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第九章 《植物型》攻略編

第159話 燻蒸滅菌

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 ウゥ~ッ! ウゥ~ッ!
 コンベンションセンター内外に設置された、各所のスピーカーから警報が鳴り響く。

『菌床に毒ガスを散布します。菌床に毒ガスを散布します。会議場から速やかに離れてください。繰り返します。菌床に毒ガスを散布します。会議場から速やかに離れてください……』

 スピーカーが警告を出している場所、会議場の中。
 人払いが済んだホールの中央で、ホルムアルデヒドは自分の抽射器である『メイス』を片手に、《植物型》を睨み付けていた。

「ううう……。まさか俺が抽射器を使うハメになるなんてぇ……!」

 セレンは彼と《植物型》の間、聴講席の最前列付近にチャクラムを2つ、片手ずつ持ち立っている。
 未だに腰が引けているホルムアルデヒドに呆れながら。

「私の毒素は処分向けではないですが、訓練を重ねる事によって対処できるようにしているのですよ? 逆に貴方は処分向けの力を持っているのですから、もっと活用を考えてくださいよ」
「ウミヘビが皆んな戦闘狂だと思うなよ……!?」

 ホルムアルデヒドは身体を動かすのも痛いのも嫌いだ。可能ならば一日中、標本こと『作品』を眺めて過ごしていたいインドア派だ。
 まして数年前、兄であるメタノールが中毒症状によって光を失ってしまってから、遠征という遠征が嫌になり訓練を全て拒否し資料室に引き篭もっていた。
 けれども2週間前。
 熱量(物量)に押されて資料室への入室を許可してしまったモーズの姿を見て、必死に『珊瑚症』に、感染者に、ステージ6に抗う研究をするモーズの姿を間近に見て、遠征に同行してもいいと思ってしまったのだ。戦闘はないとはいえ遠征先について行く。数年ぶりに島外に出る。しかも何よりも大事にしている『作品』と。ホルムアルデヒドにとっては大きな決断だ。
 けれどそれによって、第三者に伝えられる事があるのならば、『作品』の製作者として誇らしかった。

 『作品』は、標本は、ホルムアルデヒドは、事こそが本質で、【願い】なのだから。

(まぁ感染者の所為でめちゃくちゃになったんだけど……っ!)

 『作品』は破壊されるわ、クスシとは離れ離れになるわ、菌床処分に巻き込まれるわ、怖い医者に絡まれるわで今日一日散々である。
 全ては目の前の《植物型》が悪い。ホルムアルデヒドは苦々しい顔を浮かべつつ、ちらりと後ろの階段、電波障害を免れていたホールの最奥に設置した転移装置に視線を向ける。

「……。早く来ねぇかなぁ……」
「後ろを見ていないで前に集中してください。心配せずともちゃんとフォローしますから」
「ほんと頼むぞ……?」

 セレンに急かされ、ホルムアルデヒドは意を決してメイスをスタンドマイクのように口元に持ってきて、
 ふー……
 息を吹きかけた。
 そこから千草色の毒霧が、ホールへ散布される。広がってゆく。浮かんでゆく。沈んでゆく。充満してゆく。
 【芽胞】をも殺す毒が、隙間なくホールに満たされてゆく。
 それに危機感を覚えた《植物型》は深紅から赤色へ変色し、蠢き出す。そして大木でいうと幹に当たる箇所から蔦状菌糸を生やし、毒霧の発生源たるホルムアルデヒド目掛けて迫ってくる――!

「うおっ! 来たっ!」
「毒霧は止めない!」

 セレンはすかさずチャクラムを構え、投擲し、その蔦状菌糸を細切れにした。
 だが細切れにしても、『珊瑚』は死滅した訳ではない。セレンの毒素は『珊瑚』には効きにくく、その細かくなった状態でも増殖し、動き出してしまう。
 故に手っ取り早く片す為、ホルムアルデヒドの毒霧は継続して貰う必要があった。
 しかし《植物型》も黙ってはおらず、太く伸ばした蔦状菌糸を生やし、毒霧の死滅を耐えながらセレンの上を通り過ぎ、その蔦先でホルムアルデヒドの頬を裂く。
 迫って来た蔦状菌糸はホルムアルデヒドの振り回すメイスと、切られた頬から伝った《青い血》によって触れた箇所から死滅。蔦状菌糸はぐずぐずになったが、集中が乱れて毒霧が止まってしまう。

「っとと!」
「ホルムアルデヒドさん! 人払いはしているのです! 出血は気にせず集中を!」
「おっ、おう!」

 ドカンッ!
 ホルムアルデヒドが再度、毒霧を散布しようとしたその時、《植物型》の一部、ホールの端にある赤い菌糸が破壊され、吹き飛んだ。
 そして菌糸が吹き飛ばされた中の樹洞から、今までずっと座り込んでいたパウルが姿を現わす。

「パウルさん! そこにいらっしゃったのですね!」
「状況は?」

 大木と化した《植物型》を見上げて、パウルは端的に訊ねた。

「菌床が会議場全体に侵蝕していて、この《植物型》に至っては屋根を貫いて外まで伸びています! そこでまずは屋内部分を処分しようと思い、ホルムアルデヒドさんの毒霧で燻製滅菌を開始! 勿論、民間人の避難は済んでいます! ただ、《植物型》の中にはまだモーズ先生と柴三郎さんが……」
「アニリンは?」
「アニリンはお二人が高所にいた場合を想定し、屋根の上に待機して貰っています」
「そっか」

 セレンの説明を聞いたパウルは、次いで転移装置が階段に置かれているのを見る。起動している転移装置を。
 それによってセレン達のやろうとしている事を把握し、ホールの壁際、大きな窓ガラスに右手を伸ばすと……ぶん殴ってそこに蔓延る菌糸ごとガラスを破壊した。
 それによって、窓ガラスに1人分の穴ができる。

「ここは任せるよ。僕は行くね」

 その穴にパウルはさっさと飛び込んで、会議場の外へ出てしまった。
 ウミヘビも連れずたった1人で行ってしまったパウルを見て、ホルムアルデヒドはぎょっとする。

「1人でか!? 正気かよ!」
「正気でしょう。パウルさんはクスシとなって7年。それも、お方」

 セレンは淡々と語った。
 遠征を拒否し引き篭もっていたホルムアルデヒドは知ろうともしなかったが、パウルは7年に渡る『珊瑚』研究と菌床処分経験があり――オフィウクス・ラボ最高責任者たる所長に才覚を買われ、直々に推薦を受けた傑士。
 建造物一つを覆い尽くす中規模程度の菌床ならばたった1人だろうと、処分を成し得てしまう力を持つクスシヘビ。

「ホルムアルデヒドさんが思うよりもずっと、お強いお方です」

 ***

 窓から会議場の外へ出たパウルは、血管のように菌糸が張ったコンクリートの上で、シャツの胸元を鷲掴み、ボタンが弾け飛ぶのも厭わず前を全開にする。

「――のぼれ、アイギス」

 そしてアイギスを、呼び起こした。
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