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第九章 《植物型》攻略編
第174話 夢見
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「すまない。背格好がセレンと瓜二つだったものだから、勘違いをしてしまった」
モーズは頭を下げ、人違いをしてしまった件を謝罪した。
セレンとよく似たウミヘビは、そんなモーズを値踏みするかのような目でまじまじと眺めている。
「……。セレン、新しい、クスシ……。モーズ」
「あぁ、私の名はモーズだ。貴方の名をお聞きしても?」
「……。私を知っても、意味は、ない。いつ廃棄されるかも、わからない……使えない、ウミヘビ」
常に笑顔を絶やさず、元気にはきはきと喋るセレンと異なり、セレンとよく似たウミヘビの表情はずっと暗く、言葉も途切れ途切れで、覇気のない声で喋っている。
喋っている内容も非常にネガティブで、背格好以外まるで正反対だ。
「貴方が役に立たないからと廃棄されるとしたら、その時は私に伝えて欲しい。何をしてでも、止める。ここから連れ出してでも、止める。私は貴方達ウミヘビにも人権があって欲しいと思っている。いつの日が必ず、与えられるべきだと、考えているから」
そこでモーズはいつかセレンに向けて言った、ウミヘビに人権を与えたいという思いを口にした。
人と同じ姿で人と同じ思考をして、感情があって知性もあって、そんな彼らウミヘビも人と同じように自由に平等に公平に、生きて欲しいと思ったのだから。
「……いや、そんな大層な事ではないな。大義など飾りだ」
しかしそう思った根本は、願った根本は、もっと単純な理由だ。
「私はただ、君達に人の都合で命を落として欲しくない。それだけだ」
人間ではない事を理由に、人間の都合で、死んで欲しくない。ただそれだけ。
するとモーズの言葉を聞いたウミヘビは銀白色の目を伏せて、ポツリとこう呟いた。
「……。珍妙な、クスシ……」
「珍妙……!?」
変人認定されてしまった事に困惑するモーズ。
しかしウミヘビの発言はそれだけで終わらず、
「……セレン。あの子、を……」
とセレンについて何か言いかけたものの、
「……いや。何でも、ない……」
途中で言葉を飲み込んでしまい、それ以上は何も語らないまま、モーズの前から離れて行ってしまった。
そのままウミヘビは望遠鏡の前に移動すると黙々と操作をし、星見を始める。これ以上、声をかけても邪魔をしてしまうだけだろう。モーズは肩をすくめてブロックソファに座り直した。
「残念だ、名前だけでも知りたかったのだが」
「テルル」
その時、ずっと黙って2人のやり取りを見ていたヒドラジンが口を開く。
「セレンのそっくりさんの名前は、《テルル(Te)》」
そしてセレンとよく似たウミヘビの名前を、教えてくれた。
《テルル(Te)》。半金属の元素の名だ。同じく半金属のセレンとよく似ている元素で、毒性もある。見た目がよく似ているのは、その性質の近さからだと思われた。
「あいつもここ入り浸っているからなぁ、エンカウントしやすいってワケ。ただ、セレンにテルルの話は出さない方がいいぞ。色々と深い事情がある、っぽい。……けどテルル、悪い奴じゃないから。だから、よかったらまた、ここに遊びに来るといいと思うワケ」
「そう、だな。また、時間のある時に来るとしよう」
◆
『モーズ、モーズ! 見て見て、満点!』
孤児院の書庫、その奥に置かれた勉強机に座っていたモーズへ、フランチェスコはテキストの付録についていた小テストの自己採点結果を、自慢げに見せてくれた。
2人は今年で12歳となり、医者になる為の勉強を初めてから早一年となる。通学や孤児院の手伝いの合間を縫って、毎日コツコツ少しずつ続けていた勉強。それは確実に身を結んできていた。
『すごいね、キコ』
『学校の成績も伸びてきたし、もしかしたら来年は飛び級できるかもっ』
笑顔で明るい未来を話すフランチェスコに、モーズの鉛筆を握っていた手に力がこもる。
フランチェスコは日々の学びを吸収して、めきめきと実力をつけている。それは中学校の成績にも現れていて、彼の言う通りきっと近いうちに飛び級制度を利用できてしまうだろう。
(ぼくも、頑張らなくっちゃ)
このままではフランチェスコに置いていかれてしまう。
フランチェスコの為に医者を目指しているようなものなのに、肩を並べられないようでは、彼に頼られる存在になれないようでは、意味がない。
(ぼくはキコみたく頭が良くないんだから、時間をかけて、カバーしよう)
人は朝に勉強した方が物覚えがいい、という話を聞く。それを以前、読んだ本で知っていたモーズは(明日から朝の自習時間を増やそう)と考えながら、ひとまず今は目の前のテキストをこなそうと視線を勉強机に戻す。
『……うわっ!』
その時、鉛筆を持つ右手に、血濡れた真っ赤な手らしき何かが重なっているのが見え、モーズは思わず声を出して反射的に手をあげ、その場で仰け反ってしまう。
