毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第九章 《植物型》攻略編

第165話 伐採

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「凄いゾ凄いゾ! 斬りがいのある菌糸だ!!」

 真っ二つに割れた屋根の上を走るペンタクロロに向け、蔦状菌糸が幾度も迫り来る。が、その全ては白い鎌に纏めて斬り落とされる。
 しかもペンタクロロが身体を捻って鉄棒を振り下ろせば、鉄棒から生えた無数の白い刃が投擲され、宙を飛び《植物型》の幹を容赦なく斬り裂く。
 しかしそこでペンタクロロは幹の上、樹洞の中に黒山羊マスクを付けた白衣の男が立っている事に気付いた。

「ん? パウル! 中に人影があるゾ!?」
「あれは健常者に擬態した感染者だ。気にせず斬って」
「おお! わかったゾ!」

 健常者の姿をした感染者。ペンタクロロにとって見るのも知るのも初めての存在だが、パウルから「斬っていい」という許可を得られた以上、彼は深く考えることなく白い刃の嵐を《植物型》へ飛ばし、斬りつけてゆく。
 ペンタクロロと同じく屋根の上に乗るアニリンも、グレードランチャー状の抽射器を《植物型》に容赦なく撃ち込んでゆき、ドカンッ! ドカンッ! という大きな発砲音と共に幹へ穴を空けてゆく。
 特にパウルが幹から掘り出してくれた感染者を狙って紫色の弾丸を撃ち込むが、誰も〈根〉ではないらしく菌床が崩れる気配はない。

「菌床との融合が強くって、どの感染者も生えている菌糸が太い……。〈根〉が誰なんだか、わからないな~。まいいか。ペンタクロロ、【伐採】しちゃって」
「建物はいいのか?」
「いいよ。ここまで壊されたんなら、どうせ建て直しだろうし」
「ハハッ! 了解だゾッ!」

 パウルの命令通り、屋根を駆け幹へ急接近したペンタクロロは、白い靄で大鎌に形を変えた鉄棒を大きく振り上げ、薙ぎ払うように横へ振る。
 ザンッ
 その一振りだけで、《植物型》の幹が容易に裂ける。しかし幹は太く分厚く、一度の攻撃ではとても切り倒せそうにない。切り口から毒素も注いでいるが、幹全体に伝わるにはなかなか時間がかかりそうだ。

「ハハハッ! 頑丈だな、面白い! アニリン! 蔦の処理は任せるんだゾ!」
「あっ、あいっ!」

 この巨大な《植物型》を切り倒し死滅させるには、大木を斧で伐採する時と同じく、何度も斬りつけて削らなければならない。
 そう判断したペンタクロロは、アニリンに幹から次々に生えてくる蔦状菌糸の相手を任せ、【伐採】に、集中する事とした。

「あ、そうだセレン達に伝えておかなきゃか。電波は……」

 このままペンタクロロの伐採が成せたら、菌床の崩壊で会議場内にいるセレンとホルムアルデヒドを巻き込んでしまう。
 別にそれで死ぬような連中ではないが、念の為とパウルは腕時計型電子機器を作動した。いつの間にか電波は復活していて、通話は可能な状態。相手方の通信機器もしっかり電波に繋がっていて、無事に通話をかける事ができた。

「聞こえる? 2人共わかっていると思うけど、ペンタクロロが伐採を始めたから退避しててね」
『もう逃げてますっ!』
「逃げ足早いなホルムアルデヒド……」
『パウルさん、モーズ先生はご無事ですか!?』
「真っ先に確認する所そこか。いや、うん、大丈夫。回収しといたよちゃんと」
『ではお迎えに参りますっ!』
『えっ行くのか!? あの医者変人集団の中に置いていかないで欲しいんだが!? あっ、ちょっ、待ってくれセレン!』

 退避を命じたのに、結局ここに来る気らしい。
 自由な奴らだな、と少々呆れながらパウルは通話を切った。

(ついでに持ったままの柴三郎の面倒も任せようかな……)
「パウル、パウル!」
「なに柴三郎」
「あそこ! モーズ持っとるアイギスん様子がおかしか!」

 慌てた様子の柴三郎が声をかけてくれた事により、パウルは初めて異様な光景に気付く。
 モーズの回収を任せていた個体のアイギス。
 そのアイギスはいつの間にか、蔦状菌糸に傘や口腕を巻き付かれて、フルグライトのいる樹洞の方へと引っ張られていたのだ。

「おいで、おいで。――アレキサンドライト」

 蔦状菌糸に身体を絡め取られているのに、抵抗も逃避もしないアイギス。あり得ない。パウルはマスクの下で瞠目した。
 抵抗や逃避は、生物として反射的に発動する。本能的に動く事が多いアイギスが、本能的でない行動を取っている。
 異常だ。

(アイギスを、操作している? いや、多分違う。混乱、させている?)

