214 / 275
第十一章 キノコの国のアリス編
第211話 じゅらしっく
しおりを挟む
◇
「落ち! ちゃっ! たっ!」
恐竜に似た《鼠型》の【大型】もろとも下層へ落下してしまったカールは、無傷の状態で危なげなく着地をしていた。
ここも上層と同じように発光するベニテングタケ型の菌糸が生えている。光源には困らない。しかし上へ戻ろうと思っても洞窟内の湿った土壁は脆く柔らかく、登攀するのに向かない。
「えーっとぉ、アイギスで登るには穴ちっちゃいな~。下手に壊して崩壊させたらモーズちゃん達危ないしっ、他にも道あるっぽいしっ! 探索するか~っ!」
しかもカールからすると、【大型】が頭から通れる大きさの穴は小さかった。
また地盤の脆さも鑑みて、下手に元の場所に戻る事を諦め下層にも作られていた洞窟状の道を進む事に決める。
その時、落下の衝撃から回復したらしい【大型】が、カールの背後から突進をしてくる。ドスドスと足音を立て地面の土を巻き上げ、その質量をもって押し潰さんとしてくる。
「あっ、メンゴメンゴ⭐︎ 君のこと忘れてたわ」
たがカールは背後から迫ってくる【大型】を一瞥もする事なく、ひらひらと軽く手の平を振った後、ズルリと、背中側の腰辺りから、人の腕ぐらい太い束となった触手を2本、左右それぞれに生やした。
その触手の束の1本は接近してきた【大型】の細い足に巻き付き転倒させ、もう1本の束は倒れた【大型】の膿疱に埋まる感染者本体の首へ巻き付くと、ゴキリとへし折り、万力の如く締め上げ引き千切り、首をゴロゴロ地面へ転がした。
「さ~て冒険、冒険~っ!」
勿論、毒素の注入も忘れていない。
頭をなくし毒を注がれ稼働停止となった【大型】を放って、カールは意気揚々と下層の奥へと進んで行こうとして、
「うおっと!?」
ぐんと後ろに引っ張られてしまい、尻餅をつく。
首だけ後ろを向いて何が起きたのかと確認してみれば、背中から生やしたままだった2本の触手の束が、【大型】に巻き付いてカールの方へ引き寄せようとしている。
正確にはカールに寄生しているアイギス自身に、引き寄せようとしている。
「何々~? お腹空いちゃったの? そっか! 仕方ないねっ!」
自分のアイギスが何をしたいのか察したカールは、前を向いて胡座をかく。
「じゃ俺ちゃんちょっと待っているから、手早く食べちゃってね~」
宿主カールの許しを得るや否や、背中から生えていた細い触手の束は2本から10本へと一気に数を増やし、【大型】へ巻き付いていく。
バキン。ベキン。ボキン。ゴキン。ブチブチブチ。
そして響く、硬質な菌糸が折れる音。砕かれる音。骨や肉が引きちぎられる音も聞こえた気がするがするが、手持ち無沙汰なカールはどこ吹く風で祖国の童謡を歌いつつ、アイギスの『食事』が終わるのを待つのであった。
◇
「なんじゃなんじゃ。これで終わりか?」
ヒ首を片手に、砒素は眉を下げて悲しげな表情を浮かべていた。
彼の足元には洞窟の奥から追加で現れた10人の《鼠型》と、四方八方から迫って来た針状菌糸の断片が積み上がっている。
《鼠型》も菌糸も片端から切り刻み、切った端から毒素を注ぎ、ステージ6の影響で耐性が上がっていると予想出来るにも関わらず、その小柄な身体で何の苦もなく処分をこなしてしまったのだ。それもトランポリンの上を跳ね回るかのような身軽な身のこなしで、楽しそうに。
「つまらんのぅ。つまらんのぅ。もっと遊び甲斐のある奴はおらんのかのぅ」
砒素は以前、ホラーゲームの中で「自分ならば《植物型》もステージ6とやらも秒で消し炭にしてやったのに」という旨の発言をしていたが、驕りからの発言では決してなかったのだと、彼の戦闘の一部始終を見ていたモーズは痛感した。
しかも今の時点でこの強さなのに、めいんうぇぽんはまた別にあるのだと言うのだから恐ろしい。
カールのアイギスによって足に負荷がかかっているオニキスは、このまま真正面から砒素と戦闘になると分が悪いと判断してか、くるりと背中を向けて走り出した。
「いるよ、遊び甲斐のあるやつっ!」
「なんと! どこじゃどこじゃ! 会いたいのぅ会いたいのぅっ!」
「こっち!」
そして砒素をわかりやすく誘導してくる。しかも砒素は嬉々として誘導に乗っている。モーズは慌てて止めに入った。
「砒素さんっ! オニキスの誘いに乗る事はないっ!」
「どうせここに居る感染者は全て処分する事になるんじゃ。わしが先に片してもよかろうて」
「平素ならばいいかもしれないが、今はジョン院長の追跡を優先すべきで……! カールさんとの合流も……!」
「いひひひっ! 数年ぶりの遠征じゃぞ? 多少の寄り道は許して欲しいのぅっ!」
「寄り道って……!」
何という享楽主義。モーズは愕然とした。やはり砒素はウミヘビで、人間の常識とは全く異なる価値観や思考の元に行動している。
その手綱を握る手腕は、今のモーズにはない。何なら砒素に掴まれた手を振り払う力さえ足りない。
「弟子よっ! わしから離れるでないぞ~!」
「む、無理に引っ張らないでくれっ!」
モーズの右腕を掴んだまま走り出す砒素に、モーズは何とか転ばないようついて行くのが精一杯だった。