『モーズ? どうしたの?』
『あ、いや……。う、ううん。何でもない。見間違い』
いきなり大声を出したモーズに、フランチェスコが心配そうに声をかけてくれる。しかしモーズの右手には既に何も重なっていないし、辺りにも人影はない。そもそも隣に座るフランチェスコが何の反応も示していない辺り、何かの錯覚だったのだろう。
だからモーズは笑って誤魔化して、フランチェスコと共に勉強を再開した。
その後も、時折り視界の右端に赤が映った気がしたが、きっと、気の所為だろう。
◆
ピピピッ。ピピピッ。
目覚まし時計のアラームが聞こえてきた事により、モーズは寄宿舎の自室で目覚めた。
「朝……」
瞼を開き、ベッドの上で見慣れてきた天井をぼんやりと眺めるモーズ。
今日から、アイギスを使いこなす訓練が始まる。
先輩達は口を揃えて、特殊学会で起きた《植物型》騒動の時のように、ウミヘビと離れ離れになってしまっても対処できるよう、アイギスのポテンシャルを最大限引き出す事を覚えるべきだと言っている。
モーズもその通りだと考えている。
(ステージ6の出現以降、菌床処分の危険性も上がってきている。自分の身は自分で守れるようにしなくてはな)
以前のように、菌床内で気絶してしまう事態も避けたい。モーズは決意を新たにして、ベッドから起き上がる。
ひとまず日課となっている体重測定の前に、頭を覚醒する為にも朝日を浴びようと、モーズは音声操作で窓のカーテンを自動で開けた。
今日はよく晴れている。遮光カーテンに遮られていた太陽光が、眩しいぐらいにモーズの自室に降り注ぐ。その明るさに目覚めたての目が慣れるまで少し時間を有したものの、直ぐに慣れて……
窓の外で、鹿の頭蓋骨を模したフェイスマスクを付けた黒衣の男が、こちらに顔を向けている事を知った。
しかも逆さまの状態でぶら下がっている。
「うわぁああああっ!?」
理解の追い付かない光景を前にして、モーズの絶叫が、防音完備の自室に響いたのだった。
▼△▼
次章より『イギリス出張編』、開幕。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
『《植物型》攻略編』これにて完結です。今回は感染病棟院長や新しい敵側のキャラの顔見せ的な部分が強い章となりましたね。
あとモーズがほぼ寝ていたのもあって、実質パウルが主人公だったなぁ。
次章は今までちょこちょこ言及されていた〈好奇心の塊〉パイセンが大暴れする章です。
イギリスにも行くよ! お楽しみに!
もしも面白いと思ってくださいましたらフォローや応援、コメントよろしくお願いします。
励みになります。
モーズは頭を下げ、人違いをしてしまった件を謝罪した。
セレンとよく似たウミヘビは、そんなモーズを値踏みするかのような目でまじまじと眺めている。
「……。セレン、新しい、クスシ……。モーズ」
「あぁ、私の名はモーズだ。貴方の名をお聞きしても?」
「……。私を知っても、意味は、ない。いつ廃棄されるかも、わからない……使えない、ウミヘビ」
常に笑顔を絶やさず、元気にはきはきと喋るセレンと異なり、セレンとよく似たウミヘビの表情はずっと暗く、言葉も途切れ途切れで、覇気のない声で喋っている。
喋っている内容も非常にネガティブで、背格好以外まるで正反対だ。
「貴方が役に立たないからと廃棄されるとしたら、その時は私に伝えて欲しい。何をしてでも、止める。ここから連れ出してでも、止める。私は貴方達ウミヘビにも人権があって欲しいと思っている。いつの日が必ず、与えられるべきだと、考えているから」
そこでモーズはいつかセレンに向けて言った、ウミヘビに人権を与えたいという思いを口にした。
人と同じ姿で人と同じ思考をして、感情があって知性もあって、そんな彼らウミヘビも人と同じように自由に平等に公平に、生きて欲しいと思ったのだから。
「……いや、そんな大層な事ではないな。大義など飾りだ」
しかしそう思った根本は、願った根本は、もっと単純な理由だ。
「私はただ、君達に人の都合で命を落として欲しくない。それだけだ」
人間ではない事を理由に、人間の都合で、死んで欲しくない。ただそれだけ。
するとモーズの言葉を聞いたウミヘビは銀白色の目を伏せて、ポツリとこう呟いた。
「……。珍妙な、クスシ……」
「珍妙……!?」
変人認定されてしまった事に困惑するモーズ。
しかしウミヘビの発言はそれだけで終わらず、
「……セレン。あの子、を……」
とセレンについて何か言いかけたものの、
「……いや。何でも、ない……」
途中で言葉を飲み込んでしまい、それ以上は何も語らないまま、モーズの前から離れて行ってしまった。
そのままウミヘビは望遠鏡の前に移動すると黙々と操作をし、星見を始める。これ以上、声をかけても邪魔をしてしまうだけだろう。モーズは肩をすくめてブロックソファに座り直した。
「残念だ、名前だけでも知りたかったのだが」
「テルル」
その時、ずっと黙って2人のやり取りを見ていたヒドラジンが口を開く。
