砒素さんっ! オニキスの誘いに乗る事はないっ!」
「どうせここに居る感染者は全て処分する事になるんじゃ。わしが先に片してもよかろうて」
「平素ならばいいかもしれないが、今はジョン院長の追跡を優先すべきで……! カールさんとの合流も……!」
「いひひひっ! 数年ぶりの遠征じゃぞ? 多少の寄り道は許して欲しいのぅっ!」
「寄り道って……!」

 何という享楽主義。モーズは愕然とした。やはり砒素はウミヘビで、人間の常識とは全く異なる価値観や思考の元に行動している。
 その手綱を握る手腕は、今のモーズにはない。何なら砒素に掴まれた手を振り払う力さえ足りない。

「弟子よっ! わしから離れるでないぞ~!」
「む、無理に引っ張らないでくれっ!」

 モーズの右腕を掴んだまま走り出す砒素に、モーズは何とか転ばないようついて行くのが精一杯だった。
 オニキスはアリの巣のように彼方此方に伸びる道のうち一本を迷わず進み、モーズらを導く。
 その導きに素直に従った結果、彼らが辿り着いたのは土壁よりも凹凸のある岩壁が目立つ多い開けた場所で、その中央には3人の【大型】が立っていた。それも先程、カールと共に下層へ落ちた《鼠型》の【大型】と同じように、菌糸を肥大化させる事で無理矢理、恐竜へ造形を近付けている。

「おおっ! ここはじゅらしっくぱーくというじゃな! 映画で見たことがあるやつじゃっ!」
「これは、どういう……」
「愉快じゃのぅ! 愉快じゃのぅ!」

 各々ティラノサウルス、トリケラトプス、ステゴザウルスを模しているとわかる造形。
 前例にない事態が立て続けに続いている事にモーズは困惑してしまうが、砒素は逆に楽しそうに笑っている。
 そんな笑うばかりの砒素を、オニキスは指差した。

「やっつけちゃえ」

 直後、3人の【大型】が同時に、砒素へ突進をしかけてくる。お互いがぶつかり合うのも厭わずに、ガキンガキンと硬質な音を立てながら、転びかけたり倒れかけたりと不恰好な動きで迫ってくる【大型】。

「砒素さんっ!」
「下がっておれ! お主は狙わぬようじゃし、側におったら巻き込まれるぞ!」

 狙いは自分1人と判断した砒素は直ぐにモーズの元から離れ、広間を岩壁沿いに走る。予想通り、【大型】は砒素の動きに合わせて向きを変え、彼を追いかける形で広間をドスドスと揺らしながら移動した。
 流石の砒素でもリーチの短いヒ首を武器1つでは、【大型】3人相手は苦しいはずだ。どうにか加勢を、とモーズは右手を伸ばしアイギスを呼び起こそうとした時、いつの間に移動していたのか、真横に立っていたオニキスに声をかけられた。

「モーズ、今のうちに抜け出しちゃおうよ」


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