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第九章 《植物型》攻略編

第157話 強行突破

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 樹洞の中の1つにて。
 ルイはこれ以上ジョンと閉じ込められていると精神的に疲れると判断し、救助を待つのではなく脱出する方法を考えていた。

(解剖マニアは放っておくとして……。外の者に場所を伝えられたら出られると思ってよかろう。だが分厚い壁の内側でどう位置を伝える? 音? 光? 衝撃?)

 しかし自力で出るのは不可能、という考えは変わらない。あくまで人の手を借り、救出を早めて貰う。その為には外部に居場所を伝える必要がある。
 電波障害で通信はできないものの、携帯端末のライトやカメラのシャッター機能で強い光を発する事は可能。他にもアラーム機能を使えば爆音を出す事もできる。
 またルイは、護身用の拳銃を所持している。尤もただの鉛玉では、硬化した菌糸は貫けないだろう。発砲音を活用した方がまだ建設的だ。

 これらの手札をどう用いようか、とルイが両腕を組んで策を巡らせていると、不意にジョンが腰のポーチから消毒用エタノールが入ったスプレーを取り出し、菌糸の壁や床に吹き付け始めた。
 樹洞全体に満遍なく吹き付けるジョン。そしてある一点を除きエタノールを付着させた彼は、そこでルイにこう問いかけてきた。

「ルイ。何か武器は持っているか?」
「武器? 護身用の拳銃は持っているが、それが?」
「では構えておけ」

 ジョンはスプレーをポーチにしまうと、左腕の袖を捲り上げ、右手に持っていたままだったメスを構え直す。

「休眠状態の〈根〉を、起こす」

 切先を、した、自分の左腕に向けて。

「菌糸を急成長させ菌床を生成したんだ、〈根〉は大量の養分を消費したはず。つまり空きっ腹状態。ならば餌を与えれば自ずとするはずだ」
「……ジョン院長、貴殿もしや」

 そしてジョンは躊躇なく、自身の腕を切り付け出血。
 ぼたぼたと赤い血液が菌糸の床に滴り落ちる。『珊瑚』の養分。それを認識した菌糸は、一瞬の間に深紅から赤色へ変色し吸血を始めた――!

「捨て身がすぎるだろうよ!?」

 ルイが叫ぶ。
 血液という養分を与えることによって赤色へ変色した菌糸。芽胞が発芽となり活性化した菌糸。そうなると当然、壁や床が蠢き蔦状菌糸を生やして襲ってくる。
 しかしその点を計算していなかったジョンではない。
 無事に発芽したのを確認した彼は、血が滴る左手をポケットに突っ込みライターを手にし、着火させると、あらかじめエタノール塗れにしていた菌糸の壁にその火を付けた。
 直後、エタノールを伝って燃え広まってゆく炎。その火から逃れる為、菌糸は再び芽胞を生成し硬化してゆく。
 しかし一箇所だけ、芽胞を生成していない、赤色のままの箇所があった。ジョンがあえてエタノールを吹き付けなかった場所。そこだけは火が届かない。ただこのままでは周囲に合わせて硬くなるだろう。よってジョンはその箇所に、すかさず血に濡れたメスを突き刺す。
 すると菌糸はその血を吸血する為、芽胞の生成を遅らせた。

「ここだ。撃ってくれ」
「そして決定打は人任せか! ええい、せめて事前に言わぬか!」
「時間の無駄だ」

 パァンッ!
 炎上による酸欠や火傷や一酸化中毒の危険をまるっと無視し、脱出を最優先としたジョンの無茶苦茶っぷりに怒りながらも、ルイは拳銃を構えるとメスが突き刺さった箇所に向け発砲をした。
 尤も芽胞を発芽させた所で依然と菌糸は硬い。一発分の鉛玉で貫通は難しいだろうと、ルイは二発目も放とうとする。
 しかし菌糸は、その弾丸がめり込む前に自ら穴を空け、素通りさせた。
 不可解な動き。
 これはモーズがつい先程、毒素の塊たる弾丸が襲ってくる危険信号を菌床に叩き込んだ事で、弾丸そのものを避けようとする反射によって起きた現象だ。しかしそんな事情など露知らないルイとジョンは驚愕した。
 ザンッ!
 その驚愕を抱いたまま、目の前の菌糸が細切れにされる。芽胞だろうとそうでなかろうと関係なく、切り裂かれたのだ。
 発砲によってルイ達の居場所を特定した、セレンのチャクラムによって。

 なおチャクラムによって斬られたのは壁に限らず、足場もだ。大木を切り倒すが如く、容赦なく輪切にされた。それにより立てる場所を失った2人は重量に従い、落下してゆく。
 しかし床に叩き付けられる前にルイはセレンが、ジョンはホルムアルデヒドが受け止めた。

「……モーズ先生じゃありませんでしたか」
「露骨に残念がるでない」

 無事に……。いや、白衣の裾を炎で焦がしながらも《植物型》から脱出したルイとジョンは、ひとまずホールの床に下ろして貰う。
 そしてジョンはすかさず自分を受け止めてくれたホルムアルデヒドへ詰め寄った。

「おお! おお! お前、ウミヘビか! 助かった。ところでこの腕を切り落として持ち帰りたいんだが、いいだろうか」
「ところでの後が支離滅裂なんだけど!? よくねぇよ!?」
「ウミヘビは例え四肢がもがれても再生すると聞いた。ならば腕の1本や2本、持ち帰ってもいいだろう。足でもいいぞ。または指。それでも駄目ならばせめて爪か髪が欲しい。くれ。金なら払う」
「怖い怖い! この医者めっちゃ怖い!」

 左腕からぼたぼた流血しながら肉片を求めてくるジョンに、ホルムアルデヒドは恐怖し引いている。
 
「お二人とも無事で……。ああ、ジョン院長は止血をしなくてはね。その後に、モーズくん達を見つけ出そう」

 アニリンと共に《植物型》の側で待機していたロベルトは、警備の軍人に救急箱を持って来させ、ホルムアルデヒドからジョンを引き離し応急手当を始めた。

「この程度、放っておいても塞がるが……」
「駄目ですよ、ジョン院長。ちゃんと手当をしないと悪化しますし、貴方の愛弟子が悲しみますよ?」
「それよりもロベルト院長。ウミヘビは1人につき1つの毒素を宿し、その毒素の名で呼ばれると聞き及んでいる。あいつらの名を聞いても?」
「貴方という人は……。仕方ない。セレンくん、自己紹介をしてあげてくれ」

 自分の負傷などまるで意に介していないジョンに呆れつつ、ロベルトはセレンに自己紹介をするよう促す。

「了解です。私の名はセレン。そっちの幼い姿をした子はアニリンです」
「ふむ。セレンにアニリン……。千草色の髪のお前は?」
「ホルムアルデヒドだよ。ったく、部外者にほいほい名乗るなんて、緊急事態じゃなきゃ絶対しな」
「ホルムアルデヒド? ホルムアルデヒドだと!?」
「ホルムアルデヒド! 貴様はホルムアルデヒドを宿しているのか!」

 ホルムアルデヒドが名乗った途端、ジョンとルイが食い付く。
 ロベルトもまた「会場にホルムアルデヒドくんがいたのは僥倖だったよね」と、強い関心を抱いている様子だ。

「……え、何、何なんだ?」

 しかしホルムアルデヒド本人は名前に強い反応を示された事の意味がわからず、ただただ困惑していた。
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