毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十章 イギリス出張編

第191話 エドワード副院長

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「どーもどーも! オフィウクス・ラボから参りましたクスシの『カール』でっす!」
「同じく、クスシの『モーズ』と申します。よろしくお願いします」

 イギリス感染病棟の院長室、そこに置かれたソファに座る2人のクスシを前に、机を挟んで向かいのソファに座るエドはマスクの下でだらだらと滝汗をかいていた。

(モーズって、今世界ニュースで持ちきりなパラスの英雄じゃないか……! そもそもクスシがなんで感染病棟に……!?)

 イギリスには自国で冷安室を管理できており、ステージ4となった患者のコールドスリープ処理は国内で済ませられる。病棟内でステージ5まで進行してしまった者が出た場合も、病棟の設備と自軍で十分対処が可能と、オフィウクス・ラボに頼ることは滅多にない。
 頼るとしたら、自国で処分し切れない菌床が発生した時ぐらいだろうか。しかしそれは政府や軍や警察がするような依頼で、病棟とは関係のない依頼だ。ここ院長室に呼び出す意味がエドにはわからない。

「『ジョン』だ。こっちは『エドワード』」
「は、はいっ! イギリス感染病棟の副院長、『エドワード』です! い、以後っ、お見知り置きを……っ!」

 隣に座るジョンに先に名前を言われてしまったが、エドはすぐに自分からも自己紹介をした。
 慌てていたので声が上擦ってしまったが。

「よろしくぅ。あ、後ろの子達はウミヘビねぇ」

 『カール』と名乗った鹿の頭蓋骨を模したフェイスマスクを付けた男。彼はソファの後ろに立つ、チャイナ服風にアレンジをした白衣を着た2人の人間は有毒人種《ウミヘビ》だと言うのだから、エドは開いた口が塞がらなかった。

(と、都市伝説じゃなかったんだ有毒人種って……。ウミヘビっていうのもただの特殊部隊名かと……。あと銀髪の人、男? 女?)

 銀髪銀目高身長とそれだけでも目立つ容姿なのに、赤い化粧を施したかんばせは絵画に描かれた戦乙女のような美しさで、本当に絵から出てきたんじゃないかとエドは訝しんでしまう。
 銀色に輝く美の化身の隣に立つ小柄な男性も、毛先が黒ずんだ灰色の髪に黄色の瞳と派手。そこから更に緑色と赤色のペイントを道化師のように顔に施しているし、鈴の耳飾りまで付け派手さを増している。その珍妙ななりにまずは気を取られてしまうが、顔立ちに注目すればそっちもそっちで美しく整っていて、なんかもう色々と情報量が多い。
 そこまでマジマジと観察した後、エドはハッと我に返ってジョンに小声で質問を投げかけた。

「あの、ジョン院長……。クスシはどうしていらっしゃったのでしょうか? 何か大事なご用事が……?」
「俺が呼んだ」
「はいっ!?」

 呼ぶ用事が思い付かないので、クスシ側がこちらに用があって来たものだとばかり考えていたエドだったが、その予想はジョンに一刀両断されてしまった。

「では、依頼を申し付ける。忌々しい事に、病棟内にステージ6が出現した可能性がある。そいつの捜索、確保、処分を頼みたい」
「ステージ6がいるって、何で思ったのぉ?」
「特殊学会以降、病棟のエントランスに誰でも使える体重測定器を試しに設置してみたのだが、昨日の記録の中に、基準値を大幅に越える者が乗った記録が残っていた。監視カメラ映像には患者か健常者しか映っていなかったが、その中の誰かが『擬態』したステージ6ではないかと、俺は睨んでいる」
「ジョン院長!? ステージ6出現の可能性なんて、僕はその話、聞いてませんが!?」
「話してなかったからな」
「どうしてですか!?」
「必要ないからだ」

 突き放すように冷たく、ジョンは話す。

「知った所でお前にできる事はない」

 そう言われてしまえば、エドは何も言い返せなかった。
 エドがステージ6の存在を知ったのは、つい3日前。特殊学会から帰還したジョンから直接、学会で発表された資料を渡され覚えさせられた。
 確かにクスシでも軍人でもないエドでは、災害へ有効な対処は出来ないかもしれない。だがあらかじめ知っておけば心構えができ、それによって有事の際は冷静に立ち回れるはずだ。

