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第十章 イギリス出張編
第201話 消息不明
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いばらの蔦状菌糸は、よく目を凝らして見ると銀色の糸が細かく巻き付き、日の光や電灯の光を反射し、キラキラと煌めいている。蔦状菌糸はそれによって、動きを止められているようだった。
その銀糸の発生源は、いばらの蔦状菌糸の内部にいる水銀の指先。
彼は菌糸などその気になれば死滅させられるのだが、彼の直ぐ側にジョンとフローレンスがいるうえに、待合所は逃げ遅れた患者も複数人、菌糸の中に囚われている。中には不織布マスクを付けていない者もいる。
無闇に毒素を振り撒き、人間を水銀中毒に陥らせない為にも、菌糸の動きを止めるに留めているのだ。
「酷く不恰好な菌糸ねぇ。無理矢理作った感じが半端ないわ」
【おじさま。そろそろ、お茶会が始まるわ。それともこのまま、壊してもいいのかしら? 角砂糖みたく、ほろほろに】
渡り廊下を中心として、檻の柵ように伸びる蔦状菌糸。
しかしジョンが足を動かしてみれば、蔦状菌糸がそっと動いて道を開ける。彼の行く手の邪魔とならないよう、とでも言うかのように。フローレンスや水銀、患者の動きに対しては何の反応も示さないにも関わらず。
ただし病棟の方へ向かおうとしても蔦状菌糸は動かない。あくまで、外へ続く道のみ、ジョンの動きに合わせて道を開ける。
(誘導、か)
ジョンはフローレンスの方へ顔を向けた。
「フローレンス、届いたか?」
「いいえ。届いておりません」
「……そうか」
そしてそれだけ聞くと、いばらの蔦状菌糸で作られた小道に向け、ジョンは歩み出した。
「ジョン院長! 何処へ行くのですか、ジョン院長! 緊急事態ですよ!?」
エドワードが必死に呼びかけるが、ジョンは振り返る事なく、足を止める事なく、どこかへ向かって行く。
「水銀さん! どうかジョン院長を追いかけてくださいっ!」
「無理ね。ここでボクが離れたら死ぬわよ? 患者が」
その時、ぎちぎちと、蔦状菌糸が軋む音がエドワードの耳に届く。
銀糸の拘束がなければ、即座に辺りを襲ってくるとわかる。わかってしまう。
「ボクは守れって、傷一つ付けるなって言われたのよ。院長本人に」
「しかし……!」
「エドワード副院長、落ち着いてください」
ジョンの姿が見えなくなっていく事に焦るエドワードに、フローレンスが淡々と語りかける。
「今、優先すべきは患者と、患者の関係者の方々の安全の確保です。ステージ6及びジョン院長の対応はその後に」
「フローレンス看護師長っ! それではジョン院長の……!」
パァンッ!
渡り廊下に、乾いた音が鳴り響く。フローレンスが腰のガンホルダーにしまっていた緊急信号用意空砲を手に取り空に向け発砲、大きな音を出したのだ。
それにより空気が一変し、エドワードが押し黙る。
その隙に、とでも言わんばかりに、フローレンスは畳み掛けるように言葉を発した。
「エドワード副院長。我々は医療従事者として、患者の命を守る砦として。優先順位を見誤ってはなりません! ……今はただ、信じましょう」
「……っ! はい……!」
いつものように背筋をピンと伸ばし、凛とした声で、合理的な判断を下すフローレンス。
彼女に一喝されたエドワードも、諦め切れない思いを抱きつつ、患者の為に奔走を始める。
◇
「あれっ!? 『スピネル』帰っちゃうの!? ずるい~っ! 僕も帰る~っ!」
その頃、庭園では何かを感じとったオニキスがその場でぴょんと跳ねたかと思えば、迷宮の奥へ向かい始めた。
「待て! 一体どこに……!」
「モーズも来る? いいよいいよっ! 歓迎するよ~っ!」
しかしモーズに呼びかけられると彼は足を止め、右手を大きく振ってモーズを手招きしてくる。
「いいなぁっ! 俺ちゃんも行く~!」
「君はお呼びじゃないなぁ」
「え~? 残念っ⭐︎ 振られちゃったぜモーズちゃん」
「カールさん、巫山戯ている場合では……!」
「モーズ」
明るい声音から一変。低い声で名を呼ばれて、モーズは身体を硬直させた。
