毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
上 下
211 / 355
第十一章 キノコの国のアリス編

第208話 キノコの森

しおりを挟む
 大穴の底へ下ったモーズ達に待ち受けていた物とは、ステージ5――《鼠型》へ変異した、感染者の群れであった。
 優に20人は超えていた《鼠型》は侵入者と見るや否や、一斉に襲いかかってきたものの、大穴の底とはいえ数十人もの人数が四方から迫れる広さはない。横一列に並べば5人が限界の幅。
 よって囲まれる前に水銀が液体金属で格子状の障害を作り、群れが前進しないよう足止め。そして格子の向こう側に敢えて出していた砒素が、ヒ首を片手に片端から《鼠型》の首を落としていった。

「ふふんっ! どうじゃ! わしは鼠退治は得意でのぅっ!」

 ものの10分で感染者の遺体が山と積み上がり、首が大穴の端に転がる。あっという間だった。
 大見得切っていただけあり、砒素はかすり傷一つ負う事なくおおよそ20人もの感染者を処分してしまった。

「そのリーチの短さで一瞬とは……。実力を見誤っていて、すまなかった」
「わかればよいのじゃ!」

 モーズに向けえへんと胸を張って、満足げな笑顔を浮かべる砒素。
 なお首を落とす形で容赦なく処分されていった《鼠型》感染者達を見たエドワードは、格子状の液体金属に背中を向け前屈みになりグロッキーになっていた。

「エドちゃん先生大丈夫~? 吐いちゃうっ? 吐いちゃうっ?」
「な、何とか堪えます……。うぷ」
「ちょっと。こんな序の口で耐えられないんじゃ、この先キツいんじゃない? 置いて行っていいかしら?」
「銀ちゃん、子守りが面倒だからって放置子は駄目よっ!?」

 隙あらば護衛の任務を投げ出そうとする水銀に、カールはわたわたと慌てている。しかしこのまま同行をさせても気分が悪くなりコンディションが保てなくなるのも問題だ。ここは菌床、危険地帯なのだから。

「い、行きます……! ジョン院長を見つけ出せ次第、処置を施せるよう準備もしてきたのですし……!」

 だがエドワードは背負っている正方形の黒いメディカルバックを指差し、平気だという旨を伝えてきた。また一人でもある程度、感染者を対処できるよう、護身用の火炎放射器なども持ってきたのだ。ここで引く気は一切なかった。

「虚勢を張ってもいい事なんてないでしょうに。別に診るのはボウヤじゃなくってもいいじゃない」
「カルテ把握する時間ないから無理よ銀ちゃんっ! 見付け出せてもその場じゃ俺ちゃん達何も出来ないよっ!」
「カールさんの言う通り、担当医以外の医師が患者を診るにはカルテの共有が必須。しかも珊瑚症患者となれば細部まで頭に叩き込まなくてはいけません。誤った処置をすればステージ進行を早めてしまう。下手に手は出せない」

 珊瑚症患者の診察、処置はカルテを共有している医師でなければ非常に難しい。投薬の量一つ取っても、不足だったら『珊瑚』の活性を止められずステージの進行を早め、過剰だったら患者本人の免疫細胞を殺してしまい、それはそれでステージの進行を早めてしまう。
 ましてジョンは現在、罹患から8年目。ステージ4目前。誤診一つが命取りになる。

「僕の事は気にせずに……! しかし何と言うか、皆さん全く動じないとは流石ですね。百戦錬磨という感じがして頼もしいです!」
「いえ私は今回で菌床内に足を踏み入れるのは6回目でして、決して百戦錬磨とは言えませんね。しかもその内の1回は殆ど意識がなかったので、実質5回です」
「えっ」
「あっ、カールさん達は百戦錬磨ですのでご安心を。恥ずかしながら、私だけ経験不足なのです」

 モーズのまさかの経験数にエドワードは困惑する。そして暫しマスク越しに手を当てて考え込んだかと思うと、ハッと顔をあげ、思い付いたモーズを喩えるに相応しい単語を呟いた。

「メンタルチタン……?」
「あれ? 前にもフリーデン友人にそんな事を言われましたが……。何故でしょうね?」
「ひっ。自覚なし怖い……」

 エドワードから慄かれている意味がわからず、小首を傾げるモーズ。
 2人がそんなやり取りをしている間に、水銀は格子状の液体金属をシルクハットの中へ回収し障害を取っ払う。そして格子の向こう側にいた砒素がエドワードの元へ走ってきて、周りをぴょんぴょんと跳ね始めた。

「そうじゃ! キツいのなら目隠しでもすればよいのじゃ! 見えぬのならば大分楽になろうぞ!」
「えっ!? いえそこまでして貰うほどでは……! それにこの先はどの道、光が届かず視界が悪くなりますので、わざわざ目を塞がなくても」
「何を言うておる小童。この先も明るいぞ?」

 砒素はそう言って袖口の大きな白衣から手を出し、人差し指で大穴の先を指差す。そこは洞窟状となって先に続いていて――ベニテングタケに似た『珊瑚』の菌糸が発光していた。
 人の背丈を優に超えたサイズの、赤地に水玉模様のベニテングタケ状の菌糸の塊。しかし発光色はラベンダー色であったり、ヒヤシンス色であったり、ライム色であったりと、淡く明るいパステルカラーの色をしていて、湿気の多いじめついた洞窟内部をファンタジーのようなメルヘンのような空間へ変貌させていた。

「な、何か明るいと思ったら、何だこのキノコ……!?」
「うーわマッジ? 菌床って『アクアリウム』って俗称が付くぐらい海底デザイン一色なのに、ここに来て新しい変異が見られるとか情報過多ぁ~」
「もしかするとステージ6が関わる菌床は、より特異な形になるのかもしれませんね。前例が通じない可能性がある。より気を引き締めて参りましょう」

 「これ片端から記録撮った方がいいな」とカールがカメラ機能搭載の球体型自動人形オートマタを浮遊させ、正常に起動しているか確認している間に、モーズは右手首からアイギスの触手を生やし、洞窟の土壁に先端を接触。〈根〉との『交信』を試みる。
 しかし声は一切、聞こえない。スペインやドイツ、パラスの菌床に赴いた時はモーズ側からアクションを起こさずとも勝手に声が聞こえてきたというのに、無音だ。特殊学会時に遭遇した《植物型》は【芽胞】を生成ししていた、つまり仮死状態だったので『交信』が出来なかったのは理解できるが、今回は胞子を飛ばしている所からして目に見えて活発に動いている。
 なのに不気味なぐらい、静かだ。

(今までと明らかに違う。菌床の形態自体、過去のどの記録にもない姿形だ。ステージ6の関わりが強いから、と仮定するべきか? それはまだ早計か……? どちらにせよ情報が得られないのは困るな。どうしたものか)
「モーズ!」

 その時、突然名を呼ばれ、モーズは意識を現実に引き戻される。
 名を呼んだのは黒髪黒目黒服の少年、オニキス。
 発光するキノコ並木の奥に現れた彼は、元気に手を振って無邪気に笑っていた。

「そっちから来てくれたんだね! 嬉しいなぁっ!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。 畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。 日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。 しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。 鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。 温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。 彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。 一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。 アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。 ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。 やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。 両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は? これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。 完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。

【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】

一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。 しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。 ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。 以前投稿した短編 【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて の連載版です。 連載するにあたり、短編は削除しました。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...