「そ、そんな事ないですよ、ジョン院長! 事前に情報を共有し「クスシ達は幾日か日を跨ぐ事になろうとも確実に、ステージ6の痕跡を確認して欲しい。その間の滞在先はこちらが手配する」
「りょーかいりょーかい!」
「承知しました」
「またクスシの観点から病棟の設備に不備や不足があると感じた場合、逐一エドワードに伝えてくれ。病棟の案内もエドワードがする」

 ジョンはエドの発言に被せるように喋り出したうえに、客の対応を放り投げてきた。
 当然それも初耳で、エドは一瞬、呆然としてしまう。

「……えっ!? お客様の対応、僕に丸投げですか!?」
「俺の話を聞いていたのならば、早くクスシ達を連れて行け。時間の無駄だ」
「しかし僕にも仕事が……っ!」
「シフトの調整は既にしている。後は任せた」
「ジョン院長ぉおおおっ!?」

 ◇

「うっ、うっ、うっ。ジョン院長とはもう長い付き合いだけど、今も昔も言葉が足りない……! もっと報連相を意識して欲しい……っ!」
「お、お疲れ様です」

 クスシ達と共に院長室を追い出されたエドは、マスク越しに両手で顔を覆って廊下でさめざめと泣いていた。
 そしてモーズに慰められていた。

「おお! 外に広くて美しい庭があるではないか! よいのぅ、よいのぅ。大輪の花に囲まれて酒を飲むのも一興じゃろて」
「ちょっと、抜け出すつもりかしら? ボクも連れて行きなさいな」

 美しく非常に目立つウミヘビ2人が、廊下の窓から見える広く美しい薔薇の庭園を眺めている。とても絵になる。とエドはぼんやり考えた後……このままでは駄目だと、どうにか頭を切り替えた。

「あの、モーズさんでしたよね! 英雄のっ!」
「すみません、その肩書きは頭から消去できないでしょうか?」
「はいっ!? あれ僕、何か間違えてしまいました……!?」
「モーズ。ただのモーズと、呼んで頂きたい」

 華々しい功績を表す英雄という肩書きを遠慮する、慎み深い人。ジョンも英雄という肩書きを好まず、呼ばれる度に都度都度「違う。そう呼ぶな」と訂正をさせていた事をエドは思い出す。
 なので初対面だが、少しモーズに親近感を覚えた。

「で、ではモーズさん! あの派手なお二方……。ウミヘビでしたか? あの人達にフェイスマスクを付けてくれるよう言って貰えませんか? 国外でとはいえ、街中での災害が連続で発生している今、感染対策は万全にして欲しいのです。ここ感染病棟ですし」
「あぁ、その事なのですが……。あの2人は病原菌を体内で殺せてしまうので、付けなくとも平気なんですよ」
「は?」
「ウミヘビという有毒人種は体内で毒を作れ、その毒によって大抵の病原菌の殺菌ができるのです」
「はぁああああ!? そんな人間、現実にいていいんですか!?」
「見た目は人間ですが生態は別物ですので。これ以上の話は機密になってしまうので、申し訳ないですが飲み込んで頂きたい」
「えぇ~、いや、えええぇ~」

 飲み込めと言われても、次から次へと目の前にお出しされる非常識にエドの頭はパンクしそうだった。
 とりあえず飲み込むまでの時間が欲しい。

「すみません。僕の心が落ち着くまでちょっと待って頂いても……?」
「それは一向に構いませんよ。カールさんも良いで……カールさん?」
「カールならば気になる事があるからと消えよったぞ」
「行き先も告げないで行くとか自由よねぇ、あいつ」
「カールさん……!?」

 忽然と姿を消したカールに狼狽えるモーズの姿を見て、報連相ができない方がもう1人いらっしゃると察したエド。そしてモーズはその方に振り回されている。
 エドの中のモーズへの親近感がまた少し増したのだった。
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