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第十章 イギリス出張編
第192話 キッズルームの童
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***
「え。なんでボクがマスクなんて付けないといけないのよ」
「わしも嫌じゃ。息苦しくなるのでのぅ」
ウミヘビは病に感染しないと知った上で、フェイスマスクを、せめて不織布マスクを付けて欲しいとエドワードに頼まれた水銀と砒素であったが、2人は即座に断った。
「ここは感染病棟ですっ! 感染予防意識を高める為にも着用して欲しいのです! 小さな子供もいますし、マスクを付けていない大人がいると真似される可能性があります! それは困りますっ!」
「わざわざ人間の都合に合わせる義理はないわよ。同行してあげただけでも感謝して欲しいのに、そのうえマスクだなんて。それがなきゃ病棟にいられないっていうのなら、ボクは車で待機でもいいわよ?」
「うーむ。わしは待機の方が退屈じゃから付けてやらん事もないが……。水銀がおらんのも嫌じゃのぅ。久しぶりにでぇとができているというのに」
「ちょっと砒素。妙な言い回しはよしなさいな」
「いひっ。わしはここでたぁっぷり思い出を作ってあやつに自慢してやるんじゃ。水銀には側にいて貰わねばのぅ」
「ほんっといい性格しているわ。背中を刺されても知らないわよ?」
「いひひっ! それも一興よ!」
砒素は規則に従う気はあるが、水銀はさらさらない。
カールならば上手いこと言いくるめてマスクを付けさせられたかもしれないが、口が上手くないモーズにそれはできない。
さてどうしたものか、と早速の障害にモーズは顎に手を当てて考え込んでいると、横からエドワードが小声で話しかけてきた。
「あの、モーズさん。『水銀』と『砒素』って……?」
「あぁ、2人の名前です。そして各々が宿している毒素です」
「こ、怖い……」
エドワードは慄いてる。水銀も砒素も人体には有害も有害。彼の反応は極普通だ。
なおモーズは更に強い毒素を体内にストックしているのだが、その事は絶対に秘密にしよう、と心に誓った。
「ステージ6がいるかもしれない中で戦力を減らしたくない。水銀さん、どうかここは規則に従って……」
「あ、そうだ。1つお願いを聞いて頂ければ、マスクを付けなくてもいいですよ」
「えっ」
モーズが水銀に真摯に頼もうとした途中で出された、エドワードのまさかの提案に、モーズは間の抜けた声を発する。
「お願い? 何かしら?」
「とある病室に立ち寄って欲しいのです。病棟を案内する中でどの道、立ち寄る事になったでしょうが、まずはそこから行って頂きたい。そして少しの時間、そこで待機して欲しい」
「お願い、ねぇ。そのぐらいなら構わないわよ」
「わしもよいぞっ!」
◇
「ねぇ、モーズ。どうしてボクは1日に2回もキッズルームを訪れているのかしら?」
「わ、私に聞かれても……」
エドワードにお願いされモーズ達が向かった先は、小児が入院している階層に設けられた、子供用の遊戯室であった。
珊瑚症がステージ3まで進んだ子供はほぼ強制的に長期入院となる為、ストレス発散と知育遊びを目的とした遊戯室が用意され、一日のうち決まった時間をここで過ごさせる。という方針をイギリスの感染病棟は取っているのだという。
遊戯室の床には柔らかなマットが敷かれ、壁には空の絵が描かれ、本棚には絵本が、トイボックスにはおもちゃが詰め込まれている。
その中で10人ほどの、10歳にも満たない子供達が、電車の模型で遊んでいたり画用紙にお絵描きをしていたりと、各々好きに過ごしていた。
「童じゃ、童じゃっ! 愛いのぅ、愛いのぅ! いひひっ!」
遊戯室に入って早々、辟易とした水銀とは対照的に幼子が好きらしい砒素は、はしゃいだ様子で子供達の輪の中に突っ込んでいっていっている。
「むむ。よいものがあるではないか。貸してみぃ?」
「いいよ~」
「よしよし。これをこうして、こうじゃっ!」
「すっご~い!」
「ピエロさん器用~っ!」
砒素はトイボックスの中で見付けたゴムボールと、子供が使っていたバランスボールを借りて、片足でボールの上に乗った上でジャグリングを始めた。
まさに道化師。砒素は子供達の注目を集め、警戒心を解かし、即座に溶け込んでいる。
エドワードは煌びやかな見目を持つ水銀と砒素を子供達にスペシャルゲストとして認識して貰い、マスクを付けていなくても特別に許されている。と思って貰う為に遊戯室へ連れて来たのだが、まさか説明せずともゲストじみた行動をしてくれるとは、と驚いている。
今回に限らずエドワードは度々、病棟の敷地から出られない子供達を楽しませたいと、ミュージシャンやコメディアンやサーカス団員を呼ぶ事がある。だから砒素が道化師のような芸を見せれば、子供達はすぐに受け入れてくれたのだ。
