毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十章 イギリス出張編

第197話 被災者

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 薔薇の庭園を一通り巡った後、モーズ達はエドワードの案内に従い感染病棟のエントランスに場所を移していた。

「エドワードさん。案内の途中で悪いのですが、個人的な質問をしてよいでしょうか?」
「えぇ。いいですよ」

 沢山の患者とその身内が行き来するエントランス。その者達の視線は派手な容姿をした水銀と砒素へ集まっているが、その2人は副院長のエドワードが連れている、つまり病棟の関係者とわかるからか、ゲストタレントか何かと判断し遠巻きに見るに留まっているようだった。
 そこでモーズは、毎日様々な人と顔を合わせる機会が多いだろうエドワードに、依頼とは関係のない質問を投げかける。
 腕時計型電子機器で映し出した、セレンが写生してくれた絵を見せながら。

「この絵に描かれている『フランチェスコ』という、亜麻色の髪に琥珀色の目をした、私と同じ年頃の男性を探しているのですが……。見かけた事はあるでしょうか?」
「フランチェスコ……。名前的にイタリアの方ですか?」
「はい。ただ私もいたフランスの孤児院で育ちましたので、フランス語の方が流暢かもしれません」
「フランス人っぽいイタリア人……。亜麻色の髪に琥珀色の……。うーん、見かけた事はない、ですかね」
「そうですか。お答え頂き、ありがとうございます」

 元々あまり期待はしていなかったものの、何の情報を得られなかった事にモーズは少し気落ちしてしまう。イギリスも欧州の一国とは言え、大陸とは離れた島国。モーズの探す昔馴染みフランチェスコとは縁がなかったのかもしれない。
 すると気落ちしたモーズの姿を見てか、エドワードは院長のジョンの名前を出してきた。

「人探しなら、ジョン院長の方が何か知っているかもしれませんね」
「ジョン院長が?」
「特殊学会は必ず参加されている他、各国で開催されるセミナーにもコンスタントに参加していますし、僕よりも色んな人と会っていると思うので。勉強熱心なんですよ、ジョン院長は。昔から」
「昔……」
「あぁ、すみません。プライベートな事を話してしまいました」
「いいえ、先に私事を話したのは私の方ですし。それにジョン院長の話は気になりますね。どうぞ、続けてください」

 かつて、いや現在でも英雄と謳われるジョンの昔の姿。モーズもひょんな事で彼と同じように英雄と呼ばれるようになってしまったので、彼の話は気になっていた。
 話の続きを促されたエドワードは遠慮がちに、しかしどこか嬉しそうに、ジョンとの思い出を語りだす。

「ジョン院長と僕が出会ったのは20年前のロンドン。都市で災害が発生した日でした」

 それは24世紀最悪の幕開けとされる、感染爆発パンデミックが引き起きた年。

「僕はいつものようにスクールバスに乗って、学校に向かっていたら、ステージが進んだ感染者に襲われバスは横転。運転手や同乗していた他の生徒は全滅。後方席に座っていた僕だけが運良く、感染者に襲われる事も事故の怪我で致命傷を負うこともなく助かりました。……しかしその後が、駄目だった」

 エドワードは横転したスクールバスの中で、他の生徒の死体が偶然にもクッションとなって、難を逃れた。スクールバスを襲ってきた感染者も前方席に座っていた運転手や生徒から養分を吸い取った後、どこかへ消えてしまった。
 運良く取り留めた、エドワードの命。真っ赤に染まった肉片に塗れるという心的外傷トラウマと引き換えに、生き延びられた命。
 だが悲劇はそれで終わらなかった。

「『珊瑚』の名もまだ定まっていない頃です。陽性か陰性か調べる手段もない中、災害に巻き込まれた僕は家族に感染者とみなされ帰る場所を失ってしまった」

 血濡れの身体を引きずって家に戻ったエドワードに、居場所はなくなってしまっていた。
 仕方のない話だ。感染者の情報が錯綜している中、いくら健常者に見えても、健常者と自認していても、生物災害に巻き込まれてしまった以上、それでいて生き残ってしまった以上、同じ化け物として警戒するのも無理はなかった。家族とてその判断を下すのは断腸の思いだっただろう。
 皆が皆、自分の命を守るのに必死だった。

「とは言え感染者の拡大と災害の頻発で政府は混乱、秩序は崩壊。支援は望めない。13歳となったばかりの、生活能力のないただの子供だった僕は、そのうち他の放浪者と同じようにテムズ川に流される事になるんだろうな、と思っていましたよ」

 エドワードは話しながら、診察室が並ぶ廊下へ視線を向ける。
 今のように確立した医療システムが整っていなかった時代。埋葬が追い付かない感染者の焼死体は、テムズ川のほとりに山のように積み上がっていた。

「そんな僕に、ジョン院長は声をかけてくださった。道端でボロ布にくるまっていた、薄汚い子供にですよ?」

 その日の事を、エドワードは昨日の事のように思い出せる。

『部屋が余っている。来たいなら来るといい』

 エドワードを一瞥した後、投げかけてきたジョンの言葉。
 最初は自分に向かって言っているのかもわからず、エドワードは随分と戸惑ったものだ。

「それだけぶっきらぼうに言って、さっさと歩き始めるものですから、慌てて追いかけました。ついて行った先にあったジョン院長の家は、確かに部屋が沢山あった。というのも、ジョン院長のご家庭は10人兄弟という大家族で、ちょっと前までご両親や兄姉が暮らしていたそうなんです」

 診察室が並ぶ廊下を過ぎた先、病棟の待合所で診察を待つ親子の姿を見て、エドワードはマスクの下で目を細める。

「大半が亡くなってしまったとの事でしたが」

 20年前は一家全滅なんて、珍しい話ではなかった。
 家族の中で一番年若いジョンを含めて何人か生き残った(ただし他の家族は感染を警戒して田舎に疎開したそうだが)だけ、まだマシな状況でさえあった。

「がらんどうになってしまった家の小間使いとして、たまたま目に付いた僕に声をかけてくれたのかもしれませんが、理由はどうあれ屋根のある部屋を頂けたのです。僕は恩に報いる為に奔走しましたよ。ジョン院長はどうでもよさそうというか、寧ろ鬱陶しそうでしたが、感染者のご遺体の解剖の手伝いも一生懸命取り組むとひとまず助手として認めてくださいました。吐きそうになりながも必死に喰らい付いた姿勢を評価してくださったようです」
「あぁ、そうして感染源である『珊瑚』と胞子を発見したのですね」
「そうなんです!」

 エドワードは明るい声で肯定する。

「ジョン院長は今でもご厚意で寄贈いただいたステージ4感染者のご遺体を定期的に解剖して、研究を進めているんです!」

 フローレンスの事を話していた時もそうだったが、彼は身内の事を話す時が一番いきいきしているようだった。
 それだけ敬愛しているのだろう。

「あの人はいつも患者を第一に、最善を考えているお方です。いつか必ず、治療法を見付けてくださるでしょう!」
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