 詳細は不明だが、恐らくフルグライトはアイギスの動きを意図的に止めている。
 そして蔦状菌糸を使ってアイギスの口腕が抱えていたモーズを、奪い取ってしまった。そのままゆっくりと、蔦状菌糸の束に乗せられたモーズがフルグライトの元へ運ばれてゆく。
 宝石でも扱うかのように、丁寧な動きで。

「お前っ! その汚い菌糸で僕の後輩に触るな!!」
「汚いのは、どちらだ。このままでは、アレキサンドライトにインクルージョンが入ってしまう。毒されてしまう。汚染されてしまう。濁ってしまう。それは、いけない」

 再び近付いてくるモーズを見てか、黒山羊のマスクの下で、不気味に笑う声が聞こえた。
 パウルは直ぐに空中に浮遊させていたアイギスに指示を出すが、どのアイギスも動きが悪い。その場で跳ねるばかりで、上手く指示を聞いてくれない。

「どうしたんだ、アイギス! 血が足りないの!?」

 そこでパウルは思い出す。
 つい先程まで起こっていた電波障害の事を。電波障害を引き起こすのは、電磁波。電気。……電気信号。
 アイギスとコミュニケーションを取る手段は電気信号。『珊瑚』が菌糸ネットワークでコミュニケーションを取る手段も、電気信号。
 そしてステージ6は菌糸を操れる。つまり電気信号を意図的に出せる。
 それらを総括して考えた場合――

(ステージ6はアイギスの電気信号を阻害できるほどの電気を、操れる?)

 その仮説に辿り着いたパウルは、アイギスへ指示を出すのをやめ、伐採作業に集中していたアニリンとペンタクロロへ直ぐに命を下した。

「アニリン! ペンタクロロ! 上の菌糸と黒山羊頭を狙って!」
「いきなりか!?」
「急いで!」
「あ、あいっ!」
「了解だ、が、ちと遠いんだゾ……っ!」

 2人が立っているのは屋根の上だが、2階建ての屋根の上だ。約4階の高さにいるフルグライトには、刃の投擲も弾丸もなかなか届かない。また蔦状菌糸を狙おうと思うと、モーズに当たってしまう可能性があるので、下手に手を出せない。
 手をこまねいている内に、モーズはフルグライトの目の前まで運ばれてしまう。彼が戻ってきた事に、フルグライトは満足気に頷きながら手を伸ばし……

 モーズの手首から生えた触手に巻き付かれ、動きを止められた。
 しかもその触手は剣状棘から容赦なく、毒素を注いでくる。外皮が赤黒く変色する程の、強い毒素を。

「邪魔だなァ」

 宿主を守ろうと、モーズの意思に関係なく動くアイギス。宿主と直接繋がっているからか、電気信号の阻害に関係なく動くアイギス。惜しみなく毒素を注いでくるアイギス。
 どう引き千切ってやろうかと、フルグライトが怒りを募らせた時、
 ザンッ!
 モーズを運んでいた蔦状菌糸の束が、纏めて斬り落とされた。宙を縦横無尽に動くチャクラムによって、菌糸だけに狙いを定めて。

「お待たせいたしました、モーズ先生!」

 蔦状菌糸が細切れにされた事により支えるものがなくなり、自由落下してきたモーズを下で待機していたセレンが危なげなくキャッチする。
 ウミヘビの手に渡ってしまった。これでは迂闊に手が出せない。
 赤黒く変色した、フルグライトの手が戦慄く。

「しかも、か。〈彼〉がいるのなら、仕方がない。ここは一旦、退くとしよう」

 するとフルグライトの周囲を菌糸が覆い、繭に似た殻が覆う。
 そこに空中を飛んだままだったチャクラムが直撃し、殻を八つ裂きにしたが、既に中は無人であった。
 黒山羊の面を付けたフルグライトの姿は、影も形も残っていない。

「……チッ。消えましたか」
(セレンの舌打ち怖ぇ)

 珍しく中性的で整った顔を歪ませるセレン。
 そんな彼の後ろについて来ていたホルムアルデヒドは、ひっそりと怯えていたのだった。
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