そして砒素の仲間と認識された水銀の元にも、子供達がわらわらと集まっていく。
「わぁ、美人さんだ~」
「お姉さんジョユーさん?」
「モデルさんかもよ~? それもパリコレモデル!」
「いやきっと歌姫だよ~っ!」
「残念、どれもハズレよ。ボクは男だからね」
「……えっ、男……!?」
「エドワードさん?」
水銀が男と発言した事に対して、子供達以上に驚くエドワード。
「声と骨格でわかりませんでしたか?」
「背が高いと声も低くなりますし、骨格も個人差の範囲かなって……。というか、その、あまりにもお綺麗だったから……」
「あら? ボクを褒めても何もでないわよ、ボウヤ?」
「ボウヤ……!?」
水銀から輝く銀目を向けられたうえで「ボウヤ」と呼ばれたエドワードは狼狽えている。水銀の見た目は20歳前後にしか見えないのだから、戸惑いもするだろう。
そういえば水銀はユストゥスのことを「おチビ」と呼んでいたな、とふと1月前の事を思い出したモーズは興味本位でエドワードにこう訊ねてみた。
「失礼ですが、エドワードさんは今年でお幾つで?」
「さ、33になります」
「あぁ、32歳のユストゥスと近いのか」
「うっ! その辺りと比べないで頂きたく……っ!」
「エドワードさん?」
ユストゥスの名が出た途端、エドワードは腹部に手を当てて少し前屈みになってしまった。
「歳の近いユストゥスもルイも柴三郎もエミールも皆んな優秀すぎて、よく比較対象に出される僕の胃が……っ! しかもその中だと僕が一番年上なのが更にダメージが入る……っ!」
「貴方も副院長という立場と実績をお持ちでしょうに、何を謙遜なさっているのですか?」
「ユストゥスはクスシだし他の人も今や全員、院長じゃないですかぁああっ! いえジョン院長を退けたいとかそんな気持ちはこれっぽっちもないですけどもぉっ!」
「お、落ち着いてください」
どうもエドワードのコンプレックスを刺激してしまったらしい。錯乱気味になっている。
「そ、そうそう。私は今年で26になります。若造ですよね」
「若……。え、その歳でクスシ……? 怖い……」
(あれ? 引かれてしまった……?)
話をそらし何なら「まだまだ未熟者だ」と笑って貰おうと、モーズは自身の年齢を告げた。が、逆に心の距離が開いてしまった。
ラボにはモーズより更に年下のフリーデンも所属しているし、今は姿の見えないカールも現在29歳と若い上にクスシになった歳は18という規格外なのだが、エドワードには絶対に秘密にしようとモーズは心に誓ったのだった。
「え。なんでボクがマスクなんて付けないといけないのよ」
「わしも嫌じゃ。息苦しくなるのでのぅ」
ウミヘビは病に感染しないと知った上で、フェイスマスクを、せめて不織布マスクを付けて欲しいとエドワードに頼まれた水銀と砒素であったが、2人は即座に断った。
「ここは感染病棟ですっ! 感染予防意識を高める為にも着用して欲しいのです! 小さな子供もいますし、マスクを付けていない大人がいると真似される可能性があります! それは困りますっ!」
「わざわざ人間の都合に合わせる義理はないわよ。同行してあげただけでも感謝して欲しいのに、そのうえマスクだなんて。それがなきゃ病棟にいられないっていうのなら、ボクは車で待機でもいいわよ?」
「うーむ。わしは待機の方が退屈じゃから付けてやらん事もないが……。水銀がおらんのも嫌じゃのぅ。久しぶりにでぇとができているというのに」
「ちょっと砒素。妙な言い回しはよしなさいな」
「いひっ。わしはここでたぁっぷり思い出を作ってあやつに自慢してやるんじゃ。水銀には側にいて貰わねばのぅ」
「ほんっといい性格しているわ。背中を刺されても知らないわよ?」
「いひひっ! それも一興よ!」
砒素は規則に従う気はあるが、水銀はさらさらない。
カールならば上手いこと言いくるめてマスクを付けさせられたかもしれないが、口が上手くないモーズにそれはできない。
さてどうしたものか、と早速の障害にモーズは顎に手を当てて考え込んでいると、横からエドワードが小声で話しかけてきた。
「あの、モーズさん。『水銀』と『砒素』って……?」
「あぁ、2人の名前です。そして各々が宿している毒素です」
「こ、怖い……」
エドワードは慄いてる。水銀も砒素も人体には有害も有害。彼の反応は極普通だ。
なおモーズは更に強い毒素を体内にストックしているのだが、その事は絶対に秘密にしよう、と心に誓った。
「ステージ6がいるかもしれない中で戦力を減らしたくない。水銀さん、どうかここは規則に従って……」
「あ、そうだ。1つお願いを聞いて頂ければ、マスクを付けなくてもいいですよ」
「えっ」
モーズが水銀に真摯に頼もうとした途中で出された、エドワードのまさかの提案に、モーズは間の抜けた声を発する。
「お願い? 何かしら?」
