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第九章 《植物型》攻略編
第163話 《ペンタクロロフェノール(C6HCl5O)》
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遡る事、10分前。
「イキが良すぎる!」
会議場のホールで、ホルムアルデヒドは次から次へと迫って来る蔦状菌糸をメイスで殴り付けながら叫んでいた。
「なんか毒の耐性強くなっていってないか!? いつまで経っても殺菌し切れないし、それどころか動きが激しくなっている気がするんだけど!?」
「ステージ6がいるとしたら、〈根〉を含め他の感染者の毒耐性もあがりますからね。私もそれで前回、苦戦しました」
ホールの中へチャクラムを縦横無尽に放ち、蔦状菌糸を纏めて切り落としながらセレンが言う。
「セレンが苦戦するレベルって事は、俺じゃ手も足も出ないんじゃ!?」
「養分浪費にはなるでしょうから、毒霧は引き続きお願いします。《植物型》がホルムアルデヒドさんの方に攻撃的なのは、相性が悪い事の証左でしょうしね」
「俺を怪我させても自滅するだけなのに、勘弁して欲しいんだけどぉっ!?」
ホルムアルデヒドは蔦状菌糸の蔦先を避けきれず、何度か負傷してしまっている。その傷自体は直ぐに修復するものの、飛散してしまった青い血がホールの床に滴っていた。
その青い血へ菌糸が近寄る度、触れずともその毒素に当てられ、死滅してゆく。
それでも蔦状菌糸は攻撃の手を緩めない。知性が低いとされる【大型】だからか、動きが単調なようだ。
「ヤバいヤバい! 俺これ以上、出血したら大目玉じゃねぇか……!」
「毒の使い過ぎによる中毒症状にも気を付けてくださいね~」
「つかいい加減、転移装置作動して……っ!」
バチバチバチッ!
ホルムアルデヒドの願いに呼応するかのように、転移装置から激しい電子音が鳴り響く。そして、転移装置の電子画面から白い光が発せられた。丁度、人一人分の大きさの白い光。
その白い光は、瞬く間に生身の人型へと変換されてゆく。
白い長髪を首の後ろで一つにまとめた、痩躯の美青年へ。彼はホールに現れたと同時に、右手に持っていた鉄棒を掲げた。
そして、振り下ろす。
その動きに合わせ、鉄棒の先端から白い靄が形成された。湾曲した刃物の形状へ。
大鎌。
これこそが白髪の美青年の抽射器であり、ホールの彼方此方に伸びる蔦状菌糸をたった一振りで纏めて斬り落とす、広範囲型の凶器であった。
しかも斬り落とされた蔦状菌糸はもう動かない。切り口から注がれた毒素に当てられ、増殖ができないまま壊死していっている。
「やった!」
待望していたウミヘビの登場に、ホルムアルデヒドは満面の笑みを浮かべて彼の元に駆け寄る。
「待ってたぞ! ペンタクロ」
「ホルム! 資料室の管理を押し付けてきたかと思えば、今度は呼び付けやがって!! 俺は便利屋じゃねぇンだゾ!!」
「あぁ~っ! ごめんなさいごめんなさい!」
がしかし、美青年は駆け寄ってきたホルムアルデヒドの胸ぐらを掴み、苛立ちをぶつけてきた。
直ぐに平謝りするホルムアルデヒド。面倒事を押し付けがちで頭のあがっていない彼に呆れつつ、セレンはチャクラムを一旦下ろして彼らの元へ歩み寄った。
「緊急事態なもので。召集にお応え頂き、ありがとうございます。《ペンタクロロフェノール(C6HCl5O)》さん」
「……セレンさんも一緒か」
白い長髪の美青年の名は、《ペンタクロロフェノール(C6HCl5O)》。
その毒素の効能は防腐剤、防虫剤、殺菌剤、そして除草剤と、多岐に渡る。
「ちなみに資料室は……? まさか無人ってことは……」
「『フェノール』が代理を引き受けてくれたゾ。後で平伏しておけ」
「頼れるものは仲間だなぁっ!」
フェノール。彼はホルムアルデヒドとは防腐剤仲間で、ホルムアルデヒドが資料室を空けなくてはならない時、二つ返事で代わりに管理を受け持ってくれる心根の優しいウミヘビである。