「あいつがこれ以上、騒動を起こす気がないなら逃した方がいい。ここじゃ、場所が悪すぎる」
「……!」
感染病棟は珊瑚症のステージが進んだ患者が多くいる。『珊瑚』や菌糸、症状の促進を操るステージ6からすれば打ってつけのテリトリー。
前触れなく首を落とされ、災害化したキッドのような犠牲者を、また作られるかもしれない。
モーズは爪が食い込むほどに拳を握り締めた。
「来ないの? じゃあ帰っちゃうよ~? ばいばいモーズ、また会おうね!」
モーズが付いて来る気がないとわかったオニキスは、軽やかな足取りで薔薇の庭園の迷宮の奥へと姿を消して行った。
犠牲者を出してしまった事、オニキスを処分できなかった事、見逃すしかない現状、それらの悔しさで、モーズは奥歯を噛み締めた。
「クソ! 何も出来ずじまいとは……!」
「犠牲者を減らす方に舵を取るとどうしてもね~。でぇ~も、このまま終わらす気は全然、ないけどねっ!」
「終わらす気はないと言っても、姿を消されてしまってはどうしようも……!」
「そんな事ないよ? 寧ろ折角、尻尾を出してくれたじゃ~ん! 根城突き詰めてあ、げ、る!」
ステージ6を目の前で逃してしまったというのに、カールは異様に明るく笑っている。
「俺ちゃんが昨日やった『仕込み』、刺さりそうだし?」
既に手は打ってあると、口にして。
▼△▼
次章より『キノコの国のアリス編』、開幕。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
『イギリス出張編』これにて完結です。いえ次章もイギリスが舞台ですが、感染病棟から場所が移る予定ですので。
次章は今まで仄めかすだけだったペガサス教団の目的と、ステージ6の詳細に触れていく章です。
主成分はタイトル通りメルヘン! ワンダーランド! 摩訶不思議さを描くのを心掛けたいっ!
もしも面白いと思ってくださいましたらフォローや応援、コメントよろしくお願いします。
励みになります。
その銀糸の発生源は、いばらの蔦状菌糸の内部にいる水銀の指先。
彼は菌糸などその気になれば死滅させられるのだが、彼の直ぐ側にジョンとフローレンスがいるうえに、待合所は逃げ遅れた患者も複数人、菌糸の中に囚われている。中には不織布マスクを付けていない者もいる。
無闇に毒素を振り撒き、人間を水銀中毒に陥らせない為にも、菌糸の動きを止めるに留めているのだ。
「酷く不恰好な菌糸ねぇ。無理矢理作った感じが半端ないわ」
【おじさま。そろそろ、お茶会が始まるわ。それともこのまま、壊してもいいのかしら? 角砂糖みたく、ほろほろに】
渡り廊下を中心として、檻の柵ように伸びる蔦状菌糸。
しかしジョンが足を動かしてみれば、蔦状菌糸がそっと動いて道を開ける。彼の行く手の邪魔とならないよう、とでも言うかのように。フローレンスや水銀、患者の動きに対しては何の反応も示さないにも関わらず。
ただし病棟の方へ向かおうとしても蔦状菌糸は動かない。あくまで、外へ続く道のみ、ジョンの動きに合わせて道を開ける。
(誘導、か)
ジョンはフローレンスの方へ顔を向けた。
「フローレンス、届いたか?」
「いいえ。届いておりません」
「……そうか」
そしてそれだけ聞くと、いばらの蔦状菌糸で作られた小道に向け、ジョンは歩み出した。
「ジョン院長! 何処へ行くのですか、ジョン院長! 緊急事態ですよ!?」
エドワードが必死に呼びかけるが、ジョンは振り返る事なく、足を止める事なく、どこかへ向かって行く。
「水銀さん! どうかジョン院長を追いかけてくださいっ!」
「無理ね。ここでボクが離れたら死ぬわよ? 患者が」
その時、ぎちぎちと、蔦状菌糸が軋む音がエドワードの耳に届く。
銀糸の拘束がなければ、即座に辺りを襲ってくるとわかる。わかってしまう。
「ボクは守れって、傷一つ付けるなって言われたのよ。院長本人に」
「しかし……!」
「エドワード副院長、落ち着いてください」
ジョンの姿が見えなくなっていく事に焦るエドワードに、フローレンスが淡々と語りかける。
「今、優先すべきは患者と、患者の関係者の方々の安全の確保です。ステージ6及びジョン院長の対応はその後に」
「フローレンス看護師長っ! それではジョン院長の……!」
パァンッ!