「とある病室に立ち寄って欲しいのです。病棟を案内する中でどの道、立ち寄る事になったでしょうが、まずはそこから行って頂きたい。そして少しの時間、そこで待機して欲しい」
「お願い、ねぇ。そのぐらいなら構わないわよ」
「わしもよいぞっ!」
◇
「ねぇ、モーズ。どうしてボクは1日に2回もキッズルームを訪れているのかしら?」
「わ、私に聞かれても……」
エドワードにお願いされモーズ達が向かった先は、小児が入院している階層に設けられた、子供用の遊戯室であった。
珊瑚症がステージ3まで進んだ子供はほぼ強制的に長期入院となる為、ストレス発散と知育遊びを目的とした遊戯室が用意され、一日のうち決まった時間をここで過ごさせる。という方針をイギリスの感染病棟は取っているのだという。
遊戯室の床には柔らかなマットが敷かれ、壁には空の絵が描かれ、本棚には絵本が、トイボックスにはおもちゃが詰め込まれている。
その中で10人ほどの、10歳にも満たない子供達が、電車の模型で遊んでいたり画用紙にお絵描きをしていたりと、各々好きに過ごしていた。
「童じゃ、童じゃっ! 愛いのぅ、愛いのぅ! いひひっ!」
遊戯室に入って早々、辟易とした水銀とは対照的に幼子が好きらしい砒素は、はしゃいだ様子で子供達の輪の中に突っ込んでいっていっている。
「むむ。よいものがあるではないか。貸してみぃ?」
「いいよ~」
「よしよし。これをこうして、こうじゃっ!」
「すっご~い!」
「ピエロさん器用~っ!」
砒素はトイボックスの中で見付けたゴムボールと、子供が使っていたバランスボールを借りて、片足でボールの上に乗った上でジャグリングを始めた。
まさに道化師。砒素は子供達の注目を集め、警戒心を解かし、即座に溶け込んでいる。
エドワードは煌びやかな見目を持つ水銀と砒素を子供達にスペシャルゲストとして認識して貰い、マスクを付けていなくても特別に許されている。と思って貰う為に遊戯室へ連れて来たのだが、まさか説明せずともゲストじみた行動をしてくれるとは、と驚いている。
今回に限らずエドワードは度々、病棟の敷地から出られない子供達を楽しませたいと、ミュージシャンやコメディアンやサーカス団員を呼ぶ事がある。だから砒素が道化師のような芸を見せれば、子供達はすぐに受け入れてくれたのだ。
そして砒素の仲間と認識された水銀の元にも、子供達がわらわらと集まっていく。
「わぁ、美人さんだ~」
「お姉さんジョユーさん?」
「モデルさんかもよ~? それもパリコレモデル!」
「いやきっと歌姫だよ~っ!」
「残念、どれもハズレよ。ボクは男だからね」
「……えっ、男……!?」
「エドワードさん?」
水銀が男と発言した事に対して、子供達以上に驚くエドワード。
「声と骨格でわかりませんでしたか?」
「背が高いと声も低くなりますし、骨格も個人差の範囲かなって……。というか、その、あまりにもお綺麗だったから……」
「あら? ボクを褒めても何もでないわよ、ボウヤ?」
「ボウヤ……!?」
水銀から輝く銀目を向けられたうえで「ボウヤ」と呼ばれたエドワードは狼狽えている。水銀の見た目は20歳前後にしか見えないのだから、戸惑いもするだろう。
そういえば水銀はユストゥスのことを「おチビ」と呼んでいたな、とふと1月前の事を思い出したモーズは興味本位でエドワードにこう訊ねてみた。
「失礼ですが、エドワードさんは今年でお幾つで?」
「さ、33になります」
「あぁ、32歳のユストゥスと近いのか」
「うっ! その辺りと比べないで頂きたく……っ!」
「エドワードさん?」
ユストゥスの名が出た途端、エドワードは腹部に手を当てて少し前屈みになってしまった。
「歳の近いユストゥスもルイも柴三郎もエミールも皆んな優秀すぎて、よく比較対象に出される僕の胃が……っ! しかもその中だと僕が一番年上なのが更にダメージが入る……っ!」
「貴方も副院長という立場と実績をお持ちでしょうに、何を謙遜なさっているのですか?」
「ユストゥスはクスシだし他の人も今や全員、院長じゃないですかぁああっ! いえジョン院長を退けたいとかそんな気持ちはこれっぽっちもないですけどもぉっ!」
「お、落ち着いてください」
どうもエドワードのコンプレックスを刺激してしまったらしい。錯乱気味になっている。
「そ、そうそう。私は今年で26になります。若造ですよね」
「若……。え、その歳でクスシ……? 怖い……」
(あれ? 引かれてしまった……?)
話をそらし何なら「まだまだ未熟者だ」と笑って貰おうと、モーズは自身の年齢を告げた。が、逆に心の距離が開いてしまった。
ラボにはモーズより更に年下のフリーデンも所属しているし、今は姿の見えないカールも現在29歳と若い上にクスシになった歳は18という規格外なのだが、エドワードには絶対に秘密にしようとモーズは心に誓ったのだった。
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