オニキスはアリの巣のように彼方此方に伸びる道のうち一本を迷わず進み、モーズらを導く。
その導きに素直に従った結果、彼らが辿り着いたのは土壁よりも凹凸のある岩壁が目立つ多い開けた場所で、その中央には3人の【大型】が立っていた。それも先程、カールと共に下層へ落ちた《鼠型》の【大型】と同じように、菌糸を肥大化させる事で無理矢理、恐竜へ造形を近付けている。
「おおっ! ここはじゅらしっくぱーくというじゃな! 映画で見たことがあるやつじゃっ!」
「これは、どういう……」
「愉快じゃのぅ! 愉快じゃのぅ!」
各々ティラノサウルス、トリケラトプス、ステゴザウルスを模しているとわかる造形。
前例にない事態が立て続けに続いている事にモーズは困惑してしまうが、砒素は逆に楽しそうに笑っている。
そんな笑うばかりの砒素を、オニキスは指差した。
「やっつけちゃえ」
直後、3人の【大型】が同時に、砒素へ突進をしかけてくる。お互いがぶつかり合うのも厭わずに、ガキンガキンと硬質な音を立てながら、転びかけたり倒れかけたりと不恰好な動きで迫ってくる【大型】。
「砒素さんっ!」
「下がっておれ! お主は狙わぬようじゃし、側におったら巻き込まれるぞ!」
狙いは自分1人と判断した砒素は直ぐにモーズの元から離れ、広間を岩壁沿いに走る。予想通り、【大型】は砒素の動きに合わせて向きを変え、彼を追いかける形で広間をドスドスと揺らしながら移動した。
流石の砒素でもリーチの短いヒ首を武器1つでは、【大型】3人相手は苦しいはずだ。どうにか加勢を、とモーズは右手を伸ばしアイギスを呼び起こそうとした時、いつの間に移動していたのか、真横に立っていたオニキスに声をかけられた。
「モーズ、今のうちに抜け出しちゃおうよ」
「落ち! ちゃっ! たっ!」
恐竜に似た《鼠型》の【大型】もろとも下層へ落下してしまったカールは、無傷の状態で危なげなく着地をしていた。
ここも上層と同じように発光するベニテングタケ型の菌糸が生えている。光源には困らない。しかし上へ戻ろうと思っても洞窟内の湿った土壁は脆く柔らかく、登攀するのに向かない。
「えーっとぉ、アイギスで登るには穴ちっちゃいな~。下手に壊して崩壊させたらモーズちゃん達危ないしっ、他にも道あるっぽいしっ! 探索するか~っ!」
しかもカールからすると、【大型】が頭から通れる大きさの穴は小さかった。
また地盤の脆さも鑑みて、下手に元の場所に戻る事を諦め下層にも作られていた洞窟状の道を進む事に決める。
その時、落下の衝撃から回復したらしい【大型】が、カールの背後から突進をしてくる。ドスドスと足音を立て地面の土を巻き上げ、その質量をもって押し潰さんとしてくる。
「あっ、メンゴメンゴ⭐︎ 君のこと忘れてたわ」
たがカールは背後から迫ってくる【大型】を一瞥もする事なく、ひらひらと軽く手の平を振った後、ズルリと、背中側の腰辺りから、人の腕ぐらい太い束となった触手を2本、左右それぞれに生やした。
その触手の束の1本は接近してきた【大型】の細い足に巻き付き転倒させ、もう1本の束は倒れた【大型】の膿疱に埋まる感染者本体の首へ巻き付くと、ゴキリとへし折り、万力の如く締め上げ引き千切り、首をゴロゴロ地面へ転がした。
「さ~て冒険、冒険~っ!」
勿論、毒素の注入も忘れていない。
頭をなくし毒を注がれ稼働停止となった【大型】を放って、カールは意気揚々と下層の奥へと進んで行こうとして、
「うおっと!?」
ぐんと後ろに引っ張られてしまい、尻餅をつく。
首だけ後ろを向いて何が起きたのかと確認してみれば、背中から生やしたままだった2本の触手の束が、【大型】に巻き付いてカールの方へ引き寄せようとしている。
正確にはカールに寄生しているアイギス自身に、引き寄せようとしている。
「何々~? お腹空いちゃったの? そっか! 仕方ないねっ!」
自分のアイギスが何をしたいのか察したカールは、前を向いて胡座をかく。
「じゃ俺ちゃんちょっと待っているから、手早く食べちゃってね~」
宿主カールの許しを得るや否や、背中から生えていた細い触手の束は2本から10本へと一気に数を増やし、【大型】へ巻き付いていく。
バキン。ベキン。ボキン。ゴキン。ブチブチブチ。
そして響く、硬質な菌糸が折れる音。砕かれる音。骨や肉が引きちぎられる音も聞こえた気がするがするが、手持ち無沙汰なカールはどこ吹く風で祖国の童謡を歌いつつ、アイギスの『食事』が終わるのを待つのであった。
◇
「なんじゃなんじゃ。これで終わりか?」
ヒ首を片手に、砒素は眉を下げて悲しげな表情を浮かべていた。
彼の足元には洞窟の奥から追加で現れた10人の《鼠型》と、四方八方から迫って来た針状菌糸の断片が積み上がっている。
《鼠型》も菌糸も片端から切り刻み、切った端から毒素を注ぎ、ステージ6の影響で耐性が上がっていると予想出来るにも関わらず、その小柄な身体で何の苦もなく処分をこなしてしまったのだ。それもトランポリンの上を跳ね回るかのような身軽な身のこなしで、楽しそうに。