渡り廊下に、乾いた音が鳴り響く。フローレンスが腰のガンホルダーにしまっていた緊急信号用意空砲を手に取り空に向け発砲、大きな音を出したのだ。
それにより空気が一変し、エドワードが押し黙る。
その隙に、とでも言わんばかりに、フローレンスは畳み掛けるように言葉を発した。
「エドワード副院長。我々は医療従事者として、患者の命を守る砦として。優先順位を見誤ってはなりません! ……今はただ、信じましょう」
「……っ! はい……!」
いつものように背筋をピンと伸ばし、凛とした声で、合理的な判断を下すフローレンス。
彼女に一喝されたエドワードも、諦め切れない思いを抱きつつ、患者の為に奔走を始める。
◇
「あれっ!? 『スピネル』帰っちゃうの!? ずるい~っ! 僕も帰る~っ!」
その頃、庭園では何かを感じとったオニキスがその場でぴょんと跳ねたかと思えば、迷宮の奥へ向かい始めた。
「待て! 一体どこに……!」
「モーズも来る? いいよいいよっ! 歓迎するよ~っ!」
しかしモーズに呼びかけられると彼は足を止め、右手を大きく振ってモーズを手招きしてくる。
「いいなぁっ! 俺ちゃんも行く~!」
「君はお呼びじゃないなぁ」
「え~? 残念っ⭐︎ 振られちゃったぜモーズちゃん」
「カールさん、巫山戯ている場合では……!」
「モーズ」
明るい声音から一変。低い声で名を呼ばれて、モーズは身体を硬直させた。
「あいつがこれ以上、騒動を起こす気がないなら逃した方がいい。ここじゃ、場所が悪すぎる」
「……!」
感染病棟は珊瑚症のステージが進んだ患者が多くいる。『珊瑚』や菌糸、症状の促進を操るステージ6からすれば打ってつけのテリトリー。
前触れなく首を落とされ、災害化したキッドのような犠牲者を、また作られるかもしれない。
モーズは爪が食い込むほどに拳を握り締めた。
「来ないの? じゃあ帰っちゃうよ~? ばいばいモーズ、また会おうね!」
モーズが付いて来る気がないとわかったオニキスは、軽やかな足取りで薔薇の庭園の迷宮の奥へと姿を消して行った。
犠牲者を出してしまった事、オニキスを処分できなかった事、見逃すしかない現状、それらの悔しさで、モーズは奥歯を噛み締めた。
「クソ! 何も出来ずじまいとは……!」
「犠牲者を減らす方に舵を取るとどうしてもね~。でぇ~も、このまま終わらす気は全然、ないけどねっ!」
「終わらす気はないと言っても、姿を消されてしまってはどうしようも……!」
「そんな事ないよ? 寧ろ折角、尻尾を出してくれたじゃ~ん! 根城突き詰めてあ、げ、る!」
ステージ6を目の前で逃してしまったというのに、カールは異様に明るく笑っている。
「俺ちゃんが昨日やった『仕込み』、刺さりそうだし?」
既に手は打ってあると、口にして。
▼△▼
次章より『キノコの国のアリス編』、開幕。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
『イギリス出張編』これにて完結です。いえ次章もイギリスが舞台ですが、感染病棟から場所が移る予定ですので。
次章は今まで仄めかすだけだったペガサス教団の目的と、ステージ6の詳細に触れていく章です。
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