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第十章 イギリス出張編

第175話 窓の外からGod morgon(おはよう)

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 ピピピッ。ピピピッ。ピピ、

「ふぁ~あ」

 寄宿舎の自室で、フリーデンは枕元で鳴り続けていた目覚まし時計のボタンを、伸ばした手の平で押して止める。
 次いで欠伸をしながらのそのそとベッドから起き上がった。

「もう朝か~……。平和的な休日はす~ぐ終わっちまうなぁ」

 恐らく今日から、共同研究室は平和的でなくなる。
 故に尚のこと、この朝の時間は心を、気持ちを落ち着けゆっくりリラックスしながら支度をしようとフリーデンは腕をあげて伸びを……
 ジリリリリッ!!
 しようとして、作業机に置いていた腕時計型電子機器の緊急コールが鳴り響いて、その場で飛び上がりそうになってしまった。

『フリーデン! フリーデンッ!!』

 緊急コールはそのまま強制通話モードに切り替わり、そこからモーズの非常に焦った声が発信される。

「モ、モーズ? どうした朝からそんな大声出して」
『ま、ま、窓! 窓の外、にっ!』
「窓ぉ? 神話生物か名状し難きものでも出たのか?」
『不審者がっ! 居るのだが……っ!?』
「不審者?」

 部外者の侵入を拒む人工島アバトンに不審者。もしかしてまた国連警察でも来たのかと考えながら、フリーデンはベッドから降りつつ音声操作で自室の遮光カーテンを自動で開けた。
 そのまま窓辺できょろきょろと辺りを見回してみるが、地上にも空中にも怪しい人影はない。

「誰もいねぇぞ、モーズ~」
『お、おかしいな……。つい先程まで、逆さまの男が宙に浮いたのだが……』
「何そのホラー」
『そうだ黒衣、黒衣を着ていた。ラボの制服の色違いのものだな。それから鹿の頭蓋骨を模したマスクを付けていた』
「あぁ! 鹿のマスクってんなら先輩の『うわぁああああ!?』

 ブツンッ! ツー……、ツー……
 断末魔の如き絶叫と共に突然切れてしまった通話。そして虚しく鳴り響く通話終了の音。
 フリーデンから掛け直してみても、応答はない。

「……モーズ? モーズぅっ!?」

 ◇

 不審者を目撃したと同時に反射的に閉めた遮光カーテンが、風に靡いて揺れる。
 窓が、開いている。
 その開け放たれた大きな窓の中に入って、カーテンを自らの手で開けながら、小さな角も付いた、鹿の頭蓋骨を模したフェイスマスクを付けた男がモーズの自室へ踏み込んで来る。

「カーテン閉めちゃうとか、俺ちゃんか~な~し~い~」

 黒衣の上からでも細身でスタイルがいいとわかる、プラチナブロンドヘアの男性……なのだが、何故か着ている黒衣の裾がとても短い。一般的な白衣は膝まであるものだが、色違いの彼の黒衣は腹部までしかなく、しかもその下に着ている黒Tシャツの裾まで短くて、へそが見えている。
 また履いている黒いズボンはスーツではなく、デニムだ。動き易さ重視のストレッチデニム。靴も革靴ではなく運動靴。総合的に大分ラフな格好をしている。

 そんな変わった格好をした、突如として現れただけでなく侵入までしてきた不審者から、モーズは自室の壁に背中を付け最大限距離を取っていた。
 その際、手中に握っていた腕時計型電子機器の通話終了ボタンを押してしまい、助けを求めていたフリーデンとの通話を自ら切ってしまった。だがじりじりと距離を詰めてくる不審者を目の前にして、掛け直す余裕はない。

「なっ、なっ、何故、窓を開けられるんだ……!? 鍵は、キチンとかけて……っ!」
「緊急事態用に外からでも開錠できるのようになっているのよぅ? アイギス使えばちょちょいってなぁ。知らなかった?」
「今はっ! 緊急事態でも、何でもないっ!!」
「緊急事態でしょ~よ」

 まるで自分の部屋かのように、堂々とモーズの部屋を歩き回る不審者。

「〈根〉と交信できて? 推定ステージ6に何か狙われてて? ペガサス教団にも目を付けられてて? パラスじゃ英雄って呼ばれるぐらい大活躍してて?」

 そこで彼は自身の目の前にホログラム画面を投影させた。映ったのは昨日の世界ニュースがまとめられた記事だ。
 その見出しには、『パラスの英雄再び』というモーズからすると非常に嫌な予感のする文面が書かれている。
 恐る恐る見出しの下に視線を移し、記事の詳細を読んでみると……

『他国からも多くの人々が訪れる学会が行われていた、コンベンションセンターで突如として発生した《植物型》の菌床! それは【芽胞】を形成していて、あらかじめ配備されていた軍や警備員も手が出せないでいた……!
 このままではアメリカで起きた《暁の悲劇》のように、数多の犠牲者が出てしまうと思われた矢先、英雄は再び我らの前に現れた! 学会に訪れていたモーズである!
 彼は何と一人の犠牲者も出さずに《植物型》を退け、菌床を片してしまったのだ! またもパラスの危機を救ってくれたモーズ、彼は「自らの正義の元に動いているだけ」と語り、国から御礼を伝える間もなく颯爽とパラスを去ってしまった――。だがこれはパラスの歴史には深く刻み込まれる事になるのは想像に難くなく……』

 ……イチからどころかゼロから完全に捏造された内容が綴られているのがわかって、モーズは頬を引き攣らせた。

「こぉんな面白後輩を1ヶ月も秘匿されてた俺ちゃんの緊急事態じゃいっ!!」
「ま、ま、待ってくれ! そのニュースは何なんだ!? 私は学会で発生した菌床処分は何も関わっていないぞ!? 途中で気を失ってしまって、起きたら全て終わっていたのだが……!? 実際の対処はパウルさんが行ってくれたのだが……!?」
「あ、そうなの? あ~。じゃ国連の検問入っているのかコレ。ウミヘビやアイギスの記載ないもんなぁ。あとパラス国の警備不備とか不祥事や批判を誤魔化すのに、その場にいた話題性のある英雄を全面的に出して論点をすり替えた感じかね? なるほどぉ~」
「成る程、では納得できないぞ!? ああああ、また世間に変な誤解が広まってしまう……っ!」
「モーズ! 大丈夫か……っ、……何この状況?」

 頭を抱えて両膝を床につき、絶望するモーズ。「あれま」とそんな彼を見下ろす不審者。開け放たれた窓から吹く風に靡く遮光カーテン。部屋にデカデカと投影されたホログラム画面の世界ニュース記事。しかも内容は捏造。
 そこにパジャマから着替えもせずフェイスマスクだけ顔に付けて、寝起き姿のままモーズの自室に駆け付けてくれたフリーデン(※緊急解錠で扉のロックを開けた)。
 彼は上記の混沌カオスと称するに相応しい光景を目の当たりにして、小首を傾げたのだった。
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