そんなフェノールに頼りっぱなしなのを見兼ねて、今日の資料室の管理はペンタクロロフェノールことペンタクロロが引き受けていたのだが、まさか資料室を押し付けてきたホルムアルデヒド本人に呼び出されるとは思っておらず、非常に苛立っていた。
「ところでホルム。お前クスシに取り入って酒浸りになっていた事があったよな? ……誠意の示し方、わかってンだろうな?」
「え。いやあれは特別な状況だったから、頼んでもまたやってくれるとは……」
「あぁン? 万年金欠野郎が他にどうやって穴埋めする気だなんだゾ?」
「ど、努力します……っ!」
ペンタクロロから視線をそらし、たじたじな状態で返事をするホルムアルデヒド。クスシの前では大きい態度を取っているが、ホルムアルデヒドの頼み事を何だかんだ聞いてくれる防腐剤仲間には立場が弱いのである。
話がまとまった所でペンタクロロはホールを見渡し、ウミヘビ以外の姿がないことに気付いた。
「ん? 肝心のクスシはどこなんだゾ?」
「外ですね。しかし指示はあらかじめ受けているのでご安心ください。既に民間人は避難済み。建物内には誰もいません。外に出たパウルさんが戻って来ないのを考えると、上にモーズ先生達がいるのでしょう。なので好きに暴れても何の問題はありませんよ、ペンタクロロフェノールさん」
「名前、長いから略していいんだゾ、セレンさん。……ただ、後から苦情は聞かないゾ?」
「まさか。どうぞ存分に、輪切りにしてください」
セレンはホールの後方まで下がって、《植物型》の幹が鎮座する前方への道を譲る。
気にせずに暴れていい。
その許可を得たペンタクロロは口角を上げにやりと笑う。次いで鉄棒を高く高く掲げ、その先端から自身の背丈を優に超える真っ白い刃を、形成した。
「斬るッ!!」
▼△▼
補足
ペンタクロロフェノール(C6HCl5O)
日本では劇物に指定されている毒。ただし含有率1%以下のものならば普通物扱い。
ホルムアルデヒドと同じように強い殺菌力と防腐力がある。その他、シロアリ駆除や防虫剤やイネもち病殺菌や(水田用)除草剤など、多岐に渡る効能を持つ。
しかし幾ら便利でも毒は毒。皮膚に触れれば炎症、吸入すれば循環器に障害を引き起こし死をもたらす。
日本ではペンタクロロフェノールを製造していた工場の従業員に健康被害をもたらしたうえ、死者まで出す惨事を起こしており、現在では農薬登録が失効されている。
「イキが良すぎる!」
会議場のホールで、ホルムアルデヒドは次から次へと迫って来る蔦状菌糸をメイスで殴り付けながら叫んでいた。
「なんか毒の耐性強くなっていってないか!? いつまで経っても殺菌し切れないし、それどころか動きが激しくなっている気がするんだけど!?」
「ステージ6がいるとしたら、〈根〉を含め他の感染者の毒耐性もあがりますからね。私もそれで前回、苦戦しました」
ホールの中へチャクラムを縦横無尽に放ち、蔦状菌糸を纏めて切り落としながらセレンが言う。
「セレンが苦戦するレベルって事は、俺じゃ手も足も出ないんじゃ!?」
「養分浪費にはなるでしょうから、毒霧は引き続きお願いします。《植物型》がホルムアルデヒドさんの方に攻撃的なのは、相性が悪い事の証左でしょうしね」
「俺を怪我させても自滅するだけなのに、勘弁して欲しいんだけどぉっ!?」
ホルムアルデヒドは蔦状菌糸の蔦先を避けきれず、何度か負傷してしまっている。その傷自体は直ぐに修復するものの、飛散してしまった青い血がホールの床に滴っていた。
その青い血へ菌糸が近寄る度、触れずともその毒素に当てられ、死滅してゆく。
それでも蔦状菌糸は攻撃の手を緩めない。知性が低いとされる【大型】だからか、動きが単調なようだ。
「ヤバいヤバい! 俺これ以上、出血したら大目玉じゃねぇか……!」
「毒の使い過ぎによる中毒症状にも気を付けてくださいね~」
「つかいい加減、転移装置作動して……っ!」
バチバチバチッ!
ホルムアルデヒドの願いに呼応するかのように、転移装置から激しい電子音が鳴り響く。そして、転移装置の電子画面から白い光が発せられた。丁度、人一人分の大きさの白い光。
その白い光は、瞬く間に生身の人型へと変換されてゆく。
白い長髪を首の後ろで一つにまとめた、痩躯の美青年へ。彼はホールに現れたと同時に、右手に持っていた鉄棒を掲げた。
そして、振り下ろす。
その動きに合わせ、鉄棒の先端から白い靄が形成された。湾曲した刃物の形状へ。
大鎌。
これこそが白髪の美青年の抽射器であり、ホールの彼方此方に伸びる蔦状菌糸をたった一振りで纏めて斬り落とす、広範囲型の凶器であった。
しかも斬り落とされた蔦状菌糸はもう動かない。切り口から注がれた毒素に当てられ、増殖ができないまま壊死していっている。
「やった!」
待望していたウミヘビの登場に、ホルムアルデヒドは満面の笑みを浮かべて彼の元に駆け寄る。
「待ってたぞ! ペンタクロ」
「ホルム! 資料室の管理を押し付けてきたかと思えば、今度は呼び付けやがって!! 俺は便利屋じゃねぇンだゾ!!」
「あぁ~っ! ごめんなさいごめんなさい!」
がしかし、美青年は駆け寄ってきたホルムアルデヒドの胸ぐらを掴み、苛立ちをぶつけてきた。
直ぐに平謝りするホルムアルデヒド。面倒事を押し付けがちで頭のあがっていない彼に呆れつつ、セレンはチャクラムを一旦下ろして彼らの元へ歩み寄った。
「緊急事態なもので。召集にお応え頂き、ありがとうございます。《ペンタクロロフェノール(C6HCl5O)》さん」
「……セレンさんも一緒か」
白い長髪の美青年の名は、《ペンタクロロフェノール(C6HCl5O)》。
その毒素の効能は防腐剤、防虫剤、殺菌剤、そして除草剤と、多岐に渡る。
「ちなみに資料室は……? まさか無人ってことは……」
「『フェノール』が代理を引き受けてくれたゾ。後で平伏しておけ」
「頼れるものは仲間だなぁっ!」
フェノール。彼はホルムアルデヒドとは防腐剤仲間で、ホルムアルデヒドが資料室を空けなくてはならない時、二つ返事で代わりに管理を受け持ってくれる心根の優しいウミヘビである。
そんなフェノールに頼りっぱなしなのを見兼ねて、今日の資料室の管理はペンタクロロフェノールことペンタクロロが引き受けていたのだが、まさか資料室を押し付けてきたホルムアルデヒド本人に呼び出されるとは思っておらず、非常に苛立っていた。
「ところでホルム。お前クスシに取り入って酒浸りになっていた事があったよな? ……誠意の示し方、わかってンだろうな?」
「え。いやあれは特別な状況だったから、頼んでもまたやってくれるとは……」
「あぁン? 万年金欠野郎が他にどうやって穴埋めする気だなんだゾ?」
「ど、努力します……っ!」
ペンタクロロから視線をそらし、たじたじな状態で返事をするホルムアルデヒド。クスシの前では大きい態度を取っているが、ホルムアルデヒドの頼み事を何だかんだ聞いてくれる防腐剤仲間には立場が弱いのである。
話がまとまった所でペンタクロロはホールを見渡し、ウミヘビ以外の姿がないことに気付いた。
「ん? 肝心のクスシはどこなんだゾ?」
「外ですね。しかし指示はあらかじめ受けているのでご安心ください。既に民間人は避難済み。建物内には誰もいません。外に出たパウルさんが戻って来ないのを考えると、上にモーズ先生達がいるのでしょう。なので好きに暴れても何の問題はありませんよ、ペンタクロロフェノールさん」
「名前、長いから略していいんだゾ、セレンさん。……ただ、後から苦情は聞かないゾ?」
「まさか。どうぞ存分に、輪切りにしてください」
セレンはホールの後方まで下がって、《植物型》の幹が鎮座する前方への道を譲る。
気にせずに暴れていい。
その許可を得たペンタクロロは口角を上げにやりと笑う。次いで鉄棒を高く高く掲げ、その先端から自身の背丈を優に超える真っ白い刃を、形成した。
「斬るッ!!」
▼△▼
補足
ペンタクロロフェノール(C6HCl5O)
日本では劇物に指定されている毒。ただし含有率1%以下のものならば普通物扱い。
ホルムアルデヒドと同じように強い殺菌力と防腐力がある。その他、シロアリ駆除や防虫剤やイネもち病殺菌や(水田用)除草剤など、多岐に渡る効能を持つ。
しかし幾ら便利でも毒は毒。皮膚に触れれば炎症、吸入すれば循環器に障害を引き起こし死をもたらす。
日本ではペンタクロロフェノールを製造していた工場の従業員に健康被害をもたらしたうえ、死者まで出す惨事を起こしており、現在では農薬登録が失効されている。
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