「セレンのそっくりさんの名前は、《テルル(Te)》」
そしてセレンとよく似たウミヘビの名前を、教えてくれた。
《テルル(Te)》。半金属の元素の名だ。同じく半金属のセレンとよく似ている元素で、毒性もある。見た目がよく似ているのは、その性質の近さからだと思われた。
「あいつもここ入り浸っているからなぁ、エンカウントしやすいってワケ。ただ、セレンにテルルの話は出さない方がいいぞ。色々と深い事情がある、っぽい。……けどテルル、悪い奴じゃないから。だから、よかったらまた、ここに遊びに来るといいと思うワケ」
「そう、だな。また、時間のある時に来るとしよう」
◆
『モーズ、モーズ! 見て見て、満点!』
孤児院の書庫、その奥に置かれた勉強机に座っていたモーズへ、フランチェスコはテキストの付録についていた小テストの自己採点結果を、自慢げに見せてくれた。
2人は今年で12歳となり、医者になる為の勉強を初めてから早一年となる。通学や孤児院の手伝いの合間を縫って、毎日コツコツ少しずつ続けていた勉強。それは確実に身を結んできていた。
『すごいね、キコ』
『学校の成績も伸びてきたし、もしかしたら来年は飛び級できるかもっ』
笑顔で明るい未来を話すフランチェスコに、モーズの鉛筆を握っていた手に力がこもる。
フランチェスコは日々の学びを吸収して、めきめきと実力をつけている。それは中学校の成績にも現れていて、彼の言う通りきっと近いうちに飛び級制度を利用できてしまうだろう。
(ぼくも、頑張らなくっちゃ)
このままではフランチェスコに置いていかれてしまう。
フランチェスコの為に医者を目指しているようなものなのに、肩を並べられないようでは、彼に頼られる存在になれないようでは、意味がない。
(ぼくはキコみたく頭が良くないんだから、時間をかけて、カバーしよう)
人は朝に勉強した方が物覚えがいい、という話を聞く。それを以前、読んだ本で知っていたモーズは(明日から朝の自習時間を増やそう)と考えながら、ひとまず今は目の前のテキストをこなそうと視線を勉強机に戻す。
『……うわっ!』
その時、鉛筆を持つ右手に、血濡れた真っ赤な手らしき何かが重なっているのが見え、モーズは思わず声を出して反射的に手をあげ、その場で仰け反ってしまう。
『モーズ? どうしたの?』
『あ、いや……。う、ううん。何でもない。見間違い』
いきなり大声を出したモーズに、フランチェスコが心配そうに声をかけてくれる。しかしモーズの右手には既に何も重なっていないし、辺りにも人影はない。そもそも隣に座るフランチェスコが何の反応も示していない辺り、何かの錯覚だったのだろう。
だからモーズは笑って誤魔化して、フランチェスコと共に勉強を再開した。
その後も、時折り視界の右端に赤が映った気がしたが、きっと、気の所為だろう。
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ピピピッ。ピピピッ。
目覚まし時計のアラームが聞こえてきた事により、モーズは寄宿舎の自室で目覚めた。
「朝……」
瞼を開き、ベッドの上で見慣れてきた天井をぼんやりと眺めるモーズ。
今日から、アイギスを使いこなす訓練が始まる。
先輩達は口を揃えて、特殊学会で起きた《植物型》騒動の時のように、ウミヘビと離れ離れになってしまっても対処できるよう、アイギスのポテンシャルを最大限引き出す事を覚えるべきだと言っている。
モーズもその通りだと考えている。
(ステージ6の出現以降、菌床処分の危険性も上がってきている。自分の身は自分で守れるようにしなくてはな)
以前のように、菌床内で気絶してしまう事態も避けたい。モーズは決意を新たにして、ベッドから起き上がる。
ひとまず日課となっている体重測定の前に、頭を覚醒する為にも朝日を浴びようと、モーズは音声操作で窓のカーテンを自動で開けた。
今日はよく晴れている。遮光カーテンに遮られていた太陽光が、眩しいぐらいにモーズの自室に降り注ぐ。その明るさに目覚めたての目が慣れるまで少し時間を有したものの、直ぐに慣れて……
窓の外で、鹿の頭蓋骨を模したフェイスマスクを付けた黒衣の男が、こちらに顔を向けている事を知った。
しかも逆さまの状態でぶら下がっている。
「うわぁああああっ!?」
理解の追い付かない光景を前にして、モーズの絶叫が、防音完備の自室に響いたのだった。
▼△▼
次章より『イギリス出張編』、開幕。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
『《植物型》攻略編』これにて完結です。今回は感染病棟院長や新しい敵側のキャラの顔見せ的な部分が強い章となりましたね。
あとモーズがほぼ寝ていたのもあって、実質パウルが主人公だったなぁ。
次章は今までちょこちょこ言及されていた〈好奇心の塊〉パイセンが大暴れする章です。
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