「つまらんのぅ。つまらんのぅ。もっと遊び甲斐のある奴はおらんのかのぅ」
砒素は以前、ホラーゲームの中で「自分ならば《植物型》もステージ6とやらも秒で消し炭にしてやったのに」という旨の発言をしていたが、驕りからの発言では決してなかったのだと、彼の戦闘の一部始終を見ていたモーズは痛感した。
しかも今の時点でこの強さなのに、めいんうぇぽんはまた別にあるのだと言うのだから恐ろしい。
カールのアイギスによって足に負荷がかかっているオニキスは、このまま真正面から砒素と戦闘になると分が悪いと判断してか、くるりと背中を向けて走り出した。
「いるよ、遊び甲斐のあるやつっ!」
「なんと! どこじゃどこじゃ! 会いたいのぅ会いたいのぅっ!」
「こっち!」
そして砒素をわかりやすく誘導してくる。しかも砒素は嬉々として誘導に乗っている。モーズは慌てて止めに入った。
「砒素さんっ! オニキスの誘いに乗る事はないっ!」
「どうせここに居る感染者は全て処分する事になるんじゃ。わしが先に片してもよかろうて」
「平素ならばいいかもしれないが、今はジョン院長の追跡を優先すべきで……! カールさんとの合流も……!」
「いひひひっ! 数年ぶりの遠征じゃぞ? 多少の寄り道は許して欲しいのぅっ!」
「寄り道って……!」
何という享楽主義。モーズは愕然とした。やはり砒素はウミヘビで、人間の常識とは全く異なる価値観や思考の元に行動している。
その手綱を握る手腕は、今のモーズにはない。何なら砒素に掴まれた手を振り払う力さえ足りない。
「弟子よっ! わしから離れるでないぞ~!」
「む、無理に引っ張らないでくれっ!」
モーズの右腕を掴んだまま走り出す砒素に、モーズは何とか転ばないようついて行くのが精一杯だった。
オニキスはアリの巣のように彼方此方に伸びる道のうち一本を迷わず進み、モーズらを導く。
その導きに素直に従った結果、彼らが辿り着いたのは土壁よりも凹凸のある岩壁が目立つ多い開けた場所で、その中央には3人の【大型】が立っていた。それも先程、カールと共に下層へ落ちた《鼠型》の【大型】と同じように、菌糸を肥大化させる事で無理矢理、恐竜へ造形を近付けている。
「おおっ! ここはじゅらしっくぱーくというじゃな! 映画で見たことがあるやつじゃっ!」
「これは、どういう……」
「愉快じゃのぅ! 愉快じゃのぅ!」
各々ティラノサウルス、トリケラトプス、ステゴザウルスを模しているとわかる造形。
前例にない事態が立て続けに続いている事にモーズは困惑してしまうが、砒素は逆に楽しそうに笑っている。
そんな笑うばかりの砒素を、オニキスは指差した。
「やっつけちゃえ」
直後、3人の【大型】が同時に、砒素へ突進をしかけてくる。お互いがぶつかり合うのも厭わずに、ガキンガキンと硬質な音を立てながら、転びかけたり倒れかけたりと不恰好な動きで迫ってくる【大型】。
「砒素さんっ!」
「下がっておれ! お主は狙わぬようじゃし、側におったら巻き込まれるぞ!」
狙いは自分1人と判断した砒素は直ぐにモーズの元から離れ、広間を岩壁沿いに走る。予想通り、【大型】は砒素の動きに合わせて向きを変え、彼を追いかける形で広間をドスドスと揺らしながら移動した。
流石の砒素でもリーチの短いヒ首を武器1つでは、【大型】3人相手は苦しいはずだ。どうにか加勢を、とモーズは右手を伸ばしアイギスを呼び起こそうとした時、いつの間に移動していたのか、真横に立っていたオニキスに声をかけられた。
「モーズ、今のうちに抜け出しちゃおうよ」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――
EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。
そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。
そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。
そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。
そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。
果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。
未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する――
注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。
注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。
注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。
注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる