毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第九章 《植物型》攻略編

第161話 災害孤児

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 ――瞼を閉じれば、真っ赤な炎が映る。
 パウルの両親は、医者だった。裕福だった。家には庭師の爺やと家事手伝いの婆やとペットの犬もいて、目一杯の愛情と共に、何不自由のない暮らしができていた。満たされていた。
 けれど20年前、パウルが8歳になった頃。
 珊瑚症の感染爆発パンデミックが起きてしまった事により、生活は一変した。

『今日もかえり、おそいの?』

 医者である両親は医療従事に追われ、家に帰る事が極端に減った。休日もほとんどなく、ずっと勤務先の病院で駆けずり回っている。
 家には爺やに婆やに犬もいる。遊び相手、話し相手には困らない。感染爆発パンデミック発生以降、学校の通学が出来ない中でも充実した教育を受けさせたい、と両親が雇った家庭教師のロベルトも住み込みで暮らしている。彼は先輩医師の息子で、同じく感染を警戒し通信教育に切り替えていたので、パウルの面倒を任せるのに都合がよかったのだ。
 医者として患者の為に心身を削って頑張っている中、両親は精一杯気遣ってくれている。我儘は言えない。
 それでも、パウルは寂しかった。
 最初は我慢した。沢山、沢山、我慢した。けれど感染爆発パンデミックが発生してから1年が経過しても、両親は帰って来ないまま。我慢できなくなってしまったパウルはある日の夜、爺やと婆やが寝ている間に、こっそり家を抜け出して両親の勤務している病院へ向かった。
 感染者が沢山いる病院。絶対に近付くなと言い聞かされている病院。それでも、9歳になったバースデーやクリスマスにさえ帰って来ない両親に一目会いたくて、通話越しじゃない声を聞きたくて、力いっぱいハグをしたくって、体温を感じたくて、パウルは夜の町を走った。
 唯一、医師免許取得の為に夜遅くまで勉強をしていたロベルトが、パウルが自室から居なくなっている事に気付き、彼を追いかけた。
 この頃、ロベルトは既に成人済み。子供の足に追い付くのは簡単で、病院に着く前にパウルを見付けて捕まえる事ができた。

『実はパウルには内緒にしていたんだけど、今晩は君のご両親が帰ってきていたんだ。お二人は病院ではなく家にいるよ』
『ほんとう? うそだったら泣くよ?』
『本当だよ。でもお二人はお仕事でとても疲れているから、寝かせてあげたかったんだ。だからパウルも今日は顔だけ見て、明日の朝、一番に起こしてあげよう?』
『うんっ!』

 ロベルトの話した事は方便ではなく、事実その日、パウルの両親は帰宅していた。
 実は今までも度々帰宅していのたが、両親は感染対策として一人息子のパウルと会う事を頑なに避けていたのだ。
 不治の病。ステージが進めば災害となってしまう病。
 それに対抗できる薬は、当時まだ開発されておらず――

 帰路の空は、明るかった。
 真っ赤な胞子と共に、真っ赤な炎が天に向かって高く背を伸ばしていて、辺りを夕焼けのように染めていた。
 その燃え盛る炎は、パウルの家を、包んでいた。

『ステージ5だ! ステージ5が出たぞ!』
『医者が変異しちまった!』
『あの家の奴らはもう駄目だ!』
『近寄ったら殺させる! 感染させられる!』

 誰かが叫んでいる。近所の住人か。警察か。消防か。
 何にせよ、家とその周辺は黄色と黒の規制線が張られていて、近付く事さえ叶わない。

『せ、先生。ロベルト先生。さっき言ったことはうそで、父さんと母さんは、病院に……』

 ロベルトは震える声で希望に縋るパウルを、抱きしめる事しか出来なかった。
 あの燃え盛る炎の中に、両親がいる。爺やと婆やと、ペットの犬もいる。ステージ5が現れ、感染源として認識されてしまった家は、住人の避難など確認せず焼却処分がされる。それも骨が溶けるほどの高温で、長時間。
 被害抑制の為には、まとめて燃やすしか手がないからだ。
 躊躇していたら、皆んな死んでしまうから。

 その夜は、家族も家も思い出も、全て灰となった夜だった。

 ◆

「――のぼれ、アイギス。空を占領する障害を、退かす」

 ふよふよと、パウルの周りに3匹のアイギスが浮遊している。
 そのうち1匹が、浮遊している最中に《植物型》の幹にぶつかり、傘を大きく揺らした。そこで《植物型》を邪魔と認識し、口腕触手を伸ばし《植物型》の蔦状菌糸を掴むと引っ張り始める。
 ベリベリと、樹皮でも剥ぐように引き裂かれてゆく蔦状菌糸。しかも口腕の剣状棘によって毒素が注がれ、引き裂かれた菌糸はどす黒く変色し死滅してゆく。
 それを他の2匹のアイギスも真似て、《植物型》の蔦状菌糸を引き千切りにかかった。

「……この鈍間ノロマさで、処分をしようと? 『珊瑚』が増殖する方が、ずっと早い」

 アイギスの手によって着実に体積を減らしてゆく《植物型》。しかし樹洞の中でその様子を見ていたフルグライトは、さした問題はないとして、右手を軽く持ち上げた。
 すると彼の手の動きに呼応するように、《植物型》の幹から大量の蔦状菌糸が生成され、それら全てがパウルに向け蔦先を伸ばしてゆく。
 貫かれた先に待つのは失血か、感染か――

「ふぅん。これがステージ6か」

 だが伸ばされた無数の蔦状菌糸はパウルに届く前に、全て止められた。
 《植物型》の周りで浮遊していたアイギスが脱皮をするかのように分裂し、増えた2匹の個体が口腕を用いて無数の蔦状菌糸をまとめて絡め取り、死滅させてしまったのだ。

「菌糸を操れるのは確定みたいだね。それじゃもっと手の内、晒して?」

 ミシミシミシ
 フルグライトの立つ樹洞の穴のふちに、アイギスの口腕が伸び、引っ掛け、力づくでこじ開けにかかる。
 肥大化したアイギスが、入れるように。
 それを察したフルグライトが少し後退りをしたその時、

「そうそうステージ6って、瞬間移動ができるんだって? アメリカで出た警戒対象感染者が突然消えたとか何とか」

 フルグライトの身体は口腕に絡め取られて拘束された。

「それって捕まっててもできるのか……。僕に、見せてよ」
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